第12話 加奈と瞳の休日

 加奈はその日の授業から心を入れ替え、雑念を振り切り集中することに決めた。そうさせたのは、今朝の夢や瞳の言葉だけではなく、今朝のホームルームの時間に返却された、一週間前に受けた実力テストの結果である。成績が、わずかながら下がっていたからである。一方、同じテストを受けていた瞳の方は、若干ながら前回の実力テストと比べて点数が上昇していた。このままではやばいと悟ったのである。

 昼休み、加奈は瞳の教室に行き、一緒にお昼ご飯を食べていた。もちろん目的は、昨日のあゆみの話についてである。

「ママの言うにはね、お姉ちゃんが竜彦お兄ちゃんを連れてきたのは、一回だけなんだって。その時にパパに気に入られて「これからもちょくちょく来るように」って言われたそうよ。ちょうどお姉ちゃんが亡くなる二ヶ月前だったんだって」

「そうなんだ。竜彦さんって、冷酷で残忍な性格なのに、よくおじさんに気に入られたわね」

「多分、冷酷で残忍な性格になったのは、お姉ちゃんが亡くなっただと思うわ。当時の竜彦お兄ちゃんは豪快で、自分の考えをはっきり持っている人だって言っていたわ。そんでもって今の大人たちを批判したりしていて、とにかくすごかったらしいわ。ゆくゆくは、政治家か官僚かってパパが聞いたら、なんて答えたと思う」

「わからないわ、一体なんて答えたの」

「世界征服。そして、この世の全ての支配者になることですって。普通なら考えられない答えだわ」

「世界征服って、今どき幼稚園児でも答えないわ、そんなこと」

「でしょ、でしょ。いったいお姉ちゃん、竜彦お兄ちゃんのどこに引かれたんだろう?」

「それは・・・。そんなことより、その竜彦さんがなんであんな冷酷で残忍な目になったのか。そっちの方が気になるわ」

「そうね。でもね、その話を聴いたときにね、私、お姉ちゃんの気持ち、少し解ったような気がするの。だって、自分が好きになった人が、自分がいなくなったせいで変わってしまうのって、私だって嫌だもん」

瞳の口調はさっきより若干だがトーンダウンしていた。

「そうね、だから私たちが何とかしようとしているのよね。このままじゃ、二人とも・・・」

「そうね、けど二人の仲を取り持つのも良いけど勉強もしっかりとね」

「もう、瞳ったら。その話は、今は良いじゃない」

加奈は、ほほのあたりがかゆくなってきた。もうすぐ昼休みが終わるので、加奈は自分の教室に戻った。

「じゃあ後でね、瞳」

「うん」

加奈はそういうと教室を後にした。


 土曜日、加奈は瞳と一緒に本屋に行くことになった。あれから一週間、二人は学校はもちろん家でも勉強付けの日々を送っていた。加奈は、毎日の勉強のほか、通信教育で送られてくる問題集などで勉強し、だいたい今は夜の一時くいに寝るようになっていた。毎日これだともたないので、瞳と相談し、たまにこうやって近所を散歩することにしたのである。

 二人は駅前にある本屋で立ち読みをしていた。

「見てみて、この子可愛くない」

瞳が雑誌の見ているページを加奈に見せた。

「どれ、うーん、やっぱりこの子のほうが可愛いよ」

二人は、さっきからファッション雑誌や同世代のタレントが載っている雑誌を見てまわっていた。

「そうね、キャッ、見て。ここ、愛野由紀ちゃんが載ってるわ」

「どれ、あっ本当だ。何時見ても可愛いよねぇ、彼女」

 愛野由紀というのは、加奈と瞳より二つ年下の今一番乗っているアイドルである。小さい頃から子役としてテレビに出ていたので、加奈も瞳も彼女を小さい頃からファンなのである。

