第10話 あゆみの事故の秘密
翌日、加奈と瞳は学校に行く通学路で昨日のことについて話していた。今朝、結局あゆみは加奈の前に姿を見せなかった。いつもは二人の様子を見にやって来るのだが、この日だけはまったく姿が見えない。やはり昨日のことで気持ちが揺らいでいるのであろうか。
「ねぇ瞳、どう思う」
「どうって、何が」
「あゆみお姉ちゃん、私のこと、嫌いになったのかな」
「そんなことはないと思うわ。でも、いきなりあんなこと言われたんですもの。動揺はしていると思うわ」
「うん」
加奈は、昨日のことを反省していた。結果的には彼女を泣かせてしまったのである。それだけは揺らぎようのない事実である。
「ねぇ加奈、私思うんだけど、これ以上お姉ちゃんのこと詮索しない方がいいと思うんだけど。だって、これ以上詮索すればお姉ちゃんが一生いなくなるみたいで、怖いのよ」
「瞳・・・」
加奈は、迷った。確かに瞳の言うとおりである。しかし・・・。
「でもね、瞳。私、このままじゃいけないと思うの。私の直感なんだけどね、このままにしておくと、あの男の人、とんでもなく道を踏み外してしまう気がするの。そうしたら、あゆみお姉ちゃん、傷つくだけじゃすまない気がしてならないの。あゆみお姉ちゃんがこっちの世界に来る理由はあの男の人にあると思うの。だから・・・。」
「解ったわ。加奈。でも忘れないでね、私たちにとって今は大切な時期なのよ」
「解ってるわ、瞳」
いよいよ十月。今月は、中間テストに実力テストが二つ。さらには、模擬試験まであるのである。その模擬試験の会場が、なんと加奈と瞳の志望校に決まったのである。
加奈と瞳は、この機会に学校を見学することにしたのであるが、一箇所だけ、加奈には行きたい所があった。それは、あゆみの事故現場である。事故現場、そして、学校に行けば何か手掛かりが掴めることが出来るかもしれないと思っていた。しかし、この事に関しては、瞳は猛反発した。
「遊びに行くんじゃないのよ、私たち。テストを受けに行くのよ。解ってるの!
「解ってるわ。けど」
「いいえ、解ってないわ。加奈今の時期がどんなに大切なのか解ってるの!
「そんなの言われなくても解ってるわ。でも、やっぱりほっとけないじゃない」
「もういい、勝手にして!」
そう言うと瞳はさっさと一人で帰ってしまった。加奈は、どうしようもない自分に反省した。
―――ゴメンね瞳。でも、私、やっぱり・・・―――
模擬テストの日、二人は依然、喧嘩したままであった。それぞれ別々に試験会場である二人の志望校に向かった。加奈は、とりあえず勉強していたが、どちらかというとあゆみについての下調べの方が多かった。前日までに図書館を回り、過去の新聞を捜しては読むという作業を繰り返していた。それによると、あゆみの事故現場には現在、慰霊碑が建てられているとのことである。加奈は模擬テストを受け終わったその足で、慰霊碑に行ってみることにした。
模擬テストの方は、加奈はとりあえずうまくできた。しかし、最近はいいことがあまりない毎日である。瞳とは喧嘩するし、あゆみはあの日以来加奈の前に姿を見せない。瞳とは話をしているようなのであるが、その場に自分が混ざることはとてもできない。もどかしい気持ちでいっぱいであった。
加奈は、校舎内を一通り見て回るとあゆみの慰霊碑がある場所に向かった。慰霊碑は学校から最寄り駅に向かう道の途中にあり、学校から五分もかからないところにある。そこは、ちょうど急カーブの終端で、加奈が事故にあった場所と比べるとドライバーにとってはかなりの難所だと言う。
道路は車一台がそれ違うのがやっとの広さしかなく、歩道はない。両脇には民家が建っていてその塀のせいで視界は極端に狭い。その上、下り坂になっている。おまけに事故当時は雨が降っていたというのである。まるで、事故を起こさせる為に作ったとしか思えないような悪条件の塊のような場所なのである。加奈は、慰霊碑の前に立つと持ってきていた新聞のコピーを取り出した。
―――当時帰宅途中の女子高校生に、雨でスリップした車が突っ込み即死。か―――
当時の事故の状況は、降りしきる雨の中、帰宅途中のあゆみがここを歩いている時に後ろから来たワゴン車がスリップし、カーブを曲がりきれずそのままあゆみに突っ込んだ。あゆみは壁とワゴン車に板ばさみになり即死。ワゴン車を運転していた男性も十日後に全身打撲が原因で亡くなっている。事故後この道路は一方通行になり、さらに通学時間帯は車の進入を全面禁止になっている。
