大人と子供⑩


「お、おい、アレ……」

「う、うん……」


 空と福岡も追いついていた。

 ここで、「あー! 名探偵エイミー・ウォーカーの父親にして推理小説家の大川憲だーっ!」っと指をさして凶弾しない程度には空気を読んだ反応で、それなりにショックを受けていることがわかる。

 これで証人は揃ったか。


 オレは名探偵の様にパンっと手をならし、みんなの注目をあつめる。


「さて、この事件! オレはまったくトリックなんかわかっちゃいません! なんとなく動機がわかり、なんとなく犯人の予想がついて、なんとなく事件の起こる予感がしたため走ったところ、見事に現行犯で捕らえることに成功しました!」


 オレは憲さんを見る。

 反論はしない。

 探偵もののお約束通り、オレは敬語口調で話を続ける。


「探偵を自称する者として、これは喜ぶべきではありません! こんなのは気持ちのいい解答を得たというわけではありません! ただ解決しただけです! しかし幸いにも、この中には『なんで……、お父さん……』という疑問をお持ちの美少女もいます! ああ、よかった。オレは役に立つことができる! では、その美少女の為にもお教えしましょう! 何故、大川憲はたくさんの女子高生を殺したのか!」


 さっきは叩いて、胸の前で合わせていた手をそのまま大げさに広げる。


「その理由は、その被害にあった女子高生たちの『父親』がムカつくからです!」


 すかさず憲さんの反応をチェック!

 悔しそうだ。よし! たぶんあってるんだ、そう思った時、


「確かに、そうだが、違う! そんないい加減な気持ちで僕は……」

「ハイハイ! ストップ! あのね、トリック暴かれた犯人が言い訳がましく動機を説明するのはよくあるけど、オレそういう名探偵じゃねーから! 動機の説明しかできねーから! しゃべんないでね!」


 っとここでもう一発殴って静かにさせる。


「しきりなおし」


 手を叩く。


「ええ、確かに、それなりの事情がありました。家庭を守るため、といえば聞こえはいいですし、実際そう言えなくもない。でも、本当のことを言えば家庭を守ることができなかった。そうじゃありませんか?」


 口では憲さんに問いかけ、目では大川の反応をうかがう。


「この村には得をしている人間と損をしている人間がいます。

 この村はとても裕福です。大企業がたくさんこの村にあるおかげで、企業からの税収はとっても高く、それでいて人口が少ないので、配分の割合は高い。住んでいる人はみんな幸せです。でも全員じゃないのです。得をしている人と損をしている人がいます。ちなみに、」


 オレはヒトリの肩をかかえて、


「我が家は得してる方だね」

「……まさか、合併の」


 さすがは大川の反応。

 でもちょっと早い。段取り考えてくれ。


「得してる人っていうのは、先ほど申したように大多数の村民ですね。

 この村に住んでいて、人口が少ないおかげで多額の税金の恩恵、例えば充実した公共サービスなどを受けていて、なおかつあの大きな工場で働いていたり、村の外で大きな会社に勤めたり経営したりしている人たちです。」


 その言葉に憲さんがうなだれながらオレを睨む。

 調子こいてんな。いい度胸だ。


「さて、損をしている人、ですね。

 それは、この村で商売をしている人です」


 大川が閉じた口の奥で、歯をくいしばっているのがわかる。


「この村は人口が少なすぎます。市街化調整区域のせいでもあります。

 当然、その分商売をしている人にとっては儲けが少ないのでしょう。市街地でもチェーン店は少ないです。ほとんどが先祖代々からの老舗だったりと言った、ここの村民による個人経営のお店ばかりです。これではやっぱり儲けが少ない。お店を続けていくことは大変なのではないでしょうか。維持費も安くはない。土地の値段もなんだかんだで規制のせいもあり高額です。

 正直、市場規模とは割に合わない。まあ、その他大勢と同じように、公共サービスなどの恩恵はありますけど、やっぱり儲けがなければ意味がない」


「この人口の少なさは意図的なものだ」


 憲さんが口を開く。


「この市街化調整区域の多さも意図的なのだ。

 建前としては、土地の低さと海の近さをによる水害の危険性を理由としているが、実際はそれ以上に低いとなりの弥富市でも、ここまで市街化調整はされていない。この市街化調整区域はかき集めた税金をより多く使いたい村の人間によって無理に通され推進されたものなのだ」

