第10話
ここは、トルガーという町から数十キロ離れた地にある私の別荘だ。
なぜ城ではなく別荘にいるかと言うと――どこかのバカが城にある私の研究室兼実験室を、レーザーでブチ抜きおったからだ!
幸いその時私はそこに向かう途中で、廊下を歩いていた時ふと外を見ると何かがものすごい速さで近づいてくるではないか。
しかもそれが今から向かおうとしていた私の研究室に大穴を開け、実験材料の大半を使い物にならなくさせたのだ。
これも幸いと言うべきか機材や薬品はほとんど無事だったため、実験材料を集めて少し修理すればまた再開できる。
まあ修復できるし許してやる――わけないだろうが!!
クソ野郎! このクソ野郎! バーカバーカ! お前の父ちゃん剛毛〜♪
……おほん。
調べたところ、どうやらそのレーザーはトルガーと呼ばれる町から放たれたものらしいのだ。
この行いに関しては、寛大な心の持ち主である私もさすがにカチンときた。
戦闘はあまり得意ではないこの私が、わざわざ森へ出向き質の良いものを見分けて泥まみれになりながらも苦労して捕まえた実験材料が……
ああ! 思い出しただけで腹が立つ! レーザー撃ったやつ殴りたい! 私が編み出した『邪悪なる私の一撃|(ファイナリスト・オブ・デビルボンバー)』で滅したい!!
……おっほん。
とにかく、そいつのせいで寝床にしていた研究室を壊され、あまつさえ実験材料その他もろもろを破壊した命知らずのバカを懲らしめるべくまずは偵察にと、別荘からトルガーに向けて分身――私の細胞から作り出し、私の能力で視覚と聴覚を私とリンクさせたもう一人の私を送り出したのだ。
しかし――
「――ッ!?」
「どうかなさいましたか?」
今話しかけてきたのは私の使い魔であるチェルパナニョン、通称ニョンだ。
普段あまり表情に変化がなく、感情の読みにくいやつだ。
命名した時、凄く不満そうな顔をしていたのは何故だろう。と、今でも気になる。あの時だけはハッキリと表情に出ていたからな。
いや、今そんなことはどうでもいい。どうでもよくないがどうでもいい。
分身が、死んだ……?
護衛として使えそうな魔物を百数体付けていたのだが、そいつらもやられたのか?
途中から何も見えないし聴こえなくなったのは何故かも分からない。
そもそも、分身と言えど私。そんじゃそこらの人間に負けるわけがない。たとえAランクの冒険者が十人同時にかかってこようが返り討ちにできる自信がある。
トルガーは私達の中でもそこそこ有名な町だ。確か、Aランクは五人しかいないはず。
まさか、新たにAランクが加入したか? そうだとしても一人や二人では大差ない。いやそれとも、たまたまトルガーに来ていたAランク冒険者が数人いたのか……
とにかく、そのバカを殺すまでは――いや待てよ。あれほど強力な魔法を扱う奴だ。相当強い。殺さずに実験材料として生け捕りにするか? そうすれば最高の『作品』が出来上がるに違いない。
「ムヒッ、ムヒヒヒヒヒ……」
「……。ニャズィ様?」
おっといけない、変な笑い声が出てしまった。
だが、想像しただけでこんなに胸が高鳴るとは。ますます欲しくなってきた。
こうなったら念入りに準備をして、確実に捕らえてやる。
とにかく、一旦城に戻るろう。研究室は残った私の『作品』を修復に当たらせている。アレを完成させて、必要な物を揃えてトルガーに行くとするか。
席を立ち、軽く体を伸ばしてからドアノブに手をかける。
「どこに行かれるのですか?」
「城に戻る。ちょうど研究室も直っているだろう」
「トルガーはもうよろしいのですか?」
「いやよくない。――客人を迎え入れる為の準備をするのだよ」
* * * *
「んじゃ、最強の新入り二人の歓迎会&かなりヒヤヒヤしたが、魔大群(ホルジオン)討伐を祝して――乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
リオが受付カウンターの上に立って乾杯の音頭をとり、みんなで乾杯する。
ギルドに登録している冒険者全員がギルドの酒場に集まり、宴会モードに入っている。
