第15話 心の闇

 加奈は病院を出るとすぐに帰りの電車に乗るため駅へと向かった。駅のホームを見渡してみるが竜彦の姿は見当たらなかった。加奈は以前竜彦を見かけた階段付近に立ち降りてくる人を観察していた。

 ―――けど前と違う階段から降りて来たらどうしよう―――

加奈の脳裏には様々な選択肢が湯水の如くあふれては消えあふれては消えとくリ返しだした。

 ―――もし、今日はもう帰ってたら、うんうん、前会った時がたまたま乗っただけだったら、それに電車がホームに着いてたら駆け込み乗車するとも限りないし―――

「一番線に電車が参ります。白線までお下がりください。この電車は・・・」

駅の構内アナウンスで加奈は我に戻るとあたりを見渡し、竜彦がいないのを確認するとすぐに階段の前に立ち、駆け降りてくる人の顔を確認した。

「扉が閉まります、ご注意ください」

 数名が閉まりかけのドアに駆け込み乗車したが、その中に竜彦の姿は確認できなかった。加奈は安堵の表情を浮かべながら一抹の不安がよぎった。

 ―――今日会えなかったらどうしよう―――

加奈は再び階段の方に目を向けると再びホームに電車が入って来た。加奈はホームに電車が入るたびに階段とホームに目を配るように見渡した。そのたびに竜彦がいないとわかると不安だけが募っていく。無情にも竜彦を乗せていない電車は次々に出発していく。

この時間帯は夕方のラッシュ時ともあって次々に電車がホームに入ってくる。それに比例するかの如く人々も増えてくる。その人の多さを見ていると加奈の不安は一層大きくなって来た。

 ―――これ以上人が増えたらわからなくなっちゃうわ。次の電車で見つけられなかったら帰ろう―――

加奈は次の電車が最後と自分に言い聞かせた。

「一番線に電車が参ります。白線までお下がりください。この電車は・・・」

アナウンスと共に電車が入って来た。加奈はホーム全体を見渡してみるが竜彦らしき人影は見つからない。

「扉が閉まります、ご注意ください」

「待って」

 加奈は心の中で叫んだがドアは閉まりその電車は出発した。加奈は落胆し、この世の全てが終わったように感じた。

加奈は肩を落とし次の電車を待つ列に並んでいた。

「あれ、ひょっとして加奈ちゃん」

後ろから一番聞きたかった声がしたので加奈は幻聴かと思いながらも声がした方を振り返ると、そこには竜彦がリュックサックを背負って立っていた。

「どうしたんだい。こんな所で」

「えっ、あっ、あの、私・・・病院です」

 加奈は言葉を出すのがやっとであった。

「こんなところまで通ってるの?」

「ハイッ」

加奈はあまりの緊張に自分が何を言っているのか解らなくなり、本来の目的を忘れかけていた。

 しばらくすると次の電車が轟音をたてホームへと滑り込んだ。加奈と竜彦は他の客の流れに流されるように車内へと乗り込んだ。

座席は全て埋まっていて立っている乗客も少なくない。そんな状態の車内で加奈は、竜彦と二人で立っているその空間だけ異次元にあるような気がしてならなかった。

 加奈は今、何を言ったらいいのか全く解らないでいた。電車は轟音をたて、地下区間を快走している。

「人がいっぱいだな。俺しか知らない隠れ家に行かないか」

「はぁい?」

加奈は声にならない返事をしたが、竜彦が言ってる意味がわからなかった。が竜彦は加奈の手を取ると、そのまま人込みの中を引っ張っていった。

「ここだよ」

そこはちょうど、先頭車両同士を連結した所であった。運転席はさすがに閉鎖されていたが、反対側の車掌が立つ部分はこの電車の様に一般客に開放されている場合が多く、竜彦はその部分に入り、棚の上に荷物を置いた。

加奈は何から言ったらいいのか解らないでいた。必死で頭の中で考えたが、なかなかまとまらない。

「加奈ちゃんってあゆみの幼なじみだったよね」

「えっ、えぇ」

不意に来た質問に加奈は答えるのがやっとであった。

「昔のあいつってどんなんだったんだい」

加奈は一拍子、間を開けて答え出した。

「私が小学校に上がる頃に引っ越してきたんですが、よく瞳とあゆみお姉ちゃん、三人で遊んでました。世話役というかその、私にとっても本当のお姉ちゃんみたいな存在でした」

「そっかぁ、あいつらしいな」

 竜彦の言葉にはどこか寂しそうだった。

 ―――どうしよう。何て聞いたらいいの。私。ただ普通に「竜彦さんはどうでしたか」って。いやダメよ。それでもし傷ついたらどうするのよ。ただでさえ一生ものの傷をおっているのにそれをさらに抉るようなこと、私には・・・―――

 加奈は竜彦の顔をちらちら見ながら、自問自答を繰り返した。

 ―――私って馬鹿よね。あんなにあゆみお姉ちゃんの前で大きいこと言っといていざとなったら何も出来ないなんて・・・―――

 加奈は自分の無力さを悔いた。あれほどあゆみの前で大きく言っておきながらいざとなると何も出来ない自分が悔しくてたまらない。頭を絞りに絞って加奈は竜彦への質問を考えていた。

