ラウンド13

『アリーナ』は全国各地に展開されているアミューズメント施設である。格闘ゲームのイベントが盛んなことで有名で、毎日多くのプレイヤーで賑わっている。今日も、様々なゲームが対戦で盛り上がっていた。

 特に、世界的人気ゲーム『ブラッド・リベレイション』は一段と盛り上がっている。

 その中で、一人つまらなそうに対戦している少女がいた。ゲーム画面の上部には、六三WINという表示が出ていた。

ゆい

 アンジェは少女の名を呼んだ。

「遅いぞ、アン。野試合で時間を潰そうと想っていたのに、誰も対戦してくれなくなってしまったわ。つまらない。早く学校に戻るわよ」

 唯と呼ばれた少女は、画面から目を離し、無表情でアンジェを見た。ショートミディアムの外ハネヘアに、きちんと着こなされているブレザーの制服。一見すると優等生のようだが、無表情な顔のせいかどこかだらしなくも見える。だが、目は一流のアスリートのように鋭い。独特の雰囲気の少女だった。

「あはっ。もう少しだけ時間くれな~い?」

「はあ? まだ待たせるの?」

 唯は、心底嫌そうな顔をした。しかし、アンジェの後ろにいるゆみを見て、いつもの無表情に戻る。

「会えたのか。早かったわね」

「ほんとにね」

 アンジェと会話している唯を見て、華澄は少し驚いた表情を見せた。

「あれは……サンティエモン女学院の野神唯のがみゆい!」

「知り合いなの?」

 遥之の質問に、華澄は首を横に振った。

「いや、知り合いではない。こちらが一方的に知ってるだけだ。彼女は、去年のインターハイ個人戦でベスト4に入った実力を持つプレイヤーだ」

「マジで……?」

 遥之は意外そうに唯の顔を見た。

「ゆみ、そこの対戦台が空いてるわ。そこで勝負よ」

「あまり時間がないわよ。誰かさんのせいで」

「なら、一試合だけ。それならいいでしょ?」

「時間に間に合うならいいわ」

「ゆみ、あなたもそれでいいでしょ?」

「え、ええ」

 ゆみはガチガチに緊張していたが、なんとか声を振り絞り 、返事をした。

 アンジェはつかつかと手前の筐体に座ると、目でゆみに反対側の筐体に座るよう促した。促されたゆみは、アンジェと反対側の筐体に座る。

 1P側がゆみ、2P側がアンジェという形になった。

「髙野、大丈夫か?」

 華澄は、自分の声が周りの音にかき消されないように、ゆみの耳元で話しかけた。いつの間にか、ゆみの後ろに遥之と華澄が立っていた。

 二人とも、強ばっているゆみの顔を見て心配になり、思わず後ろに立っていた。

「だ、大丈夫です。南城さんの夢と想いを侮辱されて、黙っている訳にはいきません」

「意外に、熱いところがあるんだな」

 華澄はふっと微笑むと、ゆみの背中を軽く叩いた。今の華澄にできる、精一杯の励ましだった。

 ふいにアンジェが、筐体の横からぴょこんと顔を出した。

「いい? さっき言った通り、一試合勝負よ。そうね、今のゆみじゃわたしに絶対勝てないから、ハンデとしてサブキャラで戦ってあげる。それでいいでしょ?」

「ハンデって……あの金髪ハーフ、どこまでバカにしたら!」

 アンジェの申し出に怒った遥之を、華澄が手で制した。

「髙野には、ブランクがある。メインキャラと対戦したら、勝つことはかなり難しい。悔しいが、ここは彼女の言う通りにした方がいい」

 華澄は、悔しそうに唇を噛んだ。

「じゃ、そういうことで♪」

 先にゲームにクレジットを入れたアンジェは、キャラクター選択画面でカーソルを気まぐれに動かしている。

 ゆみも、震える右手を左手で押さえながら、キャラクターを選ぶ。かつて、相棒として長年使っていたキャラクターを。

 対戦は、静かに始まっていた。

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