大人と子供④


 次の日の昼すぎ。夕方の少し前の時間帯で、昼間よりも日差しが強い。

 待ち合わせた市街地のバス停広場。

 コンクリートや建物が多く、この田舎にしては比較的暑い場所だ。

 海が近く風も通る分、都会よりいくらかマシだけど、やっぱり立ち止まって人を待つとダルい。

 で、時間通りに大川は到着して、


「ルルムかよ!」


 挨拶なしに文句を垂らす。


「おはよう。え、そりゃルルムでしょ。なんでそうじゃないと思った?」

「そうね! ごめんなさい!」

「つーかデート疑われてスキャンダルになるのイヤがってたのは大川さんだからルルムでいいでしょ。わたし、筋肉質だけど背は低いし顔はかわいい系で通ってるから、低い声さえ出さなきゃ知らない人には男ってバレないよ? だから、まあデートを疑われるとしたら学校のやつらだけだろうけど、そいつらに疑われたところでスキャンダルにはならんだろうよ」

「そうね! よく考えたら、昨日は葬式だから男の格好でかしこまっただけで、別に女装を止める理由はなかったわね!」

「うん。女のフリして殺してもらうんだからな? 忘れんなよ? こっちは冬服わざわざ着てる気合いの入りようなんだから」

「……なんで今日も冬服なのよ。妹さんも学校ないでしょ?」

「いや、遊びに行ったんだよ。アイツ遊びに行くときも制服で行くタイプだから。その方が気軽なのかね」


 言いつつ、オレはやってきた大川の姿全体を見る。

 黒といえば定番は冬だが、そんな冬ものとも違う、透明感のある軽やかな夏用の黒を基調としたワンピースが全体を包み、その襟元は白くてかわいらしくしている。靴は光沢のある赤。でもバッグは布素材で、全体的なケバい感じを打ち消している。

 その姿に軽く笑ってしまう。


「気合い入ってんな」

「うるさい! 浮かれてなんかいないわ!」

「さ、事件解決しよーぜ」

「そうね! それ忘れちゃダメね! 今日、私メチャクチャ怒ってるけど、アナタは何一つ間違えてないわ!」

「あ、あと、その格好は気合い入ってるけど、男には受けんぞ。お前巨乳なんだから、もっとラインはっきりする奴の方がいいよ」


 ビクっと反応したあと、自らの全身に何往復も目線を向けて、みるみると顔が赤くなり、


「うわああああああああああ!」


 泣いてしまった。

 乳つまんだ時もそうだが、こういう反応をされてしまうってことは、男として扱われているってことだ。

 わたしの女装もまだまだということだろう。

 もっと女装を磨き、見知った相手すら男であることを忘れさせる領域へたどりつかないとだめだ。

 ギリギリで犯人を騙せないかもしれない。



「さ、どこ行くよ。身辺調査したい被害者さんでもいる?」

「そうね。でも前に探偵ノートを見せたように、直近だった竹ノ内さん意外の人の調査は人間関係も含めて基本的には済んでいて、視点を動機重視にしても新たな情報がでるってことはなさそうなのよね」

「そうか」

「それより、事件直前の動きをもっと調べたいわ」

「じゃあ、市街地まわるか」

「そうね」


 歩き出す。


「あ、そういえば、3件目の鎌倉さん、あの子の詳細な情報は聞いてないんだけど」


 最初に探偵ファイルを見た日、あの日はまだ死んで間もなくで、情報は報道レベルのものだった。


「ん~。そうね。割りと普通の子だったわよ。ご両親は共働き、兄弟はいない。吹奏楽部で部活は毎日遅かったみたい」

「吹奏楽部は熱心だからな」

「屋外スポーツと違って暗くなってもできるからね。そして、熱心な部活だけあってチームワークもとれてるし、人間関係も良好だった」

「レギュラー争いとかは?」

「普通に、あるにはあったけど……」

「まあ1年生だしな。それに、それが理由で殺されたとしたら、もう本当に事件の構図がもうわけわからんことになる。考えたくない」

「その発言は探偵失格ね」

「まあ、自称女子高生名探偵ですし……。で、事件当日は?」

「ええと、それが……、部活が終わって、一旦は家に帰ったそうなのよ」

「え! 帰ったのか!」

「ええ、どうも、同じ部活の子と一緒に帰って、その子の方が家から遠くて、家の前で別れたらしいわ。そもそも、遺体として見つかった時も制服ではなくシャツにハーフパンツというラフな格好だったしね」

