第4話 四条通りの出会い

 加奈は両親と共に京都市内の繁華街、四条河原町に立ち寄り、そこにあるデパートで買い物をして帰ることになった。当の加奈は早く家に帰りたかったが、両親が(主に母だが)半ば強引に行こうと言うので、しぶしぶショッピングを楽しむことにしたのである。

 加奈は、できれば一秒でも早く家に帰りたかった。というのも、加奈の向かいの家に住んでいたあゆみの事が気になって仕方がなかったのである。一週間前、やっとのことで思い出したのだが、なぜ夢の中であんなに寂しい目をしていたのか、なぜあんな夢を見たのかが気になって仕方がなかったのである。

 この一週間、ずっと伸彦や綾香と遊んでいただけではなく、なぜこの子達みたいな幽霊が地上に降りてくるのかをずっと考えていた。

 院長の立花先生が言うには、誰かが心配だったり、一人が寂しいかったりして降りてくるのだが、中には(といっても滅多にいないのだが)憎悪をもって降りてくるものもいると言う。だが、それが果たして本当なのだろうか。はっきり言って幽霊と生身の人間たちは、コミュニケーションは殆どジェスチャーでしかとれないのである。誰かが『私は寂しいから降りてきました』等と言っていたとしても、それは私たちには聞こえないし、読唇術を使えたとしても幽霊がそんなことを言うだろうか。

 橘院長が言っていたことは、あくまで推測であって真実ではないのである。中には、地上にいる幽霊に会いに来るものもいれば、時代の変化をただたんに観察に来るものもいるはずである。

 加奈はタクシーの中で、そのことをずっと考えていた。町の中にもたくさんの幽霊たちがいる。中には海外の人や、中世の頃の格好をした人などさまざまである。

 ―――どうしてこの人たちは、死んでもなお、地上に降りてきているんだろう―――

 タクシーは、ずっと京都の大通りの一つ東山通りを下っていた。

「お客さん、今左に見えているのが京都大学です」

「へぇー、これが。あっ、西部講堂はどこですか」

「西部講堂はもう通り過ぎてしまいましたね」

 タクシー運転手が言う京都の有名な場所案内に加奈の両親は聞き入っていた。加奈は、ずっと窓越しに外を見ていた。予想通り、中心街に近づけば近づくほど幽霊も増えてきている。それも、さまざまな格好をしている人がである。

「ここを左に行ったところが知恩院です」

 タクシーの運転手の話に依然として加奈の両親は、聞き入っており、そして、あれこれと質問をしていた。同じ関西人であるのに、京都について殆ど知らない二人にとって、運転手が言う観光案内はとても新鮮でならなかった。

「今後ろに見えているのが八坂神社です。そして、このあたりが祇園でこの通りの名前が」

「四条通りでしょ。ね、当たりでしょ、当たり」

「もうお母さん、ちょっと静かにしていてよ」

加奈は、あまりの母のミーハーぶりにとうとうキレてしまった。


 タクシーは、四条河原町にあるデパートの前で止まった。さすがに京都のど真ん中とあって、周り一面、人、人、人である。

「それじゃあ加奈、デパートに」

「私、帰りたい」

タクシーの中での加奈の母親の態度に、加奈はまだふて腐れていた。

「大体、何で京都のデパートで買い物するのよ。デパートなら、梅田や三宮にだってあるし、わざわざここでしなくても」

「だって、せっかく京都に来たんですもの。それにすぐに帰りの電車に乗っちゃうの、なんか寂しいじゃない、だから」

「だったら、どこかお寺とか神社に行けばいいじゃない。なんでデパートなのよ」

 加奈の言っていることは正論である。加奈の母は、親としてはいいのだが、時々意味不明の行動をとりがちで、言ってみれば天然ボケである。父も父であまりしっかりした方ではなく、そのせいかもしれないが加奈の性格は、とてもしっかりとしていて、近所でもそれは有名なほどである。が、同じ血を引いているだけあって、人から言わせれば、若干の天然ボケはあるみたいなのだが・・・

「じゃあこうしましょ!二時間自由行動にして、ここに集合って。どう?」

 まるで考え方が小学生である。しかし、今の状況からは妥協せざるえなかった。

「解ったわ。二時間後にここに集合でいいのよね」

 加奈はそう言い、両親と別れるとそのまま京都の大通り、四条通りを西に向かって歩き出した。人通りは週末ということもあってとても多い。加奈は、人の洪水に押し戻されないように注意深く前に進んで行った。人だけではない。幽霊たちも人に負けず劣らずたくさんいたのである。その殆どが、人と混じって歩いていたので、加奈はその区別をするのが大変であった。まっ、この幽霊たち全員が、害がないので見えていようと見えてなかろうと関係ないのであるが・・・。

 交差点に差し掛かり加奈は、赤信号が青になるのを待っていたが、反対側に渡ろうととっさ的に思い、四条通りの反対側の歩道に渡った。ちょうどこの下を文豪、森鴎外の小説「高瀬舟」で有名な高瀬川が流れている。その界隈が木屋町で、京都の飲み屋街の一つである。

 加奈は、そのまま四条通りを西に歩き、鴨川まで歩き、その鴨川に架かっている四条大橋の上に立った加奈は、そこから京都の北側の山々を欄干にもたれかかるようにして眺めていた。

