ラウンド11

「いやーうまいな、この小豆コーラフロートとやらは!」

「相変わらず趣味が悪いなー、華澄は」

「ふふふ」

 放課後、ゆみは華澄からのお詫びとして、駅前のカフェでスイーツをご馳走になっていた。遥之も、一緒である。

「ゆみの食べてるのもおいしそう!」

「あ、じゃあ一口交換しない?」

「では、頂こう」

「華澄じゃないでしょ!」

 和気藹々わきあいあいとスイーツを楽しんでいる中、ゆみはずっと疑問に思っていたことを、華澄に尋ねた。

「あの、南城さん」

「心配するな。髙野の分は私のおごりだぞ!」

「そうではなくて……。南城さんは、なぜeスポーツ――格ゲーがあまり盛んではない明陽高校に入学されたんですか? 格ゲーがやりたいなら、他の高校を受験すると思うですが……」

 ゆみは不思議に思っていた。受験する高校を選ぶ際、明陽高校の資料を見たが、部活動記録の項には『e-格闘技部』のことは記載されていなかった。

 それに、今朝の遥之の言葉が気になっていた。

『部員が集まらないと団体戦に出られないからと何とか言っててさ』

『しばらくは華澄と部員集めかな?』

 部活に勧誘されているときに聞こえてきた、在校生の言葉にも気になる言葉があった。

『でもうちで格闘ゲームやってる部活って、南城しか部員いなかったよな?』

 これらのことから考えるに、e-格闘技部は部としてあまり機能していないように思える。

 格闘ゲームをがっつりやりたいなら、普通はもっと盛んな学校か強豪校を受ける。それを、わざわざ部としてあまり機能していない明陽高校に入学したということは、何か特別な理由があるのだろうか?

 余計なお世話だとは思ったが、どうしても気になった。

「ああ、それはだな」

 華澄は、小豆コーラフロートを食べる手を止めた。

「私は、一度格闘ゲームを辞めたことがあってな」

「え……そうなんですか?」

「ああ。中学生の頃、私はインターミドル出場を目指して日々練習していてな。毎日どんなときでもアケコンのレバーを握っていた」

「あの頃は、ストイック過ぎて心配だったよ」

 遥之の言葉に、華澄は苦笑いをした。

「でも、インターミドルに出場することは出来なかった。ショックだったよ。努力すれば、何でも実現すると思っていたからな。こんなに頑張ったのに。頑張っても結果が出ないなら、意味がないと思ってた。意味がないから、格闘ゲームはもうやる必要がないと思って、明陽高校を受験したんだ」

「そうだったんですか……」

「もう、格闘ゲームをやることは二度とないと思ってた。ところが、私が二年生になったとき、一人の教育実習生がクラスに来てな。その教育実習生が熱苦しくて、もの凄く格闘ゲームが好きな人でな。何かというとすぐ格闘ゲームに例えて、クラスを困惑させていたよ」

 華澄が、懐かしそうな表情で笑った。

「ある日、どこで知ったのか、私が格闘ゲームをやっていたことを知られてな。しつこく絡まれたよ。休日に呼び出されて、ゲーセンで半日くらい対戦させられたりしてな。とにかく、しつこかった。オマケに、とても弱かった。でも、凄く楽しそうに格闘ゲームをしていてな。中学生の頃の私とは、全然違うと思った。同時に、思い出したんだ。自分にも、こんな風に格闘ゲームを楽しんでいた頃が、あったっけなって」

 ゆみは、ふと考えた。

 自分には、格闘ゲームを楽しんでやっていた頃があったかどうかを。

「それから、いつの間にか私も積極的に格闘ゲームをやるようになっていた。とにかく、二人で対戦しまくったな。二度と格闘ゲームをやらないつもりで高校に入学したのに、格闘ゲーム漬けの日々を送ってるんだから、面白いものだ。それで教育実習が終わる日に、言われたんだ。今度はインターハイの応援席で、南城華澄の試合を見たい、応援したいってな。あの人は、私に格闘ゲームの楽しさを思い出させてくれた。だから、その恩返しに部を作って、インターハイに出たいと思ったんだ」

 ゆみは、言葉が出なかった。

 華澄も、自分と同じだった。

 彼女も、格闘ゲームをやめる為に明陽高校を受験したのだ。

 華澄のことが心に引っかかったのは、自分と似ていたからだった。

 ゆみは、なぜか溢れてくる涙が流れないように我慢しながら、華澄の目を見つめた。

「髙野を見てると、昔の自分を見ているようでほっとけなくてな。中学のときに何があったかは聞かない。でも、思ったんだ。髙野に『もう格ゲーはやらない』って言われたとき、髙野の力になりたいって。e-格闘技部に入部してくれなくても構わない。時々でいいから、部室に遊びに来てくれないか? 迷惑なのは解ってる。でも、髙野の力になりたいんだ」

 華澄の顔は、真剣だった。

 ゆみは、泣かないように必死に我慢する。

「南城さん……」

「あたしも、ゆみが遊びに来てくれるのは大歓迎!」

「遥之ちゃん……」

「長々とすまなかったな、髙野。さあ、もっと頼んでもいいぞ! この抹茶ソーダアイスというのはどうだ?」

「も~、華澄は趣味が悪い!」

「ふふふ」

 楽しい時間だった。ゆみは、この時間がいつまでも続いて欲しいと願った。

 しかし、楽しい時間は来訪者によって、虚しくも砕かれた。

「わー青春ってやつ? すごいね~、感動するね~♪」

 突然の知らない少女の声に、ゆみ、遥之、華澄は同時に声の主に顔を向けた。

「えっと、あなた誰?」

「! 君は確か……」

「久しぶり、寄生虫さん♪」

 声の主は遥之と華澄には見向きもせず、視線は真っ直ぐにゆみを捉えていた。

 ゆみは、少女の顔を見て言葉を失った。目の前に、信じられない、会いたくない人物が現れたからだ。

 ゆみは震える体から、何とかして声を絞り出す。

「あなたは……」

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