第8話 恐怖の肝試し

 夏休みも終盤になった八月の末。加奈と瞳は受験勉強真っ只中の毎日を過ごしていた。そして、この時期二人が通っている学習塾では二泊三日の強化合宿を行っている。二人もこれに参加することになり、今日がその出発の日なのである。ただ三日間勉強するだけではなく、気分転換に花火大会や肝試しといったイベントも用意されていて、加奈にとってはむしろこっちの方が楽しみだったのである。

といっても、もともと加奈は幽霊が見えるので肝試し特有の恐怖感と言うものは持ち合わせていなかったのだが。

 早朝出発ということもあり車内では睡眠をとっている生徒のほうが多く、加奈も瞳も同様に睡眠をとってこれからの合宿に備えていた。

 合宿所到着後、昼食をとるとクラス分けされ早速授業が始まる。残念ながら加奈と瞳は別々のクラスになったが、休憩の時間に二人はクラスを行き来し話し込んでいた。夕食、お風呂の時間は、二人で行動できることもあり、その時間を使いお互いのクラスについて報告しあい、その後の自習時間は二人で就寝時間までずっと勉強を続けた。

 翌日は朝六時に起床。一時間ほどの自由時間が与えられ、朝食までの間のひと時を加奈と瞳は散歩にあて、二人は合宿所周囲の散歩道を歩いていた。加奈と瞳のように散歩している生徒は他にもチラホラ見受けられ、すれ違うたびに挨拶をしたりした。

「ねぇ、加奈。幽霊さんはいる」

瞳は加奈に楽しそうに尋ねた。ところ変われば幽霊も変わる。それも楽しみの一つでもあった。

「うぅん。期待したんだけど全然いないのよねぇ、これが」

「そうなの。じゃあ昨日言ってたのって嘘なのかな」

「なになに。何聞いたの」

加奈は興味津々に聞いた。

「昔、ちょうどこの近くで合戦があって、敗れた軍勢の落ち武者さんたちが切腹したんだって。それで、その時の亡霊が夜な夜なうろついてるんだって」

「瞳、それって明らかに作り話っぽいじゃない。きっと、先生たちが肝試しを盛り上げるために流したデマよ」

「でも、毎年その落ち武者を見た人がいるって」

「瞳ちゃんに質問です。私の能力はなんでしょう」

「そうよね。加奈が見えないって言うんだったらいないんだよね」

「そうよ・・・。うん」

加奈は立ち止まった。散歩道から外れた茂みの中を中学生くらいの男の子が歩いていたのである。加奈は散歩コースをどんどん離れていくその男の子が怪しく思え、声をかけようとした。

「どうしたの、加奈」

「あそこの男の子、どこいくのか気になって声かけようとしたんだけど」

「男の子。誰もいないよ」

「へっ」

加奈はその言葉で、その男の子が幽霊であることを確信した。ときどきあるのである。とっさに現れた人や薄暗いところにいる人が幽霊か生身の人間化判別できないことが。

「ちょっと、加奈。怖いこと言わないでよ」

瞳が少しおびえながら言った。


 その夜、肝試しの時間がやって来た。コースは早朝歩いた散歩道を歩き、その途中に祠へと通じるわき道があるのだが、そこにある目印を取って帰ってくるといういたって単純なルートである。各班二人一組で支給されるのはちょっと暗めの懐中電灯一つだけである。毎年あまりの恐怖に男女を問わず、途中リタイアする生徒も少なくないという。

「大丈夫よ。私は幽霊と人を見分けられるんだから」

「でも、今朝は見分けられなかったでしょ」

「うぅ」

瞳の突っ込みに加奈はぐうの音も出なかった。

「だ、大丈夫よ。周り見てごらん。先生全員そろってないでしょ。その先生が脅かし役でコース中に待機してるんだって」

「その先生と幽霊を見分けられるの」

「うぅ」

加奈は再び口ごもってしまった。そういえば、先生全員の顔を把握していない。なので、誰が先生なのかわからないのである。

 そうこうしているうちに二人の番になり、先生の合図と共に出発した。今朝歩いた散歩道だというのに雰囲気がまるで違う。灯りと言えば懐中電灯一つだけでそれがなければ瞳の姿すら見えない。まして、こんな暗闇の中だと人がいるのかいないのかすら解らないほど真っ暗である。