「ねぇ、知ってる。彼女住んでるのこの近くらしいわ」

「本当、でっ、どこどこ」

「ええっと、明石の方らしいよ」

「そう、でも本当にこの子可愛いわ。私もこの子と同じポニーテールにしてみたいわ」

「瞳の髪の毛の長さだったら大丈夫じゃない。今度やってあげようか」

「うん、お願いね」

 二人は、雑誌を閉じるとそのまま、駅前にあるファーストフード店に入った。二人はそこで、昼食をとることにし、セットメニューを購入するとそれ持って二階の禁煙席に持って行った。

「あら、あなたたち」

禁煙席の一番奥で、都先生がハンバーガーを食べていた。

「あっ都先生。こんにちは」

加奈は、都先生の席の横に座ると挨拶をした。瞳は加奈と都先生の向い側に座った。

「こんにちは、都先生」

「エーと、あなたは確か瞳ちゃんだったわね。そう言えば、あなたとはゆっくり話したことなかったわね」

「クラスが違いますし、補習のときに何度かくらいしかないですよね」

「そうそう、元々あなたのクラスは担当持っていないからね」

「都先生、こんなところでなにしてるんですか」

「見ての通り、食事してるのよ」

「じゃあ、この後学校に行くんですか」

瞳が右手にポテトを二、三本持ちながら聞いた。

「その逆。さっき学校に行ってきたとこ。これ食べたらやることないし、帰ろうかなって思ってるの」

「都先生の家ってどこなんですか」

「私の家。このすぐ側よ、ちょうど駅の裏側。まっ、実家が近いからそっちにいることの方が多いんだけどね」

「そうなんだ。ねっ、後で家行っていいですか」加奈が無邪気に都先生に聞いた。

「ええ、いい・・・。あっ、だめだめ。今、来週の実力テストの問題作ってて散らかってるんだった」

「そうなんだ。残念」

加奈は、とても残念そうな表情をして見せた。

「そんなことより、こんなところで油売ってていいの」

「ええ、ちょうど今は気分転換でうろうろしている所なんです」

瞳がコーラを飲んでから答え、言い終わるとまたコーラを飲みだした。

「だったらもっといいとこ行けばいいじゃない。三宮とか梅田とか」

「でも、近い方がいいでしょ」

「だったらせめて芦屋とか西宮とか甲子園とかさ」

「甲子園って、私たちあんまし野球のほうわ」

加奈が少し引いたような顔で行った。都先生は、神戸に住んでいるということもあり、熱狂的な阪神ファンなのである。

「あなたたち、関西人なのに野球に興味がないって、もったいないわ。もう今シーズンは終わっちゃうけど、クライマックスとかもあるんだし、一度でいいから行ってみれば。すっごく面白いよ」

「私よくテレビで見てます。けど、今シーズンのチケットってもう売り切れたんじゃないんですか」

瞳はすでに自分の分のハンバーガーを食べ終わっていた。

「それが取れたんのよ、一試合だけ。しかも、最終戦のアルプス席が三つも。でも、あなた達は受験生だから無理よね。誰か他の人と行くわ」

「もう、都先生ったら。そんなんだと、彼氏出来ないよ」

「何言ってるの加奈ちゃん。私彼氏いるわよ」

「嘘、そんなの初耳だわ」

加奈は驚いた。普段は、休み時間に無邪気に話している都先生なのだが、そういう話はしたことがない。

「あらそう。でも、みんな聞いてこないんだもん」

「どんな人なんですか。都先生の彼氏って」

 都先生は、少しテレ気味に一枚の写真を取り出した。

「大学生のときにね、サークルで知り合ったんだ」

「サークル。都先生って、確か女子大じゃ」

「私の入ってたサークルわね、いろんな大学と一緒にやってたの。彼はね、ちょっと変わってて、自分は作家になるために生まれてきたんだって言うのが口癖だったわ。今は、東京に住んでるの」

