第5話

「ここですね、宿」


 ギルドから出てすぐ宿に向かった。

 探すと言っても、服を手に入れるためにこの町に訪れた際、空間探知で場所は分かっていたからすぐに見つかる。まあ、空間探知をしていなくてもすぐに見つかっただろう。なぜかと言えば……


「大きいね。一体、何部屋あるんだろう?」


 道中に突然現れた建物は、木造三階建ての一軒家の四、五倍はある、ギルドに継ぐ大きさだった。

 この町はそれなりに広く、巨大な建物が二つあっても幅をとっている感じは全く感じない。


「入りましょう、お兄ちゃん」

「そうだね」


 入口を潜り、中に入ればすぐフロントらしき場所があり、見覚えのある……というか、見知った顔の女性が迎えてくれた。


「ようこそ、トルガーの宿屋へ!」

「あ、あれ? ステラさん?」

「おや? 姉をご存知なのですか?」

「姉……ということは、貴方はステラさんの妹さんなんですか?」

「はい、私はカプアと申します! どうぞお見知り置きを!」


 そこにはステラさんと顔も声も瓜二つの女性がいた。冷静になって見れば、ちゃんと違いがあった。


 ステラさんの髪は鋼のような色をしていて、カプアさんの髪は銅のような色をしている。そして、ステラさんはクールで優しい感じだが、カプアさんはとにかく声が大きく元気だ。

 聞けば双子らしい。自分で「この町の看板双子姉妹なんですっ!」と言っていた。


「そういえば、この宿って何でこんなに大きいんですか?」

「あ、それ僕も気になります」


 シルファが素朴な疑問をぶつけ、僕もそれに便乗する。

 ここは、エントランスだけでも相当広い。端のほうに設置された十を超える数のテーブルには、冒険者達が休憩をしていたり、談笑していたりする。


「この町のギルドは、世界でも名を馳せるほど有名なんですっ! 過去に何人もの宮廷魔術師を輩出してきたとかなんとか」


 確か、ギルドマスターのスタッドさんも元宮廷魔術師だったと言っていた。

 そうだ。Sランクの僕達の将来はどうなるんだろう? 宮廷魔術師になれとか言われるのかな?


「今のギルマスも元宮廷魔術師ですし、憧れてやってくる人が多いんです。だから宿を大きくして、たくさんの冒険者さん達に提供しているんです!」

「なるほど。丁寧にありがとうございます」


 女神様にこの世界に送られて、この町の近くで運が良かったのかもしれない。

 この町は大きい町だし、見る限り治安もいい。

 それに……シルファにも出会えた。これから恋でもして、平和で楽しく生活できたら……なんて妄想してみたりする。


 異世界に来たからには、今までしたことの無い恋や、友人を作って仲良くやっていきたいものだ。


「どういたしまして~。それでは、ギルドカードの提示をお願いします。ランクによって部屋が異なりますので」

「分かりました。では、これを」

「お願いします」


 僕に続いて、シルファもギルドカードを出す。

 ランクによって、部屋が異なる……か。Sランクの部屋がどんなものなのかすごく興味がある。

 そして、ギルドカードを受け取ったカプアさんが……


「ではお預かりしますうえぇ!?」


 変な声を出して固まった。


「あのー、カプアさん?」

「…………」

「カプアさーん!」

「はい!? カプアです!」


 取り敢えず正気? に戻った。






「お二人はSランクなんですね! ビックリです! すごいです! Sランクなんて初めて会いました!」

「あ、ありがとうございます」

「なんか、照れますね」

「でも、どうしましょう。Sランク用の部屋は一つしか無いんですよ。Sランクの方が二人も来るなんて想定外でしたから……」


 それもそうだろう。この宿を作った人も、Sランクが同時に二人も来るなんて想像できない。ここでさえ一つしか無いのに、もっと小さな宿だとSランク用の部屋があるかどうかも怪しい。