僕とシルファの歓迎会と魔大群討伐成功の祝勝会だ。
想像していた、ギスギスしたギルドにいる酒臭いオッサンや頭のおかしいチンピラばかりではなく、若い人の方が多いうえに気さくでみんなかなりいい人達だった。
ギルド全体の雰囲気もかなり良い。
祝勝会と兼ねているのは時期が時期だからであって、この通りたった二人の新入りの為に歓迎会を開いてくれるほどにだ。
最初は、Aランクとはいえもしかしたら素人かもしれないと思っていたらしく、魔大群に同行すると聞いた時はかなり心配だったらしい。
だが、実力を見せたことによって安心し、同時に悪いやつではないと確信して快く迎え入れてくれた。
実力と言ったが、僕は戦闘において一人で半分の魔物を倒した。これが僕の見せた実力。
そしてシルファだが――
「それにしても、あれはマジで感激したぜ! シルファ嬢がいれば多少の無茶も許されるな」
「それでも無茶はだめよ〜。怪我をしないに越したことはないんだから」
「じ、冗談だってナーチェ、そんな怖い顔すんなよ……」
「それならいいのよ〜」
「……でも、まさか死者が生き返るとは」
「うむ。あれほど強力な治癒魔法は見たことがないな」
――そう、生き返らせたのだ。
モグラにやられた五人の冒険者を。
死亡から時間が経っていたにも関わらず、あっさりと。
魔大群の討伐が完了した直後冒険者達は、一箇所に綺麗に並べられ、全体を覆い尽くすように布が掛けられている五人の遺体の前に集まり、黙祷を捧げていた。
そして黙祷が終わった瞬間、「あの……ちょっといいですか?」とシルファがみんなの視線を集めながら、布の掛かった遺体に手をかざし、治癒魔法をかける。
それを見て、みんなは何をしているんだ? という疑問を持ちながらも、その光景にある期待を寄せていた。
そして、その期待に応えるように奇跡は起きた。
布の掛けられた遺体が突然動き出した。アンデットなどではない、生気のある顔をした人間だ。
五人を含めた全員、何が起こっているのか分かっているもののすぐには状況を受け入れられなかった。
そりゃそうだ。完全に死んでいた人間が一人の少女がかけた治癒魔法によって生き返ったのだから。
そして、みんな歓喜の涙を流した――
「ありゃまるで、伝説のSランクみたいだったな! ンなわけないけど」
「ギクッ」
「……ちょっとシルファ」
「す、すいません……」
『ギクッ』って……
幸いにも、リオの笑い声のおかげでリオ達には聞こえてないようだ。
僕達は今、僕、シルファ、ユイハ、そしてリオのパーティで一つのテーブルを囲んでいる。
そしてユイハだが、さっきからなぜか拗ねている。
「ユイハどうしたの?」
「……なんか悔しい」
ああ、そういうこと。
シルファが自分より凄いということが気に入らないのか。
「ユイハも凄かったじゃないか。まさかハイウィザードだったなんて……それなのに師匠って必要あるの?」
「あたしね、このギルドで一番強いハイウィザードだったの」
おう……なんか申し訳ない……
「でね、ししょーがあたしを助けてくれた時に使った魔法を見て分かったの。この人は私達とは違って何かの枠にとらわれていない、自由な人なんだって。あたしはその何かが分からないから、ししょーに弟子入りしたの」
何かの枠って、この世界に定着した魔法の使い方とかか?
枠にとらわれないといえばそうかもしれない。
女神様が魔法はイメージだって言っていたから僕はイメージで使っていた。
でも、この世界にはちゃんと定着した魔法の概念がある。
僕はそれを知らないから自由に使えるんだろうけど、その概念にとらわれているこの世界の人達は、自由な魔法の発想ができないんだ。
「お願いししょー。あたしを、ししょーみたいに強くして!」
「いいよ」
「やっぱりそうよね。いくらししょーが凄いからってあたしと同い年くらいだし強くしてなんてお願い難しい……あれ?」
「だからいいよ」
「いいの? あたしを強くできるの? あたしもししょーみたいに強くなれるの!?」
「う、うん。できる限り手助けするよ」
近い近い! 嬉しいのは分かるけど顔近い!
