第8話
半ば強引だがステラさんにギルド内へと引っ張りこまれると、中には外とは比べ物にならないくらいの数の冒険者がいた。
皆かなり気合が入った感じで、見るからに今から戦場に行くってほどの完全武装だ。
この中で話すには、声を張り上げないと声が相手に届かない。
「あの、ステラさん! ほる……って、なんですか!」
「詳しい説明は後です! 今からギルマスがお話になります!」
ステラさんはギルドに入ってすぐの所で止まり、遅れてシルファとユイハも入ってくる。
その時、盛り上がって騒いでいた冒険者達に向かって、ギルドの外まで聞こえる大声が放たれる。
「うっさいわボケェェェェェエエ!!」
思わず耳を塞いでしまう、キーンと頭に響くような大声。
人間に出せる声量ではなかったので、おそらく魔法か何かで声を響かせているのだろう。
すると、ついさっきまで騒いでいた冒険者達が一斉に黙る。
声の主はもちろんスタッドさんだ。全員の視線がスタッドさんに集まる。
だが、皆が見ているのは受け付け付近でも二階でもない。
「毎回注意しなければ分からないのかお前らは。私が出てきたら黙れと言っているだろうに」
ギルド中央の空間に――頭上に浮いていた。
誰も、僕とシルファみたいに不思議に思っていないのは見慣れた光景だからだろうか。
「ね、ねえユイハ。なんでスタッドさん浮いてるの?」
「何言ってるのししょー。あれは上級魔法の『風翼|(ウインドアップ)』でしょ?」
……上級、魔法? 『風翼|(ウインドアップ)』?
あれ? 魔法名とか階級とかあるの? 女神様は魔法はイメージだって言ってなかった?
実際僕は詠唱とか無しで魔法使えてるし……もしかしてあの人――じゃなくて女神様、説明し忘れてたとか?
「でも凄いわよね。制御の難しい『風翼|(ウインドアップ)』をあんな簡単に……流石は元宮廷魔術師団長ね」
目を凝らして見るとスタッドさんの背中に半透明の翼のようなものがある。あれが上級魔法『風翼|(ウインドアップ)』か。
僕がオークを倒した時に使った炎の大剣にも魔法名や詠唱があったのかもしれない。
速さを求める限り詠唱は省くとして、魔法名を叫びながら派手に魔法を使うのは憧れる。
今はとにかくスタッドさんの話を聞こう。
「言わずともわかると思うが、今年三度目の魔大群(ホルジオン)襲来だ。近年、襲来回数が増えつつある。数も質も前回を上回っているはずだ。前回は重傷者は出たものの、幸い死者は出なかった。だからといって今回も同じように死者が出ないとは限らない。皆、気を引き締めてくれぐれも油断のないように……」
そして、大きく息を吸ってから最後に――
「だが決して死ぬな! 潰せ! 勝て! そして帰ってこい!」
「「「「ウオオオオオオオオオッ!」」」」
そのあまりにも押し付けがましい言葉に対し、その場にいた全員が心を揺さぶられたことだろう。
こうして、僕がこの世界に来て初めての魔物との本格的な戦いが幕を開ける。
* * * *
その後、ステラさんを含めたギルドの職員さん達に促されて、一つの馬車に一組、もしくは二組ずつパーティが詰め込まれていく。
かなりの数――恐らく五十台以上はある――の馬車が、道を堂々と占領している。
それでも町の人達は一切の文句を言わず、今から戦場に行く冒険者達の背中を不安げに見つめる。
それよりも、『魔大群(ホルジオン)』とは一体何か。早く説明してくださいステラさん! と、四人組の冒険者パーティと相乗りしながら、冒険者達を馬車へ馬車へと詰め込んでいくステラさんに向かって心の中で強く思う。
その瞬間、妙な違和感を覚える。まるでその言葉が魔力を持ったような気がして、同時に頭の中で反響する。
するとステラさんが肩をビクッと揺らして勢いよく僕の方に振り返り、早足で近づいてきて僕の肩をがっしりと掴む。
「ス、ステラさん?」
「ユウマさんって念話を使えるんですか!?」
「へ? ……ああ、そういえば使えましたね」
違和感の正体は念話だったのか。強く思い過ぎた結果、勝手に念話としてステラさんに声が届いたらしい。
今後は気を付けないと。うっかり心の声が相手に聞こえてしまうかもしれないし。
それより、どうしてこんなに興奮しているのか? 別に変な事言ってないと思うんだけど……
「一つ、お願いしてもいいですか?」
「お願い、ですか?」
