大人と子供⑨
ああ! いる! いるじゃないか!
身内に! 被害者と共通点を持った行動している人間が!
わたしは叫ぶ!
「ヒトリ!」
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↓↓ここから今回の分↓↓
ああ! 犯人は最初っからターゲットを絞っているんだ!
突発的じゃないんだ!
でも、事件の前に共通して体の具合が悪いってことは、それを犯人が引き起こしている可能性がないわけじゃなくて!
しかも鎌倉さんは定期的にどうやら頭痛薬と飴玉を買っていて……。
竹ノ内さんのストレス爆発もしょっちゅうで……。
他の2人だって実はそうだったのかもしれない。
そしてヒトリ! ヒトリだって定期的に不安定なんだ!
わたしの叫んだ、ヒトリという言葉に反応して空が口を開く。
「あ、そ~だね。ヒトリちゃんの機嫌もなおるかもねっ! 最近、ケンカばっかりだったんでしょ? ヒトリちゃんと相談しててね、お兄ちゃんは私なんかどうでもいいみたい、って泣いてたんだよ? 私と一緒の気持ちだったんだよ? でも、被害者じゃないってなったら協力してくれるかもね!」
ああ、確かに、ヒトリはわたしが女装してからわたしの事をアイツ呼ばわりだった。
わたしが女装をやめれば、とりあえず仲は戻るのかもしれない。
でも、でも違うんだ。今はそんな場合じゃない。
それに、仲が悪くなったのは最近だけど、精神的に不安定なのは、ここ何年かずっとなのだ。
時々イライラしたかと思うと、勝手に市街地に行って、遅くに帰ってくるのはずっとなんだ。
ああ、ああああああ!
「ヒトリ! ヒトリはどこなんだ!」
そういって、いるわけもないのに外を見て、絶望する。
外はもうすっかり夜を迎えていた。
いや、別に今日事件が起きるとは限らないけど、でもターゲットの可能性があるとわかってはいてもたってもいられない。声がききたい。
「え? ヒトリちゃん? ああ、一緒のバイトしてるんだけど……」
は? 空ちゃん? 何を言ってるんですか?
「あ、コレ、言っちゃダメだったかも? 紹介してくれたのはヒトリちゃんなんだけどね……。受験シーズンでもシフト楽に入れられて便利ですよーって。まあ紹介料は貰ったのかな」
いや、そんなことはどうでもいい。
「で、そうそう。一緒のバイトしてるんだけどさ、今日はなんか、具合が悪いみたいで、お兄さんに、あ、社員さんのことね、に頼んで帰らせてもらってたよ」
は?
は? は?
ああああああああああああああ!
「ルルム! これは!」
「あああああああああああああ!」
ふるえながら、ヒトリへ電話をかける。
……。
つながらない!
あああ! ああああああああああああああああ!
わたしは立ち上がる。 机にひざが当たって大きな音がするが気にしない。
「待って! どうするつもり!」
「走る! 全速力で走れば、ここから市街化著性区域なんて5分でつく!」
「全速力で5分ってつらすぎだろ。ていうかどうした」
わたしは店をでた。
走り出す。当たり前だがさっきまで抱いていた恥ずかしさなんてのはない。
走る。
早くつくために、より速く足を動かす。
より速く足を動かすために全身を使う。
全身に全力を込めるために、息をとめる。
力を込める時に息を止めるなんて当たり前。速く走るなら息を止めるなんて当たり前。
でも、心臓が締め付けられてるのに爆発しそうな感覚だ。
痛い。肺も飛び出しそうになる。
冷静に考えて2、3分間は息を止めることなんて普通にできるわけで、体を全力で動かし続けることも5分なんて楽勝なはずで。
だったら、市街化調整区域まで1、2回の呼吸で、後は息止めていけるはずなのだ。
全身の筋肉に全力を込めて走り続けることなんて可能なはずなのだ。
この痛みは単なる危険信号。ちょっと無理したって問題ない。
痛みは無視だ。
この事件、おおむねの動機はわかった。完全な私怨による犯行だ。
じゃあ、犯人は?
大川には言わなかったが、実はすでにある人物に目処をつけている。
その私怨の内容が、もし予想しているもので正しいのなら、後は実行できるのはその人だと言うことと、もう1つ。
どうして殺したのか、という動機の他に、どうして殺さなかったのか、という動機の説明が全てつく。
まあいい、こんなことの推理は、まずヒトリを助けてからだ。
もし、ヒトリが襲われていたなら、目の前の男が犯人だし、そうじゃなかったら仲間と共に話し合えばいい。
わたしは目的の場所について立ち止まる。
「ぐっ!」
無視していた痛みや苦しみが急に襲い掛かってきて、
「ウヴォエエエエ」
さっき飲んだコーラを全部出してしまう。
まあ、たかがドリンクバーだ。大した損害じゃない。
それより、ヒトリを探さないと。
さすがに道の真ん中にはいないけど、きっとこの辺の人気のない裏とか畑とか空き地の影とか、その辺にいるはずだ。これまでの傾向から言って。
ここは、わたしの家から市街地の間にある唯一の公園がある場所。
きっと襲われるとしたら、この辺一帯の土地だ。
ついこの間、竹ノ内さんが死んだ日、ヒトリはキゲンが悪くてプチ家出をした。
わたしは市街地まで行ったと思って追いかけたけど、結局会うことも、すれ違うこともせずにヒトリは先に家に帰っていた。
あの日、単に見逃したのだと思っていたけど、それは違って、きっと市街地には行かず道を逸れてこの公園にいたんだ。だから会えなかったんだ。
つまりヒトリは、日常的に頭痛やら具合が悪くなると、ここにきているということだ。
今日もそうしたに違いない。
ひょっとしたら、そう誘導されたのかもしれない……。
近くにいる。でもどこだ。
辺りは暗く、細い道の両脇には草木が茂っており、その奥に連れ込まれていては視覚で認識することは確かに難しい。
クソ! どこなんだ! そもそも、本当にいるのか。
!
