ラウンド17

 最終ラウンドが始まるとすぐに、アンジェは強行突破を使ってきた。最初から、ガン攻めスタイルだ。

 ゆみは、アンジェが強行突破を使ってくるのを読んでいた。強行突破が当たらないよう、バックジャンプで距離をとり、下にリーチのあるジャンプレバー下Cで隼斗に蛇の牙をヒットさせる。

 そこから、コンボを繋いでいく。

 立ちA。

 立ちB。

 しゃがみC。

 シリウス。

 シリウスがヒットした瞬間、ボタンを三つ同時押しして、リベレイションを発動させる。

 画面が暗転。

 記憶を頼りに、ゆみはボタンを刻んでいく。

 立ちB。

 ジャンプキャンセル。

 ジャンプA。

 ジャンプB。

 ジャンプレバー前C。

 地面に着地後すぐ、再びジャンプジャンプA……。

 指が、コンボレシピを憶えている。

 ゆみは一つもミスることなく、コンボを完走させた。

 アンジェはコンボを喰らっている最中に、リベレイションバーストを使わなかった。攻めの為に、守りを捨てたようだ。

 ゆみは、隼斗の起き上がりにしゃがみAを重ねる。

 アンジェはこれをガード。続くヴァルミリアの攻撃も、次々ガードしていく。

 ヴァルミリアが、立ちB攻撃を放った。

 アンジェはエナジーガードで距離を離し、立ちBを当てる。

 立ちB。

 立ちC。

 しゃがみC。

 対空迎撃。

 追加攻撃の叩きつけ。

 ヴァルミリアをダウンさせると、低空ダッシュCで起き攻めをしていく。

 ゆみは、これをなんとかガード。続く隼斗のラッシュを確実にガードし、チャンスがくるまでじっと我慢する。

 ゆみがガードに集中していると見るや、アンジェは投げを仕掛けてきた。

(しまった!?)

 ゆみは、投げを外せなかった。

 隼斗に投げられたヴァルミリアは、投げからの追撃コンボを喰らってしまった。

 これで、お互いのライフゲージはほぼ五分の状況になった。

 起き攻めは何をしてくるか。

 ゆみが思考を巡らせた、その時。

 ゆみの体を、再び何か恐ろしいものが通り過ぎていった。

 ゆみの手が、自然と震えてきた。

 何か。

 何か、恐ろしいものが来る!

 ゆみが覚悟を決めた、次の瞬間。

 突然、ゲーム画面が動かなくなった。

「…………ふえ?」

 急な出来事に、ゆみは素っ頓狂な声を出していた。

 どのボタンを押しても、反応しない。しばらくすると、画面には『Error』の文字が現れ、スタッフを呼んで下さいといったメッセージが表示された。いわゆる、筐体トラブルというやつだった。

「ちょっと! どういうことよ!」

 アンジェが店中に響き渡るような大声で、不満を口にした。

「せっかく本気を出そうとしたのに! ゆみ、隣の台で続きをやるわよ!」

「アン、残念ながらそれは無理だ」

「なんでよ!?」

「もう学校に戻らなければならない時間だ」

「え……そ、それならしょうがないわね。ちょっとそこの店員! しっかりメンテしなさいよね!」

 行き場のない怒りを、アンジェは筐体を直そうと駆けつけたスタッフに八つ当たりした。

 ゆみは、ほっとため息を吐いた。

 正直な所、命拾いをしたと思った。

 体を通り過ぎていった、恐ろしい何か。インターミドルで対戦した時にも、そうだった。あの時も、体を通り抜けた後、ゆみはアンジェに完封された。

(彼女は、本気を出していなかった)

 あのまま続けていたら、間違いなく負けていた。ゆみは、震えの止まらない手を、じっと見た。

 そんなゆみの肩を、唯が無表情でポンと叩いてきた。隣には、口を尖らせて納得がいかないといった表情をしたアンジェがいる。

「髙野さん、このままじゃ気分が悪いでしょ? そこで提案なのだけれど、この決着は、二週間後に行われる市民eスポーツ大会でつける、というのはどうかしら?」

 唯は、ゆみとアンジェを交互に見る。

「そうか……。そんな時期だったな。だが、髙野は……」

「そうね! それがいいわ! ゆみ、絶対に参加しなさいよ!」

 唯の話を聞いていた華澄が話そうとするのを、アンジェが遮った。

「サンティエモン女学院高等部では、新一年生を市民eスポーツ大会に出場させる伝統があるの。もちろん、アンも出るわ」

 唯は、無表情な顔でゆみを見た。

 ゆみは、考えていた。

 格闘ゲームから逃げる為に、東京から引っ越してきたのに。絶対に会いたくない人に、会ってしまった。

 おまけにその人と、再び格闘ゲームで対戦することになった。頭が、混乱してきた。

 そんなゆみに、アンジェがとどめの一言を浴びせた。

「何? またわたしから逃げて、しょうもない青春ごっこするの?」

 ゆみの頭の中で、混乱が一気に消えた。

 そうだ。

 彼女は、内山アンジェリーヌは、華澄の夢を、想いを侮辱した。遥之と華澄を、中途半端と言ってバカにした。自分に手を差し出してくれた人を、侮辱した。

 ゆみは、決心ができた。

「では、もう時間がないから、我々は失礼させてもらうわ」

「また、逃げるんじゃないわよ! 今度はメインキャラで叩きつぶしてあげるから! わたしを二度もガッカリさせないでね!」

「いいから急ぎなさい」

 唯はゆみ、華澄、遥之に頭を下げると、いつまでもゆみに向かって何か言っているアンジェを、引きずっていった。

 しばらく、沈黙が流れた。

「……勝手に決められてしまったな。市民eスポーツ大会は、三人一チームでしかエントリー出来ないのに……」

 華澄は、苦笑いをしながら頭をかいた。

「南城さん」

 ゆみが、真剣な表情で華澄に向き合った。

「私、e格闘技部に入部します」

「ゆみ!? でも、格闘ゲームは……」

 ゆみは心配する遥之に、目で大丈夫だと伝えた。

「まだ、内山アンジェリーヌに謝ってもらってません。それに、対戦してて思ったんです。もう一度、格ゲーと向き合いたいって。彼女と、内山アンジェリーヌと対戦したいんです」

 きっかけは、華澄たちをバカにしたアンジェに、一言謝って欲しかった。

 だが対戦していく内に、思ったことがあった。

 自分は、何だかんだ格ゲーが好きなんだ。

 今までは、母や周りの期待に応える為にやってきた。しかし、今日初めて自分の意志で、格ゲーをやった。今なら、もう一度格ゲーと向き合えるかもしれない。ゆみは、そう思っていた。

「本当に、いいんだな?」

 華澄は、真剣な表情でゆみに問う。

「はい」

 ゆみの目に、迷いはなかった。

 ゆみの決意を理解した華澄は、ゆみをぎゅっと抱きしめた。

「ありがとう! 早速、明日から特訓だ!」

 大はしゃぎする華澄は、ゆみを抱きしめながらぐるぐる回った。

 遥之は、いつもならはしゃいでいる華澄を止めたであろう。

 しかし、今回ばかりはその様子を、優しい笑顔で眺めていた。

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