……いや、ここだからこそランク別制度があるのかもしれない。


 さすがに男女同じ部屋は不味いし、僕はAランク部屋でもいいと言おうとしたら、シルファの言葉に遮られた。



「私達、一緒の部屋で構いませんよ?」



「「……え?」」

「え?」

「いやいや! 同じ部屋は色々不味くない!?」

「そうですよ! 少し狭くなりますがAランク用の部屋でよろしければお貸しできますよ? もちろん、安くさせてもらいます!」

「何言ってるんですかお兄ちゃん。私達、『兄妹』じゃないですか」


 そうだった! そういう設定だった! でも、それはあくまでも設定のはずなのに……

 そう考えていると、シルファに引っ張られてカプアさんに背を向け、小さな声で話しかけてきた。


「部屋が一つしかないからといって、兄妹別々にしたら不審がられます。見るらかに仲が悪そうにしているならまだしも」

「でも、僕達も年頃の男女なんだし、別に大丈夫なんじゃ――」

「むう。ユウマは私と同じ部屋は嫌、なんですか?」

「い、嫌じゃない、けど……」


 僕だって健全な男子高校生だ。何もする気は無いけど、シルファみたいに可愛い女の子と同じ部屋だと、ドキドキして眠れない。


 すると、シルファが男子を勘違いさせるような発言をする。


「――私は、ユウマと一緒がいいです」


……こんなことを言われて断れるわけがない。






「わあ! 広い部屋ですねー!」

「そ、そうだね!」

「どうしたんですか? 声が上擦ってますよ?」

「どうしたんだろうね? あはは……」


 結局、同じ部屋になってしまった。何故か妙に緊張して、声が上擦ってしまう。

 それより……部屋がめちゃくちゃ広い!

 ここに来る途中他の部屋も見たが、Aランクで高級ホテルのスイートルームくらいの広さだったので、Sランクはどうなるんだと思っていたけど……その二、三倍はある。


 たった一人泊めるためにここまで広くする必要はあるのかな? と思ったが、それがSランクなのだろう。

 来る途中に、最低ランクのFランクの部屋を見たけど、やっぱり扱いが全然違った。


 トイレがあるのが救いだろう。あとは布一枚しかない、二、三畳程の部屋だった。

 やっぱり、Fランクは最低ランクなだけあって、迫害されたりするのかな? おそらくこの世界ではそれが当たり前のことなのだろう。少し同情してしまう。


 とそこで、部屋について考えていて、一つ気づいたことがある。


「ベッドって、一つしかないよね」


 一応、一人部屋なのでベッドは一つしかないのは当然だ。

 目の前にあるベッドは、貴族が寝るような大きな天蓋付きベッドだ。これなら一緒に寝ても……大丈夫じゃないよね。


「寝るときは僕、ソファで寝るね」

「あ、あの! それなんですが、一緒に、寝てくれませんか?」

「ええ!? いや、さすがにそれは……」

「一人で寝るのは不安、なんです」


 不安、か。

 自分のことが何も分からないなんて、そんな体験したことがないし、僕には分かってあげることが出来ないから、下手に大丈夫とは言えないんだよなあ。


「なんで自分の事を思い出せないのかも分からないし、起きた時に、今度は周りのことも忘れちゃうかもしれない。なんて想像しちゃうと……怖いんです」


 それでも、仮にも兄と名乗り、一緒に居てあげようと心の中で勝手に誓ったからには、彼女の力になってあげたいと思う。

 よって、唯一の選択肢は――


「分かった。一緒に寝よう」

「本当ですか!? ありがとう、お兄ちゃん!」

「~~ッ!? シ、シルファ!」

「あ、二人の時はユウマでしたね。でも、なんでお兄ちゃんって言ったらダメなんですか?」

「そ、それは……」


 二人きりの時にお兄ちゃんなんて呼ばれたら、自制できなくなって抱きしめたい衝動に駆られるなんて言えない!

