第6話 加奈と瞳とあゆみ

 その日の夜、夕食を食べ終わると加奈はそのままベッドに横になった。瞳の質問攻めはあれから一時間程続き、加奈は今、まさに精も根も尽き果てた状態であった。もう瞼が閉じそうである。

「加奈、お風呂に入っちゃいなさい」下から母の声がしたので、加奈は重い体を何とか起こしそのまま風呂場に直行した。

 風呂から上がった後、加奈は母親に「もう寝る」と言い、自室に入ると電気を消し、そのままベッドの中に入った。とりあえず、今日は一部を除いて目的を達成したので、加奈は満足であった。

 ―――けど、あゆみお姉ちゃんとあんな形で話せるなんて、ビックリしたなぁ―――

 加奈は、横になった状態で今日の出来事を整理し、考えてみた。

 ―――けど、あゆみお姉ちゃんがこっちに来ている理由がわからないわ。あんな寂しそうな目をしていたのは瞳のことだけじゃなさそうだし―――

 加奈は、心の中で自問自答を繰り返していた。

 ―――それに、あの時京都にいたのは何でだろう。瞳が昨日、京都に行ったなんて言ってなかったし、第一、瞳がいれば私だってわかるし、何より今日会った時点で言ってるはずだわ―――

 頭の中を巡る謎。しかし、考えているうちに加奈はいつのまにか眠ってしまっていた。


「あぁん、もう食べられないわ」

「加奈、もう朝よ。今日から学校行くんでしょ。そろそろ起きないと遅刻するわよ」

 加奈は、起き上がると寝ぼけ眼で周りを見回した。

「あれ、ケーキはどこ」

加奈は夢の中で、瞳とケーキバイキングに行った夢を見ていて、そこでなんかの記念で、ケーキ全部がただになった夢を見ていたのである。そこで二人は、ありったけのケーキを持ってきてそれを食べていたのであるが・・・。

 ―――そんな都合のいいことって、ないよね―――

 加奈は、部屋のクローゼットを空けて学校の制服に着替えようとしたら、部屋に何か白い物体が漂っているのに気付いた。加奈は、目を擦ってよーくその白き物体を見てみた。それは紛れもなくあゆみであった。

「あっ、おはようあゆみお姉ちゃん。どうしたの」

 あゆみは加奈の方を見ていると手を振りそのまま今度は瞳の家の方に飛んで行った。加奈は、窓を開けてあゆみの後を目で追ってみた。あゆみは瞳の家に入って行ったかと思うと、またしばらくして瞳の家から出てくると、そのままどこかに飛んで行ってしまった。

「変なの」加奈は声に出して言ってみた。

「加奈、早くしなさい。遅刻するわよ」

 ―――いけなっい、復帰しょっぱなから遅刻じゃしゃれにならないわ―――

 加奈は大急ぎで下に降りていくと、テーブルに出されていた朝食を大急ぎで食べ、身支度をした。

「おはようございまーす。加奈、準備できた」

玄関から瞳の声がした。そういえば、彼女と学校に行くのは何ヶ月ぶりであろうか。

「あら瞳ちゃん。おはよう。早いのね」

加奈の母親は、玄関に瞳の出迎えに行った。

「ゴメーン。さっ、行きましょ」

加奈は玄関にかけ出てくると、「行ってきまーす」と大声で言って家を出て行った。

「行ってらっしゃい。車に気をつけてよ」

「もう大丈夫よ」

加奈と瞳は久しぶりに並んで通学路を歩き出した。


「今朝起きたら、部屋にあゆみお姉ちゃんがいたのよ。もうビックリしたわ」

「多分私たちが起きたか見に来たんだわ。前に言ってたの、時々朝見に来るって。起きてなかったら夢の中に出て起こすって」

「そんな事できるの」加奈は、ビックリして聞きなおしてみた。

「さあ、実際にやってもらったことないから解らないんだけどね」

「そう言えば、あのディスプレーにほかの幽霊さんも文字、打ち出せるのかな」

 ―――出せるんだったら伸彦君や綾香ちゃんとお話できるかもしれないわ―――

「多分無理だと思うわ。一度お姉ちゃんが他の幽霊さんを連れてきてやったことあるって言ってたわ。でも、できなかったそうよ」

「そうなんだ」

加奈の希望は一瞬にして打ち崩されてしまった。

「じゃあ、あれってあゆみお姉ちゃんにしかできないことなの」

「多分ね。お姉ちゃんにも何でできるのか解らないって言ってたし」

 二人は交差点を差し掛かると大通りを横断した後、左に曲がり歩道に上がった。この大通りは、車の往来が多いが、歩道と車道がちゃんと分離しているので、今まで事故に遭う心配はなかった。しかし、暴走したダンプカーが歩道を乗り上げて歩いていた女子中学生に巻き込んでしまう事故が発生したのである。その女子中学生というのが、もちろん加奈のことであるが、この一件以来PTAが働きかけて、歩道にガードレールが取り付けられ、街灯も整備されたのである。だが、加奈は瞳がそのことを指摘するまで気付かなかったのである。

