ラウンド20
ゆみは混乱していた。
ゲームでの華澄の動きが、まったく予測不可能なものだったからだ。
華澄の使用キャラクターは、昨日のアンジェと同じ神護隼斗。アンジェがとにかくラッシュをしかけ、連係の隙間を狙うような戦法をとるのに対し、華澄は何を予測しているのか、なぜ今その必殺技を出すのか、まったく理解できない動きで翻弄してくる。ゆみが今まで対戦したことないタイプのプレイヤーだった。
「あ、あの南城さん」
「ん? 何だ髙野?」
「今の行動はいったい……」
「隙あり!」
華澄がとった行動は、空中に跳び上がりながら蹴りで攻撃する『奇襲攻撃』という技をいきなり出す、というものだった。奇襲攻撃は、攻撃部分の先端をガードさせれば隼斗側が有利になるが、少しでもめり込んでしまうと、隼斗側が不利になる必殺技だ。リスクの高い技、とも言っていい。
そんな攻撃を、先程から華澄は予測出来ないタイミングで放ってくる。ゆみは、そんな華澄の行動に混乱していた。
格闘ゲームでは、確実に当たる状況でないのにも関わらず、強引に技を出すことを『ぶっ放し』と呼んでいる。
このぶっ放しを、華澄はガンガンやってくるのである。
始めはゆみも、この予測出来ない攻撃を喰らってしまうことがあった。今は慣れてきた為、ぶっ放しを喰らうことが少なくなってきた。
それでも、意味不明な状況でのぶっ放しが止むことはなかった。
『K.O』
ゆみが、華澄に勝利した。
今のところ勝ち越してはいるが、完勝とはとても言えない内容だった。
「あの、南城さん……」
「うーん、今の状況じゃダメだったか……。ん、どうした髙野?」
「対戦を始めてからずっと気になっていたんですが……どうしてあんなにぶっ放しをしたり、その、意図がよく解らない行動をするんですか?」
華澄が何を考えてあのような行動をしたのか、ゆみは思い切って聞いてみた。
「私なりに分析、研究した結果、有効だと思ったからだが?」
華澄は、キョトンとした顔でゆみを見た。
研究した結果――。
ゆみには、その言葉が信じられなかった。
「研究……ですか? でも、隼斗ならああいった立ち回りよりかはもっと堅実にいったほうがよくないですか?」
「まあ、言いたいことは解る。隼斗は万能キャラだから、堅実に戦った方がいいという考えは間違っていないからな」
「なら、なぜ……?」
「髙野は定跡って言葉を知ってるか?」
「定跡……確か将棋の用語でしたよね?」
「ああ。昔から研究されてきた、最善とされる駒の指し方のことを言うんだ。私は、格闘ゲームにも定跡があると考えていてな」
「言われてみればそうですね。この状況になったらこう行動するっていう考え、人から教えて貰ったり、動画を見たりして覚えたりしました」
「私もそうだった。こうなったらこうする、こういう行動はリスクが高いからやってはダメだ……ってな。でも、ふと思ったんだ。逆に考えたらどうかって」
「逆に、ですか?」
「ああ。たとえば、隼斗みたいな万能型のキャラが定跡では考えられないような動きをしてきたら、どうなるのか。混乱してこないか? 読み合いもなにもあったもんじゃないだろ?」
「あ……」
ゆみは、言われて気付いた。
スタンダードな万能キャラだから、誰もそういう立ち回りをしていないから、常識ではありえない――。
華澄は、その常識をあえて破る行動をして相手の読みを無効にし、荒らすような行動を取っていたのだ。
「まあ、形にするまで随分やり込んだがな! 周りからは舐めプレイだの、おかしいだの散々言われたもんだ!」
華澄は、馬鹿話をするように語った。
そうか、そういうことだったんだ――。
ゆみは、改めて理解した。
一見、滅茶苦茶で出鱈目な戦い方だが、華澄なりに研究を重ね、相手の心理を逆手に取るよう計算された戦法。こんな発想は、ゆみには思いつきもしなかった。
今までは母や監督に言われた通りにやり、動画で研究する際も、こういう時はこうするのがが当たり前なんだと思ってやってきた。だが、華澄のような柔軟な発想も、大事なんだと気付かされた。
本人は大したことないように話しているが、相当やり込んで研究したに違いない。
(この人、すごい!)
ゆみは、自然と笑顔になっていた。初めて、格闘ゲームで笑顔になった。
「お、ゆみが笑ってる! 華澄、あたしも華澄みたいに動かせばいいの?」
遥之がゆみの肩を抱きながら、会話に入ってきた。
「遥之、チュートリアルは終わったのか?」
「もちろん! さあ、あたしも混ぜろ混ぜろー!」
「よし、では遥之も一緒に対戦だ!」
こうして遥之も混ざり、ゆみと華澄は再び対戦を開始した。
和気藹々としつつも、気になったことはきちんと話し合い、皆で対策を考えていく。
(楽しい……!)
ゆみは、こんなに楽しんで格闘ゲームをやるのは、初めて母と格闘ゲームをやった時以来だった。
「ゆみ、また笑ってる」
「髙野、楽しそうで何よりだ!」
「え、私、笑ってますか?」
「楽しそうにね!」
「ああ!」
「そっか……。私、できるんだ……」
ゆみは自分が格闘ゲームをやれることを、嬉しく思った。この楽しい時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思ったその時、空気を読まない何者かが、部室のドアを勢いよく開けた。
「オーッス、ガールズ諸君! 青春してるかーい?」
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