さあ行こう、希望に満ちた世界へ!
夏巳 エイト
第1話
悪魔である私は、戦の前にまず身を清める。
悪魔が身を清める――聞こえは変だが、私は忌々しい天界人と魔界人の間に生まれた身。
悪魔として生きることを選んだ私だが天界人の血も混ざっており、身を清めることにより意識が高まる。
それに、私くらいの大悪魔になれば、聖水なんてものは効かない。むしろ心地いいくらいだ。
これは、私が自らを高める為に必ず行う。
体を包み込む純白の天使の羽。
それを聖水でひとつひとつ剥がし、奈落の底へと誘(いざな)う。
さあ、仕上げ(クライマックス)だ。
最後は、質の良い上級悪魔の羽毛を剥ぎ、錬金術によって生まれたそれで聖水を拭き取る。
そしてこの正装を纏い忌々しい天界人の待つあの場へ向かうのだ!
いざゆかん、戦場(ディナー)が待ってい――ゴンッ!
* * * *
「あれ? どこだここ?」
たった今、風呂上りで体を拭いて服を着ようとしていたのだが……何が起こっているのか全然分からない。
ついさっき見ていた景色と違う。そこは、周りが全て真っ白な空間だった。
いや、少し違うな。真っ白な空間に、一箇所だけ場違いなほどに眩い金色の光を放つ場所があった。
「眩しっ……何あれ?」
その眩しさに目を閉じるが、光の正体が気になって少しだけ目を開けて見る。
その光がゆっくりと近づいてくると、僕の目の前で止まった。
「初めまして、七城 優真くん」
その光は僕の名前を呼ぶと消え、同時に金髪碧眼の若い女性が現れた。
「……なんで僕の名前を? あと誰?」
「今から全部説明するから取り敢えず座ろっか。あとはい、服」
手渡された服を見ると明らかに女物だが、裸でいるわけにはいかず、仕方なく受け取り、急いで着替えて女性を見るとニコニコしながら女性が指さす先にはさっきまでは無かった高そうなテーブルと椅子が鎮座していた。
「改めて、初めまして。女神やってます! 名前はないから女神様って呼んでね!」
「はあ、女神……それで、なんであなたは僕の名前を? あとなぜ女物の服を?」
「それは、私が女神だからよ! あと、君可愛い顔してるし似合うかなーって。ダメ?」
妙にテンションが高い女神様? は自慢げに鼻を鳴らしながら大きな胸を……じゃなかった。大きく胸をそらした。
そして女顔なことを少しだけコンプレックスと認識している僕は、女神様の言葉に溜息を吐いた。
「ダメです。女顔なこと気にしてるんです。あとこの服恥ずかしいので今すぐ男物と変えてください!」
渡された服……ピンクのフリフリのワンピースだった。
取り敢えず着るものが欲しかったから仕方なく着たが、冷静に考えたら下着を履かずにワンピース一枚だけしか着ていないからものすごく変態ぽい気がしてきた。
「ちぇー、似合うのになぁ。はいどうぞ」
不満そう言うと女神様は何も無い空間からなぜか学校の制服を取り出して渡してきた。
「え、今どこから……まあいいや。後ろ向いててください」
「はーい」
しかもなぜ制服なのか。面倒くさいからもういい。
そして素早く着替え女神様に向き直り、話の続きを求めた。
「もういいですよ。それより、説明してください。何が起こってるんですか?」
「ちゃんと説明するから焦らないの。それより適性者さん、死んでくれてありがとう!」
「……はい? 今なんと?」
女神様がすごく不穏な言葉を言った気がしたので反射的に聞き返してしまった。
「なあに? そんなにお礼がほしいの?」
「いや、そっちじゃなくて!」
「死んでくれて?」
「そうそれ! 死んだって、僕がですか?」
「君以外に誰がいるのさ」
「いや、でも僕はここに……」
