第6話

「ふぁ……もう朝か」


 カーテンの隙間から差す光が朝を知らせる。

 昨日は夕食をとった後、服を着替えてからすぐに寝たのだ。もちろん、夕食を運びに来た従業員の人の誤解を解いてから。


 時間を確認するために時計に手を伸ばす。この世界の時計は、魔法陣に魔力を流すことで現在の時間を知らせるものだ。

 枕元に置いてある小さい板状の時計に魔力を流すと、表示された文字は七時を少し過ぎたところだった。


 死ぬ前の世界とこの世界は、似ているところがあることが分かった。時間の概念が全く一緒で、日を定める法則も同じだ。

 今日は四月二日、異世界に来て二日目。案外早く順応できそうだ。


 そろそろ起きようかと、布団から出るために体を起こそうとするが、動けない。

 左腕に違和感を感じて視線を向けると、シルファが僕の腕に抱きついて気持ちよさそうに寝ていた。

 そういえば、一緒に寝ることになったんだっけか。

 最初は気恥ずかしさもあってお互い背中を向けて寝ていたけど、僕は結局すぐ寝てしまった。シルファは抱き癖でもあるのかな? よく見たら足も絡ませてがっちりしがみついている。


「し、シルファ、もう朝だよ」

「んぅ、あと五十分……」

「五分じゃなくて!?」

「じゃあ五分で」

「まあ五分なら――なんでしてやったりって顔してるの?」

「すー……」


……まあいいや。それにしてもシルファは朝が弱いのか。頭の隅にでも置いておこう。

 この宿は朝食も用意してくれるらしいが、八時に届けに来るらしいので、急ぐ必要も無いしそっとしておこう。


 ただ、抱きつかれていると、シルファの体温が伝わってくる上に、当たってしまう。小さ、控えめだが、それでも確かにある胸が腕に当たっていて幸せ……じゃなくて! そうじゃなくて!


「ちょっとシルファ、当たって――」

「すー……」

「あのー、シルファさん?」

「すー……」


 これ以上は色々やばい。あの辺がああなってしまう前にどうにかして抜け出さないと!

 そうだ、魔力を体の形にして固めてその場に固定して抜け出せないだろうか? シルファは起こしても起きる気配がないし、やってみるか。

 魔力で左半身を型取り、慎重に腕と足を抜く。慎重に……慎重に……できた! 何て便利なんだ魔法! 何でも出来てしまいそうだな。





 現在七時四十分。取り敢えず水を飲んでから顔を洗い、完全に目を覚ます。

 そして五分程したらシルファが体を伸ばしながらベッドから降りてきた。


「んんっ。おはようございます、ユウマ」

「ああ、おはよう。眠気覚ましに顔でも洗ってきたら?」

「そうします。ふぁ……」


 シルファが戻ってきたら、朝食が届くまで今日の予定について話す。


「町に出たら、必要な物を揃える。その後は一旦宿に戻ってからギルドの図書室に寄ってもいいかな?」

「別にいいですけど、何か調べ物ですか?」

「僕、魔物とかあまり詳しくないからさ」

「分かりました、じゃあ私もお供します」


 しばらく話していると部屋にノックがして、昨日の従業員さんが朝食を運びに来た。朝食を置くと早足で去っていったが……

 完全には誤解解けてないのかも知れない。もうどうでもいいや。





 朝食を食べたら、金貨が大量に入った袋を持って宿を出る。まずは服を貰った店に行ってお金を返さないといけない。

 少し歩けば店が見つかったので、迷わずドアを開ける。

 すると、昨日と同じ女の子が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませーって、あれれ? 昨日のお兄さん?」

「昨日は本当に助かったよ、ありがとう。実は昨日払えなかった服代を持ってきたんだ」

「もうお金入ったの?」

「あー、まあね。それでいくらだったの?」

「えっとねー、九千六十二タロウよ」


……タロウって、もしかしてお金の単位ですか? 明らかに代表的な日本人名なのですが?