「それは、あくまでアナタの妄想です。証拠はありません。もちろん、そういった妄想の積み重ねが犯行につながるのですが。そうして、そういった妄想の積み重ねをさらに確信めいたものにする引き金のような出来事がありました。

 それが、さきほど大川さんのおっしゃった、合併ですね」

「ああ、あったなあ。小学生ぐらいの時か」


 という福岡。


「ええ、その通り、今から10ほど前、村と周辺の市町村において合併の話が持ち上がりました。しかし村では反対され、投票の結果、合併は行われなかった」

「ほぅら! 妄想じゃない! 村の人間は税金を独占するために、人口を減らすことばかり考えているのだ! 僕のような個人経営の不動産屋の苦労など知らずに! 村を大きくしていこうという向上心もない! ただ今の生活を守りたいだけの老いた心の人間ばかりなんだよ! この村は!」


 憲さんは大川の方へ向きなおり、


「父から受け継いだ不動産を維持するために、好きでもない小説を書いては補填していたんだ! この苦労がわかるか!? この村の人間は僕たちのことなんか一切考えていないのだ!」

「はい。その時も、アナタはそう思ったのでしょう。そしてそれらが積み重なって犯行を計画した。その時、村の合併を阻止し、人口を減らすことに尽力した政治家の舘神氏が、この村に帰ってくるタイミングを狙って」

「こんな市街化調整区域があるから、犯罪が起こるのだ! 大切な娘を奪われるのだ! そう思い知らせてやる必要があった。世間にも、あの政治家にも!」

「はい。アナタにとって娘というものは命より大事な存在で、だから合併当時に反対派として活動をしていた人間、この村では得をしている側の人間の娘たちを殺すことにした。あの男たちの娘を殺すことが最も非道な復讐になるのだと思って……。これはあまりにも自己中心的な価値観の押しつけなうえに、自己中心的な利益のために行った犯行ということです」


 というオレの推理を受け、


「……そんな! 被害者は父親たちの争いに巻き込まれただけって言うの!? あの子たちは無関係じゃない! なんでそんな非論理的なことを……!」


 と取り乱しつつある大川だが、


「いやいや、大川さん自身が言っていたことだよ? 犯罪の動機は想像もつかないバカで非論理的な場合もあって、動機を推理することは不可能だ、って。それでこの事件を諦めていたのは大川さんでしょ? その通り非論理的だった、というだけだよ? 凶器もそういうことだね。最初はナイフで効率よく殺したけど、それじゃあなんか悲惨さが出ないから、どんどん直接的に破壊していくようになっただけ。事件を遂行する上でやむをえない事情とか、トリック的なことがあったわけではない。本当にただただ非論理的な感情による問題だよ。自己中心的な人間の愚かな発想力っていうのはそれぐらいバカげている。まあ、言わなくても知っているのだろうけどね」


 とやさしくなだめてあげると大川は静かになった。


「待て! 事件を起こした理由はそれだけじゃない! これは歩美のためでもあるんだ」


 そんなことを言い出したのは憲さんで、娘としてはたまったもんじゃないだろうな。


「探偵をやめてほしかったんだ! 危険だし、なにより小説家とはわけが違う!

 不動産業と兼業なんてできるはずないんだ! それなのに『探偵なんてやめるんだ!』ということを何度言っても聞かなかったからね! だから事件を起こしたよ。どうだい? これで連続殺人犯の父親がいる、なんてことになったら、きっともう依頼なんてこないだろう。さあ、あきらめるんだ。僕が逮捕されたら、不動産を継いでくれ!」


 ……なるほど。そういう狙いがあったか。

 ひょっとして、一見すると探偵が活躍しにくい事件の構図にしたのもそのためか。

 世間の一般人はこれが探偵の活躍しにくい事件構造とはわからない。関係ない。

 もし犯人が警察によって捕まれば、きっと世間から大川は名探偵を名乗りながら父親の殺人を見抜けなかった無能の烙印を押されるに違いない。

 殺人犯の娘なうえに無能。もう名探偵商売はできないだろうな。

 それは確かに、不動産業に専念するしかない。

 ……いや、でも不動産屋も事件をきっかけにつぶれることないか?

