第11話 せめて、あなたらしく
加奈と瞳は部屋に入るとドアを閉め、ディスプレーの前に腰を下ろした。
「あゆみお姉ちゃん。私ね、お姉ちゃんの学校の校長先生と話したの、お姉ちゃんと竜彦さんについて。そしたら、あの人は学校一の問題児だって言ってたわ。どうして彼と付き合うようになったの。どうして今なお彼の後ろにくっついているの。そろそろ話してくれない」
「ちょっと加奈。いくらお姉ちゃんでもそこまで調べられてほしくないでしょ。その、フライガエシの侵害ってやつよ」
「プライガシーでしょ。でもっほっとけないわ、私。だってこのままじゃ二人とも、一生あんな悲しい目をして過ごさなくちゃいけないのよ。それに前にあゆみお姉ちゃん言ったでしょ、竜彦さんが自暴自棄になってるって。私、止めたいのよ。あゆみお姉ちゃんが安心できるようになってほしいの。私」
「加奈、それってお姉ちゃんが来なくていいようにするためなの」
「そうじゃないわ。別に心配な人がいなくなったからってこっちの世界にか亡くなるってわけじゃないのよ。ただ単に観光で降りてきている人もいるし、ちょっと様子をみに来ている人もいるわ。中にはこっちにいる幽霊さんに会いに来ている子だっていることだし・・・」
「そうなんだ。私はてっきり加奈がお姉ちゃんを成仏させようと思って」
「ちょ、瞳。ゴーストアイを何かと間違えてない」
『二人とも相変わらず面白いわね、いいわ、私と竜彦がどんな恋人同士だったかあなたたちに話してあげるわ、今後の参考にもなるだろうし、ちなみにさっきのプライバシーが正解よ、二人とも勉強が足りないわよ』
加奈と瞳は、お互いに顔を見合って自分たちの無知さに反省した。
『けど、ちょっと長くなるし、一度にそれを書こうと思うと私もパワーを充電しないといけないわ、何気なく書いてるように見えて、これって結構集中力と力が要るのよね、だから、来週の日曜日のお昼に来てちょうだい、その時に話すから』
ディスプレーにその文字が映し出されるとあゆみはその場から離れた。
「うん、解った」
加奈と瞳はほぼ同時に返事した。それを聞くとあゆみはどこかに飛んでいってしまった。加奈は瞳の部屋に行き、学校で聞いてきた竜彦のことや事故のことについて瞳に話した。
「そう言えばおかしいわね、お姉ちゃん、私から見ても天然ボケみたいなところあったけど、雨が降ってるのに傘をささずに出るって考えられないわ」
加奈が調べた当時の状況を聞いて、瞳が答えた。
「でしょ、それにあの竜彦さんって、学校での評判、目茶苦茶悪いのよ。私と話した校長先生も二人が付き合ってるってこと知らなかったみたいだし」
「それって、お姉ちゃんほどの有名人だから、周りには内緒で付き合っていたってこと?」
「多分ね、でも一番引っかかるとこは二人とも切なくて悲しい目をしているところなんだけどね」
「ねぇ、加奈。私はあの人と殆ど喋ったことがないけど、ママだったらあの人とよく喋ってるし、聞いてみたらどうかな」
「それそれ、何で私気づかなかったのかしら。おばちゃんなら何か知ってるかもしれないわ」
「ねぇ、加奈。私前から思っていたんだけどね。お姉ちゃんのこと調べ回ることもうここまでにした方が良いんじゃないって私思うの。受験がどうとかって言うんじゃなくてね、お姉ちゃんのことそっとしておいて欲しいのよ」
「瞳の気持ちもわかるわ。けど、あゆみお姉ちゃん、言っていたじゃない。竜彦さんが自暴自棄になっていて今にも自殺しそうだって。あの人がもし自殺してしまったら私たち、それを知っていて止められなかったことになるわ。それじゃ嫌なの私。そうなったら私たち、一生後悔するし、あゆみお姉ちゃんも二度と私たちの前に現れなくなっちゃうと思うわ。ここまで知ってしまったからには、私、竜彦さんに立ち直って欲しいの。だから」
「解ったわ、やっぱり加奈って優しすぎるわ。何も知らない、あなたにとって他人のはずなのにそこまで優しくできるんだもん。羨ましいわ」
瞳は一呼吸をおいた。
「しょうがないわね。乗りかかった船ですもの、私も手伝うわ」
「そうこなくっちゃ、さすが私の親友だわ」
「もう、すぐ調子乗るんだから」
「えへへ、ゴメンね」
「まっ、そこが加奈の良いとこなんだけどね」
二人は部屋を出ると、一階へと降りていった。瞳の母は、一階の居間でテレビを見ていた。ちょうど今の時間帯は、二時間ドラマの再放送をしていて、ドラマはいよいよ佳境という場面であった。
「あの、ママ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「今いい所なの。話しがあるのなら後にして」
瞳の母はドラマに夢中である。こうなると今の段階で話を聴くのは不可能に近い。
「だめだわ、こうなるとあと一時間はテレビから離れないわ」
「困ったわね。せっかく話し聞こうと思ったのに」
「しょうがないわ。竜彦お兄ちゃんのことについては後で私が聞いとくわ」
「じゃあ、それを明日私に教えてくれれば」
「じゃあ、明日のお昼休みにどう」
「ええ、じゃあその時に」
ついに合格発表の日。瞳と加奈は、合格者一覧表を張り出されるのを今か今かと待っていた。
「いよいよだね、加奈」
「うん、このために今までがんばってきたんだもんね」
二人にとって楽勝の入試であった。今年はどういう訳か志願者が少なく、倍率も一,〇一倍。募集人数より一人オーバーしているだけであった。入試の時もそこまで緊張感を持たずリラックスして受けることが出来た。
