ラウンド31

 先鋒戦。

 遥之は、苦戦していた。

 遥之の対戦相手が使用しているキャラクターは、『エリス・マギナMK‐Ⅲ』という数々の武装を装備しているアンドロイドの少女だ。外見は銀色のロングヘアに、目にはコンピューターが内蔵されている片メガネをつけている。

 遥之はなぜ、このキャラクターに苦戦しているのか。それは、エリスが『遠距離特化型』のキャラクターだからだ。

 エリスの攻撃の多くは飛び道具で、数ある飛び道具を使い分けて相手を封殺していく戦い方が基本となっている。いわゆる、シューティングキャラというやつだ。このシューティングキャラと、遥之の使用する投げキャラのギデオンとの相性が悪いのだ。

 機動力が低いギデオンは、エリスの飛び道具を避けながら近づくのが難しく、得意の接近戦でのコマンド投げ『メテオドライバー』等が決めにくい。

 だが、一回近づいてしまえばギデオンに分がある。

 この『いかに近づけさせないか』と『いかに近づくか』の攻防が重要であり、見せ場でもある。

 とはいうものの、遥之はまったく近づけないでいるのが現状だ。

 また、対戦相手の飛び道具の使い方が、うまい。特にエリスの主力の必殺技『クリム・レーザー』の使い方が、かなりうまかった。

 クリム・レーザーはゆっくりと相手に向かって進んでいく飛び道具の必殺技だ。弾速が遅いが為に、避けたりガードするタイミングが取りづらい。

 特にギデオンは、機動力の低さとリーチの短さのせいで『クリム・レーザー』との相性が最悪だ。ゲームをやり込んでいるプレイヤーなら、キャラ対策を詰めたり対戦経験等で相性が悪いながらも戦っていける。しかし、格ゲーを始めてから二週間の遥之には、厳しい相手だ。

(これ、どうすればいいのー? こっちの攻撃は届かないか潰されちゃうし……、ライフゲージも相手の方が多いし……どうすればいいの?)

 苦しい。

 とにかく、苦しい。

 遥之は、ただガードすることしか出来ない。

 このままでは、何も出来ずに一ラウンド取られてしまう。

(どうする? どうすればいい、あたし)

 遥之は、考える。

 この飛び道具の嵐から抜け出し、エリスをぶん投げる方法を。

(ええーい、こうするっきゃない!)

 遥之が取った行動、それは強行突破だった。

 ステップ。

 ジャンプ。

 移動投げ技『スティンガー・スープレックス』で距離を詰める。移動投げ技とは、投げ判定を出しながら移動していく投げ技のことだ。ギデオンの『スティンガー・スープレックス』の場合、ギデオンが一定距離地上を走りながら相手を掴みにいく。移動中はダメージは受けるが相手の攻撃を喰らってものけぞらない為、攻撃を耐えながら相手に近づくことが出来る。機動力の低いギデオンにとっては、貴重な移動手段の一つでもある。

 遥之の考えた作戦は、スティンガー・スープレックスの特性を生かし強引に飛び道具の嵐を突破していくという作戦だった。

(メテオドライバーが決まれば、ライフゲージの差も一気に縮まる! 強引に行けば、なんとかなるはず!)

 遥之はどんどん減っていくライフゲージなどお構いなしに、エリスに突っ込んでいった。

「遥之、ダメだ! そのやり方は通用しない!」

 華澄が、大きな声で遥之に呼びかけた。

「遥之ちゃん、さっき私たちが言った言葉を思い出して!」

 ゆみも、必死に遥之に声を届ける。

 しかし、今の遥之には二人の言葉は届いていなかった。

 とにかく近づいて投げることしか、頭になかった。

 その行動が生んだ結末は、

「K.O」

 敗北だった。

「っ……!」

 遥之は、悔しそうに唇を噛んだ。

 一ラウンドを、相手に取られた。それも、完封に近い形で。

 初心者の遥之には、当たり前の結果ではある。相手は、サンティエモン女学院のeスポーツ部に入部するくらいなのだ。実力は、遥之以上あって当然だ。

 しかし、最初から負けるつもりで勝負をするプレイヤーなど、いない。遥之だって、そうだ。 今も落ち込まずに、勝つ方法を考えている。

(どうやって近づけばいい? 強行突破は通用しない。かといって何もしなければ、負けるだけだし……)

 遥之は考える。

 ふと、ある言葉が頭の中で再生された。

『チャンスが来るまで我慢だよ』

 あれは、ゆみの言葉だったか。

 遥之は、ゆみと華澄が我慢という言葉を多用していたことを思い出した。

 そうか。

 そうだった。

 遥之は、気がついた。ピンチのあまり、大切なことを忘れていた。

(我慢、我慢! 投げキャラは……)

 目を閉じ、遥之はゆっくりと深呼吸をする。

(我慢!)

