ラウンド37

 激しい、殴り合いだった。ゆみもアンジェも、お互い攻め合った。

 守ることなど、一切考えない。ただひたすら、相手を攻めることばかり考えていた。

 ゆみが低空ダッシュレバー前Cでゆいかに触りにいけば、アンジェはダッシュCでヴァルミリアに襲いかかる。ゆみがコンボを決めれば、アンジェがコンボを決める。

 一進一退の攻防が続く。

(食らいついてくる……離せない!)

 ゆみは苦しかった。

 どんなに攻めても、どんなにコンボを決めても、アンジェは怯まない。怯むどころか、さらに攻撃性が増していく。ほんの少しでも油断すれば、負ける。

 言葉に出来ない緊張が、ゆみの体を蛇のように伝っていく。

 その時だった。

 緊張が、ゆみの心に牙を立てた。

 一瞬の隙が、生まれた。アンジェはその隙を、逃さなかった。すかさず、ボタンを三つ同時押しする。リベレイション、発動。再びあの、高難易度高威力のコンボをヴァルミリアに決めていく。

 ダッシュC。

 パーソナルアクション。

 ジャンプC。

 立ちC。

 ダッシュC……。

(このままじゃ、まずい!)

 ゆみの心臓の鼓動音が、大きくなっていく。

 リベレイションゲージはまだ溜まっていない為、リベレイションバーストは使えない。もしこのコンボを完走されたら、ヴァルミリアのライフゲージは一割程になってしまう。

 ゆみに今出来ること。それは、

(お願い、ミスって!)

 アンジェのミスを祈ることだけだった。

 だが、その祈りは通じなかった。アンジェは一つもミスることなく、コンボを完走した。

 さらに、ダウンしたヴァルミリアにはゆいかの起き攻めが待っている。もし起き攻めが通れば、ゆみの負けである。

 絶体絶命の状況だ。

(また私は、負けてしまうの?)

 ゆみの頭の中を、過去の記憶が駆け抜けていった。アンジェに完敗したインターミドル。顧問と部員たちに、負けたことを責められたあの日。母に失望された、あの日のことを。

 ゆみが勝負を諦めかけたその時、声が聞こえてきた。

「ゆみ! まだ諦めないで!」

「髙野、今のお前は昔とは違う! 今のお前は強いんだ!」

 遥之と華澄の声だった。

 ゆみは気がついた。

 そうだ。自分は、一人じゃない。自分には、心強い仲間がいる。こんな自分に手を差し伸べてくれた、仲間がいる。

 仲間の為にも、負けられない!

 ゆみは全神経を、ゆいかの動きに集中させる。

 アンジェが、起き攻めにパーソナルアクションを重ねてきた。

 ゆみはこれを立ちガードで防ぐと、すぐにゆいかを投げにいく。

 ヴァルミリアがゆいかに投げを決め、そこから追撃コンボを決める。今度は、ゆみが起き攻めを仕掛ける番だ。

 ヴァルミリアのライフゲージは、残り僅か。一発でも攻撃を喰らってしまえば、負ける。

 それでも、ゆみは引かなかった。

 何があっても、攻める。

 絶対に、攻める。

 決心は、揺らがない。

 ゆみはヴァルミリアをダッシュさせ、ゆいかに接近していく。

 読み合いが、始まる。

 しゃがみAか。

 ジャンプして攻撃してくるか。

 途中でダッシュを止め、暴れを狩るのか。

 アンジェはゆみが取る行動を、瞬時に判断する。

(ゆみは、大胆なことはできない!)

 そう考えたアンジェは、ゆいかのガードを固める。

 ゆみは、ヴァルミリアのダッシュを止めない。

(あなたには、できない!)

 ゆいかに向かってダッシュしてくるヴァルミリアを見ても、アンジェの考えは変わらない。

((勝負!))

 ゆみとアンジェの思いが、ぶつかった。

 思いが強かったのは、ゆみの方だった。

 ゆみは、ダッシュからそのままゆいかを投げにいった。ダッシュ投げだ。

「なっ!?」

 想定外の攻撃に、アンジェは思わず声を出していた。

 再び投げられたゆいかに、ゆみはコンボを決めていく。今度は、リベレイションを発動してのコンボだ。

 立ちA。

 立ちB。

 ジャンプキャンセル。

 ジャンプC。

 ジャンプレバー前C。

 ジャンプB。

 着地からの、

 立ちA。

 立ちC……。

 今出せる最大ダメージのコンボを、ゆいかに刻んでいく。

 ゆいかのライフゲージが、残り僅かになった時だった。

 ゆみの目の前に、人影が現れた。

 それは、過去の自分の姿をしていた。過去の自分の幻影が、ゆみのプレイの邪魔をする。

『あなたは、変われない』

 幻影は、ゆみに静かに呟く。

『あなたは、前に進めない』

 進める。

『あなたは、内山アンジェリーヌに勝てない』

 勝てる。

『あなたは、過去から逃げることしか出来ない』

 もう、逃げない。

 幻影が呟く言葉を、ゆみはコンボを刻んでいくことで打ち消していく。

『あなたは――』

「さよなら、私」

 ゆみは過去の自分と決別するように、超必殺技のコマンドを入力した。コンボの締めに使った、ヴァルミリアの超必殺技。技名は『ベツヘレムの星』、『希望の星』という意味を持つ言葉だ。

 ヴァルミリアは希望の星で、ゆいかにとどめの一撃を放った。無数の蛇が、流れ星のようにゆいかを攻撃していく。

 そして――。

『K.O』

 ライフゲージがゼロになり、ゆいかが地面に倒れた。

「大将戦勝者、明陽高校!」

 大会スタッフの声が、 勝者を称える声となって会場に広がっていった。

 ゆみの、勝利だった。

『おめでとう』

 ゆみの幻影は祝福の言葉を言うと、ゆみの前から消えていった。幻影が消えると同時に、ゆみの心が軽くなっていった。今までのつらい感情が、全て消えたように感じた。

「ゆみ、おめでとう!」

「やったな、髙野!」

 遥之と華澄が、勢いよくゆみに抱きついてきた。ゆみの勝利を、自分のことのように喜んでくれていた。

(私、勝ったんだ……)

 ゆみはようやく、自分の勝利を実感した。安堵の涙が一筋、ゆみの頬を流れていった。

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