第16話 茜色の空の下で
加奈は部屋に飛び込むとそのままベッドに飛び込んだ。
―――私、これからどうすればいいの―――
加奈は枕に顔を押し当てながら湧き出る涙をこすりつけた。
―――何で私、こんな能力身につけちゃったんだろ。こんな能力なかったら私は普通の女の子でいられたのに―――
加奈はしばらくすそのまま泣きじゃくった。しばらくして、気持ちの整理が出来たので、一度ベッドから起き上り、窓越しに瞳の家を眺めた。
「瞳・・・」
「あの子だって、寂しいのよ」
後から突然声がしたので加奈は、後ろを振り返るとそこにはあゆみが立っていた。気が付くと加奈は再びあの川原に立っていた。
「瞳はね、小さい頃から私の後をちょろちょろ回っていて。そう、まるで私がいないと何も出来ない子猫みたいだったわ」
あゆみは加奈のほほを手でなでた。
「私が死んだ時、瞳は自殺すら考えていたわ。私、何とかして瞳に立ち直ってもらいたくて必死だった。そんな時ディスプレーで話せることが出来たの。不思議ね。瞳は少しずつ元気を取り戻していったわ。そしてあなたとも仲直りが出来た」
あゆみは加奈に背を向けると川の方へ二、三歩歩き立ち止まった。
「あの娘も、そして竜彦も私が死んで時間が止まってしまった。けどあなたがいてくれたから二人とも、時間が動こうとしているわ・・・ありがとう」
加奈は少し照れて頭をかいた。あゆみはこちら側を振り向き加奈に微笑みかけた。
「でも、私、怖いの。竜彦さんのこと立ちなおせるか。もし竜彦さんが立ち直れたら、あゆみお姉ちゃんに会えなくなってしまわないか」
「出会いがあれば別れがある。その別れを恐れていては、人は前に進めない。そうじゃない。って私の好きな小説の受売りなんだけどね。それに本当ならもう私は加奈や瞳とこうやって話せること自体がありえないことなんですもの。けどそれも、あと少しで終わってしまう。けどね、ディスプレーで話せなくなっても私は必ず二人のこと見守っているから。だから、勇気を出して。あいつの止まった時計の針を動かしてちょうだい」
「・・・解りました。私、やってみます」
加奈は大声で宣言した。結果なんて関係ない。自分のやれる限りのことをするまでだと。あゆにとの約束を胸に秘めて。
翌朝、加奈は窓から入る朝日の眩しさで目が覚めた。昨日はいつの間にか眠ってしまったみたいである。昨日の出来事がどこからが夢であったのか、それすら判別できないでいた。
―――いつの間に眠っちゃったのかな。私―――
「加奈、加奈っ」
下から母親の声がした。
「瞳ちゃんが来てるわよ。早く降りてらっしゃい」
加奈は大急ぎで着替え玄関で待っている瞳の元に駆け寄った。
階段を降りると瞳がうつむき加減で立っていた。加奈は瞳を部屋に招き入れると瞳は加奈が差し出した折りたたみ式の椅子に座った。
「・・・昨日はごめん・・・なさい。私、言い過ぎちゃった・・・わ」
瞳は涙ぐみながら加奈に謝った。その声はあきらかに震えていた。
「私こそ、ごめんなさい。私、瞳のこと考えてなかったわ」
加奈が言葉を発した後、しばしの沈黙がやってきた。そして、その重苦しい雰囲気を瞳の言葉が走った。
「加奈、一つだけお願いがあるの。私と・・・これからもずっと友達でいて。お願い」
「もちろんよ、瞳」
瞳は二の腕で目から出てくる熱いものを拭った。何度も、何度も・・・。腕がびしょ濡れになるまで・・・。
それから、数日が経った。加奈と瞳は受験のため、ラストスパートをかけ始めた。加奈は毎日、英語の単語帳を片手に通学し、瞳も日本史の年号や漢字を書いたカードを持ち歩きながら暗記した。そうやって、二人は一日一日を大切に過ごしていった。
そんなある日の夕方。二人は学校が終わり、自宅に戻るため大通りを歩いていると、後から声をかけられた。
「加奈ちゃん、瞳ちゃん」
加奈と瞳が振り返るとそこには竜彦が立っていた。
「竜彦お兄ちゃん。どうしたんですか、こんな時間に」
「授業が休講でさ。お参りにって思って。それに・・・」
竜彦は加奈の方をチラッと見るとうつむいてしまった。
「竜彦さん。お参りが済んだら、少し時間いいですか」
「かまわないよ。もともと今日はそのために来たんだから」
三人は並んで家のほうに歩き出した。加奈は、周りを見回すと、案の定、あゆみが少し離れたところに立っていた。
