第13話 竜彦とあゆみの出会い

 加奈は朝起きてからテンションが以上に高ぶっていた。いつも通り顔を洗い、朝食をとり、着替えているときもどこかそわそわしていた。朝からずっと、時計だけが気になり、勉強に身が入らない。それがいけないことであるということは、加奈自身解っているのであるが、思考がそれを拒むのである。

今日は日曜日、あゆみと約束していた日なのである。高鳴る気持ちを抑えきれずに、加奈は、約束の一時間近く前に瞳の家に向かった。

 瞳は、玄関で加奈を出迎えると、待ってましたと言わんばかりの顔で、加奈を例のあゆみの部屋に通した。加奈は、部屋に入るなり辺りをきょろきょろした。

「お姉ちゃん、来てる」

後から瞳が加奈に声をかけた。

「うんうん、まだみたい。ちょっと早すぎたみたいね」

「あたりまえよ。だってまだ十時半よ」

「瞳だって待ち遠しいんでしょ。その証拠に、朝から何にも勉強してないでしょ」

「へへ、ばれた。そういう加奈もでしょ」

『やれやれ、この二人ときたら』

 突然ディスプレーにこの文字が打ち出された。加奈は慌てて周りを見渡すとあゆみがディスプレーの後ろにスタンバッていた。

「あゆみお姉ちゃん、いつの間にそこに」

 加奈がそう言うとすぐに文字が打ち出された。

『二人が夫婦漫才始めたあたりからかな、こんなこったろうと思って早めに来て正解だったわ、まったく』

 加奈と瞳は、その文字を読むと、お互いの顔を見つめあって奇妙な笑みを浮かべた。

「へへ、言われちゃったね」

加奈がミミズが話すくらいの小さな声で話すと、「そうね、やっちゃったわ」と瞳も同じくらいの小さな声で答えた。

『まっ、いいわ、ちょっと早いけどお話始めましょうか』

再びディスプレーに文字が表示されると、加奈は「よろしくお願いしまーす」と一番可愛い言い方で言った。


『あいつと知り合ったのは、高校に入学したその日だったわ、』

 加奈と瞳は、ディスプレーに打ち出される文字、一つ一つを見逃さないという目でしっかりと見つめていた。あゆみは、そんな二人の視線に赤面し、一つ咳払いするしぐさを見せたが、加奈の眼中にはそれは映らなかった。

『あいつは、あのころからホントに変わったやつだったわ、初めて会ったのは、入学式の日よ、けど、式の最初の国歌斉唱の所になった途端に立ち上がってそのまま帰っちゃったのよ、あいつ、入学そうそう問題行動起こして先生から大分目を付けられてたみたい』

 一番初めに打ち出された文字が消え、再び新たな文字が打ち出されていく。加奈は、ふとあゆみの顔を見上げた。あゆみが文字打ちをしているときの表情は、ものすごく集中をしている顔をしていた。こんなあゆみの顔を見るのは始めてである。

加奈は、あゆみが何か内側から言葉にならない力を出しているかの用にしか見えなかった。

『そんなときにね、私のクラスである事件が起こったのよ、私の友達がね、クラスでいじめにあってることを知ったの、しかも陰湿で、全部私がいない間によ、私も何とか止めようとしたわ、けど、状況は日々悪化する毎日、先生たちも現場を押さえないと手出しできないって、その一点張りだったわ、そんな時よ、普段全然学校に来ないあいつが、たまたま現場を目撃しちゃって、そしたら、その現場にいたクラスメートの殆どを半殺しにしたのよ、男の子も女の子も全員、何人かは、骨折して入院の一歩手前まで行ってる子もいたわ』

 加奈と瞳は、あの竜彦がそこまで不良に見えなかったため、その事実を知ったときは相当ショックであった。しかし、今ここでとぎらせる訳にはいかないと思い、次に打ち出される文字を待った。