 ―――何よ、こんなに暗いなんて聞いてないわよ―――

 加奈は、入院中に部屋に入ってきた幽霊を見かけたことがあった。ただ、その時は月明かりがあったので幽霊であるかどうかは、かろうじて認識することができた。

が、不運にも今晩は曇り空で月が見えないのである。さらに祠に通じるわき道は森の中を突っ切るように伸びているので月が出ても木陰になってしまい明かりが殆ど届かない。

「瞳、い、いるよね」

「うん。加奈、手、離さないでね」

 昼間口にした大口はどこか飛んでいってしまい、明らかに加奈はビビっていた。

 ―――どうか何も出ませんように―――

加奈は祈るように天に仰いだ。ちょうどその時雲の切れ目から月明かりが漏れ出し、加奈の周りが少しだけ明るく照らされるようになった。加奈は少しだけ安心したが、ちょうどそこに祠に通じるわき道の分岐点があった。

 ―――もう。せっかく明るくなったのに―――

 加奈の安堵はあっという間に吹き飛んでしまった。わき道は明らかに木陰になっており、分岐点の時点で月明かりが届いておらず暗闇に包まれていた。

「・・・行くしかないよね」

「うん」

「リ、リタイアする」

「それは嫌」

瞳はそれだけははっきり言い切った。

 ―――はぁ、どうにでもなれ―――

加奈と瞳がわき道に一歩足を踏み入れた時である。

「いやーーーーー!!」

前のほうから大絶叫がしたかと思えば光が大きくぶれながら近づいてきた。前の班の子であったが、何かこの世の終わりでも見たかのような顔をしていた。前の班の二人はそのまま加奈と瞳に見向きもせず走り去っていった。

 二人はその場で立ちすくんでいた。最初の一歩を踏み出したまま固まってしまい次の一歩が出ない。そこにまた灯りが前から、今度はゆっくりと近づいてきた。それは加奈のクラスの担当講師であった。スタート地点にいなかったので脅かし役かと思っていたが普通の格好で誰かをおぶっていた。

「どうしたんですか先生」

加奈は先生の顔を肉眼で確認できるようになってから尋ねた。

「どうやら腰を抜かして動けなくなったみたいなんだ。これから本部に連れて行くところなんだ」

そう言うと、先生は本部の方へと歩いて行った。加奈と瞳は金縛りにあったかのように動けなくなった。加奈は真剣にリタイアしようか迷いだした。

「・・・ねぇ、瞳。リタイアする」

「・・・嫌」

「・・・怖くないの」

「・・・加奈は」

「ちょっと怖い」

「幽霊見えるのに」

 その一言で加奈の金縛りが解け、負けず嫌いなハートに火がついた。

 ―――行ってやろうじゃないの。幽霊見えるんだから怖いものなんてないんだから―――

 加奈は瞳を引っ張るように前へと進んでいった。暗闇の中、わずかだけであるが月明かりが漏れている。しかしながら、懐中電灯がないとちゃんと道を歩いてるのかすら解らない。二人はゆっくりと歩いていくのだが、ふと加奈が前を見ると男の子が三人立っていた。

加奈は立ち止まり立ちすくんでしまった。後ろの瞳は突然加奈が立ち止まったので驚いていた。

「ねぇ、瞳。私たちの前って今誰もいないはずよね」

「そうだけど」

「今男の子が三人立ってるんだけど」

「怖いこと言わないでよ!私何も見えないよ」

 加奈はこの男の子達が幽霊と確信した。すると、男の子の一人は加奈の前にやって来て突然、目の前で手をパンと叩いた。ちょうど相撲でいう猫だましのような形である。

「きゃっ」加奈は驚きその場にしゃがみこんでしまった。

「何々!どうしたの?」

加奈の声に今度は瞳が驚きよろけてしまった。後ろにいる男の子二人は明らかに加奈と瞳の行動が面白いらしくげらげらと笑っている。

 ―――完全にからかわれてるわね、この子達に―――

 加奈が立ち上がり男の子達にライトを当てたが男の子達はめげずに走り出すとそのまま加奈にタックルしてきた。無論ぶつからず、そのまま後ろにすり抜けていくのだが加奈はまたまたビックリして、その場にうずくまってしまった。そのうち、今度は別の男の子が木によじ登り枝を揺らしだした。