 加奈の視界には、このすぐ北にかかる三条大橋という橋が、そしてその奥には雄大な比叡山の山々が見えていて、その景色はまさに絶景であった。本当は、これより北にある橋から望む方が綺麗と本で読んだことがあったが、今の加奈にとってはこれでも十分絶景であった。いつも住んでいる兵庫の町では、六甲山の山々を望むことができるが、これはこれでとてもよい。

 加奈は再び歩き出し、とりあえず四条大橋を渡りきったところで再び立ち止まった。ちょうどここには、歌舞伎で有名な南座がありこの国最古の劇場がある。加奈の予定では、南座を見てから祇園に行って、集合場所に戻るコースを考えていた。ところが、南座の前を一人の幽霊を見かけたとき、加奈は我が目を疑った。

 ―――あれ、ひょっとしてあの人、あゆみお姉ちゃん―――

 加奈は、もう一度目を肥やして確認してみた。南座の前もすごい人だかりであるが、どういう訳か、あゆみだけははっきりと見え、それが他人の空似ではないことを確信した。

 ―――間違えない。あの人、あゆみお姉ちゃんだ―――

 あゆみの目は、誰かを見つめていて、その人について行っているようであったが、それが誰なのかはこの距離では確認ができなかった。しかし、誰についていっているのか加奈は無性に気になった。

 加奈は、とりあえずあゆみの後を追ってみることにした。あゆみは、今、加奈が来た道をそのまま逆に歩いていたが、反対側の歩道のため、目で彼女を確認するのがやっとである。

 加奈は、目で確認しながら彼女の後を追っていたが、ちょうど信号待ちをしている市バスの陰に隠れてしまい、それが邪魔で反対側が見えなくなってしまった。それでも加奈は、前に進んでいけばわかるかもしれないと思い、そのまま前進していった。ちょうど、目の前の信号が南北行きが青だったので、加奈は大急ぎで交差点を渡り、反地側の歩道に移った。しかし、周りを見回してみたが、あゆみの影はどこにもなかった。

 ―――どこ行っちゃったんだろう、あゆみお姉ちゃん―――

 加奈は、周囲をくまなく見渡したが姿を確認することができない。

 ―――歩くスピードはそんなに変わらなかったわ。そんな急に消えるはずがないわ、どこかに入ったのかしら、どこかに・・・―――

 加奈は元来た道を再び西に歩いてみた。すると、加奈の目の前に地下鉄の駅に続く地下への階段が視界に入った。

 ―――しまった。ここに入ったんだわ―――

 加奈は、大急ぎでその階段を下りると改札口に向かって全速力で駆け出した。しかし、改札口には、数人の人間と幽霊がいたが、あゆみの姿はすでに見えなかった。

 ―――もう中に入っちゃったのかしら、それともここじゃなかったのかしら―――

 加奈は、電車の行き先案内板の横にある時計を見た。もうすぐ集合時間である。加奈は、とりあえず、両親との集合場所に向かった。


「どうだった、加奈」

 お気楽な母は、両手に荷物を持ってとても楽しそうな顔をしていた。それ以上に悲惨だったのは父である。加奈の荷物のほかに両手に買い物袋を持てるだけ持っていたのであるのだから。

「お父さん、私の荷物持つわ」

 加奈はそう言うと自分の荷物が入ったボストンバックを持った。

「それじゃあ、買い物も済んだし、我が家に帰るとしますか」

お気楽な母が能天気な口調で言った。

 だが、ここからが大変である。まず、ここから京都駅まで出て、そこからJRに乗り換え、大体二時間ほど電車に乗ることになる。近くの地下鉄の駅まで歩き、そこから乗り継いで京都駅まで出るのであるが、今の時間帯はちょうど夕方の混雑時と重なり、その乗客の多さに加奈は悲鳴を上げたくなった。

「せめて京都駅までタクシーかバスで行こうよ」と加奈は言いたかった。河原町からだと京都駅に直通バスも出ているし、それが無理でもタクシーがあるはずである。

 だが、今の時間帯、四条通りや京都駅に通じる主な大通りは、渋滞していて車は大概ノロノロ運転なのである。さっき乗っていたタクシーですら、四条大橋からデパートの前まで五分以上かかっているのである。加奈はさっきこの区間を歩いて、かかった所要時間が五分くらいなので、今の四条通りでは、車はほぼ人が歩くスピードと同じくらいしか出せないので、それなら電車で行った方が早いであろう。

 それに、タクシー乗り場には、タクシー待ちの人が長い列を作っていたので、これではタクシーに乗るのにかなりの時間を費やしてしまう。これだったら最初から電車でいったほうが得策である。と加奈の母が力説していたので素直に従うことにしたのである。あと、今の加奈は、反論する余力すらないほど疲れていたのである。

 京都駅から乗った電車もまた満員であったが、たまたま席が二人分空いていたので、加奈が窓側、加奈の両親は持っていた荷物をすべもう一つの席に置いた。

 加奈は、電車の窓から通り過ぎる景色や対向電車を見ながらずっと四条通りでの出来事を考えていた。

 ―――あゆみお姉ちゃんも誰かが心配で降りてきているのかな、それとも―――

 加奈の脳裏にあゆみの寂しい目がよぎる。あゆみはいったい、誰の後ろをついていたのであろうか。加奈にとって新たな謎が一つ出来てしまった。

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