死んだだの、適性者だの、わけがわからない。
あと、なぜお礼を言われてるのか。
「ここは死んだ人が来る場所よ。正確には、死んだ人の中でも選ばれし者のみが来られる場所ね」
「死んだって……急に言われても―……」
「それにしても気をつけなきゃダメよ? いくらお風呂で妄想スイッチ入るからって、のめり込みすぎて足元がお留守になってお風呂上がりに足を滑らせて死ぬなんて……ぷふ、あらごめんなさい。いやね、死ぬの待ってた側としては死んでくれて嬉しいんだけど、あの死に方はないわ」
み、見られてた!? は、恥ずかしい……
そう、僕はお風呂に入ると中二病っぽいセリフを言ってしまったり口調が変わったりいろんな妄想が膨らんでしまうのだ。
これは、ストレスや精神ダメージを押さえ込もうとし過ぎた反動なんだと思う。
いつからか覚えてはないけど、多分アニメやゲームにハマりだしてからだ。
これはすぐには自制出来ないのだ。いや、する必要が無かったからする事を忘れてしまって――
いやそれより……足滑らせて死んだのか。そういえばなんとなく後頭部が痛い。触っても血は出てないが……
なんとも言えない気分だ。僕はまだ十六歳なのに、バカやって足滑らせて死んだのか。笑われても仕方ない。
確かに考えてみれば、こんな空間見覚えない。
目の前の女神と名乗る人は、普通に考えれば痛々しいが、何か……普通ではない感じがする。頭がイカれてるとかそういう意味じゃなくて。
まあ、僕が死んだって誰も何も思わないだろう。
僕の両親は僕が十歳の時、事故で既に他界している。親戚は遠くに住んでいて、会ったことが無いから引き取ると言われたが断って、代わりに親戚の伝で働き口を紹介してもらい、そこで特別に働かせてもらいながら親の残した財産で一人暮らしをしていた。
両親は共働きで、夜遅くに帰ってきたり、帰ってこなかったり、いざ帰ってきても僕が起きる頃にはもういない。
昔から遊びに連れて行ってもらったことも少なく、両親のいない家で抜け殻のように時間が過ぎるのを待つ。
友人? そんなものはいない。
小さい頃に女顔のせいでいじめられ、年を重ねてもそれは続いた。周りに恵まれなかった部分もある。だから友達と呼べる存在はいない。
そして両親の死後、周りはのみんなは僕を可哀想な子を見る目で見てくる。
それが嫌で、苦しくて、それ以来学校には行ってない。
故に、悲しむ友人もいないしあのまま消費しながら生きるのもしんどかったし、それを考えた時、死んで少しだけホッとしたのは内緒だ。
そんなことより聞きたいことが山ほどある。
「死んだことは置いといて、選ばれし者ってなんですか?」
「冷静だね、その方が助かるけど」
「冷静……そうですね。あのまま生きていても仕方なかったので。それに、他に重要な事がある気がするし」
「うんうんそだね。まず、選ばれし者とは……」
つまり、こういうことらしい。
ここは、日本で暮らす人の中で、最も魔導師の素質がある人が呼ばれ、それ相応の力を与えてもらえる場所――
「ちょっと待って! 魔導師ってなに? あとなんで日本なの?」
「私が日本のアニメやマンガが好きで滞在してるからってのもあるけど、アニメやマンガに馴染みのある日本の方が都合がいいでしょ? 魔術師っていうのは地球とは違う他の世界……異世界って言った方がわかりやすいかしら? その世界での職業よ。きみ、よくアニメとか見てたでしょ? 大体のイメージはできるんじゃない? そこで起きてる問題を片付けてきてほしいの」
僕が異世界に? 魔術師に? ラノベなんかでよく、普通の人が異世界に転移したりするものを見るけど……実際に僕にそれが起こっているということか?
でも、やっぱり……
「異世界? それこそアニメの見すぎとかじゃなくて?」
「違うわよ! 本物の異世界! 剣と魔法の異世界よ。その世界を救ってほしいの。私はここから動けないし、そのためにあなたを呼んだのよ。死ななきゃ呼べないから早めに死んでくれて助かったわ! そのありがとう」
なるほど。やけに嬉しそうなのは僕が死んだからか。何だか複雑だなあ……
「異世界なんて簡単に信じられませんが、もしそれを断ればどうなるんですか?」
「消えるわ。ただ消えるだけ。だって死んじゃったんだもの。ここに来た人は断れば記憶を無くして赤ちゃんからやり直しとか無いわよ? 断られたらまた適性者を探すの。面倒だから首を縦に振ってくれるとうれしいな!」
消えるのは嫌だ。
ここまで生きてきて特に楽しいことがなかったし、異世界とかが本当なら面白そうだから断るつもりはないけど……
「そこでも死んじゃったらどうなるんですか?」
「大丈夫。これを身につけていれば死を回避できるわ」
女神様に渡されたのは、翡翠色(ひすいいろ)の勾玉のペンダントだ。目を凝らして見ると中が少しだけ光っているのが分かる。
「死を回避できるって、どういう事ですか?」
「それを着けていたら、本来なら死ぬって場面でイレギュラーが起きて死なないのすごいでしょ? いわゆる神器ってやつよ」
じゃあ、これをつけていればどんなに危険な目に遭っても死ぬことはないのか。
でも、死なないってだけで怪我をすることには変わりないだろう。油断しないようにしよう。
「それと、選ばれし者にはそれ相応の力をってね。手を貸して」
「はい?」
言われた通りに手を差し出すと、女神は僕の手のひらに自分の手のひらを重ねた。
「はいおしまい。んじゃ、行ってらっしゃい!」
「え? 今を何したんですか!?」
「さっき渡したペンダントに魔力を流せば私と念話が通じるわ。詳しいことは後で。気を付けてね!」
「ちょ、まって――」
僕は女神様に静止を求めようとしたが体が浮遊感に包まれ、強制的にこの場から追い出された。
* * * *
今、僕の目の前には木々が鬱蒼としていて視界は全て木や僕の腰の高さ位ある草ばかりだ。森の中だろうか?
全体的に暗い。でも、ところどころに光が差していて、夜の暗さではないことが分かる。
まるでジャングルみたいに、木に蔦が絡まっていたり、動物? の鳴き声が聞こえる。
「本当に来ちゃったのかな? 異世界ってやつに……そうだ! ペンダントペンダントっと。魔法とかこの世界のこと何も教えてもらってないし……ええと、魔力なんてどうやって流すんだ?」
魔力の使い方なんて分からないけど、取り敢えず握りしめて念じてみた。
すると、身体の中からペンダントを持っている腕を中心に何かが集まっていくのがわかる。
その時、ペンダントが翡翠色の光を放ち頭の中に女神の声が響いた。
『やっほー優真くん。聞こえるー?』
「あ、はい。聞こえますよ女神様。」
どうやら使い方は合っていたようだ。
『よし! じゃあ、説明するね。その世界は当然ながら電化製品やガスは無いわ。魔力を流せば冷蔵庫やコンロとかの代わりになる魔道具って言うのがあるの。使う時は今みたいに魔法陣にただ念じるだけよ。魔法を自分がどうその魔法を使いたいのか、イメージによって様々な効果を表すわ』
魔法名とかないのかな? こう、かっこよく魔法名を叫びながらド派手な魔法を使ってみたいと思っていたのに……別にいいけど。
「案外簡単なんですね。魔法もイメージだけなんて、具体的にはどんなことが出来るんですか?」
『そこで、君に与えた力の説明に入ります! 君は魔力量が常人より遥かに多い、膨大なの魔力を手にしたわ! はいおめでとう!』
聞いてないし……
「えっと、それだけですか?」
『何言ってるのよ! どんなに魔法を使っても、殆ど魔力切れになる事がないし、少なくとも三日くらいなら休まず魔法を使い続けることが出来るのよ! 普通なら多くても半日で切れるわ』
おおなるほど。それならすごいな。
『あと、君の脳をその世界の言葉を喋れるように弄ったからそこは問題ないわ。そうだ! 魔法はね、生まれながらにして――』
ガサガサ……
女神様が長ったらしい説明をしている時、近くから何かが動くような音がした。
咄嗟(とっさ)に身構えて、周囲を警戒する。
「め、女神様! 何かいますよ!」
『あら、怖いの? さっきまでの冷静さは何処へ……』
「あれとこれは別です! 怖いに決まってます! 死なないってわかっているけど……ペンダントがあっても怪我はするんでしょ?」
『ええ。でも死なないわ。ま、説明するより実際やってみるほうがいいわね。その辺はあまり強い魔物はいないから安心して。今から私の言う通りにしてね』
「は、はい……」
頭の中に響く女神様の声に返事をすると、目の前の草を掻き分けるように出てきたのは身長が二メートルほどある一匹の魔物、ゲームやアニメで言うオークだった。
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