ラウンド10

「おはよー。ゆみ大丈夫? 昨日は眠れた?」

 バス停から降りた十メートルほど先で、ゆみは遥之に肩をポンと叩かれた。

「おはよう、遥之ちゃん。大丈夫、ちゃんと眠れたよ」

「そっか~、ならよかった。昨日はごめんね。華澄が空気読まなくて……」

「南城さんは悪くないよ。私が格闘ゲームを辞めたこと、南城さんは知らないから仕方ないよ」

「華澄、昔からあんな感じで破天荒というかなんというか……アホなんだよね」

「ははは……」

 大笑いするわけにはいかず、ゆみは乾いた笑いをしてしまった。

「ところでゆみ、どの部活に入るか決めた? ウチの高校、一年生は絶対に部活に入らないといけない校則なんだって」

「うーん、まだ決めれなくて……。遥之ちゃんは、もう決めたの?」

「あたしは華澄の部活に入るよ。えーっと『e-格闘技部』ってやつ?」

「え、そうなの?」

「うん。実は、あたしが中学のときから誘われててさー。華澄には色々世話になったし、ずっと格闘ゲーム頑張ってるとこ見てたから、なんとなく。それに、部員が集まらないと団体戦に出られないからと何とか言っててさ」

「そうなんだ……」

 団体戦と聞き、ゆみはインターミドルのことを思い出した。遥之に表情を読まれぬよう、ゆみは平静を装った。

「まあ、しばらくは華澄と部員集めかな? 華澄、色々ぶっ飛んでるから心配だな。昨日も、みんなちょっと引いてたし」

「誰がぶっ飛んでるって?」

 いつの間にか、華澄がゆみと遥之の間に立っていた。

「わわっ!」

「ふうおっ!? びっくりしたなー、もう。普通に話しかけてよ!」

「普通に登場したと思うが。おはよう、髙野! 昨日はよく眠れたか?」

「お、おはようございます、南城さん」

 ゆみは、やや緊張しつつも華澄に挨拶を返した。

「ふふ、そう固くなるな。もっとフランクに華澄ちゃんでもいいぞ?」

「えっと、昨日の今日でそれは難しいです……」

「ほら華澄! ゆみを困らせるなっつーの。昨日だって大勢の前で困らせて。ちゃんと謝りなさい!」

「そうか……。私のせいで、髙野を困らせてしまったのか……。髙野、申し訳なかった。許してくれ」

 華澄は、深々とゆみに頭を下げた。

「そ、そんな、顔を上げてください。確かにびっくりしましたけど、悪気があったわけじゃないでしょうし……」

「いや、そーはいかん! 髙野の気持ちをまったく考えていなかった。私は重罪だ! 本当に申し訳なかった!」

 再び、華澄は深々と頭を下げた。

 そんな華澄を、他の生徒たちが不思議そうに眺めている。華澄だけでなく、ゆみと遥之にも視線が刺さる。

(は、恥ずかしい……)

 生徒たちの視線に耐えられず、ゆみは涙目になってきた。

「南城さん、もういいですから……」

「もう! またそうやって大きい声出す! あたしたちは先に行くからね!」

 遥之はゆみの手を取り、華澄を無視してつかつかと歩いて行く。

「遥之、部活の件なんだが……」

 前を歩いて行く遥之に、華澄は真剣な表情で呼びかけた。

「もちろん、入部するに決まってんじゃん!」

 遥之は華澄に振り向くと、笑顔でぐっと親指を立てた。華澄は、子供のように無邪気な笑顔をしながら遥之に抱きついた。

「ありがとう、マイ幼なじみよ!」

「だから、恥ずかしいからやめてってば!」

 遥之は、抱きついてきた華澄を面倒くさそうな顔で離そうとしながら、どこか楽しそうな表情をしていた。

 そんな二人を、ゆみは微笑ましい気持ちで眺めていた。

(やっぱり、気になるな……)

 ゆみは改めて、南城華澄という少女に興味を持った。

 南城華澄がゆみのクラスに現れたのは、放課後のことであった。

 ゆみが初めての高校での授業を終え、今まさに帰り支度をしようとしている最中に、突然教室のドアが勢いよく開かれた。

 ドアを開いたのは、南城華澄だった。

 華澄は一切の迷いなくゆみのもとまで来ると、ゆみの肩を両手で掴み真剣な顔で尋ねた。

「髙野、この後時間あるか?」

「華澄、部活のことならやめてあげて」

 遥之が華澄に、やや強めに注意した。

「いや、できれば部活に入部して欲しいんだが……今日は昨日のお詫びをきちんとしたくてな」

「お詫び……ですか?」

「ああ。昨日は髙野を困らせ、不快な思いをさせてしまった。そのことについて、遥之にきつく怒られてな」

「あたまりまえだっつーの。誰だってああなったら嫌だもん」

 遥之は、再び華澄に強く注意した。

「いえ、私はもう気にしてませんから……。それに、今朝謝っていただきましたし」

「そうはいかん! 何かお詫びをしなければ、私の気が晴れない。そうだ、駅前にうまいスイーツがあるカフェがあるんだ。お詫びとして、是非私に奢らせてはもらえないだろうか?」

「いえ、そんな。そこまでしていただかなくても……」

「何もしないままだと、私がスッキリしないんだ。この通りだ!」

 今朝の時のように、華澄はゆみに深々と頭を下げた。

 華澄に頭を下げられておろおろと戸惑ってしまっているゆみの肩を、遥之が優しく叩いた。

「諦めて、ゆみ。こうなった華澄はテコでも動かないから」

「わ、わかりました。では、お言葉に甘えて……」

「本当か!? ありがとう、髙野!」

 華澄が、勢いよくゆみに抱きつく。まるで、恋人を抱きしめるかのように。

「ひゃあっ!? ちょ、ちょっと南城さん!?」

「バカ! 何やってんの華澄! ゆみがびっくりしてるでしょーが! いちいちオーバーリアクションなのよ、あんたは!」

 ゆみを抱きしめて離さない華澄を、遥之は力尽くで引き剥がそうと奮闘した。その様子を、興味深そうに他の生徒たちが眺めている。

(もう、やめてください……)

 ゆみは顔を真っ赤にしながら、華澄から早く解放されることを願った。


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