第9話

 空間探知を使った結果、モグラ型の魔物の数はちょうど四十。

 たった一匹に対してこちらは五人もやられた。

 さっきの二人はかなりの手練だったと思うが、それでも瞬殺だった。


 初めて見る、人の死体。


 グロありのホラー映画は得意な方だったが、実際に見てしまうと全く違った。吐きそうになるくらい気分が悪い。

 でも、もしここで僕が何もしなければどうなる?

 その時、頭に浮かぶのは目の前に広がった光景よりも酷いものだった。

 それに――

 横目でシルファとユイハの様子を伺うと、二人とも顔を青くして怯えるている。


 シルファはSランクとはいえ、おそらく戦闘経験の無い、まだ十代半ばの女の子だ。この光景はあまりにも過激すぎる。

 ユイハは冒険者としてのキャリアはそこそこあるらしいし、もしかしたら人の死体を見たことがあるかもしれない。仮にそうだとしてもこんなもの簡単に慣れるわけがない。


 僕はどうか?

 僕だって今すぐ目を瞑りたい。つい昨日まで日本に生きる普通の少年だったんだ。

 でも今は違う。普通じゃない。

 女神様にこの世界を救ってほしいと言われた。

 一度死に、この世界に来て、最強のSランクになった。僕にとっては女神様に救ってもらったようなものだ。

 消費生活を脱出して、希望をもらい、前とは違う新しい人生を歩ませてもらっている。

 ここで僕が……Sランクがやらなくてどうする!

 この世界を救うとはつまりこういう事だとも言えるはずだ。


「……お兄、ちゃん?」

「ししょー、どうするつもり?」


 僕が歩き出すと、二人が心配そうにつぶやく。


「僕がこいつらを倒すよ」

「一人でって事ですか!?」

「無茶よ! いくらししょーが強いからって、Bランクが歯が立たなかった相手よ? しかもあの数。みんなでやればきっと……」

「今の状態でみんなを戦わせるのは危ない。ここで僕が倒してみんなの士気を高める」

「でも……」


 やっぱり心配されるよなあ。

 二人の前で本気で戦っている所なんて見せたことがないし仕方がない。


「大丈夫だよ二人とも。兄を、師匠を、仲間を信じて」

「お兄ちゃん……分かりました。気を付けて」

「分かったわ。でも、絶対怪我しないでね!」

「大丈夫だよ。多分一瞬で終わるから」

「「え?」」


 この戦いは力試しみたいなものだ。自分の力がどれほどなのか知っておきたい。

 後ろで素っ頓狂な声が聞こえた気もするが気にしない。

 幸い、悪魔らしきものがいる魔大群(ホルジオン)はまだ距離がある。

 一歩一歩、魔物に近づく。


「お、おいユウマ。まさかお前……」

「ウィザードは前に出るな!」

「危ないわよユウマくん!」

「……自殺行為」


 魔物に近づく僕に、リオ達も揃って声を上げる。

 他の冒険者達も「あの新入り死んだな」「一人で何が出来るってんだ」「Aランクだからって格好つけてバカみたい」など散々言ってくれる。


 そして魔物と僕の距離が十メートル程に差し掛かる。

 睨み合う四十匹と一人。

 ここで一発かまして、みんなに認めさせてやる!


「「「「ギュイッ」」」」


 モグラ型の魔物が一斉に動き出し、一瞬で地面の中に潜り視界から消える。

 だか、こちらには空間探知がある。潜ると同時に発動させる。

 すると、ものすごい速さで地面の中を進み、二十メートル下で僕を取り囲むように展開した。


――これで詰みだ。


 ゆっくりとしゃがみこんで地面に手を当てる。


「地貫槍|(グランドピアス)」


 咄嗟に思いついた魔法名を囁き、魔物のいる空間の真下から槍状にした土を出現させ、高速で突き刺す。

 その勢いを殺さず、四十匹を地上まで押し出す。


「ギュッ……ギュゥゥ……」


 苦しそうに唸り声を上げて、土の槍が突き刺さった腹部から黒い液体を垂らしながら絶命した。


「なっ!?」

「……あいつ、今何したんだ?」

「瞬、殺……」

「す、すげええぇぇぇ!」


 冒険者達にどよめきが広がり、やがて歓声や称賛の声に変わる。

 これで僕の実力は十分に伝わっただろう。それに、魔法はかなり自由に使えることが分かった。色々応用が利きそうだ。

 てゆうか『地貫槍|(グランドピアス)』って何だよ……恥ずかしい……

 昔、色んな妄想をしたり技名を叫んで見えない敵と戦ったりしていた恥ずかしい時期はあったけど……異世界に来て魔法を――地球ではアニメやマンガの中でしか存在しなかったものを見たせいでタガが外れたのかもしれない。