―――受かってるよね、絶対受かってるよねーー
合格者の一覧のボードが準備され、係員がそれを校舎のベランダからつるすように掲示しようとしている。加奈の手には番号を貼り付けた板を持っている。いよいよ合格者の番号が掲示される。掲示された瞬間辺り一帯に歓声が湧き上がる。瞳も沸きあがった顔で喜んでいる。
しかし、その横で加奈は青ざめていた。何度も何度も掲示板を見直したが、加奈の番号だけがない。それは、紛れもない事実である。今回の入試では一人しか落ちない。そのオンリーワンが加奈である。加奈の目からは涙が溢れてくる。
―――どうして、こんなの・・・嘘よ―――
加奈は、頭の中が真っ白になっている。その様子にようやく気づいたのか、瞳が加奈の肩を叩いた。
「どうしたの加奈、もっと喜べば良いのに」
瞳は心の底から喜んでいる。しかし、その笑みが加奈には悪魔のほほ笑みにしか映らなかった。
「嘘よ、こんなの嘘よーーー!!」
気がつくと加奈は、ベッドの中にいた。時間はもう朝の七時半である。目には涙を浮かべ、そんな加奈の顔を、あゆみが心配そうに見つめていた。
加奈は起き上がると慌ててカレンダーを覗き込み、何度も何度も今日の日付を確認した。日にちは、十月の半ばを指し、それが嘘でないことを確かめるため、他のカレンダーや時計も覗き込んだ。その全てが同じ日にちを指していた。
―――よかった。夢だったのね―――
加奈の横で、あゆみが心配そうな目で加奈を見つめていた。
「ごめんなさい、あゆみお姉ちゃん。悪い夢見ちゃって。気にしないでね」
加奈がそう言うと、あゆみは瞳の部屋に向かったが、顔色は曇ったままであった。加奈は、すぐに服を着替えるとそのまま一階に降りて行った。一階に降りると加奈の両親が心配そうな顔でこっちを見つめていた。
「どうしたの加奈、何か叫んでいたみたいだけど」
「嘘、聞こえてたの」
加奈の心臓は高鳴りを始めた。
「ええ、何を言っているのかは聞こえなかったけど、何かを叫んでいたわ」
加奈は赤面してしまい、それ以降何も言えなかった。
朝食後、加奈はとりあえずその他の支度を済ませ、家の玄関で瞳が来るのを待った。瞳は、いつもより十分以上早く家にやって来た。二人は特に挨拶もせず、アイコンタクトでやり取りをするといつも通りに家を出た。後ろでは、加奈の母がいつも通りにのん気に手を振っている。
「ねえ、加奈。何か今朝、大声で叫んでなかった」
「嘘、瞳も聞こえてたの」
「ええ、何か何時もより早く目が覚めちゃって、そしたら加奈の声が聞こえて、何か悪い夢でも見たの」
それを聞いた加奈の顔を充血した瞳のように赤く、かゆくなってきた。この分だと、近所にも聞こえている可能性は高い。
―――ああ、お願い。これも夢であって―――
しかし、加奈は顔をつねってみたがとても痛いだけである。これはまぎれもない現実。そう加奈自身も確信していたのだが・・・。
「私ね、今朝。すっごく怖い夢見たのよ。合格発表のときにね、私だけ高校落ちた夢を見たのよ。何度確認したんだけど私の番号だけがなくて、それで・・・」
加奈の声はこもってその後が聞き取れなかった。瞳は、そんな加奈の話を真剣に聞いていた。たかが夢の話と言ってしまえばそれだけなのだが、加奈にとってはこんな夢を見ることは大問題であった。瞳は、そんな加奈の話を聞き終わると、静かに加奈に語りだした。
「でも加奈ったら、そんな夢見るなんて。もしそうなったら私だって素直に喜べないわ」
瞳は加奈の顔を見つめている。
「・・・私ね、本当は、こんなことしてたらいけないんじゃないかって思うの。昨日はあんなこと言ったけど、学力的には私と瞳は同じだけど、私は一学期の半分近く学校に行ってないのよ。つまり、その分内心点があなたより低いのよ。私と瞳は同じじゃないの。むしろ、私は瞳よりも学力を上げて内心点をカバーしないとあの高校には合格できないかもしれないんだよ」
「そうね、その不安がその悪夢を見せたのかもしれないわね。でもね、加奈。そんなことで考え込むの、全然加奈らしくないわよ。私の知ってる加奈は、そんな差なんて屁でも思わないわよ。どんなに逆境に立たされても、絶対にそれを乗り越えちゃう。それが加奈じゃない。今は無理でもがんばればなんとでもなる。例えやろうと思ったことが無理だ、不可能だって言われても、可能性がゼロじゃなきゃ、あなたならチャレンジするでしょ。私もあなたにとことん付き合ってあげるから、一緒にがんばろ。そんでもって、お姉ちゃんの不安も解決してあげましょ」
「瞳・・・ありがとう」
加奈は、目から涙がこみ上げてきそうになった。
「なに、加奈。泣いてるの」
「泣いてないわよ、瞳ったら」
しかし、すでに加奈の目からは、涙がこぼれ落ちていた。止めようと思っても、すでに加奈には止められそうになかった。その熱く、そしてやさしい感情に触れて流れ落ちた液体は、二人の友情を永遠のものへと包み込むようにひたすらに流れ落ちていった。
瞳は、そんな加奈の肩を叩いて優しく微笑みかけていた。その笑みは、加奈には、天使の微笑みに映ってならなかった。
「あと少しなんだから、一緒にがんばろ」
ありきたりの言葉でしか励ますことができない瞳であったが、その言葉は、加奈の心に永遠に残るように、胸の奥に深く焼き付けられた。
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