第2話 再会と復活の日

ラウンド12

「内山……アンジェリーヌ……」

 ゆみは、目の前にいる少女の名を、自然と口に出していた。

 内山アンジェリーヌ。

 星のようにきらびやかな、金色の髪をツインテールに結んでいるヘアスタイル。シャツにニットベストというシンプルなスタイルだが、大きくて弾力のありそうな胸の谷間がシャツから見えている。足下はローファー、ニーソを履いており、耳にはサイコロのイヤリングが付いていた。青く透き通った綺麗な瞳をしているが、ツリ目なせいか初めて彼女を見た人には、きつい印象を持たれるかもしれない。

 身長は一七〇近い。日本人離れした、長くてスラリとした手足をしている。恐ろしく、スタイルが良かった。

「内山アンジェリーヌ……って、インターミドル覇者のあの内山アンジェリーヌか!」

「すごっ! 金髪だし、目も青い! 本物の外人だ! ……って寄生虫? え、誰? ゆみの知り合い?」

 アンジェは図々しくみ、空いていたゆみの隣の席に座る。

「はい外人じゃありませ~ん、フランスと日本のハーフね♪ Bonjour、ゆみ。名古屋の高校にいったって情報、間違ってなかったみたいね♪」

「サンティエモン女学院にインターミドル覇者の内山アンジェリーヌが入学したという情報も、間違ってなかったようだな」

 華澄は、少しきつい視線でアンジェを見た。

「アンでいいわよ。ゆみ、がっかりしたわ。格ゲーから逃げて、こんなところでそこの女の子たちとしょうもない青春ごっこしてるなんて。だから、あなたは寄生虫なのよ」

「しょうもない青春ごっこ、だと?」

「ちょっと、いきなり現れて失礼なこと言わないでよね!」

 遥之は怒って、席から立ち上がった。

 華澄も平静を装っているが、あきらかに不快な気持ちが声に表れていた。

「だってそうじゃない。ゆみったら、わたしに負けてから格ゲーやめたっていうじゃない。母親の髙野あきは世界大会で優勝したり、プロの育成にも力を入れてるのに。この子はわたしから、お家から、格ゲーから逃げたんだよ? 中途半端に期待させて……。髙野あきの、寄生虫なのよ」

 ゆみは、何も言い返せなかった。

 アンジェの言っていることは、全て正しい。何もかも捨てて逃げてきたのは、本当のことだから。

「ちょっと、いい加減に……」

 華澄は、アンジェに組み付こうとする遥之を片手で制止し、静かに口を開いた。

「なるほど、大体理解した。それで、君はどうしたいんだ? 髙野を罵れば、それで満足なのか?」

「まさか。わたしはね、満足してないの。トッププロの髙野あきの娘が、あの程度の実力だったってことに。だからね、もう一度勝負がしたいの」

「もう一度、勝負?」

 ゆみは、思わず聞き返していた。勝負という言葉を聞いたゆみは、アンジェの顔を見た。

「そう。だから、再開記念にもう一度勝負がしたいの」

 窓の向こう側に見えるゲームセンターを指さしながら、アンジェはゆみの顔を見た。

「待ってよ。ゆみは格闘ゲームは……」

「ゆみ、あなたは逃げられないのよ。母親からも、格ゲーからも、このわたしからも」

 アンジェからから発せられる闘争心剥き出しの気迫に、ゆみたちは圧倒されてしまった。

「それとも、また逃げる? この子たちとくだらない青春ごっこを楽しむの? こんな、中途半端な想いで格ゲーをやってる子たちと」

 ゆみは、いつの間にか両手を強く握っていた。

 勝負など、したくない。

 怖い。

 それがゆみの本音だった。

 だが、我慢出来なかった。

 華澄の想いを、アンジェはくだらないと言った。

 どうしようもない自分に、救いの手を差し出してくれた華澄と遥之のことを『中途半端な想いで格ゲーをやってる』とバカにした。

 自分のことは、何と言われても構わない。

 だが華澄と遥之のことを悪く言うことは、許せない。

「わかった。勝負、しよう」

 自然と、言葉を出していた。初めて、自分の意志で勝負を挑んだ。

「ゆみ、でも……」

「髙野、無理しなくていいんだぞ?」

 遥之と華澄は、心配そうにゆみの顔を覗いた。しかし、二人はゆみの表情を見た途端、この心配は杞憂だと理解した。

 いつものゆみからは想像できない、強い意志が出ていた。

「遥之ちゃん、南城さん、私は大丈夫です」

 ゆみは、遥之と華澄に軽く微笑みかけると、すぐにアンジェに向き直った。

「その代わり、私が勝ったら南城さんと遥之ちゃんに謝って。南城さんの夢を、想いを侮辱したこと、二人を中途半端と言ったことを」

「D'accord。成立ね」

 アンジェは、にやりと不敵な笑みを浮かべる。それを真剣な目でゆみは受け止めた。

 再び、ゆみは格闘ゲームと向き合うことになった。


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