第14話 光
翌日、加奈はとても憂鬱な気分で学校に登校した。いつも一緒に登校している瞳もまた、憂鬱そうな顔をしてる。無理もない。昨日のあゆみの話が、頭から離れないのである。そのことがあって二人ともとても話しづらかったのだ。
―――あゆみお姉ちゃん、泣いてたよな。無理もないけど、何で私、あんなこと言ったんだろ―――
加奈は、どこかにあゆみがいないかキョロキョロして見回していた。しかし、どこにもあゆみらしい幽霊はいない。いるのは、老人や猫の幽霊ばかりである。
ここ数日、見える幽霊の数がめっきり減ってしまった。お盆の時期と比べると十分の一にも満たない数である。幽霊もやっぱり季節を選ぶものなのかなと加奈はしきりに思ったのだが、今はそんなことより、昨日のあゆみのことが気になって仕方がなかったのである。
「あのさぁ、加奈
」瞳が重い口を開いた。
「何、瞳」
「ちょっと気になったんだけどさ、お姉ちゃん、これからどうしていくつもりなのかな?」
しばらくの間、沈黙が続いた。しかし、加奈は何かしゃべらなければと思い、重い口を開いた。
「・・・わからないわ。ただ、一つだけ言えるとしたら、私、このままじゃいけないと思うの。このままにしていたら、二人とも、ずっと傷を引きずってすごすことになるじゃない。私、それだけは・・・嫌よ!」
「うん、それは私も思ってた。けど・・・、私たち何をするばいいと思う。竜彦お兄ちゃんも私と同じで幽霊さんのこと見えないじゃない。加奈が言ったところで信じてくれるとは思えないし・・・」
「今度の土曜日さ、京都に行くのよ、私。診察日なの。だから、その時に竜彦さんを探してみようと思うの」
「探すって、いつもその時間に電車を乗るとは限らないじゃない。サークルとか、バイトとかさ。それにこの前会ったのもたまたまかも知れないんじゃん」
「あゆみお姉ちゃんがいたのよ。少なくとも、たまたまじゃないと思うの」
「・・・わかったわ。でも、会ってどうするの。昨日のことでも話すっていうの」
「分からない。けど、何かしないといけないと思うの。私の性格知ってるでしょ。こういう時、私、じっとしていられなくなることを」
「わかってるわ。だから止めないわ。けど、気を付けてね。くれぐれも竜彦お兄ちゃんに変なこと言って怒らせないでね」
「うん、わかってる。ゴーストアイのことやあゆみお姉ちゃんのことは絶対に言わないわ」
そうこうしているうちに、二人は学校の校門の前まで来ていた。二人はそのまま教室へと入っていった。
金曜日の夜。加奈は、夕食をすませるとそのまま自分の部屋に入った。加奈は、自分の机に座ると数学の問題集を取り出して勉強を始めた。関数の問題は、加奈が苦手としている部分の一つで、加奈にとって、ここを克服することが急務であった。
「加奈、瞳ちゃんが来てるわよ」
下から加奈の母親の声がこだました。
―――まだ一問も解いてないのに、もう―――
加奈は、心の中で愚痴を言いながら玄関へと向かった。玄関では、瞳が血相を変えて立っていた。何か問題が起こっていたことは一目瞭然であった。
「加奈、すぐに家に来て」
「どうしたの瞳。そんなに慌てて」
瞳は周りに誰もいないことを確認すると、加奈の耳元に口を持っていき、小さく囁いた。
「あゆみお姉ちゃんが来てるのよ。さっき突然ディスプレーに『加奈を呼んできてくれる』って打ち出されたのよ」
「あゆみお姉ちゃんが私を。いったいどうして」
「とにかく来て、今すぐ」
そう言うと瞳は、加奈を半ば強引に引っ張って家へと連れて行った。加奈は、瞳の家に入る前、ふと二階を見上げるとあゆみがこっちを忘れることの出来ない表情で見ていたのが、少し怖く感じられた。
「連れて来たよ。お姉ちゃん」
瞳は部屋に入るなり小さく言うと、すぐにディスプレーに文字が打ち出された。
『この前はごめんなさいね、あんなふうになっちゃって』
「いえ・・・その・・」
加奈は言葉が浮かばなかった。この前のあゆみの話を聞いて、何を言えばいいのかまったく見当がつかないのである。ただ、今度の土曜日に京都に行く。それだけははっきりしていた。そして、それだけでもちゃんと伝えなければならない。そう感じていたのである。
「あの・・・私、今度診察に京都行くんです。それで」
『竜彦に会うの、』
加奈の言葉に反応するかのようにディスプレーに写し出された。加奈はどう答えていいかわからなかった。何とかしてあげたい。心の中ではそう思っていたがどうすればいいのか解からない。むしろ、変に行動をすれば、逆に傷を深めてしまうかもしれないのである。今自分がおかれている状況の中でどうすればいいか、必死で考えていたのである。加奈は整理しきれないまま思い口を開いた。
「私・・・、このままじゃいけないと思うの。竜彦さん、ずっと自分を責め続けてると思うんです。うまく言えないけど、このままじゃ、竜彦さんもあゆみお姉ちゃんもずっと立ち直れないままだと思うの」
加奈は、頭の中で言葉を選びながらやっとの思いで言葉を搾り出した。しかし、それ以上にあゆみの反応が怖かった。
『すごい想像力ね、まるで私や竜彦の気持ちがわかっているみたいね、』
加奈はその言葉を読み終えないうちに、胸が締め付けられた。
「お姉ちゃん、そこまで言わなくても」
「いいのよ、瞳。・・・いいのよ」