「はい。魔大群討伐隊(スレイヤー)ではない私達職員は、皆さんの安否が分からないのが不安で不安で……」
魔大群討伐隊(スレイヤー)とは、ギルドに登録している冒険者の中でもDランク以上|且(か)つ依頼達成数五十以上の冒険者のみで結成される討伐隊のことらしい。
今回向かう魔大群討伐隊の数は二百九十人。基準を満たしていない冒険者は、荷物番としても危なっかしくて連れていけないとのこと。
僕とシルファは、ランクに関しては問題ないが依頼達成数がゼロ。それでも、Sランクということで特別に参加する事になったのだ。
皆、物言いたげな顔をしていたけど、大量のすでにAランク以上だという事は初日の時点で確信している。 ちなみに、僕達がSランクということはまだユイハも知らない。
その事実を知っているのはステラさん、カプアさん、スタッドさんだけだ。面倒事はできるだけ避けたいので、Sランクという事実は極力隠していくつもりだ。
「お願いします。その念話を使って現地の状況を教えてもらえませんか?」
「ええ、全然構いませんよ」
「ありがとうございます! では、皆さんの事もお願いしますね」
僕の言葉を聞いて安心した表情で再び作業に戻る。
そして討伐に向かう冒険者全員が馬車に乗り終えると、職員さん達全員がギルドの前に並び、「気を付けていってらっしゃいませ」と声を合わせて見送ってくれた。
「さて、新入りさん。俺達はステラ嬢に魔大群についての説明を頼まれたんだが……その前に自己紹介といこうか」
話しかけてきたのは相乗りしている冒険者パーティのリーダーらしき人だ。
ステラ嬢――ステラさんがこの人達に魔大群の説明を頼んだらしい。
「俺はカリオーンだ。このパーティのリーダーでファイトマスターだ。呼びづらかったらリオで構わない」
「ナイトのラジェルドだ」
「私はナーチェ。アーチャーよ」
「メル。ウィザード」
カリオーン……面倒くさいからリオでいこう。リオは腰に短剣、背中に大剣を背負っている。セットされた金髪のチャラチャラしたイケメンだ。
ファイトマスターという事はAランクか。
ラジェルドは堅物そうな雰囲気の顔つきだ。その巨漢すら覆い尽くす大きな盾に長剣が収められている。
ナーチェさん。後ろでまとめた長い茶髪に動きやすそうな軽装、魔法弓らしきものを持っている。
優しそうなお姉さんタイプだ。
そしてメル。短く揃った黒い髪に無表情で感情の伺えない小柄な女の子だ。露出の少ないドレスに、先端に魔水晶のついた杖を持っている。
そしてこちらも自己紹介をして、シルファが貴重な治癒魔法を使えるハイプリーストだと聞き嬉しそうだった。あとリオがデレデレしていたのでそれを見たナーチェさんが杖で殴っていた。
そして、僕達のパーティとして隣にいるユイハを見てなぜか四人は一瞬キョトンとしていたが……まあいい。
そしてようやく魔大群について話し始める。
魔大群(ホルジオン)――各地で大量発生した魔物達が、群れをなしたもののこと。大量発生の原因は不明らしいが、その群れが町や村を襲いながら大移動するので、それを潰すために魔大群討伐隊(スレイヤー)というものができたらしい。
「いたぞ! 魔大群だ!」
と、ちょうど説明を終えたところで前方の馬車に乗った冒険者が大声で知らせる。
「ちっ、もうかよ。かなり町から近かったのな。ウィザードのあんたらはサポートよろしくな!」
声を聞き、リオとラジェルドは外に飛び出し、まだ遠くの魔大群を見つめる。後衛の僕達は馬車の前を陣取る。
遠くの方に黒い塊が見える。あれが魔大群なのだろう。
遠くてよくわからなかったが、だんだん近づいてくると規模の大きさがよく分かる。移動速度はかなり遅い。数は……こちらの半分以下だ。
「なんだよ、全然少ねぇじゃんか」
「そうなの?」
「ああ。いつもはこの倍くらいだぜ」
一応空間探知を使い、数と質を把握しよう。目を閉じて、自分を中心に魔力網を広げる。
「――数は百三十体だね」
「は? なんだよ急に」
「だから、魔物の数だよ」
「ユウマお前……この距離で見えるのか!?」
「違うわ! 空間探知で調べたんだよ」
「それでも凄いっての! お前、空間探知まで使えんのかよ。便利すぎだろ」
まあ、女神様が便利だという理由でくれたからね。
「でも何か様子が変だよ」
「なにが?」
「魔大群の最後列に人型の魔物がいて、周りがそいつを守ろうとしてる。何あれ魔物のお偉いさん?」