「竜彦さんから見て、あゆみお姉ちゃんはどんな人だったんですか?」

 これが精一杯の質問であった。竜彦がこの質問に気分をそこね暴れないだろうか。加奈はそのことだけが心配でならなかった。

「いいな、幼なじみって。そうやってお互いが素直でいられて」

竜彦の返答があまりに加奈が想定していたものと違いなんと返せばいいのか解らないでいた。

「あゆみは、俺の前でも明るく接していた。分け隔てなく誰に対しても同じ態度で接する。それがあいつだった。あの頃の俺は、家族を失い自暴自棄になっていたんだ。目に映るもの全てがむかつき、うっとうしく感じる毎日。何かにつけては街でよくチンピラと喧嘩していたもんさ」

 加奈は竜彦の言葉を半信半疑に聞いていた。彼が喧嘩三昧だったとは今の姿からは想像もつかなかった。

「昔クラスでいじめがあってさ、その時のクラスの連中がムカついてならなかった。連中は、クラスで一番弱い子をいじめだしたのさ。男女問わずにさ。自分より弱い存在を痛めつけるサディストばかり。ふとこいつらが同じ目にあったらどういうふうになるのか。興味わいて次の瞬間俺は、いじめに関わっていた連中全員を殴っていた。俺の想像通り、連中は泣いて懺悔し、『止めて』と嘆願しだした。俺はそんな連中に『そう言ってきた彼女に何をした』といってまた殴っていた。だが俺は殴りながらそんな連中が無性に憎くなった。いっそこのまま嬲り殺しにしてやろうか本気で考えた。先公共が血相変えて止めていなっかたらどうなっていたか」

 竜彦の目は、初めて会ったときの冷たく冷酷な目になっていた。加奈はその目に恐怖を覚えながら竜彦の話を聞いていた。

「当然俺は停学になった。最も退学になっていてもおかしくなかったが、ばあちゃんが校長に土下座してくれて無期限停学ですんだ。けど、それすら俺はどうでも良かった。とにかく何もかも嫌でならなかった。それは今も変わらないけどな」

 竜彦はふと窓の外を眺めた。

「悪りぃ、次の駅で乗り換えなんだ」

 加奈はあゆみが前に言っていた『何時自殺してもおかしく』と言う言葉を思い出した。話を聞いている限りでは竜彦は少なからずそうかもしれないと感じる部分もある。しかし、どうしても根拠がつかめない。

「あの、今度、一緒に会いませんか。私、今日の話の続きが聞きたいんです」

 加奈は思い切って竜彦に聞いてみた。

「そうだな、中途半端になっちまったし。今度あゆみの家に行くからその時に話そう」

「最後に一つだけ聞いてもいいですか」

「なんだい」

「さっき話していた何もかも嫌でならなかった。それは今も変わらないって言いましたよね。それってどういう意味ですか」

 加奈は一番聞きたい部分をストレートに聞いた。例えそれが竜彦の心に傷をつけるかもしれないと解っていながら・・・。

「・・・この世界にいる人間全て、そして俺にこんな人生をおくらせている神々全てが憎くてたまらない。けど、その中で俺自身が一番許せないんだ。あゆみを殺した俺自身が・・・」

 そういうと竜彦は無言のまま電車を降りていった。加奈は竜彦の言った言葉が理解できず立ちすくんでしまった。しかし『あゆみを殺した俺自身が』と言う言葉がしばらくの間、頭から離れなかった。


その夜、加奈は横になりながら夕方の竜彦の言葉の意味を考えていた。

 ―――『あゆみを殺した俺自身が』つまり、竜彦さんがあゆみお姉ちゃんを殺したってこと。でも、あゆみお姉ちゃんは事故で死んだはずでしょ。だったらなぜ・・・―――

見つかるはずのない答えを加奈は必死で考えていた。それが、徒労に過ぎないことも加奈には解っていた。しかし、頭の中からその言葉が全く離れない。繰り返し聴こえてくる竜彦の言葉。