『当然学校中が大騒ぎになってね、職員会議が開かれて、すったもんだで、あいつは無期限停学ってことになったの、その日から当時クラス委員をしていた私は、あいつの家に行ってこっそりその日の授業内容を教えに行ったの、停学中の人は、外に出ちゃいけないとかクラスメートに会ってもいけないっていう規則があったの、でも、私は、ちょっと悔しかったの、私じゃどうしようもなかった問題を方法はどうあれ、解決したあいつの行動力に、最初は見向きもせずに帰れっていわれたわ、けど、それでも私は毎日通ったわ、何故だかわからない、あいつは私が持ってないものを持っている、だからそこに惹かれちゃったのかもしれないわ、そんな私にあいつは次第に心開いてくれて、一ヶ月位したらもう私たちは、恋人同士になってたわ』

「それって付き合いだしたってことなの」

加奈があゆみの顔色を見ながら聞いてみた。あゆみの顔は、どこかしんどそうな顔をしていたのが加奈は気がかりでならなかった。

『ええ、そうよ、付き合うっていっても、ただたんに一緒に帰るか、近場にデートする程度だったけどね、そのうちあいつは停学が解けて、学校に来るようになったわ、けど、付き合ってることは誰にも秘密だったわ、ただでさえ、魔獣扱いのあいつは私のことを気づかってくれてたの、だって、周りから見れば、明らかな美女と魔獣のカップルですもの』

「それを言うなら美女と野獣でしょ、お姉ちゃん」

瞳が何気なく突っ込んだが、加奈は、しんどそうに荒い息を吐くあゆみの方が気がかりでならなかった。

『あいつは、学校ではけっして笑わなかったわ、ただでさえ家族を失って一人暮らしをしていて寂しいはずなのに、けっしてそれを人に言わず一匹狼を貫こうとした、けど、私の前だけでは笑顔を見せてくれた、家にも来たわ、あいつ、帰りに家族ってこんなにいいものなのかなって言ったりしてたわ』

 加奈は、あゆみがかなりのろけながら話しているように感じた。しかし、その目は、どこか悲しい光を放っている。

「でも、そんな人がどうして加奈が見たような冷たい人になったんだろう」

『全ては私のせいよ、私が竜彦の心をずたずたにしたせいよ』

「ずたずたって、おね・・・まさか」

瞳は、息を呑んで悟った。

『そうよ、私が死んだせいで、あいつはああなってしまったのよ』

「あゆみお姉ちゃん、大丈夫。さっきからすっごくしんどそうに見えるんですけど」

隣で瞳の目が、鳥のように丸くなっていた。

「お姉ちゃん、大丈夫なの」瞳も心配そうにあゆみに言った。

『ごめんなさいね、ディスプレーに文字打つのって、見た目とは違って、すっごく集中力と力を使うの、普段はいいんだけど、今日みたいに長時間文字打つの初めてだから疲れちゃったの』

「もう、そんな大事なことは先に言ってよ」

瞳は朝の鶏の鳴き声のような声で言った。

『ごめんなさいね、ちょっと休憩させてくれる』

あゆみのことを考えると、二人はこれに応じるしかいたしかたがなかった。


 五分程経ったであろうか。加奈と瞳は一度一階に行き、お茶を飲んでいた。

「でも、あの竜彦お兄ちゃんがどうして今のような冷たい人になったんだろ。お姉ちゃんのせいって言ってたけどなんでだろ」

「解らないわ。けど、あの事故が原因ってことは多分正しいと思うわ」

「あの事故って、そうか、加奈調べたんだったわね。あの事故のこと」

 あの日、朝から雨が降っていたにもかかわらず、あゆみは傘を差していなかった。おそらく、その部分に原因があることは、憶測ではあるがはっきりしていた。

「そろそろ戻りましょ」

加奈がそう言うと、瞳は空になっていたコップを流し台の中に置いた。

『あの日、朝から雨が降ってたわ』

 唐突もなく話は再開された。しかし、あゆみの辛そうな顔は変わらなかった。無理もない。ここから先は、あゆみにとっては思い出したくないことなのである。打つのもつらければ、それを思い出すのもつらい。心的疲労は計り知れないものであることは、加奈にも解っていた。ただ・・・