電話越しでは、虫の音って届かないらしい。
それは電話の受話器が人間の声を効率よく拾うために受け入れる周波数を人間の声域前後に絞っているからだ。
わたしも、ある意味それに近い。
わたしの片耳は難聴だ。
特に、人間の声とかけ離れた、高い周波数の音には反応できない。
田舎の道を賑わす虫たちの鳴き声も、実はその他多くの健常者に比べてうるさく感じない。
今回はそれが上手く働いたといたのだろうか。
余計な情報に惑わされることなく、その声が耳に届いた。
あるいはカクテルパーティ効果的なことなのかもしれないが、
「ロクローお兄ちゃん!」
聞こえた。聞こえたのだ。懸命に生にしがみつき、兄の名を呼ぶ妹の声が。
いる。
声のした方へ走る。
生い茂った沢山の草と高い木の奥からした。
かき分けてもぐりこむ!
まだ見えない。けれど、ここにいるんだ!
鋭く硬い木々の向こう側に、その開けた場所があった。
暗闇の中で、獣の様にうごめくそれはいて、
「あああああああ!!」
その獣を躊躇なくオレは殴り飛ばす!
「わああああああああああああ! オラァ!」
オレの拳は汗ばんだ?をとらえ、弾くのではなく、その肉を押し込むような衝撃を与える。
「ぐわぁ!」
効いた!
ヒトリは!?
倒れこんでいるヒトリにかけよる。
ああ、ああ!
「お、お兄ちゃん……」
生きてた!
間に合った!
「ケガは?」
「う、ううん。大丈夫。ちょっとつかまれたり、押さえ込まれたり、2、3発殴られて戦意喪失してただけ。ありがと」
殴られてんじゃねえか……。
「ごめんな、ヒトリ。お前のストレスに気づけなくて。お兄ちゃん今更だけど、ようやく気づいたんだ。その苦しみを知らずにオレはお前を置いて1人で死のうとしてたんだ。そりゃ怒るよな。謝るよ。でも、それを理由に怒ってたって知ってお兄ちゃん嬉しかったぞ」
「お兄ちゃん……」
「あと、名前で呼んでくれてありがとな」
「それはぁ、わぁすれてぇ」
ヒトリは気絶した。
恥ずかしかったか。最近はアイツだったし、名前なんてそもそも読んだことなんてほとんどないんじゃないか?
今までも恥ずかしかっただけで本当はもっと呼びたかったのかもしれないな。
死ぬ間際に、後悔がしたくて名前で叫んだのだろう。
っていうのは都合のいい解釈だろうか。
でも、本当、死ぬ間際にオレを呼んでくれたって思うとちょっとうれしい。
もっといい兄ちゃんにならないと。
大切な人に大切におもわれることが、こんなにうれしいことだなんて今更実感する。
どんだけ人生ムダに生きてきたんだろう。
同時に、そんな大切な妹が死を感じたんだ。
一瞬だけニヤけそうなほどうれしかったけど、妹が死を実感したという事実を実感して、すぐにオレの心は怒りへと向かう。
怒りに溢れ、さっき獣をぶっ飛ばした方を見る。
そこでは作務衣を羽織った犯人がゆっくりと起き上がろうとしていた。
やっぱりこいつだった。
これは犯人に明確な動機とターゲットがいて、何が何でも殺したい人間がいるという仮定が正しい場合、なんでまずアイツを殺さないのか、っていう至極ゲーム理論的な思考により抱いた疑問だ。
何故殺したのか、という動機ではなく、何故殺さないのか、という動機。
でも、それは当然のことなのだ。
それは犯人にとって凄く大事でかけがえのない命よりも大事な存在で、だからこそ、犯人は自分が恨んでいる相手も同じようにそれを大切に思っているのだと考え、その自分が恨んでいる人間たちからそれを奪ったんだ。
オレは本人さんに確認する。
「そうでしょう? 事件を起こす上で最大の弊害となりうる女子高生名探偵大川歩美が、命より大事な娘であるために殺すことのできなかった、……不動産経営者兼推理小説家の大川憲さん」
トリックを見破ったわけでもない単なる現行犯だから、あんまり美しくはないけど、オレは大きな声でこれを言ってみる。
「犯人は! ……お前だァ!」
うん、最高に気持ちいい。
「ぐ……」
無造作に伸ばした髪を乱らせながら、歯をくいしばって憲さんは答えた。
「そんな……!」
道からこちらを眺める大川。驚きを隠せないでいる。
そうか。追いついたか。
「よし、ならばよく見ておけ。この村で飛島村女子高生無差別連続殺人を犯したのは、名探偵であるお前の父親だ」
続く
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