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柞刈湯葉

第1話

 ぼくは透明人間だ。名前はまだない。

 保険会社が実施したアンケートによると、男子中学生の「将来の夢」は一位がスポーツ選手、二位は医師、三位は建築士らしい。そんなわけがない。

 健康な男子中学生がなりたいものと言えば「透明人間」と決まっている。この不透明な人間たちの社会では、たとえ匿名のアンケートでも幼少時から何重にも被せられた「社会性」というオブラートを破ることは出来ない。だがその奥に秘められている彼らの本当の望みは、あえて断言しよう、透明人間である。

 つまり透明人間であるぼくは、全国180万の男子中学生の切なる願望の具現体ということになる。当然クラスの誰もがぼくに嫉妬し、羨望の眼差しを向け、歯噛みして悔しがり、昼休みのたびに上級生に体育館裏に呼び出されて「お前ちょっと下級生のくせに生意気なんだよ」と言って腹パンされるのかと言えば別にそんなことは無い。

 なにしろ透明人間なので、クラスの男子も女子も、当然ながら教師も、教室にぼくがいることに気づいていないのだ。いくら妄想力豊かな中学生といえども、見たことのない人間に嫉妬するのは容易なことではない。なんてことだ。せっかく羨望の的として生まれてきたのに、透明すぎて的に視線が当たらないとは!

 まあ、それもこれも生まれてからずっと透明なせいだろう。もし好きなタイミングで不透明になれればもっと楽しいのだろうけれど、さすがに一人の人間が透明になったり不透明になったりするのは物理的におかしいと思う。ああいうのは透明人間を見たことのない作家が想像で書いたフィクションだ。


 かく言うぼくも、自分が透明人間だと気づいたのはわりと最近のことだ。確かここ数年のことだったと思う。その前は自分のことを幽霊だと思っていた。

 どこで生まれたのかは全く見当がつかない。物心ついた頃はどこかの家のリビングみたいなところで毎日だらだらテレビを見ていたのを記憶している。起きてる時間はずっとテレビのついている家だった。ぼくはそれで言葉を覚えたんだと思う。

 小さい女の子と両親の三人ぐらしの家で、両親が女の子の世話をずっとしてるのにぼくにはまったく構わなかったので、ぼくはこの子供とは違うなんかなんだろうと理解した。それでテレビで流れるアニメとか映画に、なんか半透明でフワフワしてて普通の人には見えない「幽霊」というのが出てきたので、「そうかそうか、ぼくは幽霊なのか」と思ったわけだ。

 年月とともに体が成長していることがわかったけど、幽霊は成長しないなんて知らなかったので別に不思議には思わなかった。たまに家族が玄関ドアを開けるタイミングを狙って外に出た。外は通行人にぶつかったり自転車にはねられる危険があったけれど、それでも好奇心が抑えられなくてあちこちうろついていた。

 そんなことを続けていたらある日迷子になって、それ以来家に二度と帰れなかった。仕方ないのでべつの家に忍び込んだ。老夫婦が二人で静かに暮らしている家だった。ぼくはそこを拠点に幽活(幽霊としての活動)を始めることにした。


 まずは自分の存在をだれかに認知してもらうことが先決だろうと思い、霊感のある人に積極的にアピールしてみた。レストランとか飲み屋とかで「私って霊感強いんですよ」と言ってる女の人を見かけては「どれどれ」と近寄って、耳元で「わーっ」と叫んだり、体中をべたべた触ったりした。でも相手はまったく気づくことなく「自分のいままでの霊体験」を語り始めるし、あとで女子グループの間で「あの子ってオトコの前だと不思議キャラ作ってるよねー」と陰口を言われるだけだった。

 そんなことを数ヶ月続けて誰にも気づかれなかった。ある日テレビで「地域格差問題」が話題になっているのを見て「やっぱりこんな田舎じゃちゃんとした霊能力者はいないんだ」と思い、新幹線に乗って(改札は素通りできた)東京まで行ってテレビで有名な霊能力者に会いに行った。五十歳くらいのおばちゃんだったけど、ぼくがいくら自分の身上を一生懸命に語っても、こちらに目も向けずにマネージャーと出演スケジュールの調整に忙しそうだった。

 声をかけるというアプローチが間違ってるんだろうか、と思っていたら、ある日テレビで「心霊写真特集」というのを見た。「ふむ、幽霊でも写真には写るのか」と思って、さっそく近所の公園に行って、写真を撮ってるカップルを見ては映り込もうとした。でも何度やってもぼくの姿が確認されることはなかった。一度うまくいったと思ったけれどただの指写りだった。そもそもぼくは自分の顔を知らないので、自分が写っているかどうかを確認するのは容易なことではない。

 あと幽霊というのはだいたい生者に恨みをもっていて、そいつを祟ることで相手に交通事故などの不幸をもたらすことが出来るらしい。さっそくぼくも誰かを祟ってみようと思ったが、さしあたって恨んでいる相手もいなかった。そこで適当に道を歩いてるおっさんに目をつけて「祟るぞ!祟るぞ!」と強い思念を送ってみたが、相手はとくに気づいた様子もなく歩いていってしまう。慌ててついていって「ねえ、祟ってるんだってば!ちょっと聞いてよ!」と言ってたら、横から自転車が飛び出してきてぼくの方が交通事故にあった。全身打撲で悶えているぼくに気づきもせずに、祟るべきおっさんも自転車の少年も行ってしまった。人を呪わば穴二つというやつだ。


 こうやって色々試したあげく「どうもぼくは幽霊ではないらしい」という結論に達した。少なくとも、テレビで紹介される幽霊と自分の間には「見えない」ということ以外にほとんど共通点はない。

 ぼくは生身の人間なのだ。ちゃんと歩いたり電車に乗ったりできるし(無銭だけど)、冬寒いのも夏の湿気も嫌いだし、歩いていれば交通事故にもあう。幽霊じゃない。ただ見えないなだけなんだ。ということでぼくは自分を「透明人間」と呼ぶことにした。

 もちろん「透明人間とは実態なんなのか」と言われてもちょっと分からないが、これに関しては不透明な人間たちも「人間とはなにか」と聞かれてそうキッチリした答えが出せる訳じゃないのだから、そのへんは対等といっていい。

 というわけでぼくは幽活(幽霊としての活動)をひとまず止めて、なるべく普通の人間として活動することにした。まずは学校に行くことだと思った。年齢はわからないけど体格的にたぶん中学生だと思うので、近所の中学に毎日行って授業を聞くことにした。

 もちろんこの中学に学籍はない。いまのところ日本の文科省が透明人間を生徒として受け入れる法案を提出する気配はないし、存在が知られていないのだから人権団体も抗議のデモを起こさない。国会前を百人くらいで練り歩いて「参加者二万人(主催者側発表)」とのテロップがニュースに載ったという話も聞かない。

 でも不自由があるわけでもない。さいわい透明なので服は必要ないし、家はそのへんの人に間借りしている。憲法に定められた健康で文化的な最低限度の生活は送れていると思う。学校生活も概ね平穏だ。友達ができないのが不満といえば不満だが、不透明でも友達ができないやつは何人もいる。贅沢は言うまい。


 さて前置きが長くなってしまったが、今日はちょっとぼくの身の上話をしたいと思う。もしヒマだったら聞いて欲しい。少なくともぼくの方は非常にヒマだ。訳あってこの教室に閉じ込められてしまって、明日の朝に皆が登校してくるまでこのテレビも無い部屋に居なきゃいけない。せめてもの暇つぶしとして、ここ最近ぼくの身の回りで起きたことについて語っておきたい。

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