ラウンド32
中堅戦。
華澄の対戦相手は、華澄と同じキャラクター、神護隼斗を使うプレイヤーだった。
対戦相手のプレイヤーは、肩までかかるミディアムヘアに、黒縁のウェリントン型のメガネが特徴的な少女。どこか、知的な雰囲気を漂わせている。
プレイスタイルも、知的な雰囲気から想像できるような丁寧で堅実な立ち回りをしていた。トリッキーなプレイスタイルの華澄とは、正反対だ。とても同じキャラクターを使用しているとは、思えない。
「な、なんか相手の人、すごく強そうじゃない? 華澄、大丈夫かな……」
遥之は、華澄のことを心配していた。自分が負けてしまったことで、明陽高校の負けにリーチがかかっている今、華澄に余計なプレッシャーを与えてしまったのではないかと不安に思っていたからだ。
「ああ、大丈夫大丈夫。カスミンなら、負けないから!」
愛衣は、自信満々に宣言した。
「私も、南城さんなら大丈夫だと思う」
ゆみも、愛衣に同意していた。
「なんで二人とも、勝つって断言できるの? 相手の子も、強い子なんでしょ?」
「遥之っち、カスミンは遥之っちが思ってるよりずっと強い子だよ。ゆみりんと遥之っちが入部するまで、ずっと一人で頑張ってきたんだよ。インターハイ出場を目指して、自分より強い人たちとたくさん対戦して、何度負けても立ち向かっていって。そんな子が、仲間が負けたからってプレッシャーがかかるようなやわな心の訳ないじゃない。あの子は、強い子だよ。遥之っちも、本当は解ってるんでしょ?」
遥之は、愛衣の言葉が胸に響くのを感じた。
自分は、今まで華澄が一人でずっと頑張ってきたことを知っている。なのに、心配になってしまった。自分が負けてしまい、後がなくなってしまった。このまま華澄が負けてしまったら、ゆみを内山アンジェリーヌと戦わせれないかもしれない。自分の負けが、華澄の重荷になってしまっているんじゃないか。
負けてからそういったネガティブなことばかり考えてしまっている。
そんな遥之の気持ちを、華澄は受け取った。重荷ではなく、力の源として。その証拠に、ゲームはいつの間にか華澄優勢になっていた。
相手プレイヤーは、華澄の動きに翻弄され何も出来ずにいた。
なぜこのタイミングで出してくるのか解らない、対空迎撃。
なぜ何回も使ってくるのか解らない、強行突破。
なぜかガードできない、奇襲攻撃。
華澄の動きにまったく対応できないばかりか、混乱してきているようだった。
華澄は、混乱してきている相手にダッシュからの強行突破を放ち、そこからボタンを三つ同時押しする。
リベレイション、発動。タイミング良く、次々とボタンを押していく。華澄はミスることなく、コンボを入力していった。
そして、
『K.O』
コンボが完走するまでもなく、相手プレイヤーの隼斗はダウンしていた。
華澄は涼しい顔をしながら、次のラウンドに備える。
一方、対戦相手のサンティエモン女学院の生徒は動揺していた。こんな出鱈目な戦い方をするプレイヤーとは、対戦したことないからだ。
どう立ち回ればいいのか。
どう対応していけばいいのか。
まったく、解らない。
相手は、完全に混乱していた。
(悪いな。こっちは絶対負けられないのでな!)