 頭が、冷静になった。今なら、さっきよりうまくやれるかもしれない。

 冴え渡った遥之の頭に、ラウンドコールが鳴り響く。

『Next Game……Duel!』

 二ラウンド目が始まるとすぐエリスはギデオンと距離を取り、クリム・レーザーの集中砲火を始める。

 一ラウンド目と同じ、シューティングだ。

 遥之は無理に近づこうとせず、ガードを固める。

(今は、我慢!)

 そう心の中で呟きながら、エリスの攻撃をガードする。ガードをしながら、少しずつギデオンを進ませていく。

 少しずつ、少しずつ。ギデオンのライフゲージは削られていくが、気にしない。焦らない。とにかく、少しずつ近づいていく。

 遥之は、集中していた。

「私たちの言葉を思い出したようだな、遥之」

「そうですね。遥之ちゃん、後はチャンスを待つだけ!」

 ゆみと華澄は、祈るように遥之を見つめる。

 二人の祈りが通じたのか、遥之の全神経がエリスの動きを捉えた。

 エリスが、空中でクリム・レーザーを放つ。エリスのクリム・レーザーを撃った後の硬直を、遥之は見逃さなかった。

(今しか……ないでしょ!)

 遥之はボタンを三つ同時押しする。リベレイション発動。ステップでギデオンを前進させていく。

 リベレイション発動中は、キャラごとの特殊能力が付く。ギデオンの特殊能力は、攻撃を喰らってものけぞりやダウンをしない『パトリオット・アーマー』である。投げ技には負けてしまうが、ほぼ全ての攻撃を喰らってものけぞったりダウンをしない為、対シューティングキャラに対するギデオンの切り札だ。

 ただし、発動中はガードが出来ない為、攻撃を防ぐことができない。コンボで発動しない場合は、状況を見極めて使わなければならない難しい能力と言える。

 一ラウンド目は、相手の飛び道具に翻弄されたのと前に出なければならないという焦りで、リベレイションを発動できなかった。

 だが冷静になった今なら、うまく使いこなせる。

 遥之の決断は早かった。

 飛び道具を受け、体が傷だらけになってもギデオンは前進を止めない。こうなると、エリス側にプレッシャーがかかる。

 ギデオンとエリスの距離が、キャラ三体分まで縮まった。丁度ギデオンのリベレイション効果も、切れた。エリスには、飛び道具が撃ちづらい距離だ。

 ギデオンから逃げる為、エリスはジャンプで飛び越えようとした。そのチャンスを、遥之は見逃さなかった。遥之は、ギデオンの対空投げの必殺技『ミサイル・ブリーカー』を放つ。ジャンプで飛び越えようとするエリスを捕らえ、地面に叩きつける。

「よし! そのまま攻めろ!」

 華澄の声が、空気を震わす。

「遥之ちゃん、チャンスだよ!」

 ゆみも精一杯大きな声を出し、遥之を応援する。

 二人の仲間の声援を受け、遥之は起き攻めを仕掛けにいく。

 エリスには、無敵対空技はない。ということは、防御手段が限られてくる。

 これに対し、ギデオン側はどう攻め、崩していくのか。

 攻撃側と防御側の、息の詰まる読み合いが始まった。

 遥之は、ギデオンをジャンプさせた。起き攻めに、ジャンプ攻撃を選んだようだ。

 これに対しエリス側は、一旦攻撃をガードすることを選んだ。いざとなれば、ガードストライクやリベレイションバーストで切り返せばいい。

 そう考えていた。

 しかし、ギデオンはジャンプをしただけで攻撃をしなかった。遥之はギデオンが空中から地上に着地する間に、レバーを素早く二回転させCボタンを同時に押した。ギデオンが着地した瞬間ゲーム画面が暗転し、演出が入る。

 遥之が取った行動。それはすかし投げからの超必殺技『メテオ・レクイエム・バスター』だった。

 すかし投げ――。

 わざとジャンプ攻撃を出さずに着地し、着地硬直を投げ技でキャンセルして投げるテクニックだ。

 しかも今回は発生が一フレームと早い超必殺技の投げ技『メテオ・レクイエム・バスター』を使用したことにより、相手に行動を先読みされていない限りまず避けられることがないという状況を作り出した。

 遥之の大胆な作戦勝ちだ。

「やった!」

 遥之は、思わずガッツポーズしていた。

 先程のミサイル・ブリーカーのダメージとメテオ・レクイエム・バスターのダメージで、エリスのライフゲージを約七割減らすことが出来た。

(よし、このまま一気にいっちゃおう!)

