第2話
目の前の草を掻き分けるように出てきたのは、一匹のオークだった。分かってはいたが、オークを見た瞬間、間違えなく異世界だという確信が持てた。
体全体が緑で、頭が豚で巨体だ。手には細めの丸太のような木の棒をがっちりと持っている。
「うわぁ……本物のオークだ! すごくキモイですね女神様!」
『う、うん、そうね。急にテンション高くなったわね』
「そりゃ、ゲームやアニメでしか見たことがないオークですよ? 実際見たら興奮するに決まってるじゃないですか――うわ!」
『どうやら、感心してる場合じゃなさそうね』
僕がはしゃいでいると、オークが丸太を振り下ろしてきた。咄嗟に躱し体勢を立て直す。
その瞬間、自分の体に違和感を感じた。
「あれ? 体が軽い」
『あーそれはね、正常に魔力が身体の中を巡っている証拠なの。魔力が多ければ多いほど運動能力が高いのよ。ちょっとくらいの運動で疲れたり体が凝り固まったりしないのよ。他にも、多くの魔力を身体中に巡らせることによって身体能力を強化できたり、体を覆うように魔力を張ると障壁を作ることも出来るわよ』
女神様の説明を聞いている間も、オークは丸太を振り下ろしてくるが、それをすべて躱すことができた。
「なるほど。それで、ここからどうすれば?」
『そうねえ。どうやってオークを倒したい?』
「真っ二つにしたいです」
『……意外とワイルドなのね。わかった。じゃあ、両手で柄をつかむ形で空に掲げて』
「こうですか?」
『その状態で燃え盛る炎の大剣をイメージしてみて』
「炎の大剣……イメージ……」
すると、手の中に何かを掴むような感触が生まれ、見上げてみればイメージした通りの炎の大剣が現れた。
「おおっ! あれ? 熱くない」
『自分の使った魔法で自分が燃えたら意味無いでしょ? んじゃ、あとは好きにやっちゃいなさい!』
「わかりました! えい!」
可愛らしい声と共に振り下ろされた炎の大剣は、オークを縦に真っ二つにした。それと同時にオークの残骸は焼き尽くされ、塵一つ残ら無かった。そして森が燃えた。
「うわあ! も、森が! ええっと、こう!」
女神様に言われた通りイメージしたら、また魔法が使えた。
こんどは目の前の火を消すために大量の水がどこからともなく出てきた。燃え盛る火に覆いかぶるように、津波のように押し寄せた水が火を消した。
「すごい……本当に魔法を使ってる」
『やるじゃない! ま、魔法の使い方はそんな感じよ。あと、さっき言いそびれたけど、魔法は生まれながらにして最低でも一人一つの魔法が使えるわ。一つはさっき使ったような属性魔法。これは火・水・風・土・雷があって、どれか一つはみんな使える。もう一つは特殊魔法と言って、属性魔法とは違う様々な効果を現すものなの。言い換えればスキルみたいな感じかな?』
「スキル……ですか?」
例えば、触れた人の魔力を一時的に上げたりする魔力強化っていうのがあるらしい。文字通りそれを使えば魔力が一時的に上がる。
あと、常時発動しているものもあるとか。それは、魔力は関係なしに、生まれ持った才能とかで使える人が少ないとか。
そのように、属性魔法とは違う効果をもたらすのが特殊魔法。人によって使える数が違うし、特殊魔法自体を使える人は多くないしい。
「じゃあ、僕は何が使えるんですか?」
『優真くんは、属性魔法は五属性全てよ。特殊魔法は空間探知、精霊術、念話、読心術、瞬間移動よ。特殊魔法は役に立つものにしておいたわ』
「……なんかせこいですね。あと、女神様の考える設定が子供っぽいです」
『子供っぽい言うな! こほん。世界を救ってもらうんだからこれくらいなきゃね。本当はもっと強くしようと思ったんだけど、そうなるといろいろ問題が出てくるから』
「いえ、十分です! あ、そうだ! さっきも言ってましたが、世界を救うってどういう事なんですか?」
救えと言われても、この世界のことが分からない。
魔法については分かったが……魔王とかいるのかな? 魔物がいるんだし、魔王がいてもおかしくない。
『それはね――もう電池切れみたい』
「なにがですか?」
『そのペンダントで会話できる時間は短いのよ。あと、一回使ったら二日間使えないのよ』
「えぇ!? そんなまた急な……」
『んじゃ、説明はまた今度ね!』
女神様がそう言うと、声が聞こえてこなくなった。大事な説明の途中だったのに……
あの人はなぜ、いつもこう唐突なのだろうか。まあ仕方が無い。三日後にまた連絡しよう。
それより……本当に来てしまった、異世界に。自分が魔法を使うなんてついさっきまでは想像もしてなかった。
だけど今は違う。あんなクソったれな世界とはおさらばした。この世界では自分なりに楽しくできたらそれでいい。
女神様の言う、「世界を救ってほしい」という言葉は気になるが、今は知ることが出来ないので取り敢えず放置だ。まずは森からでなくては何も始まらない。
考えるのを後回しにして、森を出るために歩き出す。
「あ、そうだ。空間探知っていう特殊魔法が使えるんだっけ」
自分の能力について思い出し、早速使ってみた。
すると、自分から放たれた魔力が一瞬で森を包み込み、森全体の形や道に落ちている石ころ、木の数、生き物の数や場所、見た目や色など全てが手に取るように分かった。