「へぇー。そうなんだ。なんてペンネームなんですか」

「聞いて驚かないでね。須川純也って言うの」

都先生の顔は、見ただけでかなりのぼせているのが解る状態であった。

「須川純也って、今乗りに乗ってる作家さんじゃないですか」

「そうなのよ、彼の小説、とっても面白くてね。私が勝手に新人賞に投稿しちゃったのよ。そしたらそこでグランプリ取っちゃって」

「本当なんですか、その話。私、須川純也の小説、大好きなんです。今度サイン書いてくれませんか」加奈は、思いもしなかった都先生の真実を知り、大喜びであった。

「ええ、いいわ」

「でも、何でそんな人と都先生が」瞳が一番疑問に思っていたことを聞いてみた。

「彼ね、私から見たら本当に子どもっぽいのよ。その割には行動がマメでね。彼から猛烈にアタックされて、そのまま成り行きで付き合うようになって。今ではあいつのこと、目茶苦茶好きなんだけどね」

「そうなんだ、何か意外な一面があるのね」

「あいつね、時々哲学的なことを言うのよ。その中で私が一番印象的だったんなのがね、『人は常に仮面を付けた生き物である。周りの者が見てるのは、その仮面の一部に過ぎない』って言葉なの。この前発表した小説に書いてたんだけど、それ聞いたときにね、鳥肌立つくらいに印象的で」

「そうなんだ、都先生って意外にお茶目なんですね」

「やだ、瞳ちゃんったら、ところで、あなたたちは彼しいるの」

都先生は、興味津々な顔でこっちを見ていた。

「もう、先生ったら、私たちにいるわけないじゃない」

都先生は、残念そうな顔でこっちを見つめていた。

「あら、残念ね。特に加奈ちゃんは人気が高いから、いるかなって思ったんだけどね」

「私がですか」

「そっ、だって私、男子たちのうわさよく聞くよ。加奈ちゃんは男子たちのアイドルだって。怒ると手が付けられないから話しづらいかもしれないけど」

 都先生はクスクスと笑いながら言った。そして、トレイの上の空になった入れ物をゴミ箱に捨てに行き、再び戻ってきた時に、イスの上に置いてあった手提げかばんを手に取った。

「じゃっ、私そろそろ帰るわね。二人とも、しっかり勉強するのよ」

そう言うと都先生は、長い髪をなびかせ、颯爽と帰って行った。

「ねぇ、加奈。さっき都先生が言ってたこと、覚えてる」

「あの須川純也の言葉。えーと・・・」

「『人は常に仮面を付けた生き物である。周りの者が見てるのは、その仮面の一部に過ぎない』って言う言葉・・・。あれね、私思うんだけど竜彦さんもこの言葉通りにね、仮面をかぶってるんだと思うの。私たちの知ってる竜彦さんは、その一部だけだと思うのよ。そして、お姉ちゃんが好きになった竜彦さんはその仮面の下の部分だと思うのよね、多分」

「そうね。でも、だったら竜彦さん。なんでそんな仮面をかぶっちゃったんだろう」

「そこよ、問題なのは。私ね、思うんだけど竜彦さんは何かつらい過去を背負ってたのよ。それでね、やっと一筋の光明であるお姉ちゃんとであって、立ち直りかけたのに事故で死んじゃったから仮面をかぶるようになっちゃって」

「ちょっと、瞳。あんた、ドラマの見すぎよ。そんな漫画に描いたような人生送ってるわけないじゃない」

「じゃあ、加奈はどう思うのよ」

 加奈は黙り込んでしまった。よくよく考えてみると、竜彦がなぜ冷酷になってしまったのかを考えたこと事体、加奈は考えたことがなかったのである。

「解らないわ。解らないけど、あんな冷たい目になるには、よっぽどの事があったんだと思うわ。私」

 二人はそれからしばらく黙り込んでしまった。これ以上推測や憶測だけで竜彦について語るのは、誤った先入観を与え、かえって危険と判断したのである。

 二人は、小一時間ほどの間沈黙した後、家路へとついていたのである。ただ、二人とも帰り道でも黙ったままであったが、それぞれ、竜彦について考えていた。あのどこか切なく寂しい目を思い浮かべながら・・・。

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