「ありがとうししょー!」
「うわ、ちょ!」
そう言いながら抱きついてきた。
僕の胸の辺りに柔らかいものが二つ――
「何してるんですかっ!」
「あうっ。何すんのよ!」
「こっちが聞いてるんです! いきなり抱きつくなんて……は、破廉恥です!」
「どこがよ! ただの抱擁じゃない」
「こ、これだから天然は……」
「何ですって!」
「何ですか!」
「まあまあ落ち着いて――」
「お兄ちゃん(ししょー)は黙ってて!」
「……はい」
またこれか。
* * * *
「いやー、食べたね」
「ですねー」
「そうねー」
あの後、周りがニヤニヤしながらこちらを見ていることに気づいたシルファが、急に恥ずかしくなり静かになって収まった。
そして僕達の為に出された大量の豪華な料理を食べて、みんな酔いつぶれて寝てしまったので歓迎会&祝勝会はお開きとなった。
時刻は二十時。
リオ達と別れて、ユイハを家に――リューちゃんの店に送っている途中。
「ねえ、二人は戦闘中もその格好だったけど何も装備しないの? 強い弱いは置いといて、少しは冒険者らしい恰好したら?」
急にユイハがそんな提案をしてきた。
僕は近所だった高校の制服でブレザーを脱いだ状態。
シルファは完全に戦闘とはかけ離れた可愛らしい私服姿だ。
「確かに……冒険者らしくはないな」
「そうですね。お邪――ユイハさんの所には置いてませんでしたよね」
そういえば関係ないけど、僕以外の人にはさん付けなんだな。
なんとなく特別感がしていいな。ユイハの提案と本当に関係ない。
「いい店知ってるわよ。というか、この町に武具が置いてある店はそこしか無いんだけどね」
「本当? じゃあ明日行こうか」
「分かりました」
「じゃあ明日また来てね」
「うん。また明日」
「さようなら」
喋っている間に店に着き、明日の約束をしてからユイハと別れる。
そしてしばらくして僕達も宿に着き、部屋に戻ってすぐ洗面所と脱衣場が一緒になっているそこに向かう。
魔物と戦った際に少し服が汚れてしまっているため、朝に買った服を適当に出してまずは風呂に入るとするか。
「シルファ先に入りなよ」
「いえ、今日はユウマが先に入ってください!」
「僕の後でいいの?」
「大丈夫です。ユウマの方がお疲れのようですしお先にどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて」
…………
「あの、シルファ?」
「何ですか?」
「出てくれないと脱げないんだけど……」
「す、すいませんっ!」
顔を真っ赤にして出ていくシルファ。可愛いな!
そして服を脱ぎ、備え付けのタオルを手に風呂場に入る。
僕はいつも、まず頭を洗ってからその次に体を洗う。
壁にかけてあるシャワーヘッドを手に持ち、湯を出そうと魔法陣に手をかざす。
――と、その時。
「し、失礼しましゅっ!」
「え?」
「おおおお背中流します!」
「ええ!?」
再び顔を真っ赤にして、体にタオルを巻いたシルファがタオルを手に、風呂場に入ってきた。
急に入ってきたため、慌てて持っていたタオルを股間に巻き隠す。
「ちょっと待って! 本気で待って!」
「待ちません。お背中流します!」
「だから何で!?」
「だって、今日の戦いでお疲れでしょうし……」
「いやそんなに疲れてないから大丈夫だよ! それにシルファ、顔を真っ赤だよ? 恥ずかしいなら無理にいいよっ」
「やっぱり、私に背中を流されるのは嫌ですか?」
くっ、そんな泣きそうな目で見るんじゃない!
「嫌じゃないけど恥ずかしいんだよ。シルファも恥ずかしいでしょ?」
「恥ずかしいですけど、ユウマの背中を流すためならっ」
「何その意地!?」
どれだけ背中流したいんだ!
漫画やアニメでよくこういうシーンがあるけど、見てる分にはコイツ羨ましい! とか思うけど実際にされるとなると嬉しいより恥ずかしい!
でも、ユイハとのやり取りを見ていて思ったけどどうやらシルファは頑固なようだ。
このやり取りも引いてくれる様子はない。
「はぁ……分かった、よろしく頼むよ」
「ありがとうございますっ!」
「お礼を言うのは僕の方だよ。恥ずかしい思いをしてまでありがとう」
「えへへ〜」
と、お礼を言いながらシルファの頭を撫でる。
気持ちよさそうに目を細めて口元を緩ませるシルファ。可愛いな!
ていうか、タオル一枚巻いているだけの半裸状態で頭を撫でるのは少し気持ち悪い。
数秒撫でて手を離すと名残惜しそうな顔をしながらも悦に浸っていた。頭を撫でられるのが好きな様子。
頭を洗うのは後回しにして、先に背中を流してもらおう。
そして再び魔法陣に手をかざし魔力を流す。
そしてシャワーヘッドからちょうどいい温度の湯が出てきて僕の体を濡らす。
と、その瞬間――
「――ッ」
「ユウマ?」
体の奥から何かが湧き上がってくる感覚を覚えて、何かが僕の意識を呑み込んだ。
「おい、シルファ」
「へっ?」
『俺』はシルファに向き直り、一歩ずつ近づく。
「ゆ、ユウマ? どうしたんですか?」
「お兄ちゃんを呼び捨てとは、いけない子だな」
「やっぱりお兄ちゃんって呼んでほしいんですね……」
「ほう? 刃向かうつもりか?」
「そ、そういう訳じゃ――あっ」
『俺』が一歩進むごと一歩下がり、追い詰められたシルファが湯船の縁に座り込む。
そしてシルファの顎を手で軽く持ち上げ顔を近づける。
「お兄ちゃんを困らせるいけない子には――お仕置きだ」
「はわっ、お兄ちゃん……」
シルファの口元に俺の唇が吸い寄せられるように近づき、そして――
「……あう」
「……え? お兄ちゃん? お、起きてくださいお兄ちゃん!」
そこで『僕』が抵抗した結果、『俺』の意識は消え去り一時的に意識を失った。
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