ラウンド36

「もっと攻撃的に、ですか?」

 市民eスポーツ大会の一週間前。ゆみはビムスでnao/と会話している際、nao/に自分の立ち回りについてアドバイスをされた。

 それは、もっと攻撃的な立ち回りをできるようになれ、ということだった。

「ん。ゆみちゃんは何というか、真面目過ぎるんだよね。戦い方が」

「真面目過ぎる……ですか?」

「ん。ヴァルミリアって、長いリーチを生かして相手の動きに対応していくキャラって思われてるじゃない?」

「そうですね。自分から積極的に攻めるタイプのキャラクターではないですね」

「その考えが、ゆみちゃんの弱点だと思うの」

「私の、弱点?」

「ゆみちゃんは真面目過ぎるから、相手の動きに対応していこうと意識しすぎて、うまくいってない時が多いと思う。立ち回りが丁寧な相手とかならそういう戦い方でもいいと思うけど、ガン攻めしてくるタイプとかトリッキーな動きをしてくる人には、戦いの主導権を握られちゃう。結果、動きに対応できなくて負ける」

 nao/は、手元の缶コーヒーを口に運んだ。

 相手の動きに対応していこうと意識しすぎている――。

 ゆみは、思う。

 言われてみれば、相手の動きに対応できなくて負けるケースが多い気がする。

 インターミドルの時のアンジェ、部室での華澄との対戦。どちらも相手の動きに対応できず、苦戦した。

 特に、アンジェには何もさせてもらえなかった。

 ゆみは、缶ジュースの水滴を指で拭った。

「言われてみれば、思い当たる対戦がたくさんあります。相手に対応できなくて、対応しようと試行錯誤しても上手くいかなくて。負けた試合のほとんどが、そうでした」

「ん。そこで、考え方を変えよう。相手に対応して動くんじゃなくて、こちらから攻めてその先の相手の動きを狩る」

「自分から攻めて、その先の相手の動きを狩る……」

「ゆみちゃんと対戦してて思ったの。積極的に攻めにきた時の方が、手強かったなって」

「…………」

 ゆみは、考えた。

 積極的に、攻める。

 相手の動きをこちらから封じ込めにいくことはよくやるが、それは攻めで行っている訳ではない。どちらかというと、守りの感覚でやっていた。

 それに、相手に対応しつつ制圧していくのがヴァルミリアの戦い方だと、母に教わった。ガンガン攻めるのは、キャラコンセプトに合わないとも言われた。

 nao/が言っていることは、母とは正反対のことだ。乱暴に言えば、母の教えを捨てろと言っているに近い。

 アンジェに負けたことで失望されたが、母は母だ。ゆみにとって、たった一人の母親だ。その母の教えを捨てることには、正直抵抗がある。母との、最後の絆のような気がしていたからだ。(私に、戦い方を変えることなんてできるのかな……)

 考え込んでいるゆみの頭を、nao/が優しく撫でた。

「何かを成すには、別の何かを捨てなきゃならない時もあるよ」

 ゆみは、nao/のこの一言で、決心がついた。

「nao/さん、対戦再開しましょう!」

 ゆみは残りの缶ジュースを一気に飲み干すと、nao/の手を両手で握った。

「ん。覚悟できたみたいだね。じゃあ、続き始めようか」

 nao/は穏やかな笑顔でゆみを見ると、すぐに鋭い目付きに変わった。


 ゆみは、アンジェを攻めていく。

 攻めて攻めて、攻めまくる。

 nao/との特訓で体得した『自分から攻めて、その先の相手の動きを狩る』立ち回りは、アンジェと互角以上の戦いを繰り広げることが出来た。

 さらに、リベレイションを攻め継続の為に使うことで、より一層攻撃性が増した。ガードを崩す為に攻めるのではなく、ガードを固めさせてライフゲージを削ることで、相手にプレッシャーを与えていく。プレッシャーに耐えられなくなり我慢できなくなった相手を、狩るように攻撃する。相手の次の行動を制限する為に、攻めていく。

(いける!)

 ゆみは、遂にアンジェを追い詰めた。

 一年前のインターミドルではまったく歯が立たなかったアンジェを、追い詰めることが出来た。

 だが、アンジェは追い詰められていても、攻めることを止めない。

 ダッシュCで、ヴァルミリアを切り裂こうとゆいかが跳びかかっていく。

 ゆみはこれを立ちAで迎撃。そのまま立ちBへ繋げ、コンボを決めていく。

 立ちA。

 立ちB。

 ジャンプキャンセル。

 ジャンプA。

 ジャンプB。

 ジャンプC……。

 コンボを完走する。

 空中で壁に叩きつけられる形になったゆいかは、受け身を取る。

 ゆみは、そこを見逃さなかった。ヴァルミリアをジャンプさせてゆいかに近付く。

 受け身で復帰したゆいかに、ヴァルミリアは空中投げを仕掛けた。ヴァルミリアに投げられたゆいかは、地に落ちた。

『K.O』

 ゆみは、アンジェから一ラウンドを取り返した。

「よし! いいぞ、髙野!」

「凄いよ、ゆみ! このまま勝っちゃえ!」

 ゆみを応援していた遥之と華澄は、自分のことのように喜んでいた。

(これで、追いついた)

 ゆみは、ほっと息を吐いた。

 ようやく、これで五分の状況に持ってこれた。

 残り、あと一ラウンド。ゆみは深呼吸をして、集中力を高める。

(決着を付けよう)

 ゆみは心の中で、アンジェに話しかけた。

(最後まで楽しませてよね♪)

 声は出ていないが、ゆみはアンジェからそう言われたような気がした。

『Last Game……Duel!』

 最後の戦いが、始まった。

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