第7話
宿を出て、私達が今いるところはある店の前です。
何でも、今着ている服はここで頂いた物だと。ちゃんとお礼を言わなくてはいけませんね。
ユウマがドアを開けると、店員さん? が出てきました。
「いらっしゃいませーって、あれれ? 昨日のお兄さん?」
中から出てきたのは、小さな女の子でした。まさかとは思いましたが、どうやら店員さんらしいです。
ユウマに対して「昨日のお兄さん」ということは、この女の子が昨日服をくれたようです。本当に感謝しなくてはいけませんね。
ええ感謝しますとも。してますけど……
その、『お兄さん』って呼び方どうにかなりませんかね?
いや、分かってます。名前を知らないからお兄さんと呼ぶのは分かります。
でも、考えすぎかもしれませんがその呼び方がいつか『お兄ちゃん』に変わるかもしれないと思うと……危ない! ユウマが危ない方向に!
ユウマはどうやら『お兄ちゃん』と呼ばれるのが好きみたいですし、そのうちユウマがこの子に「お兄ちゃんと呼んで欲しい」なんてお願いをしかねません!
「今手持ちが金貨しかないんだけど、これでいいかな?」
「え、ええ!? こんなに要らないよ?」
「お金はいっぱいあるからね。謝礼金として受け取って貰えると助かるよ」
「そんなの気にしなくていいのに……でも、そこまで言うなら受け取ってあげないこともないかな~」
現にユウマがこの子と話している時の目は、『頑張る妹を温かく見守っている優しい目』をしています。
ユウマに限って無いとは思いますが、犯罪者になる前に『妹』の私が何とかしなければ!
「ところで、そこのお姉さんが服をあげた人?」
とうとう来ました。そうです! 私がユウマの……いえ、『お兄ちゃん』の妹兼、か、かかか彼女になる予定の者です!
あなたの毒牙からユウマを守ってみせます!
「服、ありがとうございます。助かりました」
やらかしました! つい、きつい言い方で返してしまいました……
すると、女の子が私の顔をのぞき込むように見上げてきました。一体、何を――
「へー、ふーん、ほー……」
「な、なんですか……」
「綺麗な人ね。彼女さん?」
「か、彼女!? 私達って、そんな風に見えちゃいますか?」
「まあ、服をプレゼントしたり、仲良さげに一緒に居たらそう見えるよね、普通」
衝撃の事実です。
まだちゃんと告白はされてませんが、いやそもそも告白するつもりだったのかさえ分かりませんが、裸も見られてますし、責任をとるという形でもいずれはそうなるかもしれませんが、周りにはもうすでに、か、彼女に見えているようです!
「いや、違うよ」
「ガーン! そんなキッパリと……」
ま、まさかの完全否定です。
ユウマは……私と彼女に見られるのは嫌なのでしょうか?
やっぱり、私の勘違い――
「いや、僕達兄妹じゃないか」
「ゔっ、そうでした……」
うっかりでした。兄妹設定忘れてました。変な声が出てしまいました。
ユウマが必死に笑いを堪えているような表情をしています。は、恥ずかしい……
すると、女の子が私たちの関係を怪しんでるように、「似てない」と言ってきました。
それはそうです。私達は血のつながりなんてないんですから。
ユウマはそれに対して、とっさの機転を利かして家庭の事情として片付けました。さすがユウマです! 優しくて、強くて、機転が利いて、カッコよくて!
ユウマの素晴らしい所を見るとすぐ胸がドキドキします。
出逢ってまだ一日も経ってないのに、なぜこんなに惹かれてしまうのでしょうか。
そもそも、男性と関わること自体新鮮に思えます。
これは、記憶を無くす前の私は男性と関わることが極端に少なかったという事でしょうか?
ならばこれは、運命の出逢いですよね絶対ええそうに違いません。
おや? 外で何やら揉めているようですね。
顔を出してみると、店の前にはチンピラに絡まれた女の子がいました。
通る人はみんな見て見ぬふりをしているように見えます。
まあ、見るからにガラの悪い人達ですし、普通の人は返り討ちにされますから当然です。
でも、冒険者の人まで見て見ぬふりをしてますね。
もしかして悪い意味で有名人なのでしょうか?