 やっぱ意味不明だな。あのおっさん。


 まあ、なんにせよ、動機は出尽くしたかな。

 あ、1つだけ聞きたいことがある。


「おい、オレのことは殺すのか?」


 憲さんは言葉の意味がわからなかったのか、一瞬返答に困ったようだが、


「いや、殺しはしない。君は確かに、村の合併や市街化調整区域を推進しつつ、外の街でビジネスをしている悪魔の息子だが、娘ではない。僕は快楽殺人者ではないのでね、正義の殺人以外はしないよ。無関係な人間を殺して逃げるということもしない」

 という完璧な返答。そして絶望。でも、ちょっとホッとする。

 逆恨みする相手の娘は無関係じゃなくて、それを殺すことが正義ってことか? それも意味不明だ。

 まあいいや。とにかくオレは殺してくれないらしい。

 だったら終わらせよう。

 もう一度、オレは手を叩く。


「そんなわけで、事件を起こしたくなったアナタは、しばらく前から事件の計画を立て、具体的な方法はわかりませんが、毒電波のようなもので被害者の精神や健康状態をコントロールし、具合が悪くなった場合の行動パターンを読んで、1人になるタイミングを見計らい殺した。ちなみに竹ノ内さんとかかなり強い人間も素手で確実に殺せたっていうのも、そういう具合の悪いタイミングを狙えるという自信があったから、ですね」


 と、事件のいきさつを言い当てたが、


「え……? それだけかい?」


 それを聞いた憲さんは突然、震えながら笑い出す。


「……く、くはは! なんだいそれは! そんなので逮捕できると思っているのか? 現行犯、と言ってもまだ暴行のレベルだ! 僕は殺人に関係ないね! だいたい、どうやって精神状態やら健康状態をコントロールするって言うんだい? 毒電波? バカにするな! 僕には不可能だよ! そんなので僕を犯人扱いしないでくれ!」

「あ、オマエ! しらばっくれる気か? 普通に毛髪とか落ちてるし、それで十分なはずなんだけど。具体的なトリックはともかく、犯人はお前だろ!」

「うが」


 と押し黙っる憲さん。はい、完全無欠の究極論破。

 そして、オレは大川に向けて、


「決着だぜ。確かに世の中の犯罪者は大半がどうしようもないバカだから、その動機は腹立つぐらい間抜けだ。知りたくないぐらい愚かだ。でも、だからと言って読めないわけじゃない。バカの思考回路を読みたくないだけのくせに読めないものとして切り捨て思考の外に置くのは怠慢だ! わかったぜ。だからお前は推理小説をつまんないとか言っちゃうんだよ。推理小説をもっとも楽しむ方法は、トリックのパズルを解くことじゃなくて、犯人と被害者の心の動き、心のぶつかりを見ることなのにな。目に見える論理にしかお前は興味を示せないんだ。もったいないぜ。人を殺しておいて、自分は咎められずに平穏に暮らしたいってキチガイはどんなセカイ系バトルマンガにもいねーのによ」


 という勝利宣言を高らかに掲げてみるが、オレより高いところで立ってる大川の目にそれは映ってないようで、アレ? なにやってんだ?

 そしてさらには、


「ん?」

「お?」


 と空と福岡が気の抜けた声をあげて、なんだ? とオレが戸惑ってると、後ろでヒトリが


「うぐぐ……」


 と苦しそうに立ち上がろうとしている。

 当然オレは、


「なんだよ急に。やめとけってぇ?」


 となだめようとするんだけど、


「なるほど」


と暗闇の向こうで、スマホをポチポチつついている名探偵が言い出す。


「勝負していたつもりはミジンもなかったのだけど、わざわざクソ長い勝利宣言どうもありがとう。そのムダな時間のおかげで、だいたいわかったわ」

「え? 何が?」

「いいかしら。ちょっと待っててよルルム。トドメは私にさせて。お願い」


 と言い出した。


「犯人、長年の計画、動機。これらがわかった今なら、あくまで予想だけど、だいたいのトリックもわかったわ」


 え? なんすかそれ。




続く

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