 おっと。今はそんなことを考えている場合じゃない。

 取り敢えず脅威は一つ取り除いた。これで持ち直してくれないと困る。


「みんな! 僕はこの通り強力な魔法が使える。悪魔は僕が何とかするから、みんなは周りの魔物の処理に専念して! 新入りの僕に偉そうに言われてムカつくかもしれないけど、そんな場合じゃない。今は僕を信じて!」


 さっきからガラにもないことを何度も言ってる気がするけど、仕方がなかったんだ……

 引きこもりの僕にこんなにコミュ力があったなんて驚いたけど、Sランクという事を自覚しながら頑張るしかない。


 みんなもさっきの魔法を見て、ただのランクが高い新入りではなく、実力も度胸も十分にある高ランク冒険者として少しは認識してくれただろう。

 その証に再び武器を握りしめ、絶望したような表情は一切無くなり、自身と安心を纏った表情をして、僕の言葉に大きく頷いている。


「俺は信じるぜユウマ。あんなの見せられた後にまだお前の実力を疑ってるやつなんていねえよ。なあ、お前ら!」


 リオの言葉にみんな「おう!」とはっきりと応えた。

 リオ……見た目はチャラく、言葉遣いは少し荒いけど、みんなの信頼も厚くとてもいいやつだ。これからも仲良くしていきたい。


 ちょうどその頃魔大群は、ウィザード達の魔法の射程距離に入ろうとしていた。


「ありがとう。じゃあ、いくよ!」


 僕の掛け声と共にウィザード達が魔大群に向けて魔法を放った。




* * * *




「炎破傷|(フレアドライブ)!」

「氷の鎚|(アイスインパクト)!」

「狂風|(ウインドブレス)!」

「雷壊弾|(エレクトロショット)!」

「土塊の巨人|(アースジャイアント)!」


「散留矢(ちるや)・氷華(ひょうか)!」

「貫連(つらづら)・雷穿(らいせん)!」


 後衛のウィザード達が思い思いに強力な魔法を放ち、アーチャー達も魔法弓と呼ばれるものを扱い矢を放つ。


 大量の高速回転する炎の円盤が、触れれば凍る巨大な氷の塊が、不可視の刃が混ざった強力な風が、人なら感電死不可避の雷の銃弾が、土で作られた頑丈な巨人が陸の魔物達に向かっていく。

 そして刺さった場所から凍る氷の矢が雨のように降り、掠(かす)っただけで感電する雷の矢が敵を貫かんと連射され、空を飛ぶ魔物に向かっていく。


 魔大群との距離、約百メートル。

 この距離で放たれた魔法は、若干威力が弱まるものの、前列の雑魚を一掃する。

 しかし、数はまだ百以上。徐々に数を減らしてはいるが倒しきれない敵もいる。

 ここでようやく前衛の出番だ。


「――行くぞ!」


 リオを含めた前衛がそれぞれに武器を持ち、五十メートル程に差し掛かった魔大群に、全員普通の人ではありえないスピードで肉薄する。おそらくあれが身体能力強化というものだろう。