「加奈、やっぱりお姉ちゃん来てるの」
瞳がひそひそ声で加奈に聞いた。
「ええ、そこの電柱の後ろに立っているわ」
「・・・心配なのかな」
「多分ね。でも、だからってもう後戻りは出来ないわ」
「そうねえ、やるだけやってみましょう」
二人は、竜彦の後を追うように家路を急いだ。はやる気持ちを抑えながら・・・。
瞳の家に着き、竜彦はそのまま、居間に通された。瞳の母に一言二言話した後、あゆみの遺影の前に座り、彼女の遺影を拝みながら言葉に出ない何かを呟いた。それを後から覗き込むように加奈と瞳、あゆみの三人は立っていた。
あゆみは竜彦を見て何かぶつぶつ小言めいたことを言っているように見えた。加奈はそんなあゆみの姿が気になって仕方なく、何を行っているのか知りたく、聞こえない声に聞き耳を立てた。こんなあゆみを見るのは始めてであったからである。
「加奈ちゃん、この前の続きを話したいんだけど、時間空いてるかな」
竜彦が居間から顔を出し、加奈に話しかけた。
「はい大丈夫です。近くに公園があるんですけどそこに行きませんか?」
そこは、昔よくあゆみと遊んだ公園である。
「いいよ。じゃあそこに行こうか」
二人はそう言うと玄関から出て行ってしまった。一人取り残される形になった瞳はそんな二人が心配でならなかった。
「・・・大丈夫よ、いざとなったら私がいるから」
瞳はすぐに振り返ったがそこには誰もいない。
「ママ、今何か言った」
「家、何も言ってないわよ」
瞳は狐につままれたような表情をしていた。
「今、お姉ちゃんの声が聞こえたような・・・」
公園についた二人は、そのままベンチに座り、しばらく黙り込んでいた。空はすでに茜色に染まり、二人とも顔が赤く照らされていた。
「小さいころ、よくここであゆみお姉ちゃんと遊んだんです」
「そうなんだ」
竜彦の声は口ごもっていた。
「竜彦さん、話してくれません。わたし気になってしかたがないんです。あの時言った言葉が」
「不思議なものだな、いざ言おうと思ったらく口がすくみあがっちまって」
竜彦は深呼吸をし、覚悟を決めた表情で加奈の目を見つめた。
「停学になってからのことだ。どうでもよくなって、よく町をぶらついてはゲーセンで時間をつぶしたりする毎日だった。どうせ俺がいなくなってもクラスの連中はどうも思わないだろう。そう思っていた」
竜彦はひと呼吸おき、空を見上げた。その隙に加奈は辺りを見回した。案の定、公園の隅っこにあるジャングルジムの上にあゆみが腰掛けていた。
「そんな時だよ、あいつが俺の前に現れたのは。最初はクラス委員のあいつが先生に言われてきているものだと思い込んで相手にもしなかった。けど、たまたま担任から電話が来た時に聞いたら、そんなこと指示した覚えがないって言うんだ。あいつ、自分の判断で来ていたんだ、俺ん家に。俺、あいつが何でそんなことするのかわからなくて、聞いたんだ。そしたらあいつ、自分が出来なかったことをしたことに嫉妬してやがったんだ。不思議なやつだったよ。『あんたこそがクラスのリーダーにふさわしい』って言い出しやがって。不思議と俺はあいつが来るたびに打ち解けていくように感じたんだ」
竜彦は、言葉を選びながら、不器用ながら加奈に語りかけていた。そんな竜彦をあゆみは静かに見守っていた。
「竜彦さん、あゆみお姉ちゃんのこと、好きだったんですか」
「多分な。あいつの存在は、停学が解けてから、大きなものになっていたんだ。元々、両親に先立たれたこともあって、人に愛されることになれてなかった俺は、そいつが照れくさくてうれしくて恥ずかしくてならなかった。けど、あの時もっと素直になっていれば、これほど自分を憎く思うことにもならなかったのに」
竜彦が口ごもる様子を見て加奈は思った。
―――この人、誰かに聞いて欲しいんだわ、自分の心の闇を。だからあゆみお姉ちゃん、夢であんなこと言ったのね。聞くしかないわ、でないと・・・―――
加奈はあゆみをチラッと見ると、あゆみがうなずくように見えた。加奈は勇気を振り絞って竜彦に聞いた。
「竜彦さん、前に私に言いましたよね。『あゆみを殺した俺自身が憎い』って。それってどういう意味ですか」
「言葉の通りだよ。俺が、あゆみを殺したんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます