ラウンド25

 それから、ゆみはnao/に何度も叩きのめされた。

 nao/は器用なプレイヤーで、丁寧な立ち回りをしたと思ったら今度はガンガン攻めてくる。攻めだけでなく守りも堅く、ゆみの行動を次々と潰していった。

 ゆみは、必死に考えた。

(どうすれば、この人に勝てる?)

 ありとあらゆる方法で立ち向かうが、すべて水流のように流されてしまう。隙が、まったくない。

 何度目かの敗北の時、ゆみは席を立つと、スーツ姿の男性プレイヤーから声をかけられた。

「君、凄いね。nao/さんに負けまくっても、立ち向かっていけるなんて」

「そんな……。私なんて、大したことないですよ」

「大したもんだよ。ほら、他のプレイヤーたちを見てみなよ。あいつら、nao/さんに負けるのが嫌で、全然乱入しない。君とは大違いだよ」

 男性の言う通りだった。nao/の対戦を眺めている人は多いが、対戦しているのはゆみと話しかけてきた男性しかいない。まるで、nao/を恐れているかのように他のプレイヤーたちは対戦しようとしなかった。

「こんなに強い人なのに、対戦しないなんて勿体ないですね」

「まあ、色々あんだろーさ。戦績やプライド気にしたりとか。セミプロなんだから、記念対戦とかすればいいのに。そう思わない?」

「え、nao/さんてセミプロの方なんですか?」

「知らなかったの? 会社勤めの傍ら、プロとしてリーグ戦とか出てる人なんだよ」

「そうだったんですか……」

 ゆみは、衝撃を受けた。まさか、今までずっと対戦していた人がセミプロだったなんて、思いもしなかった。まったく歯が立たない訳だ。

「後で話しかけてきなよ。彼女、女の子には優しいからさ」

「女性の方なんですか?」

「そうだよ。よし、次は俺が挑むかな! 今度こそ負けん!」

 スーツの男性は、気合いを入れてnao/に挑んでいった。

(この対戦が終わったら、話しかけてみよう!)

 ゆみがそう決意した時だった。

「ゆみりーん! 残念だけど、もう時間だから帰る準備してね!」

 愛衣が、ゆみに抱きつくように話しかけてきた。

「ひっ!? は、はい、解りました」

 ゆみは驚きながらも、愛衣の指示に従った。

 ゲームセンターの経営は、風俗業になる。その為、風俗営業法が適用され、十六歳未満の者は午後六時以降営業所に立ち入ってはいけない決まりになっている。ゆみと遥之はまだ十五歳の為、午後六時以降は居られない。時刻は、午後五時五〇分だった。

 愛衣に呼ばれた遥之と華澄が、ゆみのもとへやってくる。

「あー! 悔しい! 最後のはもうちょい頑張れた気がする!」

「初めての対戦であれだけやれたら、充分だぞ遥之! もっと胸を張れ!」

「張れるほど胸がありません……」

「…………」

 遥之と華澄の間に、重い空気が流れた。

「ごめんねカスミン。カスミンはもう少しゲーセンに居られるのに……」

「構わないさ。部長一人だけ残ってやってても、ダメだからな」

 華澄は、愛衣の言葉に笑顔で応えた。

 風俗営業法では、十六歳以上十八歳未満の者は午後十時以降営業所に立ち入ってはいけない決まりだ。華澄は十七歳なのでもう少し対戦が出来たが、部長ということもありゆみと遥之と共にビムスを後にすることにした。

「あの、加賀先生」

「ゆみりん、愛衣ちゃんね。どうしたの?」

「少し、お時間を頂いてもよろしいですか?」

「構わないけど、六時までには店を出ないといけないから、あんま遅くなっちゃダメよ?」

「すぐ、終わらせます!」

 ゆみは、急いでnao/のもとへ向かった。nao/は先程のサラリーマンとの対戦を終えたようで、一人トレーニングモードで練習をしていた。

「あの……今、お時間ありますか」

 ゆみは、nao/に話しかけた。

 nao/は、ダークブラウンのショートヘアにパンツスーツといういかにも仕事ができるキャリアウーマンといった外見だった。メイクは薄いが、目鼻立ちがしっかりしている。かわいいというよりは、かっこいいという言葉が似合う女性だった。

「ん。大丈夫だよ」

 nao/は表情を変えず、淡々とトレーニングモードをしていた。

「ヴァルミリアで対戦していた者です。対戦内容について、お話を伺いたいと思いまして」

「ん。正直、その若さであれだけヴァルミリアを使いこなせてるのはすごいね。でも、まだ細かい部分が甘い、かな例えば――」

 nao/はゲーム画面から顔を離し、ゆみの目を見ながらアドバイスをしていった。そのアドバイスを、ゆみはメモを取りながら真剣に聞いていた。

 そんなゆみの様子を、遥之が不思議そうに眺めていた。

「ゆみ、さっきからずっとあの人と話してるな~。知り合いなのかな?」

「ゲームを通して仲良くなることは、よくあることさ」

 遥之の疑問に、華澄は優しく答えた。

 知らないプレイヤーと、ゲームを通して仲良くなる。ゲームセンターでの対戦ならではのことだ。

「一つ、聞いてもいい?」

 nao/はレバーをいじりながら、ゆみに質問した。

「はい、なんでしょうか?」

「あなたは、どうしてそんなに頑張るの?」

「どうしても、勝ちたい相手がいるんです。この期を逃したら、私一生後悔すると思うんです」

 ゆみは、過去の自分を思い出す。

 アンジェに負けた、あのときのことを。母や学校の為に、頑張らなければと自分を追い込んでいたあの頃を。

 過去を乗り越えるには、今頑張るしかない。ゆみは、そう考えていた。

 ゆみの言葉を聞いたnao/は、胸ポケットから名刺を取り出すと、ボールペンで名刺裏に何かを書き始めた。書き終わると、それをゆみに渡した。

「ん。私の連絡先。私にできることがあったら、協力する」

「nao/さん、ありがとうございます!」

「ん。君はもっと強くなれるよ」

 nao/は、ゆみに微笑んだ。

 ゆみはnao/に頭を下げ、もう一度感謝の言葉を言った。その後、ゆみは遥之、華澄、愛衣たちと合流し、ビムスを後にした。

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