『あの日の朝ね、来る途中で、傘をなくしちゃったのよ、ちょっとドジって電車の中に置き忘れちゃって、けど、駅でしばらく立っているとたまたま竜彦が次の電車で降りてきて、私は竜彦の傘に入って登校ししたわ、周りのみんなは、命知らずだなって言ってきたけど、この時ばかりは、付き合ってることがばれてもいいって思ったわ、だって、その日の朝に大事な小テストがあって、どうしても遅刻したくなかったのもあって』

 二人は、静まり返った部屋で、ただ、ディスプレーに打ち出される文字を見つめていた。

『それでね、帰りも竜彦の傘に入れてもらおうと思って、あいつにねだったの、そしたらあいつ、断ってきて、無理もないわ、元々シャイなとこあるからみんなにバレルのが嫌だったのよ、行きしなはともかく、帰りに二人で帰ってたらさすがに付き合ってるのがばれちゃうし、あの時私は浮かれてたのよ、だって、朝、一緒の傘に入ってるときにね、少しだけだけど始めて手をつないだのよ、女の子として浮かれるのは当然よ、それで結局大喧嘩になっちゃってね、私はやけになって一人で帰ったのよ、そしたら・・・』

 加奈は、心の底から何かがこみ上げてきそうになった。それだけはどうしてもこらえかった。目の前で、あゆみが涙ながらに語っているのを瞳に悟らせたくなかったのである。加奈は、胸のあたりがはじきれそうな痛みを覚えていた。

「ねぇ、加奈。お姉ちゃん、ひょっとして泣いてるの」

 瞳の目のあたりにも何かがこみ上げているのは一目瞭然であった。ただ加奈は、あゆみが泣いていることはなんとしても悟らせたくなかった。この中で、瞳だけがあゆみの姿を見ることができない。そのことが瞳を疎外させてしまうのでないか心配でならなかったのである。

「ねぇ、どうなのよ、加奈。お姉ちゃん・・・。私、悔しいよ。どうして私にはゴーストアイの能力ないのよ。なんで私だけ見えないのよ、お姉ちゃんの姿が」

 ディスプレーには文字が打ち出されていた。加奈は、泣きじゃくる瞳とともに何とかディスプレーを見ようと必死であった。ここで泣いて終わってしまったら何にもならない。加奈は何となくであるがそう思えてならなかったのである。

『あいつは・・・、竜彦はね、自分が私を殺したって思い込むようになってしまったの、それからよ、ただでさえ周りに冷たかったあいつがさらに冷たくなったのは・・・あいつは、この世にあるもの全てを憎んでいるのよ、その中で最も憎んでいるのが自分自身』

 加奈は、喉が焼き切れたかのように声を出すことができなかった。ただ、あゆみの言うことに目をやるのが精一杯であった。

『あの事件から何度かあいつは自殺しようとしたわ、けど、すぐに思いとどまっていたわ、今では馬鹿な真似はしようとしなくなったけど、それでも何かのきっかけにまた自殺しようって考えを起こすとも限らないし』

 横で瞳はまだ涙を流していた。加奈は、二人にかける言葉がまったくなかった。いや、あっても今の加奈は言葉にすることができなかった。

『あいつが私を殺したって思い込んでいる以上、私はあいつから目を離さないつもりよ』

「それで・・・どうするつもりなんです・・・か?」

加奈は何とか声が出た。けど自分でも何を言ってるのかがまったく解らなかった。

「そのままずっと見つめているだけでどうするんですか。それじゃ、竜彦さんは一生立ち直れないじゃないですか」

『だったらどうすればいいのよ、私だってつらいのよ、でも、どうしようもないじゃない、あいつは私の姿が見えないのよ、何度も私叫んだわ、けど、振り向いてもくれない、あいつにはもう、私は映らないのよ』

 あゆみは涙ながらディスプレーに打ち込むとそのままどこかへ消えて行った。加奈はただそのディスプレーに打ち出された文字を消えるまで見つめていることしか出来なかった。外は、暗く、重い雲に覆われていた。その夜は、強い雨が地面を打ちつけた。あゆみが死んだ日に降っていたような、全てを流し去ってしまいそうな強い雨が・・・


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