 リオは赤く光る大剣を持ち、オーガと思われる魔物をすれ違いざまに無でるように斬る。

 浅い傷だ。まだ生きているオーガが反撃するべくリオを視界に入れようと振り返るが、突然傷口から火が吹き出し全身が燃え上がる。あれが魔法武器ってやつか。

 他には、持ち手以外が高圧縮された水でできた鞭や、振るった直後に暴風が起こる斧を巧みに扱う冒険者もいる。


 盾役のナイトも、自慢の鎧と盾をかざしファイターを通り抜けてきた魔物を足止めして、そのうちに後衛が畳み掛ける。


 プリーストは前衛に向けて様々な支援魔法をかけたり、後衛の魔力量を増やしたり、精度を上げたりしている。


 だが、魔物も負けじと反撃してくる。

 火を吹くやや小さめの竜。硬い皮膚を持ち、高速で転がりながら突進してくるアルマジロ(?)。自慢の馬鹿力で斧や大剣を振り回すミノタウロス(?)。

 本当に色んな種類の魔物達が冒険者に襲いかかる。

 負傷した冒険者はシルファが治癒を施し、再び武器をとる。

 魔法が使えるからと言って油断はできない。

 魔物も種族によっては火を吹いたり、電気や冷気を放ったりしていて、今回は数に圧倒的な差があるが、敵がもっと多かったら人外である魔物の方が優位に立つと思う。


「いけるぞ! かなり数を減らした。あと少し頑張れ!」


 冒険者の中でもリーダー気質のリオが率先して声をかける。

 僕も飛びかかってくる魔物を、炎の大剣を適当に振り回しながら悪魔のいる場所に近づこうとするが、悪魔の周りには特に魔物が多い。なかなか近づこうにも近づけない。

 自分は何もせず……というより寝てるんですが! 悪魔さん耳栓して寝てるんですが! 神輿(みこし)のようなものの上で、周囲の魔物に自分を守らせて自分は何もせず寝てるとかいいご身分だ。

 この状況で寝ていられるのも凄いな。人間に興味はないってか?


「くっ、多いなあ……!」


 こっちは大変だってのに!

 そうだ、瞬間移動で一気に悪魔の所まで行って寝込みを襲うことが出来るんじゃ……?

 やってみる価値は十分にある。これで戦況は一気に変わるはずだ。魔物達も自分達のリーダーがやられれば撤退するかもしれないし、そうでなくてもこの戦場で気を抜けば確実に死ぬ。


 やるなら寝ている今しかないと思い、瞬間移動で悪魔の真横に移動する。

 よし、周りにの奴にも悪魔にも気づかれていない。ここでこいつを殺せば……


「っ……」


 この剣を振り下ろせば殺せる。

 だけど、悪魔とはいえ見た目はほとんど人と変わらない。小さな角が生えているくらいか。

 非常にやりづらい。せめて体全体が真っ黒でいかにもな翼とか、鋭く大きい牙とか爪とか生えていたら躊躇いなかったのに……

 見た目が人となると、まるで人間を殺しているかのように思えて気分が悪い。

 でもここで殺さないと……コイツを殺さなければ誰かが死ぬ。

 その誰かがシルファだったら? ユイハだったら? あるいはリオ達の誰かだったら――

 そんなのダメだ! コイツは悪魔だ。人じゃない!


「んん……」


 まずい、起きるか!? 躊躇っている暇なんてない!

 僕はSランクなんだ。

 みんな頑張ってるのに、僕がやらなきゃ――誰がやるんだ!


「……っ、はあ!」

「なッ――」


 今気づいても遅い。

 振り下ろされた炎の大剣は、喋る暇も与えず悪魔を頭から真っ二つに切断し、全身を燃やし尽くした。

 叩きつけられた炎の大剣の余波で、周りにいた魔物も焼き払う。

 抵抗しようとしても、それを行動にする前に燃え尽きる。


「……やった、のか?」


 こんなに簡単に、こんなにあっさりと。

 本当に倒したのか? こんなに簡単に終わっていいのか?

 何か引っかかる。ちゃんと倒したはずなのに、何でこんなにモヤモヤするんだろう。


「すげえよユウマ! よくやったぜ!」

「リオ……」


 炎が消えると同時にリオが駆け寄ってきて、バンと肩を叩いてきた。

 周囲を見ると、残っているのは魔物の死体だけだった。


「こっちも片付いたぜ。つっても、ほとんどお前のおかげだけどな」

「そんなことないよ」

「いいやあるね。モグラも悪魔もその周りのやつもお前一人で魔大群の半分くらい倒したんだぞ? 謙遜すんなって」


 そうは言っても、やっぱり悪魔に関しては何か違和感があるんだよなぁ……

 まあ、初陣にしてはかなりいい結果だったと思う。

 少し目立ち過ぎた気もするけど、悪い方向ではないしいいか。


 その後、シルファとユイハも駆け寄ってきて散々すごいと言われて少し気恥ずかしかったけど、悪い気分ではなかった。

 こうして、異世界での初陣は幕を閉じた。

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