 ―――あゆみお姉ちゃん、今日の話しを聞いてたらどう思うのかしら―――

 翌朝、加奈は真っ先に瞳の家へと向かった。瞳は部屋で加奈を迎え入れると、加奈は四方を見渡しあゆみがいないことを確認した。

「昨日、竜彦お兄ちゃんに会えた」

加奈は昨日の竜彦との出来事を瞳に報告しようか迷っていた。しかし、事情を知らない瞳は加奈の顔を覗き込んできた。

「どうしたの。会えなかったの」

「会えたわよ、昨日。けど・・・」

 加奈はためらった。果たして言っていいものかどうか・・・。

「何かあったの」

瞳は何かを察したのか加奈を気づかった。

「ちょっと・・・ね」

加奈はそう言うと昨日の車内での出来事を説明した。

「そんなことがあったんだ」

瞳の顔は見るからに驚いていた。

「そうなの。これで竜彦さんが自殺しそうっていうのは理由が付くわ。」

「問題は、その竜彦お兄ちゃんがお姉ちゃんを殺したって思い込んでいる理由ね。でも加奈、これって私たちの手に負える問題じゃなくなってきたような気がするんだけど」

「解ってるわ。けど、ずっと黙っているより誰かに言った方が少しでも気が晴れると思うの」

「でも、もしそれが逆効果だったら」

「それは・・・」

 加奈は、口ごもった。確かに瞳の言うとおり逆効果で竜彦の心を余計に閉ざしてしまったらどうしようもないことになるのは解っていた。しかし・・・。

「ねぇ瞳。竜彦さん、誰かにこのことを話したいんだと思うの。だって、そうじゃなかったら私にこのことを話してくれなかったと思うの。どうかな」

「私には解らないわ。ねぇ、加奈。一度あゆみお姉ちゃんに相談してみたらどうかな」

 加奈は迷った。竜彦がここまで思いつめていたことは、加奈の想像をはるかに超えていたからである。そして、あゆみにあんなに大口叩いていてこれほど自分の無力さを痛感してしまい、あゆみになんと話せばいいのか解らないでいた。

「加奈、ここは一度お姉ちゃんに話してみようよ。ねぇ」

「・・・そうね。一度話してみましょう」そう言うと、いつもあゆみと話している夕方まで、この場は散会となった。


 夕方、いつもの時間なり、加奈は再び瞳の家へとやって来た。瞳はすでにディスプレーがある部屋でスタンバイしていて、加奈もその部屋に続くように中へと入った。部屋では、すでにあゆみがディスプレーを立ち上げ、加奈の到着を待っていた。

『竜彦に会えたそうね、どうだった』

加奈が部屋に入るなり文字が写し出された。

「はい、あゆみお姉ちゃんの言うとおりでした。とても悲しい人でした」

 加奈は一通り、昨日の出来事をあゆみに説明した。あゆみは、加奈の言うことを一字一句聞き漏らさんという面持ちで聞いていた。

「・・・以上です。あゆみお姉ちゃんが言っていた通り、竜彦さん自分を責めていて、その・・・、何時自殺してもおかしくないような状態でした」

『そうなんだ』

一瞬の間の後に、あゆみはディスプレーに文字を写し出した。

 瞳はとてもその言葉が冷たく感じたが、加奈はあゆみが言葉をディスプレーに写しながら何かを呟いたのが見えた。

『あいつめ、いつまでいじけてるのよ』

 口元から読み取れた口にでないその言葉はあゆみの竜彦への想いの強さが滲み出てるように感じた。

加奈は何とも言えないという表情であゆみを見つめていた。

「・・・あのぅ、あゆみお姉ちゃん。私、竜彦さんに何て顔して会ったらいいのか、解らないんです」

加奈の言葉を聞き、あゆみは再びディスプレーに文字を打ち始めた。

『正直、私にも解らないわ。ただ、あいつのその思い込みを解消させれば、あるいは・・・』

「竜彦お兄ちゃんを立ち直らせられるってわけね」

瞳が嬉しそうに答えたのだが、加奈はあゆみの表情をじっと見ていた。

「あゆみお姉ちゃん、大丈夫ですか。なんだかとてもしんどそうに見えるんだけど」『大丈夫よ。ごめん、ちょっと疲れちゃった。今日はこの辺でいい』

「えぇ・・・」

あゆみのその、辛そうな表情を見ているととても嫌だとは言えなかった。あゆみは加奈に一礼するとそそくさとどこかへ飛んで行ってしまった。

「加奈、お姉ちゃんの様子どうやった」

「えっ、どうって」

「だって、なんだかいつもと様子がおかしかったから」

瞳が言うのも無理はない。ここ数日、あゆみとの会話する時間が短くなってきているのである。それもいつも、終わり方がそそくさとしていて歯切れが悪い。

そのことは加奈も気になっていた。あゆみがディスプレーを打ち終わる頃はたいてい辛そうな表情を見せるのである。最初は一瞬程度であったがここ数日は時々打つ前から辛そうな表情を見せることがあるからだ。

「瞳、前に病院の先生で私の能力に詳しい人が言ってたんだけど、あゆみお姉ちゃん、ずっとディスプレーに文字を打てられるわけじゃないんだって」

「嘘・・・、何言ってるのよ」

「もちろん、こっちの世界には様子を見に来れることは出来るんだって。けどディスプレーで会話することはいつまでも出来ることじゃ」

「冗談じゃないわ!!」

瞳が突然叫んだので加奈は一瞬空気を飲んだ。

「私、お姉ちゃんが死んでからどれだけ寂しかったと思うの!」

「瞳、気持ち解るけどいつまでも続けられるわけじゃないのよ」

「加奈はいいわよ。話せなくなっても姿が見えるんだもの。でも私にはお姉ちゃんの姿が見えないのよ!話せなくなったらおしまいなの!私は加奈とは違うのよ!!」

「私だって、私だって好きでこんな能力身につけたわけじゃないのよ。瞳なんかに、瞳なんかに私の気持ち解らないくせに!!」

 加奈はそう言うと部屋を飛び出すと、一目散に階段を降り、玄関のドアを自分の家に飛び込んだ。目に大粒の涙を浮かべながら・・・。

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