 気になる。めちゃくちゃ気になる。何故タロウ? って聞くと怪しまれるかもしれないし後でこっそり調べよう。

 九千六十二タロウ。この金貨は何太郎……何タロウだろうか? 

 まあ、別に多く渡したからダメというわけでもないし、むしろ謝礼金として幾らか払うべきか。金貨なら軽く一万枚以上はあるし。十枚程掴んで小さな店員さんに差し出す。


「今手持ちが金貨しかないんだけど、これでいいかな?」

「え、ええ!? こんなに要らないよ?」

「お金はいっぱいあるからね。謝礼金として受け取って貰えると助かるよ」

「そんなの気にしなくていいのに……でも、そこまで言うなら受け取ってあげないこともないかな~」


 とかなんとか言いつつ、口元が緩んでるじゃないか。

 でも助かったことは事実だし、喜んでもらえるならそれでいい。


「ところで、そこのお姉さんが服をあげた人?」

「ああ、そうだよ」

「服、ありがとうございます。助かりました」

「へー、ふーん、ほー……」

「な、なんですか……」

「綺麗な人ね。彼女さん?」

「か、彼女!? 私達って、そんな風に見えちゃいますか?」

「まあ、服をプレゼントしたり、仲良さげに一緒に居たらそう見えるよね、普通」


 そういえば、この子の中ではプレゼント扱いだった。

 まあ正直に『着るものがないから服をください』何て言えるわけがないから、あの時はそれで良かったけど、今後もお世話になるかもしれないし、一応誤解だけは解いておくか。


「いや、違うよ」

「ガーン! そんなキッパリと……」

「いや、僕達兄妹じゃないか」

「ゔっ、そうでした……」


 いや、ガーン、ゔって……面白い反応するな。ガーンとか口に出す人初めて見た。

 でもやっぱり、異性からキッパリ違うって言うと、誰でもショック受けるものなのかな? でも、一応今は兄妹として通してるから、ここはキッパリ言わないといけなかったし……許せ、妹(仮)よ!


「へぇー、兄妹なんだ……似てないわね」

「ええっと……そう、義理の兄妹なんだ! 色々複雑な事情があってね」

「あらそうなの?じゃあこの話はおしまいね」


 この子本当に子供なのか? と思うくらいしっかりしてるな。

 カンが鋭いのは逆に子供だからなのかもしれないが、気まずい話になると気を使えるし……この年で店を任されているところとか。あまり子供扱いしない方がいいのかもしれない。

 それになんだか、口調も最初よりも大人びた感じに変わってきている気もする。気が緩んで、本来の喋り方に戻ってるのかな?


「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はリューリュって言うの。リューちゃんって呼んでねっ!」

「僕はユウマ。あと妹のシルファだよ。」

「ユウマにシルファね。覚えておくわ」

「そうだ、この店って、リューちゃん以外の人はいないの?」

「もちろんいるわよ。両親は王都にある本店にいるの。そして支店のここは姉妹で切り盛りしてるの」


 姉妹ということはお姉さんと二人でやっているのか。子供だけで大変だろうに、偉いなあ。

 それに、両親は王都にいるのか。王都なら行く機会もあるし、もしかしたらお世話になるかもしれない。

 そんなことを考えていた時、店の外から悲鳴が聞こえて慌てて出てみると、一人の女の子が三人の男達に腕をつかまれ囲まれていた。


「ちょっと、離しなさいよ!」

「ああ? 人にぶつかっておいてなんだその言い方は!」

「教育が足りないようだな嬢ちゃん」

「俺達が礼儀ってもんを教えてやるよ」

「はあ!? ぶつかってきたのは貴方達でしょ! 痛いから離してよ!」


 ああ、やっぱりいるんだな、こーゆー奴ら。

 それより、何で周りは助けようとしないんだろうか。もしかして悪い意味で名の知れた冒険者とかか? 誰かが助けないとやばそうだな。

 仕方ない……という訳では無いが、取り敢えずチンピラ達を無力化することに決めた。

 すると、チンピラの一人が魔力を纏った腕を振りかぶり、女の子に殴りかかる。


「チッ、偉そうにしやがってこのガキ――ぐは!」


 だが、それは叶わず、僕の放った魔力の砲弾がチンピラの脇腹に直撃して、チンピラの体が大きく吹き飛ぶ。


「誰だ!」

「は? ガキじゃねえか」

「クソが! ぶっ殺してやる!」


 残りの二人がこちらに気づき、魔法を放ってくる。一人がすごく物騒なことを言っているが気にしない。

 いや、それよりも……魔法を放つまでの時間がかかり過ぎているような気が……これが本来の発動時間なのだろうか?こんなに遅いなら隙だらけだ。


「遅いよ」

「「なっ、あああぁぁぁぁぁ!?」」


 相手が魔法を発動させるよりも先に、僕の突き出した右手から高速で放たれた雷は、二人を包み込んで無力化した。

 そして、その場に少しの静寂が訪れる。もちろん手加減はしたから死んではいない……はずだ。それより、女の子だ。


「えっと、大丈夫?」

「え、ええ! 助かったわ、ありがとう」


 さっきはチンピラ達がいて見えなかったが、そこには僕と年の変わらない、赤い髪を高い位置で左右に結んだ女の子が現れた。少しつり目がちな所が、気の強さを象徴しているように感じる。

 すると突然、店から顔を出して見ていたリューちゃんが、女の子の元へ駆けつけて話しかけた。


「ちょっと、ユイハじゃない! 大丈夫?」

「あ、姉さん。ええ、大丈夫よ」


……あれ? 今、姉さんって言ったか?


「リューちゃん、その子は?」

「紹介するわ。妹のユイハよ」

「「妹!?」」

「姉さんの知り合い? 初めまして、ユイハ・マルマニアよ。よく間違われるけど、あたしの方が妹よ」

「そ、そうなんだ……」

「人は見かけによりませんね……」


 二人共、同じ髪色、同じ髪型だから見れば姉妹だと分かるが、まさかリューちゃんが姉とは……やけに子供らしくないわけだ。


「あ、じゃあ僕より年上だろうし、リューさんって呼ばないといけないな」

「いや、リューちゃんでいいわよ。リューちゃんって呼びなさい。リューちゃんよ分かった?」

「り、了解です……」


 謎の気迫によって、リューさんは一瞬で消え去り、リューちゃんが戻ってきた。

 どうして、リューちゃんじゃないといけない理由でもあるのかと、聞きたいが聞いてはいけない気がするのでここは素直に従おう。


 その後、ユイハに自己紹介してから何回もお礼を言われ、さっきの魔法について聞かれた。


「それにしても、なにさっきの魔法。あんな速い魔法見たことないわよ? どうやったらあそこまで速くなるの?」

「あれは……鍛えてたら、たまたまできるようになったんだ」

「へえー。凄いわ! ねえ、あたしを弟子にして!」

「で、弟子……?」

「そう、弟子!」


 また唐突な……しかも弟子ってなると、教えられるような立場じゃないしな。


「えっと、ごめん。僕、弟子とかとってないんだよね」

「じゃあ、あたしが一番弟子ね! よろしくお願いします、ししょー!」


 ユイハは第一印象とは違い、ちょっとバ――天然だった。

 なんかすごく嬉しそうだし、断りづらいな……

 だからといって、弟子なんかとっても、どうすればいいか分からな――


「そんなのダメです!!」


 すると、大人しかったシルファが、突然ユイハに向かって声を荒らげた。


「し、シルファ?」

「な、何でダメなのよ!」

「ダメなものはダメなんです! だいたい、貴方には店番があるじゃないですか!」

「あたしは冒険者でもあるの。店とは別で、冒険者としても稼がないと家計が苦しいの! 店は姉さんに任せておけば大丈夫だし。だいたい、何であんたにダメって言われなきゃいけないの!」

「そ、それは……とにかくダメなんです!!」

「ちょ、二人共、落ち着いて――」

「「お兄ちゃん(ししょー)は黙ってて!」」

「ご、ごめんなさい……」


…………オンナノコ、コワイ。

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