このまま放っておくことも出来ませんし、助けるために前へ出ようとすると、私よりも先にユウマが動きました。
すると、あっという間に鎮圧して女の子を助けてしまいました。
ユウマに助けられた女の子は、まるでリューちゃんを大きくしたような容姿をしていました。
『ああ、リューちゃんのお姉さんだ』と、私はすぐに分かっちゃいました。
「ちょっと、ユイハじゃない! 大丈夫?」
「あ、姉さん。ええ、大丈夫よ」
……あれ? 今、姉さんって言いました?
「リューちゃん、その子は?」
「紹介するわ。妹のユイハよ」
「「妹!?」」
「姉さんの知り合い? 初めまして、ユイハ・マルマニアよ。よく間違われるけど、あたしの方が妹よ」
「そ、そうなんだ……」
「人は見かけによりませんね……」
リューちゃんが妹でした。分かってませんでした。は、恥ずかしい……
ユイハさんは、私達と同い年くらいでしょうか?
なので恐らくリューちゃんが年上なので、リューちゃん改めリューさんですね。
「あ、じゃあ僕より年上だろうし、リューさんって呼ばないといけないな」
「いや、リューちゃんでいいわよ。リューちゃんって呼びなさい。リューちゃんよ分かった?」
えっと、結局リューさん改めリューちゃんです。
その後、ユイハさんがユウマに何度もお礼を言ってました。
まあ、悪い人では無さそうですね。という私の予感は、彼女の言葉で消えました。
「へえー。凄いわ! ねえ、あたしを弟子にして!」
……弟子?
弟子という事は、ユウマがユイハさんと一緒にいる時間が多くなって、私と二人きりになる時間が減ってしまうことになるんじゃ?
師弟関係と言っても、年は変わらない男女。これが恋に発展しないとは限りません。
いけない。このままじゃユウマが私から離れて行ってしまいます。
そして私は一人に――
「そんなのダメです!!」
はっ! 思わず声に出してしまいました!
でも、ダメなものはダメです!
ここで言っておかないと、きっと私は――
「し、シルファ?」
やっぱり、急に叫んだりしたのでユウマも困惑してしまっています。
ごめんなさい、ユウマ。
私には、譲れないものがあるんです!
「な、何でダメなのよ!」
「ダメなものはダメなんです! だいたい、貴方には店番があるじゃないですか!」
「あたしは冒険者でもあるの。店とは別で、冒険者としても稼がないと家計が苦しいの! それに、店は姉さんに任せておけば大丈夫だし。だいたい、何であんたにダメって言われなきゃいけないの!」
それは……
横目でユウマを見ると、やっぱり困った顔をしていました。
でも、これはさすがにユウマの前では言えません。恥ずかし過ぎます!
「そ、それは……とにかくダメなんです!!」
そうです、ダメなものはダメなんです! これは譲れないんです!
「ちょ、二人共、落ち着いて――」
「「お兄ちゃん(ししょー)は黙ってて!」」
「ご、ごめんなさい……」
ごめんなさいユウマ、少し黙っててください!
そして私達の闘い(口喧嘩)は始まりました。
* * * *
リューちゃんに勧められて、マジックバックというものを買った。マジックバックはすごく高価で、金貨二十枚――二百万タロウと来たもんだ。
それもそのはず。
なぜなら――何でも入り、どんなに物を入れてもいっぱいにならない優れ物なのだ!