―――あれ、ちょっと待って。これっておかしくないかしら―――
事故の日は朝から雨が降っていたのである。それなのに事故当時、あゆみは傘をさしていなかったのである。一体何故・・・。
慰霊碑には今もお花が添えられていて、花束がたくさん置かれていた。
「君、どうしたんだい」
後ろから男の人が声をかけてきた。スーツ姿で格好から見て高校の関係者ではなかろうか。
「いえ、この人、私の友達の姉で、それで模擬試験を受けに来た帰りにお参りをと思いまして」
「そうか、君はあゆみ君の妹さんの・・・。でもどうして一人なんだ。あゆみ君の妹さんも今日の試験を受けに来ていたと聞いているんだが」
「今ちょっと喧嘩しているんです。私、あゆみお姉ちゃんの事故について調べていたんですけど、そのことで」
「何でまたこの事故を調べようとしているんだ」
「それは・・・。それはある人を探しているからです」
加奈はとっさに理由を思いついた。さすがに、あゆみが悲しく、切ない目をしているからとは言えない。加奈は、ポケットに入れていた例のキーホルダーを取り出した。
「実は、この前電車の中でこの写真の男の人がこのキーホルダーを落としていったんです。中を見たらあゆみお姉ちゃんと写っていたから・・・。私、この人にこれを返したいんです」
そう言うと加奈は男性にキーホルダーの中の写真を見せた。
「これは・・・。確かにあゆみ君だな。でも男の方は、こいつ、もしかして竜彦かな。信じられん、何でこいつがあゆみ君と・・・」
「竜彦って言うんですか、その人。いったいどんな人だったんですか」
「君、ちょっとこっちに来てくれないか」
そう言うと男性は、加奈を連れ、学校に戻った。校門を通り、そのままさっき出た玄関から再び校舎内に入ったのだが、そのままさっきは通行止めにされていた廊下を歩いていた。
男は職員室に一度立ち寄ると鍵をもらい、そのまま廊下を歩くとある部屋の鍵を開けた。そこはなんと、校長室であった。
「校長室って。あの、もしかして」
「ああそうだよ。私はこの学校の校長だ。もっとも、今年の春になったばかりだがな」
そういうと加奈は校長室の中に通された。
「最初に言っておく。君は嘘をついているね。今度は本当の訳を聞かせてほしい。君があゆみ君の事故の秘密を調べている理由を」
加奈は、どうすれば言いか解らなかった。しかし、もう嘘はつけない。正直に話せば何とかなるのでは。加奈は、追いすがるような思いで、校長にゴーストアイと、その能力で見たあゆみについて一部始終説明した。
「なるほど、それであゆみ君がそんな悲しい目をしている理由を知りたいんだね」
「信じてくれるんですか」
「ああ、実は私の妹もゴーストアイの能力を持ってるんだ。しかし、あゆみ君がこっちの世界に来ているとは・・・」
「あの、あゆみお姉ちゃんはこの学校でどんな生徒だったんですか」
「一言で言えば学校のアイドルだった。その天真爛漫な性格は、周りの人間全てを和ませていた。当時教頭をしていた私ですら、彼女の評判をよく聞いていた。まさに才色兼備な女性だと」
「それで、一緒に写っている竜彦って言う人は」
「こいつもある意味有名だった。有名な理由はあゆみ君とは一八〇度違っていたがな」
「えっ?」
「こいつは我が校始まって以来の問題児でな、中学の時は何かあるといつも喧嘩していたと聞いている。教師とも何度かトラブルを起こしていたと聞いている。彼は彼なりのポリシーと言うか、信念と言うか。そういう物を持っていた。しかし、それはおおよそ我々には理解できないものでもあった。とにかく彼は個性的だった。ちょうど四月の下旬くらい頃かな。クラスでいじめ問題が起こってな。その時の加害者側の少年・少女を、彼は有無を言わずに殴りかかったんだ。その時は一歩間違えば退学処分というところまでいっていてね、何とか無期停学ですんだんだが、そのこともあって周りの人間はいつも彼に臆して近寄らなかった。彼は何時も一人だったんだ」
「ご両親はいらっしゃらないんですか」
「彼のご両親はすでに他界されていてね、この時は彼のおばあさんが面倒を見ていた。だが、そのおばあさんも今はすでに他界したと聞いているが」