「そうそう、加奈、あんたここで事故に遭ったのよ。覚えてる」

 瞳は立ち止まると指を挿して言った。

「ここで、ぜんぜん覚えてないわ」

 ダンプカーは後ろから突っ込んできたので、ダンプすら覚えていない。それどころか、その事故に遭った二、三日前までの記憶が途切れ途切れになっていて、事故にあった日のことはもちろん、その日、何の授業をしたかすら覚えていなかったのである。

 医師には頭を打ったせいで生じた記憶障害と説明されたが、その後遺症らしき兆候は今のところ起こっていない。いや、ひょっとするとゴーストアイの能力こそがその後遺症かもしれない。

 加奈は、今後も数週間に一度、京都の病院に通って危険な兆候が出ていないかを検査することになっていたのだが、その第一回目はまだ当分先なので、それほど気にはしていなかった。


 ごっこうに到着後、加奈は、教室に行く前に職員室に行き、教師たちに挨拶をすることにした。学校内にも幽霊は多少いるが、意外なことに、通学路では一人も見かけなかったのである。

 ―――幽霊さん達は今、外に出ない時間帯なのかな。まてよ、そういえばあゆみお姉ちゃん外をうろうろしていたわね―――

 加奈は職員室の前に立つと、ノックして中に入り担任の先生の席に向かった。担任の教師は、加奈を見るなり大喜びで立ち上がった。

「加奈ちゃん、もう学校に来ていいの」

「うん、もう大丈夫よ。心配かけてごめんね」

 加奈の担任の先生は都先生といい、今年、女子大を卒業したばかりの新任教師である。歳が近いこともあって、先生と言うよりお姉さまと言った方がいいかもしれない。

担任としては性格がおっとりとしている事もあり人気も高いが、いざ授業となるとその厳しさと宿題の多さにみんな悲鳴を上げている。ちなみに彼女は国語の担当で加奈は国語が五教科の中でもっとも得意である。

 都先生に連れられ加奈は教室に入ると、クラスメートからは悲鳴に近い歓声で出迎えられた。

「話したいことはあると思うけど、今は授業に集中して」

都先生は、加奈の元に集まっている生徒に声をかけた。

「その代わり、加奈ちゃん退院記念で今日の宿題はなしにするわ」

 今度は違う意味での歓声が教室に巻き起こった。とりあえず加奈は授業を受けていたが、国語はそれほど困らなかったが、ほかの教科はそうはいかない。特に英語と数学の授業はまさに異次元の世界に行っている感覚で受けていた。

 数学は因数分解の意味すらわからないし、英語は現在完了系という意味の解らない構文が出てきて、二ヶ月のブランクはまさに深刻である。その上、体育はいまだ見学で、楽しい授業は国語と音楽、美術の三つだけ。ほかの授業は逃げ出したい気持ちいっぱいであった。

 休み時間は休み時間で、クラスメートから事故や入院中の生活についての質問を引っ切り無しに受けていたので、今日一日で一週間分の体力を使った感覚になってしまった。

 しかも、最悪なことに一週間後には期末テストがある。都先生はこの期末テストが進路決定の最重要資料になるといっていたので、まさにこれは加奈にとって深刻な問題である。事故のせいで中間テストを受けていないこともあって、加奈の成績は、かなりやばい状態である。

 放課後、加奈はそのことについて都先生に相談してみると、やはり、夏休みに補習が必要という結論に至った。しかし、今日一日の授業を受けていると、補習がなければ、高校入試など受けられないと本気で思ったので自分の中でなかば、覚悟を決めざるえなかった。

 加奈はクラブの顧問の先生にも一応挨拶に行き、その後、校門で待ち合わせをしている瞳の元に大急ぎで向かった。

「ごめん、遅くなって」

 加奈は瞳の顔を見るなり謝った。元々朝のうちに少し遅くなるとは告げていたが、まさか三十分近く遅れるとは思いもしなかったのである。しかし、瞳はいやな顔一つせず、そのまま二人は帰路についた。