 再び、ギデオンの起き攻めだ。

 遥之はもう一度すかし投げを狙いにいった。

「おバカさん。二度も通用する訳ないでしょ♪」

 それまで静かに対戦を観ていたアンジェが、ぼそっと呟いた。

 次の瞬間、アンジェの言葉通りとなった。

 ギデオンが地面に着地した時には、エリスは既に空中に居た。そこから、ジャンプ攻撃からのリベレイション発動。高威力コンボをギデオンに叩き込む。同時に、ギデオンとエリスの距離がまた開いてしまった。

(せっかく近づけたのに! 欲張りすぎた……)

 遥之は反省した。高威力の投げ技で一気に残りのライフゲージを減らしにいったのが、いけなかった。相手にこちらの行動が、完全に読まれていた。

(また、ふりだしに戻っちゃったな……)

 遥之は苦笑いをすると、すぐに気持ちを切り替えた。エリスが再び、クリム・レーザーの嵐をギデオンに浴びせてきたからだ。遥之は、次々に飛んでくる攻撃をガードし、機会を伺う。

 ライフゲージは、ギデオンの方が多い。

(このまま防御に徹していれば、時間切れで一ラウンド取れるかもしれない)

 そう考えた遥之は、無理に攻めない作戦に出た。

 ギデオンは、元々全キャラ一の防御力の持ち主だ。遥之の考えたように、防御に徹するのも一つの作戦としては、ありだ。

 だが、この作戦は通用しなかった。エリス側のリベレイションゲージが、回復していたからだ。

 相手のプレイヤーは、エリスのリベレイションを発動させる。エリスの特殊能力は、発動中飛び道具の量を増やすというものだ。これにより攻撃回数が増え、ライフゲージの削り能力も高くなる。

 相手のプレイヤーは、ガードを固めているギデオンのライフゲージを一気に削っていこうという作戦でいくようだ。

 エリスから放たれたクリム・レーザーの弾幕が、ギデオンを襲う。

 遥之はガードに集中し、次々と放たれるクリム・レーザーを確実にガードしていく。

 ライフゲージの削り量が、多い。だがリベレイション発動終了までは、しのげる。ライフゲージの量が逆転されることは、ないと遥之は考えていた。

 その考えが、勝敗を決めた。

 エリスがダッシュでギデオンに近づいてきた。

(わざわざ向こうから近づいてって……まさか!)

 遥之は、ようやく気がついた。

 エリスは、ただギデオンのライフゲージを削る為にリベレイションを発動したのではない。ギデオンの動きを、止めるために発動したのだ。

 今のギデオンは、クリム・レーザーをガードしていて動けない状態にある。遥之はライフゲージのリードがある為、防御に徹していればいいと思った。

 しかしこの状況は、エリス側にしてみれば攻め込むチャンスでもある。遠距離特化型だからといって、近距離戦ができない訳ではないのだ。

 遥之は、リベレイションを発動しようとした。だが僅かに早く、エリスの攻撃がギデオンにヒットした。

 中段始動の、コンボだった。ギデオンのライフゲージが、どんどん減っていく。

 ライフゲージのリードはあっという間になくなった。続いて繰り出されたエリスの起き攻めを遥之は防げなかった。

『K.O』

 ギデオンは、地に倒れた。

「先鋒戦勝者、サンティエモン女学院!」

 大会スタッフの声が、遥之の頭の中を響き渡った。

 遥之は静かに立ち上がり、相手選手と握手を交わすと、ゆみたちのもとへ戻ってきた。とても悔しそうな顔をしていた。

「ゆみ、華澄、ごめん……。負けちゃった」

 遥之は精一杯の笑顔を作ると、二人の仲間に頭を下げた。

「謝ることなんてないよ。遥之ちゃんは、頑張ったよ」

 ゆみは、遥之を優しく抱きしめた。抱きしめられた遥之は、目に涙を浮かべていた。

「遥之、初心者であそこまで戦えれば、大したものだ。胸を張れ」

 華澄は遥之の頭をぽんと撫でると、腹に力を入れた。

「負けた遥之の為にも、必ず勝ってくる!」

 そう言うと華澄は、筐体に向かって歩んでいった。

「まもなくDブロック三回戦、中堅戦を開始します。選手の方は準備をお願いします」

 大会スタッフの声が、華澄の背中を包み込むように響き渡っていった。

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