―――じゃあ、今は一人ぼっち・・なのね、この人―――
「あの、この人今どこに住んでいるのかわかりますか」
「ゴメンな、竜彦は卒業後、すぐに引っ越してどこに住んでいるか解らない。知っていても、それは教えることはできない。個人情報に関わるからね。本当は、君にこんな話をする事自体いけないんだけど、君を信じて話したんだ」
「そうですか、どうもありがとうございました」
「ああ、それと、あまりこのことは外では言わないでくれ。変な疑惑が出るかもしれないし」
「はい、解っています」
そう言うと加奈は、校長室を後にした。
家に帰ってくると、瞳が加奈の家の前で待っていた。瞳は加奈を見つけるとすぐに駆け寄ってきたのである。加奈と瞳は昨日まで喧嘩していたのに、彼女の突然の行動に加奈は何事かと思った。
「どこ行ってたの、加奈」
開口一番、瞳は加奈に怒鳴った。
「どうしたの、そんなに慌てて」
加奈は、瞳が慌てている理由が解らず、戸惑っていた。
「来てるのよ、あの男の人が、今家に」
「本当、それ」
「うん」
加奈と瞳はすぐに瞳の家に上がりこんだ。瞳の家の居間には、今もあゆみの遺影が置かれている。その前に竜彦は正座して座っていた。その後ろには、あゆみが立っていた。
「君はこの前電車であった」
驚いた表情で竜彦は加奈に言った。
「この前はどうも。私、加奈と言います。この向かい側の家に住んでます。あっ、そうだ。あの、これ」
加奈は、そう言うとポケットに入れていたペンダントを竜彦に渡した。
「君が持っててくれたんだ。すまない、なんてお礼を言えばいいのか。今の私にとって、これは命の次に大切なんだ」
加奈は、彼の口調が京都で会った時とはまったく違うことに戸惑いを覚えた。彼の目は、悲しくて切ない、なおかつ温かい目をしていた。京都で見たあの冷酷で残忍な目が嘘のようである。
「それでは、私はこれで」
そう言うと竜彦は立ち上がった。あゆみも一緒になって外に出ようとしていた。加奈は、あゆみを呼び止めたかったが、今呼び止めると竜彦がどんな目で彼女を見るであろうか。それに、あゆみの母親もここにいる。ここで彼女を呼び止めるのはとても危険であり、下手をすれば二度と彼女が二人の前に姿を見せなくなってしまう。そんな気がしてならなかった。
しかし加奈は、何とかして彼女と話がしたかった。加奈は、あゆみの透き通った体を突き刺すと手を鳥が空飛ぶときの如く、羽ばたいてみた。彼女はそれで気づいたのか、立ち止まり加奈の方に振り向いた。加奈はすかさず、右手の人差し指一本を出して、それを上下に動かした。ジェスチャーで上に来てという意味である。
あゆみはその場で立ち止まると躊躇していたが、加奈は、今度は胸の前で手を合わせるとそのまま深々と礼をした。
「加奈ちゃんそこで何してるの」
あゆみの母親が、加奈の奇行にたまらず口を挟んだ。
「いえ、その、竜彦さんに挨拶をって思って」
竜彦は、あゆみの母親の声でこっちを見つめていた。加奈は、改めて手をそろえると竜彦に深々と礼をした。
「・・・ご丁寧にどうも」
竜彦はとても改まった表情をしていた。その表情からは、あの京都で見た人間像とは比べ物がならない。まったく違う人間のようにさえ思えてしまう。
竜彦は靴を履くとそそくさと帰って行った。しかし、すでにあゆみの姿は加奈の視界からは消えていた。
「加奈、さっきから何してたの」
瞳が半笑いの顔で加奈に尋ねた。加奈は、その笑顔がとても憎らしく感じ、また自分自身が恥ずかしくなってきた。
「あゆみお姉ちゃんがいたのよ。けどここで喋ったらみんな不審に思うでしょ。だから」
「だから、あんなパントマイムで伝わると思うの」
「ジェスチャーって言ってよ」
二人は小声で話しながら二階に上がり、あゆみの部屋を覗いてみた。
「覗いてもいないと思うわ。今日は夕方まで来ないって言ってたし」
「本当に」
あゆみの部屋のディスプレーはすでに起動していた。あゆみはいつものようにディスプレーの横に腰掛けていた。
「お姉ちゃん、そこにいるの」
瞳はビックリしたような顔で、我を忘れて声に出した。
「ほら、やっぱり伝わったでしょ」
加奈は勝ち誇ったように瞳に言い、心の中で「ホレ見ろ」と言った。
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