これ、ものすごく便利だな。ここまで細かく分かるのか。
まるで、元から知っていたかのように分かる。
道が分かったところで、敢えて出口へと歩く。
森を抜ける出口へと向かう間、何匹か狼のような魔物が襲ってきたが、空間探知のおかげで居場所が全て分かっていたので、出てきたと同時に雷属性の魔法で感電死させた。
「お、出口が見えてきた」
歩き続けること十分、ようやく出口にたどり着いた。やっぱり疲れは全然ない。
そして森を抜けると、目の前には先が見えないくらいの花の絨毯が広がっていた。
「うわぁ……これはすごいな」
思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど、綺麗だった。
見たことのない花ばかりだ。
こんな景色、日本ではまずお目にかかれないだろうな。
そこで、どこまで続いているのか気になり空間探知を再び使えば、花畑の中心にある反応があった。
「え、人?」
慌てて駆け寄ると、人が倒れていた。
しかも裸でだ。
しかも女の子だ。
しかも超かわいい。
しかし見たところ外傷はない。
「ちょ、君! 大丈夫!?」
声をかけると、女の子はゆっくりと目を開き、目を覚ました。
「……私は誰? 貴方は、誰?」
「その前に服を着ようね!」
慌てて自分の着ていたブレザーを脱ぎ、顔を背けながら女の子に渡した。
「なんで君はここで倒れてたの?」
「……分かりません。何も思い出せないです」
分からないって、記憶喪失かな?
それより、なんで裸だったんだろ。
年齢は十四、五歳くらいだと思う。
それにしても可愛いな。腰まで伸びる銀髪にぱっちりとした大きな目。瞳の色は赤い。顔もちっちゃくて色白だ。
童顔で可愛いらしく、間違えなく美少女の部類に入るだろう。
あと、胸も小さい。これは余計か
「何か失礼な事考えましたか?」
「え? まさか読心術!」
「そんなの使えません。というより、考えてたんですね?」
「あ、いや……」
「考えてたんですね?」
近い近い! あと顔怖い! 女の子から、とてつもない負のオーラを感じる。取り敢えず誤魔化そう!
「か、可愛いなって思ってただけだよ!」
「ふぇっ!?」
しまった、何言ってるんだ僕は! いきなり可愛いなんて引かれるに決まって――
「し、初対面の人に可愛いなんて、破廉恥です!」
案の定、顔を真っ赤にして怒られた。でも、口元が緩んでいる。なんか嬉しそうな気が……気のせいか。
「ご、ごめん。そうだ君、名前は?」
「その、思い出せないんです……あなたが付けてください」
「え、僕が!? 君も唐突だね……」
女神様と似て。
「も?」
「ああいや、こっちの話。名前か……本当に僕なんかでいいの?」
「ええ、これも何かの縁です。それに、貴方からはなにかすごい力を感じます。悪い人でもなさそうですし」
「なんでそう思うの?」
「悪い人なら、裸でいるところを見たら、えっちなことをしてくるに決まってます!」
「決まってるんだ……わかった、少し考えるね」
うーん、名前か。急に言われても思いつかないな。
そういえば、こっちの世界の人ってどんな名前なんだろう? 僕も名乗る時はユウマ・ナナシロって名乗った方がいいのかな?
それが判明するまでは名前を付けることは出来ないな。
「ねえ、名前は少し時間をくれるかな? ちゃんと考えたいし」
「分かりました。それで、貴方の名前は?」
「えっと、僕の名前は優真っていうんだ」
「ユウマですか……ふふっ」
「どうかした?」
「え? い、いえ! 何でもないです!」
「そう? 取り敢えず、服もちゃんとした方が良いし、近くに町があるみたいだからまずそこで服を見繕おうか」
「そうですね。でも……」
女の子が視線を自分の体がに向けると、恥ずかしそうに手で体を抱きしめるように隠した。
「ジロジロ見ないでください!」
「見てないよ!?」
「でも確かに、貴方の言うことに一理ありますね。でも、この格好じゃ外を歩けません……」
そりゃそうだ。ブレザーを羽織っているだけなのだから。
そういえば、土魔法も使えるんだよな? だったら――
「わかった。町にはまず僕一人で行くから。ここで待ってて」
「待っててと言われても、魔物が来るかもしれないですし……」
「ちょっと待ってね」
そう言って、僕が作ったのは土魔法で地面の中に作った防空壕のような小さな部屋だ。部屋周りの強度は鉄をイメージした。
この部屋は簡単には崩れないし、地面の中にあるから周りからも見つかりにくい。この中にいれば安全だ。
「よし。こんな感じかな」
「凄い……ここまで頑丈なものをこんなに早く……」
「え? これってすごいの?」
「凄すぎます! 一瞬じゃないですか!」
「ま、まあ、とにかくここから出ちゃダメだよ?」
「はい。気をつけてくださいね」
女の子に背を向け、ここで瞬間移動を使う。
誰もが一度は憧れたであろう瞬間移動だ。
空間探知で場所を特定して、町の近くに文字通り瞬間移動する。
視線の先には、それなりに大きな町があった。
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