「ねえねえ加奈、学校にも幽霊さんいた」

 瞳は興味津々な顔をして聞いていた。

「そういえば、立石君っていたじゃない、一年前に病気で亡くなった。あの子が教室にいたわ。後は、知らない子が二、三人くらいいたかな」

「意外と少ないんだね、幽霊さんたち」

「そうねえ、京都にはたくさんいたんだけどね」

 加奈は、京都という言葉であゆみのことを思い出した。

「そういえばね。この前、あゆみお姉ちゃんを京都で見たんだけど、京都にあゆみお姉ちゃんが行きそうな理由、ない?」

「京都にお姉ちゃんが!それ本当?」

「うん、誰かの後ろに付いていってたんだけど、それが誰なのかが解らなかったんだ。なんか心当たりない?」

「そんなのないわよ!第一、京都は私もお姉ちゃんも一回しか行ったことないし。今度聞いてみるわ。でも加奈、それって観光できていたって可能性はないの?」

「観光で来ているみたいな幽霊さんは何人かいたわ。でも、あゆみお姉ちゃんの様子から見てそれはないと思うの。だってあゆみお姉ちゃん・・・キャッ!」

 目の前に突然、男の幽霊が現れ加奈にぶつかったのである。無論幽霊は加奈をすり抜けたのだが、加奈はその人が幽霊か人間か一瞬区別がつけず、ぶつかったと思い悲鳴を上げてしまったのである。幽霊が見えない瞳にとっては、何がなんだかまったく理解ができないでいた。

「どうしたの、加奈」

 瞳は心配そうに加奈の肩をポンと叩きながら聞いた。その男の幽霊は、びっくりした様子で加奈を見つめていた。男は、だいたい初老くらいの老人であった。

 加奈は、その初老の男性の幽霊に頭を下げた。

「ごめんなさい!前見てなかったの。気にしないでください。あっ、これからは私も気をつけます」

 初老の男性の幽霊は、一礼するとどこかに歩いていった。

「ビックリしたわ、もう。さっきの幽霊さん」

「ええ、ごめんね、ビックリさせて。だって、いきなり前に出てきたから」

「でも、ゴーストアイだったけ?その能力。その能力者ってあんまりいないんでしょ」

「えぇ、私が入院していた病院の院長先生がたまたまその能力持ってたけど、他にはあんまりいないみたいなの」

「やっぱり。でも、それってテレビで出てくるような悪霊とかも見えるってことでしょ。怖くない」

「いるみたいよ。けど、院長先生が言うには、悪霊は滅多にいないって。あの人も一度も見たことないって言っていったたから、大丈夫よ」

 言っては見たが、加奈は言ってからしばらくして考え込んだ。

 ―――でも、中には悪霊といわれる幽霊さんは少なからずいるってことよね。けど、まさかあゆみお姉ちゃんが悪霊なわけ、ないよね―――

「加奈、どうしたの」

瞳の言葉で加奈は現実に呼び戻された。

「うんうん。何でもないわ」

いつのまにか二人は家の前まで来ていた。二人は家の前で別れ、それぞれの家の中に入っていった。


 その夜、加奈は夕食をとった後お風呂に入り、そして、都先生がくれた今までの漢字テストで出された漢字の一覧表を覚えることにした。とにかく今は今までやってきたことを復習するのが肝心なのである。理科や英語はテストの半分近くを一、二年の復習問題を出すといっていたので、その分だけでも取らないといけない。加奈は、お風呂から上がると気合を入れて自分の部屋に入った。

 が、加奈が部屋に入ると目の前にはあゆみがいた。加奈は、あゆみが部屋にいることにビックリしたのだが、それ以上にビックリしたのが、あゆみが泣いていたからである。

「な、何かあったの。あゆみお姉ちゃん」

 あゆみは涙をぬぐうと、部屋の隅っこに腰を下ろすと、そこに三角座りをした。まるでちっちゃい子が怒られた後に部屋の隅ですねているようである。

 前々からそうだったのだが、あゆはどんな時でも明るく笑っている性格なのだが、怒ったときはまるで子どもみたいにすねてしまい、その後相手を許すまで絶対に口をきかないのである。加奈は、その様子からしてあゆみが瞳と何かあったかは一目瞭然であった。