「じゃあ、軽く外出して、そこのタイミングで殺されたのか」

「ご両親によると、共働きで帰りの遅い日は多いそうね。そんな時鎌倉さんは近くのコンビニや個人商店やら飲食店ですまさせて、後でご両親がお金を払うらしいわ。当日もそんな感じだったそうよ」

「うっわ……。それ、きっついな……」

「ええ、後悔してもしきれない、そんなことをおっしゃってたわ」


 近くのコンビニや個人商店やら飲食店、と簡単に言っても、市街化調整区域にそんなものはないから、結局は市街地まで足を運ぶことになる。

 大変なのだ。田舎。


「ちなみに、マジメな子だったのと、部活が厳しかったことの関係で、学校では禁止されてる携帯電話を、本当に持ち歩いていなかったらしいわ。だから、両親の仕事が遅くなっても、その連絡は家につくまで伝わらず、夕飯も学校帰りに買うことができなかったそうね」

「きっついな……」

「そして死因は撲殺」

「っていう報道だけど……」

「あら、知ってるの? そう、凶器はなく素手による殴り殺し」

 その辺りは空から聞いた。そのせいで舘髪から殴られた翌日は空から事件への危ない関与を疑われたんだ。

「死体も、正直見れたもんじゃないらしいわ。判別はギリギリつくレベルだけど、ホント頭蓋骨を割って、脳をつぶすぐらい入念に殴りこめられてたそうよ」


 鈍器やビンのように、ショックと出血で殴り殺す場合と、素手による弱い衝撃で確実に殺す場合は微妙に違う。


「きっついなあ……」


 そこでわたしは1つ疑問に思う。


「あれ? 今まで殺しの方法ってバラバラだったのに、この3件目の鎌倉さんと、4件目の竹ノ内さんって……」

「ええ、一緒ね」

「どういうことだろう」

「さあ……、トリック的に考えるなら、そちらの方が凶器の処分だったり、突発的な状況だったりで都合が良かったということになるし、アナタの好きな動機的に考えるなら、何があるかしら……」


 好きて……。


「素手での殺人の方が気持ちよかった、とか?」

「まあ、そんな感じでしょうね」


 どちらにせよ酷い話だ。



 しかし、わたしの時はどうか凶器でも持っていてほしい。

 殴り殺されるのはゴメンだし、素手なら勝ってしまう。

 わたしは死にたいが、死ぬのは怖い。

 そう。だから、自殺ができないのだ。それに例え殺されそうになっても防衛本能が働いて相手に立ち向かってしまう。


 実際、舘神との対決も、足を折られそうになって捜査ができないという心配もあったが、それ以前から殺されまい、死にたくないと必死になっている自分もあった。

 この防衛本能はやっかいだ。

 正直、空のストーカーを犯人と勘違いして見かけた時も絶望的だった。

 あんな男ではわたしを殺せないと思ってしまった。

 だからこそ、あの時わたしは『このわたしを殺すことができるのか!?』なんてストーカーに聞いてしまったわけで、そしてそれが大川にわたしの女装の動機を知られるのにも繋がってしまったのだ。