加奈の声は震えていた。こぶしを有り余る力いっぱいに握り締め、次に出てくる言葉が出てこない。加奈は、すでに冷静さを失っていた。
「お姉ちゃん、少しの間だけ加奈に任せてみればどう。加奈だって解ってるし、竜彦お兄ちゃんを立ち直らせる最後のチャンスかもしれないのよ」
『失敗したら、』
突然打ち出された文字に2人は息を飲んだ。
『失敗したらどうするの、2人とも、』
加奈も瞳もどう答えたらいいのか解らないでいた。『失敗』この言葉が意味することを二人は考えることが出来なかった。しかし、加奈は何でもいいから自分の考えを言わなくてはと思い、重い口を無理やり開いた。
「正直解りません。けど。だからと言って何もしないのは臆病者だと思います。私・・・竜彦さんが」
加奈は、自分自身への怒りをこらえながら、あゆみの目を見ていった。あゆみはその目を見ながらしばらく考えるとディスプレーに『解ったわ、』と言う文字を書き、姿を消した。
加奈は、考えがまとまらないままその日を迎えた。京都へ向かう車中でも考えをまとめようと必死であった。しかし・・・
―――私、竜彦さんに会って・・・それから・・・・―――
加奈の頭の中には、『竜彦に会う』それしか考えられなかった。しかし、会ってどうするのか。どうやったら竜彦の心の氷を溶かすことが出来るのか。考えても考えても答えは見つからないでいた。
病院に着くといつものように診察をし、空き時間に屋上に出て伸彦と綾香と会う。いつもと同じパターンを取った。ただ、いつもと違うのは加奈が浮かない顔をしているのに気づき、伸彦と綾香が心配そうに加奈の顔を見つめていた。加奈はそれに気づくと二人の前に行き笑顔を見せた。
「ごめんね、こんな顔して。でも心配しなくて良いから。私、必ず解決して見せるから]
そう言うと二人は安心した表情でどこかへ去っていった。
―――そういえば、あのディスプレーで話せるのはあゆみお姉ちゃんだけみたいだけどなぜなのかしら―――
「どうしたんだい」
後から急に声がしたので、加奈は心臓がはじ切れそうになった。そこには、この病院の院長が立っていた。
「院長先生。あの、どうもご無沙汰してます」
「あらたまらなくていいよ。ところでどうしたんだい。何か悩み事かい」
加奈はふと目をやると伸彦が遠巻きに加奈を見つめていた。
「伸彦が様子おかしくてな。ついて来たら君が深刻そうな顔して立ってたってわけだ」
加奈は伸彦の方を見て軽くウインクして見せた。
―――そう言えば、院長先生はゴーストアイについて詳しかったから、もしかして―――
加奈は意を撤して院長先生に相談することにした。
「実は・・・」
加奈は今までのいきさつを説明した。
「なるほどね」
加奈は院長の反応が心配でならなかった。院長はゴーストアイについて研究してる第一人者である。また、ディスプレーを使ってあゆみと話をしていることを瞳以外で唯一知っている人物である。院長はディスプレーのような物を使って会話をすることは他の国でも確認されていることだと前に説明してくれた。
「なるほどね。そういうことがあったのか。そのあゆみって子、相当苦しんでいたんだろうな。我々のようなゴーストアイの能力もはっきり言って見ることだけしかできないから、見えていても無視する人も少なくない。その結果幽霊達はより孤独になり姿を見せなくなる。そのディスプレーに言葉を出せるだけ彼女は幾分他の幽霊よりはましなんだろう。しかしだ。いくら幽霊でもいつまでそういったコンタクトを続けられるわけではない。そういうことができるのは何か強い意思を持っている幽霊に限られるんだ。そして、個人差はあるがそういったコンタクトを続けられる時間というものが存在するのだよ」
「えっ」
加奈は内心焦った。あゆみとの会話に限界があるなど知るよしもなかったからである。
「大体はその人の未練が断ち切れた時に出来なくなるのが通例だ。ただ、もう一つの事例を上げると何か限界以上の力を使った時だな。幽霊達も現世世界に降りてくるには相当な体力が要する。ただでさえそうなのに第三媒体を使って会話するのだから、相当な体力と気力を消耗するはずだ」
加奈は今まであゆみと話した後のことを思い返してみた。あゆみはいつもディスプレーで話した後、すぐに姿が見えなくなっていた。それに、竜彦のことを話した時、あゆみはこの事実を裏付けるようなことを口走っていた。
あの時、あゆみはとてもつらそうな顔を見せていた。てっきり竜彦のことを思い出しているからそんな顔をしているとばかり思っていたが、精神的でなく体力的にもつらかったんだと改めて加奈は痛感した。
―――あゆみお姉ちゃん、私達と話すことってそんなに大変だったんだ。なのに私ったら・・・―――
加奈は自分自信にいたたまれない悔しさが込み上げてくるのを感じた。
―――私、あゆみお姉ちゃんのこと、ちっとも考えてなかったわ。私・・・―――
「加奈ちゃん。そのあゆみって子、多分その少年のことが心配で来てると思うんだ。彼女はもう幽霊だから何も出来ない。けど、意志は継げると思う。君がそうだと私は思うんだが」
加奈は自分の心と葛藤していた。はたして、竜彦を立ち直せるのか。はたまたあゆみの心の闇を打ち砕けるのか。考えがまとまらないまま時間だけが過ぎていった。
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