 あと、外でお兄ちゃんって呼ばせている理由が行動しやすいようにってことがただの口実で、ただ憧れだった仲のいい兄妹アピールをしたいがためなんて言えない!

 話を逸らさないと……


「そうだ! 実は、シルファに伝えないといけない事があるんだ(いい機会だ。今後長い付き合いになるし、シルファの信頼を得るために、僕の秘密……異世界から来たってことを明かそう)」


「え? 私に伝えたい事……ですか? (何でしょう真剣な表情をして。まさか、告白!? でも、会ったばかりだし、そういうことは時間をかけて! でもでもユウマの気持ちは嬉しいし……)」


「うん。実はね、僕は――」

「待ってください!」

「え?」

「やっぱり、まだ早いと思います! そういうことはもっと時間をかけて、お互いを知ってからの方が良いと思います!」


 そっか……確かに、急に言われても信じられる事でもないし、普通に生活していたら地球にしかない言動が出て、それと異世界という単語が合致して納得してもらえるかもしれない。

 この事はまた今度でいいか。焦ることでもないし。


「そう……だね。じゃあ、いつかまた伝えるよ」

「分かりました。楽しみに……してますね」

「じゃあ、先にお風呂入ってきなよ。夕食が届くまで時間があるだろうし」

「はい。ではお先に」




* * * *




 夕食は七時に運んでくるらしいから、それまでに風呂に入っておこう。

 今日あったことを色々思い出したり、異世界に来たということが事実だという事を感じ、悦に浸ってみたりする。


 しばらくしてシルファが風呂から上がってきた。


「あ、上がりましたよ……」

「じゃあ僕も入ろうかなぁ!?」


 振り返ったら、そこにいたのはバスローブ姿のシルファだった。


「シルファ、何でバスローブ!?」

「だって、着替えの服無いじゃないですか!」


 そういやそうだった……着替えまでは買ってないんだった。そもそもお金払ってないけど。


「洗濯機があったので、脱いだ服はそこに放り込んでこきました。後で風魔法で乾燥させてまた着ます」

「そうだったね、ごめん。じゃあ僕も入ってくるよ」


 明日必要な物を揃えに行かないと。あと、あのお店にお金も払わないといけないな。

 それから僕も風呂に向かう。

 なぜか三台あった洗濯機の内の一つを使い、服を放り込む。

 そして風呂に入りスイッチオン。(一話冒頭参照)


「フハハハハハハハ! 我が魔法で小賢しい魔物どもを蹂躙してくれるわっ!」


………………

…………

……


 何とか我に返り、置いてあったバスローブを纏い部屋に戻る。


「上がったよ。うう、バスローブなんて初めて着たよ……」

「そんなの私もですよ……たぶん」


 なんか気まずい。お互いにバスローブ一枚だけだから変に意識してしまう。


「そ、そうだ! 何か飲み物出しますね――きゃっ!」

「危ない!」


 そう言い立ち上がったシルファが、テーブルから落ちた紙で足を滑らし、倒れそうになったシルファをギリギリで支え……ようとしたが、勢い余って重なり合うように倒れ込んでしまう。

 その拍子に、僕が押し倒したような体勢になってしまった。

 顔が……近い。シルファの顔と顔の距離は、十センチ程しかない。少し動けば口と口が当たるんじゃないか?

 急な事態に、お互いしばらく固まってしまう。


 その時、部屋のドアがノックされ、ドアが開く。


「失礼します、夕食をお持ちしまし……た」


 僕達は今、バスローブ姿で押し倒し、押し倒された形になっている。

 当然、第三者が今の僕達の状態を見たら誤解するわけで……


「ゴ、ゴメンナサイ!」

「「誤解です!!!」」


 夕食運びに来た人は、顔を真っ赤にして、ものすごい勢いで部屋を出ていった。夕食だけを残して。

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