「いやっ!!」

その異様の木の揺れ方に今度は瞳もビビリうつむいた。男の子達はそれがあまりに滑稽なのか笑い転げている。

 ―――なんなのよ、この子達―――

 男の子達はその場で笑い転げていたが、突然笑うのをやめ表情が固まってしまった。メデューサに睨まれ石になったかのごとく、固まってしまったので、加奈何事かと顔を上げ三人の様子を窺ったが、明らかに三人とも何かを恐れているようなおびえた顔をしていた。

すると突然、三人は一目散に何か恐ろしいものから逃げるように反対方向に駆けだした。加奈は状況が読み取れなかった。おそるおそる後ろを振り返ると、後から一人の女性が鬼の形相で加奈たちの前を通り過ぎると、その男の子達の後を追いかけていった。加奈は何がなんだか状況がまったく飲み込めなかった。しかし一つだけ解ったのは、明らかに今追いかけて行ったのはあゆみであったことだけであった。

 結局、瞳が腰を抜かして歩けなくなってしまったので加奈の班もあえなくリタイアとなってしまった。しかし、加奈より後に出発した班は、何事もなかったかのように次々とゴールしていった。

 加奈と瞳は、次にやって来た班に担がれるようにスタート地点まで戻ってきた。瞳と加奈は部屋に戻ったがとても勉強できる状態ではなかった。

「ねぇ、加奈。前に言ったよね。悪霊はいないって」

「うん」

「今日のは?いったい何よ!何なのよ!!あれって悪霊じゃないの!?!」

瞳は半泣きになって加奈に詰め寄った。

「見た感じ、多分イタズラかと・・・」

「イタズラですって!!イタズラってなによ、なんなのよ!?!」

瞳は発狂まがいの声を上げるとそのまま布団を引いてその中に飛び込んでしまった。

 ―――あの時、あゆみお姉ちゃんが追いかけて行ったってこと、黙っといた方がいいかも・・・―――

 結局瞳は、翌日も殆ど寝込んでしまい勉強どころではなかった。加奈はあの手この手で瞳をなだめ、勉強よりも瞳の相手で疲れてしまった。


 合宿から帰ってきたその日、瞳はこの不満をあゆみに聞いてもらおうと二人であゆみの部屋に押しかけた。加奈は、結局の所、あの時あゆみが助けてくれたことを瞳に言おうかどうか迷っていた。しかし、沸点を超えた怒り狂う瞳は、加奈に考える時間を与えてくれなかった。

加奈は部屋の前に来るとため息混じりにドアを開けた。しかし、加奈は部屋に入ろうとした時、中の光景を見て部屋に入ろうかどうかためらった。

「瞳。あの夜ね、男の子達が出てきて散々私たちを脅かしていったよね」

「そうよ。だからここに来ておねえちゃんに聞いてもらおうって来たんじゃない」

「その時の子達がここに正座してるんだけど」

「へぇっ」

 加奈には見えていた。あの時の男の子達が半泣きで正座しているのを。そのうしろであゆみが鬼の形相で仁王立ちしてるのを。

『瞳ごめんなさいね、この子達ときたら、あなた達を脅かして遊んでたのよ』

ディスプレーに文字を打ち出すとあゆみは何かを子ども達にいった。それに反応してか男の子達は加奈と瞳の目を見て土下座をしだした。

「加奈、今どんな状況」

「男の子達が土下座してる」

 再びディスプレーに文字が映し出された。

『邪魔しちゃ悪いって思ってこっそり見えないところから二人を覗いてたの、そしたらこいつらときたら二人を脅かして遊んでたのよ、あったまきて、追い掛け回して羽交い絞めにしてお仕置きしてっやったわ』

 まんざら嘘でもなさそうである。男の子達は頭を下げながら身震いしだし、一人は恐怖のあまり泣きかけていた。

 ―――一体どんなお仕置きしたの、この人―――

 加奈はあきれてしまった。瞳も愚痴るつもりが何も言えず、むしろ代わりにあゆみが仕返しをしてくれたことに満足したのか明らかに表情が明るくなっていた。

 加奈は、立石君の一件を思い出した。あの時もつきまとう彼をあゆみが羽交い絞めにしていたことを。

 ―――悪霊より、怒らしたあゆみお姉ちゃんの方が何十倍も怖いのね―――

『加奈ちゃん、今、何か変なこと想像した』

「い、いえ。何も」

 男の子達は結局それから三時間近くずっと正座されていた。

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