ラウンド9

 夢を見ていた。

 あの時の、あの日負けた時のことを。

 中学三年生の時の、インターミドル団体戦第一回戦。部の、学校の期待を背負った戦いだった。

 ゆみは、部にとって精神的支柱だった。

 母親は世界で活躍するプロ・ゲーマーで、祖母は日本で格闘ゲームを盛り上げる立役者になった人物である。

 幼い頃から母と祖母の英才教育を受け、格闘ゲームのプロとして活躍する為に厳しい練習を続けてきた。

 負けることは、許されない。

 勝つことが、重要。

 そんな教育方針で練習してきた。

 だから、負けることがなかった。自分より年上のプレイヤーに勝つことも、珍しくない。小学部では、ゆみに敵うプレイヤーはいなかった。

 それだけの実力を持っている少女が、部を支える精神的支柱になるのは必然だった。そのゆみが、インターミドルの一回戦で為す術もなく、負けたのである。

 完敗だった。ゆみが負けた影響は大きく、他のメンバーも次々と負け、部は一回戦敗退となった。

 母はゆみに失望し、部員たちと顧問はゆみを責めた。中学生の少女の心を傷つけるには、十分な要素だった。

 インターハイ終了後、ゆみは格闘ゲームを辞めた。母と祖母には辞めたことを責められたが、続けようとは思わなかった。

 ずっと格闘ゲームしかやってこなかったゆみにとって、負けることは自身を否定されるのと同じことだった。

 それから毎日、格闘ゲームを辞めてから、負けた試合の夢を見るようになった。それは今日も変わらない。

『ただの寄生虫ね』

「…………!」

 ゆみは、今日もいつもの夢で目が覚めた。

「はあ……」

 朝から、ネガティブな気持ちになる。せっかく、高校生になったのに。格闘ゲームをやっていた自分を知っている人間が、たくさんいる東京から、逃げてきたのに。

 しかし、今日はいつもと少し違った。

 昨日の、南城華澄なんじょうかすみのことが、心に引っかかるからだ。

 なぜ心に引っかかるのか、解らない。

 ただ、華澄の言葉は他の誰よりも心に響くものがあった。

『e格闘技部に入部しないか?』

 華澄の言葉が、頭の中で再生される。

 ゆみは、パジャマを脱ぎながら、ふと鏡に映った自分の姿を見た。何かを期待するような、顔をしていた。

(沈んだ気持ちなのに、なんでこんな顔をしているんだろう)

 自分自身に不思議を感じながら、ゆみは制服に着替え、時計に目を向けた。時刻は、午前六時半。学校に行くには、早い時間だ。

 ゆみは無意識に、ベランダに出た。

 空が、明るくなっていた。

 しばらく、空を眺める。

 風が、気持ちいい。

 陽が、心地よい。

 良い天気だった。

 こんな良い天気だから、いつもと少し違うのかな。

 そんなことを考えながら、ゆみは時が過ぎるのをゆっくりと待った。

 何かが変わることを願いながら、ゆっくりと――。

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