画面越しに相手の動揺を感じた華澄は、左手を強く握り、気合いを入れた。
『Next Game……Duel!』
第二ラウンドが始まった。
華澄は、いきなり奇襲攻撃を放つ。隼斗が跳び上がりながら、蹴りを当てにいく。
相手はこれを対空迎撃で落とすと、華澄の隼斗との距離を詰めていく。今までの丁寧で堅実な立ち回りでは華澄に勝てないと考え、ガンガン攻めていく立ち回りに変えたようだ。
相手はダウンした華澄の隼斗に、ジャンプC攻撃で起き攻めを仕掛ける。華澄はこれをガード。続く攻撃も、きっちりガードしていく。華澄は、ガードも固かった。
相手は華澄のガードを崩すことが出来ず、徐々に焦りが見え始めた。
(そろそろ、頃合いか)
華澄はガードストライクで切り返し、相手の隼斗と距離をとった。距離が離れた途端、華澄はダッシュで相手に近づいていった。
何を仕掛けてくるのか。
相手の隼斗は、ダッシュで向かってくる華澄の隼斗を立ちBで止めようとした。
ダッシュからのしゃがみA攻撃、または立ちBでこちらに触れてくる。そう考えての行動だった。
しかし、その考えはどれも不正解だった。
華澄がとった行動は、ダッシュからの対空迎撃という普通では絶対やらない行動だった。相手は対空迎撃を喰らってしまい、再びダウンする。
「うわー、めんどくさー♪」
対戦を眺めていたアンジェは、苦笑いをしながら呟いていた。
「一体何を考えてあんな行動を取ったのか、解らない……」
先鋒戦で遥之と対戦していたエリス使いのプレイヤーは、心底嫌そうな顔をしながらぼやいた。
「何もかも考えてあんな行動してるのよ。あの人、このゲームを相当研究してやり込んでるみたいね。どのタイミングで技を出せばいいのか、どう使えば有効なのか全部計算してやってるわね♪」
「そんなこと、可能なの?」
「そういうこと解らないと、レギュラーになれないわよ♪」
アンジェは、小悪魔じみた笑顔で微笑んだ。
実際のところ、華澄の行動がきちんと研究して行われていると理解できている人間は、会場ではアンジェを含めた僅かな人間だけであろう。今華澄と対戦しているサンティエモン女学院の生徒も、アンジェのように華澄の行動が理解できていれば、もう少し善戦出来ていたかもしれない。
格闘ゲームでは、相手が何を考えて行動しているのか理解できれば、勝利に繋がることが多い。自分の行動が相手に理解されないように動ければ、相手にプレッシャーを与えられる。それこそ、今の華澄のように。
気がつけば、華澄は圧倒的有利な状況で相手にリーチをかけていた。
先程と同様、華澄の隼斗がダウンしている相手の隼斗にダッシュで近づいている所だった。
恐らく、またダッシュからの対空迎撃をしてくるに違いない――。そう考えた相手プレイヤーは、ガードを固めた。
だが、その考えは外れていた。
華澄がとった行動は、ダッシュからの投げだった。
華澄は投げをリベレイションでキャンセルし、コンボを刻んでいく。
そして、
『K.O』
相手のライフゲージがゼロになり、華澄が勝利した。
最後まで、華澄が相手プレイヤーを翻弄しての勝利だった。
「中堅戦勝者、明陽高校!」
大会スタッフが、会場中に聞こえる声で華澄の勝利を告げた。
Dブロックのエリアが、大きな歓声に包まれる。対戦を観ていたギャラリーたちが、自分の勝ちのように盛り上がっていた。
華澄のようなトリッキーなスタイルのプレイヤーが勝利すると、自然と場は盛り上がるものである。
華澄は静かに席を立ち、相手プレイヤーと握手をする。その後、真っ直ぐにゆみのもとへ歩いてきた。
「舞台は整えたぞ」
華澄は、ゆみの肩に手を置いた。
「はい!」
ゆみは、力強く返事をした。
遥之の最後まで諦めない姿と、華澄の緊張に流されることなく、自分のスタイルを貫き勝利した姿を見たことにより、ゆみは自然と勇気と気合いが入っていた。
ゆみは、無意識にある方向を見た。そこには、ゆみを見つめるアンジェの姿があった。二人の視線が、お互いを斬り合うようにぶつかり合う。アンジェを見つめるゆみの目は、かつて挫折し、格闘ゲームから逃げてしまった少女の目ではなく、真剣勝負に挑む侍のように鋭い目をしていた。
覚悟が、できている目だった。
そんなゆみを、遥之は驚いた様子で見ていた。
「遥之、あれが真剣勝負に挑む格ゲープレイヤーの姿だ。よく見ておけよ」
華澄は遥之の肩に腕を回すと、いつもより静かな調子で話しかけた。
「なんか、あたしの知らないゆみを見てるみたい……」
「髙野自身も、初めてかも知れないな。あんな目をして対戦するのは」
「あたしたちに、何かできることはあるのかな?」
「あるさ。精一杯、応援することだ!」
華澄は、笑顔で遥之の背中を叩いた。
「もう! 痛いからそういうことしないでよ!」
「あ、それと遥之」
「何?」
「遥之の為に、勝ってきたぞ」
華澄は眩しいくらい爽やかな笑顔で、遥之の頭を撫でた。
「……ありがと」
遥之は顔を真っ赤にしながら、うつむいた。
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