 ―――瞳と何かあったのかな。まさか、昼間の京都のことで口論に―――

 加奈は頭の中で思考がぐるぐるし始めた。

 ―――どうしよう、もしそうだとしたら私のせい?―――

 加奈はとにかくあゆみをなだめることにした。

「あのね、あゆみお姉ちゃん」

「加奈、ちょっと玄関まで来て

」下から加奈の母の声がした。

 ―――もうこんな時に何なのよ―――

「ハァーい」

加奈は、若干怒りを込めて返事し、下に降りていった。

「何怒ってるの」

 声を聞き明らかに怒っていると感じたのか、母は声をかけた。しかし、よく見ると、その後ろで瞳が半泣きの状態で立っているのが目に入ってきたので、加奈の心境は一変した。

「どうしたの、瞳?」

 加奈はこれで二人が喧嘩したと確信した。瞳は何も話さない。このままではいけないと直感した加奈は、とりあえず彼女を自分の部屋に招き入れることにした。

「私の部屋に、来る」

 瞳は黙ったまま靴を脱ぐと開けっ放しにしていた玄関のドアを閉め、そのまま加奈の部屋に上がりこんだ。その様子を横から加奈の母は心配そうに見つめている。

「何かあったのかしら、加奈?」

「私にも解らないわ。とりあえず話を聞いてみるわ」

「お家の人に伝えておいた方がいいかしら」

「ううんと・・?」

 加奈は一瞬迷った。きっと向こうの家でも何が何だか解らないでいるだろう。けど、この場合どう説明すればいいのかがわからないでいた。

 ―――どうしよう。どう説明すればいいんだろう―――

「いいです。パパとママには言って出てきましたから」

 上から瞳の声がした。それはとても重く、暗く、しかししっかりした声であった。こう言う声を出すのは瞳が怒ってる時だけである。小学生からの付き合いなので、そのことは手に取る様に解るのである。

 ―――まったく、わかり易い姉妹なこと―――

 加奈はとりあえず自分の部屋に戻った。部屋の中で瞳は、加奈が来るのをずっと待っている様子で、部屋の扉をずっと見つめていた。加奈は部屋に入るとき、あゆみがいるかどうかを確認した。

 あゆみは、部屋の隅っこでさっきと変わらず三角座りをしていたが、あきらかに瞳を睨んでいた。

「加奈、お姉ちゃんここにいないよね」

 ―――あゆみお姉ちゃんがいることは、秘密にしとこ―――

「うん、いないよ」

あゆみはその言葉を聞くと今度は加奈を睨みだした。

 ―――お願いだから睨まないで!!―――

 加奈はあゆみに祈るように目で合図した。それが伝わったのか、睨むのをやめ、二人をそっと見つめる目に変わった。

「瞳、何かあったんでしょ。話してみて」

「うん」

 しかし、瞳はそこから先の言葉が出てこない。加奈には、瞳があゆみと喧嘩したことは解っていた。だが下手にそれを口出すとあゆみがこの部屋に来ていることがばれてしまう。だからといって、触れなければ話が続かないので、こっちから尋ねてみようと決心した。

「ひょっとして、あゆみお姉ちゃんと喧嘩したの?」

 できるだけオブラートに包んで聞いてみたが、ふと見るとあゆみはさっきからずっと、じーーとした目で二人を見つめていた。

「どうして解ったの」

「何年友達やってると思ってるの!!」これだけですめばいいのだが・・・。

 もし不審に思って問い詰められたりしたら返すことができない。怒ってる瞳はとても敏感で、ちょっとしたことで嘘ついているか見抜く、ずば抜けた洞察力を発揮するのである。仮に、それを発揮して問い詰められでもすれば、加奈にはとても返すことが出来ない。加奈は、どうかそれが発動しませんようにと祈っていた。

「そうなの・・・」

 ―――よし。発動しなかった―――加奈は安堵し心の中でガッツポーズをした。

「何で、まさか昼間のことで」

 それが原因だとすれば加奈にも責任がある。だが、それ以外に加奈には喧嘩の原因が見当たらない。

「違うの、そのことはまだ聞いてないの」

加奈はそれを聞くとキョトンとした。これじゃないとすれば、加奈にはもう原因が何なのか瞳の話を聴かないと解らないのである。

「じゃあ、何で?」

 しばらくの間沈黙が続いた。瞳は下を見たままである。後ろにいるあゆみは、立ち上がると瞳の横に移動し、そこに彼女を見詰めるように座りなおした。

「あのね、進路のことで喧嘩したの。私ね、お姉ちゃんと同じ高校に行きたいって言ったの。そしたらお姉ちゃん、『この前のテストの点数じゃ無理よ』って返してきて。加奈が帰ってくる少し前にね、抜き打ちで実力テストがあったのよ。そしたら、その点数がぼろぼろで。先生はその点数は今の自分の実力を確認させる為で成績を付ける為じゃないって言ってたから、ママには内緒にしてたの。けど、それをずっと見てたみたいなのよ、お姉ちゃん」