 ぜひ、犯人さんには凶器も持ち歩いていてほしい。


「さ、ついたわ」


 そう言って立ち止まったのは、丸桂商店という個人商店の前だ。

 わたしも何度かお世話になってるお店だ。

 少し前までは大手コンビニとフランチャイズ契約をしていたが、晴れて独立し、個人商店となったんだっけ。

 品揃えはそんなに変わらないけど、看板とか縛られる必要もこの田舎ではあんまりないから、まあ、こっちのが気楽なのだろう。

 店長の丸桂さんもこの村の方で、お客はみんな知り合いみたいなもんだ。


「このお店が、鎌倉さんが最後に買い物したお店よ」


 そう言って、大川は入店する。


「どうも、名探偵です」


 ちょっと憧れる挨拶だ。


「事件の被害者である鎌倉さんについておうかがいしたいことがあります」

「いらっしゃいませ。いいよ。事件当日はアタシが相手した。できるだけ答えるよ」


 そう返事したのは、店主である丸桂さんの娘で、大学生の礼さんだ。

 奥の部屋を案内される。

 薄暗く、モニターに映る監視カメラの映像がまぶしく感じる。


「鎌倉さんはよくここに?」

「ああ、ウチは弁当もあるしね、両親が共働きで帰りの遅い鎌倉さんはよく利用していたよ。週3ぐらいできてくれたね」


 それを犯人が知っているかどうかは結構大きなポイントだな。


「普段から、やっぱりお弁当を?」

「まあ、それ以外にもおかしとか日用品とか……、あ、そうだ!」


 突然、礼さんはスタートステップして店内へ走っていき、戻ってきた。


「これらは事件当日も弁当やお茶と一緒に買っていったんだけど、よく頭痛があるらしくてね、この頭痛薬と、あと飴。刺激の強い飴を舐めると頭痛が紛れるんだってさ。」


 と言って、事件当日に鎌倉さんが買っていったものを目の前の机にドサっと置く。


「よく覚えてましたね」


 というのは名探偵で、


「警察が聞いてきたからね。レシートのデータを引っ張りだしたんだよ」

「おお、なら正確ですね」


 わたしは置かれたものを見る。

 弁当とお茶と薬と飴。今、礼さんが言ったとおりそのままだ。


「このお弁当とお茶は割といつも買っていくのでしょうか?」


 大川が聞く。


「そうだね……。弁当は色々買うし、弁当じゃなくてパンだったり色々だけど、お茶に限っては毎回このメーカーのこのペットボトルを買っていくね」


 という大川と礼さんのやりとりをよそに、わたしはわたしで気になるものをさぐる。

 薬と飴だ。

 薬……は市販のよくある頭痛薬だな。

 早く効くタイプのやつだ。

 飴は……、うげっ。スーパーミント味? なんかいかにもスーッとしそうだ。

 頭痛には効くのだろうか。どっちかっていうと治療ってよりは頭痛の不快感をごまかすのに効きそうだが。

 そんなわたしの目線に気づいてか、


「ああ、この飴? 珍しいでしょ。新商品なんだ。田舎だと、あんまり定番系以外は売れないんだけどね、それこそ馴染みの鎌倉ちゃんが新商品を仕入れてほしいっていうから、採算合わなくても仕入れてたんだ……。でも、それも、もうおしまいだね。基本的には鎌倉ちゃん以外に売れないから……」


 と言って、外側のパッケージを剥いて、中の包み紙に入った状態の一粒をわたしによこそうと放り投げる。


「もう誰も買わないからね、せっかくだしどうぞ」


 受け取って……、ん?

 なんだ……? この包み紙……。

 とんでもなく見覚えが……、ある?


「礼さん、鎌倉さんはこの飴、どんな頻度で買ってたの?」

「いや、新商品だからね、初めてだよ? いっつも、とにかく刺激の強い飴やらガムやらの新商品が発売する度に鎌倉ちゃんが仕入れるようにと注文してきてね、今回もそんな感じで試しに買ったんだと思う。満足してたらよかったな……」

「他に買う客はいないんですよね!?」

「ああ……。もう仕入れないよ。売れないしね。あくまで鎌倉ちゃんへのサービスだ」

「ど、どうしたのよ? ルルム」


 わたしの異常な食いつきに気づいてか、大川が顔を覗き込んで聞いてきた。

 そしてわたしはようやく思い出す。

 ……ああ、わかった。それだ。やっぱり見たことあるんだ。


 「コレ! 空が拾い食いしようとしてた奴だ!」




続く

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