三百年ほど昔、とある天才Sランク魔術師が開発した魔法陣は、物を異次元の空間に移動させることができ、取るものを想像しながら魔法陣に触れ、魔力を流すことで取り出すことが出来る。
でも、一つ欠点があり……使い始めてからピッタリ二年経てば魔法陣の効果が切れて、中身が全て飛び出すらしい。
ものを入れれば入れるほど、期限が切れた時大変な事になる。
でも一つだけ裏技があって、期限切れ間近のマジックバックを、新品のマジックバックに収納したまま期限切れを迎えれば、新しいマジックバックの中で飛び出す事になるので大惨事は逃れられる。
金貨二十枚――つまり、日本円に換算すると二百万円程で二年しか使えない。
この世界の通貨は金貨が十万タロウ。銀貨が一万タロウ。銅貨が千タロウ。鉄貨が百タロウ。
百タロウ以下の通貨は存在せず、全てのものの値段は百タロウ以上で細かい値段も百単位でとなっている。
二百万タロウはちょっと高い気もするが、幸い金貨はたっぷりある。
それに、それだけの価値がある物だ。そこは妥協しよう。
たくさん買った衣類や日用品、保存食などを全て突っ込み、ギルドを目指して進む。
やっぱり気になる。タロウとは一体なんなんだ……
さて、それは全部置いといて。チラリと後ろを振り向くと……
「何でついてきてるんですかっ」
「あたしはししょーの弟子になったの。弟子がししょーについていくのは当然でしょ?」
「私は認めてません!」
「何であなたの許可が必要なのよ!」
「私はお兄ちゃんの妹です! 兄に変な虫が付かないようにするのは妹のつとめです!」
「虫じゃないわよ!」
「お邪魔虫です!」
「何ですって!」
「何ですか!」
「二人共そろそろ――」
「「お兄ちゃん(ししょー)は黙ってて!」」
「……はい」
まだ闘っていた。もう、何回目だろう。さっきからずっとこれの繰り返している。
道行く人が「なんだなんだ?」「男取り合ってるぞ」「若いっていいわね~」などと言っている。
二人は全く気にしてない、というより気づいていないらしい。
視線を集めながら町を歩く。
まあ、ユイハを弟子にするかどうかも置いといて。
ユイハを含めたパーティを組もうかと思っている。
聞けばユイハは、ずっと一人でクエストを受けていたらしい。
どうしてパーティを組まないのか聞いてみれば――
『友達……いないのよ』
と、気まずくなってしまった。
なら一緒に組まないかと誘ったら、嬉しそうに二つ返事で引き受けてくれた。
シルファは、パーティ以前に弟子になることを頑なに否定している。
何故そこまで否定するのか気にはなるけど、さっきユイハに聞かれた時に言いづらそうにしていたし、そっとしておこう。
さすがに読心術を使うのは良くない。これはいざと言う時の為にしか使わないでおこう。
空間探知も、見てはいけないものも見えてしまう。
一部だけ見ることが出来ず、見たい場所を含めて自分を中心に円形の魔力網を広げる魔法だ。問答無用で全て『見て』しまう。
どちらも使いどころを間違えないようにしたい。
さて、今なぜ僕達はギルドへ向かっているのか。
最初は情報集めのために資料室を借りようかと思っていたのだが、ユイハもついてくると言っているのでお互いの力量を知るために初仕事に行こうかと思っている。
ユイハは、ずっと一人で仕事をこなしていたのでそれなりの実力があるという事だ。
僕とシルファはそもそもパーティなんて必要ないのだが、ユイハは一人という事で、しかも望んで一人になったわけではなさそうなので、可哀想だし組むことにした。
別に仲間が増えて困ることは無い。むしろ男としては、両手に花状態でいいことだらけだ。
ようやくギルドが見えてきた。が、何やらギルド周辺がごった返している。
集まっているのはみんな冒険者だ。
何かあったのだろうか?
「ユウマさん! シルファさん!」
人混みの中から、誰かが僕達の名前を呼びながら近づいてくる。
「あれは……ステラさん?」
ずいぶんと焦っているように見える。やっぱり何かあったらしい。
あのステラさんがここまで慌てているという事は、よっぽどの事なのだろう。
「大変です! 魔大群(ホルジオン)が迫ってきます!」
「ほ、ほるじ……なんですか?」
「急いで来てください!」
「え、ちょっとステラさん!」
ステラさんに強引に引っ張られて、ギルドの中へと向かう。
シルファとユイハも、僕が連れていかれるのを見て我に返り遅れてついてくる。
とにかく、ほるなんちゃらがやばいらしい。
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