「おい……それ、マジか?」
「? マジだよ」
リオが信じられない、と怯えるように恐る恐る訪ねてきた。
そしてその場にいる冒険者全員に聞こえるような大声で叫ぶ。
「あ、悪魔だ! 魔大群に悪魔がいるぞ!」
「悪魔? どこにいんだよそんなの」
「魔大群に悪魔が混じってるなんて聞いたことないぞ?」
「そもそも、この距離で見えるわけないじゃん」
皆が、何言ってんだこいつ? という表情でリオの言葉を信じようとしない。
「本当なんだって! 空間探知を使えるやつが言ってんだよ!」
「まあ、この状況でそんな嘘をつくとは思えないけど……」
「そもそも何で悪魔がこんな所に?」
「んなもん知るかよ! それよりお前ら、数が少ないからって気ィ抜くんじゃねえぞ!」
悪魔ってそんなにやばいのか……
確かに他の魔物と比べてかなり強そうだったなあ。
異世界での初仕事なのに、いきなり死にかけるとかならないようにしないと。まあ、いざとなったらシルファがいるし怪我の心配はいらない。
シルファとユイハを守りつつ頑張ろう。
と、そろそろ魔大群がはっきりと視認できる距離に来た。
まだ遠いはずなのにちゃんと見えるのは、女神様が言っていた通り魔力のおかげだろう。視力も上がっているようだ。
魔物の種類はバラバラだ。四足歩行だったり、二足歩行だったり、空を飛んだり、転がって移動したり、そして――
「がはっ……!」
「どうした――ぐあぁ!」
「お前ら! くそ、敵はどこから……」
魔大群との距離、約二百メートル。ゆっくりと近づいている。それなのに冒険者数人がダメージを負っている。
周りを見渡しても魔大群以外の敵は見当たらない。
皆、敵はどこかと探しているが僕はすかさず空間探知を再展開する。
…………
「っ……! 地中だ!」
僕が叫ぶと同時に魔物が地中から姿を現す。
勢いよく飛び出した魔物は、出てすぐの所にいた冒険者の腹部を鎧ごと鋭い爪で切り裂く。
「くそっ、またやられた! なんだあの魔物、見た事ねえ!」
それは、魔大群討伐隊の冒険者ですら見た事がない魔物らしい。
見た目はまるでモグラのようで、身長は一メートル弱。小さい身体に似つかわしくないその鋭く長い爪は、間違いなく凶器だ。
一回目の空間探知で反応が無かったのはかなり深いところに潜っていたからだろう。
「くそっ! よくも俺の仲間を――」
「俺達の手で殺してやるっ……!」
モグラ型の魔物に仲間をやられ、怒り狂った冒険者二人が魔法の詠唱に入る。
他の冒険者も、この魔物は二人にやらせようと一歩下がって見守る。
だが魔物はその場から動こうとはせず、ジッと二人を見つめていた。それはまるで、獲物を狙うような鋭い眼差しのように思えた。
「――水破傷|(ウォータードライブ)!」
「――風破傷|(ウインドドライブ)!」
同時に放たれた水と風の刃は視界を覆い尽くす量だ。それが魔物のいる場所に直撃し、爆風とともに大きな砂ぼこりを立てた。
そして砂埃が収まると、小さなクレーターを残してその場に魔物の姿は無くなっていた。
「へへっ、どうだ!」
「やったぜ!」
――と、敵討ちを果たせた喜びに浸っていた次の瞬間。
「「……え?」」
何かが二人を横切り……二人の首が宙を舞う。
ゴト! と、鈍い音を立てて地面に転がる生首。
「い、いやあああああ!」
「何が起こったんだ!?」
恐らく、魔法が直撃する寸前に地中に潜ったのだろう。そして魔法の衝撃を利用して穴を塞いだ。
憶測でしかないが、もしこれが当たっているならあの魔物はかなり頭がいいという事になる。厄介だな。
「あ、あああれを見ろ!」
指さしたその先には、数十体に及ぶモグラ型の魔物がいた。
「……ステラさん、聞こえますか?」
『ユウマさんですね。そちらはどうですか?』
「えっと……五人やられました。あと悪魔がいるみたいです」
『五人!? 悪魔!? 何が起こっているんですか!』
「見たことない魔物にやられたんです」
『そんな、もう五人も……』
「大丈夫ですよ」
冒険者達は地獄を見ているかのように衝撃を受けている。
今ここで誰かがコイツらを倒さないと大変な事になる。だからここは――
「――僕に、任せてください」
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