「じゃあ、それを盗み見したか怒ったの」

「うんうん、お姉ちゃんがそれを見たことには怒ってないの。ただ、あんなにあっさりと無理って言われて、何か悔しくなって」

「それで口論になったと」

 加奈は立ち上がると自分の机の中から、去年の暮れにあった進路説明会のパンフレットを取り出した。

「瞳、私ね。私もその高校受けようと思ってるの」

「加奈も!!」

「そう、だってほら、あゆみお姉ちゃんが着ていた制服、メッチャ可愛かったでしょ。あれ見てると私も着てみたいって思ったのよ。だから。私ね、ほら、事故でずっと休んでたからさ、全然勉強できてないし、この前のテストだって受けてないのよ。けど、私は行きたいな、その高校。だからさ、一緒にがんばろ!ねっ」

 いつのまにかあゆみはいなくなっていた。だが、彼女の流した涙の後が、加奈にだけはちゃんと見る事が出来た。

「うん・・・。わかった。私がんばる」

「その前に、あゆみお姉ちゃんに謝らないとね」

「・・・うん、私、お姉ちゃんにひどいこと言っちゃったから、・・・謝る」

「じゃあ、行きましょっ」

そう言うと加奈と瞳は立ち上がり、あゆみの部屋へと向かった。


 加奈の思っていた通り、あゆみはすでに自室に戻り、パソコンを立ち上げて待っていた。

「ホラッ」

 加奈は瞳の後ろに立ち、お尻を押した。瞳は部屋の明かりを付けたがその目線はディスプレーから離さなかった。

「加奈、お姉ちゃん、いる・・よね」

「いなけりゃパソコン動いてないでしょ」

「・・・そうね」

 瞳はそう言うとパソコンの前に歩み寄った。

「あの・・・お姉ちゃん、さっきはあんなこと言って・・・ゴメン。ごめんなさい」

 ディスプレーには何にも表示されない。しかし、加奈には見えていた。あゆみが涙をまた浮かべているのを。しばらくそのままの状態が続いたが、やがてディスプレーにゆっくりと、一文字一文字言葉が写し出されていった。

『私だって言いすぎたわ、その、ゴメンね、瞳の気持ちも考えずにあんなこと言って』

 ディスプレーの文字は二人が読み終わるといったん全部消え、また新しい文字が映し出された。

『中学の実力テストね、あれ、今の時期に毎年やってるの、でもね、あの時私も瞳と同じ点数くらいしか取れなかったのよ、先生に言われたわ、これじゃあこの高校は無理だって、でも私は諦めなかった、諦めたくなかったの、だってこの高校には・・・、』  

 次の言葉が出てこない。あゆみが号泣して、パソコンの前で泣き崩れてしまったのである。瞳は、事情が読み込めないでいたが、加奈は、そんなあゆみに近寄り静かに語りかけた。

「無理しなくていいのよ、あゆみお姉ちゃん。瞳も解ってるんだし、お姉ちゃんだってさっき聞いたでしょ、瞳の言葉。だから、・・・」

今度は加奈までも泣き出しそうになった。

 ―――どうしよう、私。私まで泣いちゃってどうするのよ―――

 あゆみは、何とか片手を伸ばしパソコンに触れると、ようやくディスプレーに文字が映し出された。

『がんばるのよ、瞳、加奈ちゃん、お姉ちゃん、ずっと見守ってるからね』

あゆみはそうディスプレーに書くと、涙をぬぐい、瞳に抱きかかり、泣き付いた。瞳には幽霊を見ることはできない。だが、その時の瞳はまるであゆみの姿が見えているようなたたずまいをしており、そして、三人とも泣いていた。


 次の日の朝、加奈は起き上がるとそこにあゆみが立っていた。

「おはよう、あゆみお姉ちゃん」

 あゆみは加奈への挨拶代わりに右手でピースをして見せると、どこかに飛んでいった。加奈はすぐに身支度を済ませ、瞳が来るのを待った。瞳は、すぐにやって来て二人は家を出発した。

「昨日はありがとう、加奈」

「うんうん、私こそ役にたたって思ってないわ」

「そうね。けど、加奈ってひどいわ。あの時お姉ちゃんが部屋にいること黙っているなんて」

「ゴメンね、でもあれが一番仲直りさせるのに効果的かなって、思ったの」

加奈の言葉に瞳は笑って受けていた。

「私ね、今日の放課後、先生に頼んで実力テスト受けてみようと思ってるの」

「本当に」

「うん、ほら、私もやっぱり昨日の話し聞いてて受けとかないといけないなって思ったの。だから、今日は先に帰ってていいよ」

「うんうん、私、待ってる。待って真っ先に結果聞いてあげるわ」

「もう、いいって」

「遠慮せずにさ」

二人に何気ない談笑は、学校に着くまで続いていた。

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