大人と子供②


 式場の個室に案内される。

 あの喉が乾くまんじゅうと熱い緑茶も出された。


「さて、あの子の何が知りたいんだ? 正直、どんな情報が事件に繋がるのか、検討もつかないよ」

「そうですね。率直にお父さん的に、どんな娘さんでしたか?」

「それがどうして率直になるのかわからないけど、いい子だったよ。容姿とか、私としてはかなりいいとも思うんだけど。ふふ。親バカかい? でも、私に意見を乞うたということはそういうことじゃないのかい?」


 ……お父さんはいきなり容姿から言及した。

 冷静だ。普通ならそれが正解。そう、無差別殺人なら、まず容姿に殺された理由があると疑う。


「同級生のぼくから見ても、美しい方でしたよ」

「そうかい。突然、変態に殴り殺されてしまうほどにかい?」

「たはは」


 笑ってごまかすことしかできん。

 話を変えよう。大川からは人間関係を洗えと言われている。

 確かに無差別殺人なら容姿も重要だが、オレたちの推理はそれに限定しない。


「よし、そうですね。容姿の話からは離れましょう。容姿の問題というのは、無差別の中に差別があるという前提です。見ず知らずのあの子が可愛いから殺そう、それはわずかな差別です」


 慎重に、間違ったことは言わないように話を進める。

 しかし、自分で言っていてなんだが、本当の意味での無差別か。

 真実が本当の意味での完全な無差別だった場合、犯人を先回りできなくてオレとしては困るのだがな。無差別の中に差別化があってほしい。

 完全な無差別であって欲しくないと願いつつ、話題にしたのは、ここから人間関係の話に持っていくためだ。


「おうかがいします。家に帰るのはいつも遅かったのですか?」

「……。これでも、だいぶ早くなった方なんだ」

「ほう……。以前はもっと遅かったと?」

「ああ。事件が起こって、危ないからと注意したらあの子にしては素直に従ってくれたよ」

「よい娘さんでしたね。ということは、家の帰りが遅かった原因は家が帰りたい場所ということではなく、単に外が楽しい年頃だったということでしょうか」


 ……、失礼になってないよな? 流れとしても。


「いや、どうだろうね。あの子は手のかかる子だったというか、小学生の頃からすでに荒れ気味でね……、衝突も多かった。家はあまり好きでないのかもしれん」

「はあ。では、あまり仲がよくなかった?」

「どうだろうね、私としては、大好きだったよ」


 重。

 しまった。ちょっと踏み込みすぎたか。


「お母様はどうです」


 香典やらの整理を手書きで記帳してるので、本当は安易に声をかけるのもはばかれたが、聞いてみた。


「私に対しては何もなかったわねぇ。うん、反発とかも、特に」

家では意外と大人しいんだな。

「お父様の悪口を話されたりとかは?」

「おい!」

 大川が耐えられなくなったようで口を挟む。

「何を聞いてるのよ! 言ってるに決まってるじゃない! 娘はみんなそうよ! お父さん本人前にして聞くことじゃないでしょ!?」

「言ってなかったわねぇ」


 と竹ノ内お母さん。


「おご、ごめんなさい」


 大川はお父さんの方を見やり頭を下げた。

 さて、オレは次の質問をする。


「危ないバイトをしていた、とか聞いたことあります?」


 空までお散歩をやっていたのだ。

 誰がどんなバイトしているか、わかったもんじゃない。

 お母さんが答える。


「あんまり外のことを話してくれないからねぇ。アルバイトをしていたかすら知らないのよ。そういうことは、むしろお友達の方が知っているんじゃないかしら」

「それもそうですね。まあ、安心してください。いつも一緒にいるメンバーとは市街地で遊ぶことが多いようですし、あまり危険なアルバイトに首を突っ込むようなことはしていなかったと思われます」

「もう死んだから意味ないけどね」


 というお父さん。正論だ。


「あ、いや、ごめんなさい。暗くなってしまった。でも、とにかく危ないアルバイトをするような、人に迷惑をかける恥ずかしい人間ではないと、私も信じているよ」

「立派です。では、ご両親の認識として、誰かの恨みを買うようなことはなかったということですね?」

「少なくとも連続殺人のターゲットにあがるほどの恨みは、私たち目線からではないね」


 そうでなくては困る。

 動機による推理をする者として、恨まれることがないのはは犯人の特定から遠のくが、オレが死ぬにはそうである方が都合いい。

 しかし危ない発想があったのでオレは訂正しておく。


「失礼ですが、まだ竹之内さんが連続殺人の被害者の1人と決まったわけではありません。今のところ、同一犯の可能性は極めて高いとみていますが、確定はできていないので」

「こっ、こんな偶然があってたあるか! あ、おっとっと。し、失礼。そうか、そうだね。こういう勝手な決めつけが、犯人の特定を遅らせてしまうのかな」

「いえいえ、時にはそういった思い切りも大事かと思われますよ」

「あの、ではついでにいいでしょうか?」


 大川だ。


「あの……、1人1人がお焼香をあげる最中、男性を睨んでいたようですが、何か犯人が男だという確信でもあったのでしょうか?」


「と、言うと?」

「男性特有の体液等が付着していたり、とかです」


 おいおい。


「ああ、警察によると、そういうのはなかったよ。ついでに、処女のままだったそうだ」


 答えるか。そんなついでな情報まで。

 死んだ竹ノ内さんはどう思うとか、考えなかったのか。


「性的な暴行はなし……。となると、本当になんで殺されたのかわかりませんね」


 なるほど。竹ノ内さんの人間性を探ると同時に犯人の人間性も探っていたのか。

 確かに今ので、直接的な性欲目的の犯人という可能性はかなり低くなった。

 バン!

 机を激しく叩く音。

 叩いたのはお父さんだ。


「あ……、いや、ごめんね。取り乱してすまない。でも、本当に、なんであの子が死んでしまったのだろうね。くやしいよ」


 ここで怒りが爆発するか。

 なんで殺されたのかわかりませんね、なんて言葉に反応してブチ切れるということは、犯人そのものというよりも、死という現実そのものに怒っているのだろう。

 竹ノ内さんへの後悔があまりにも大きいということだ。


「いえ、大丈夫です。怒りは当然の権利です。悔しいですよね。クラスメイトとしても、とても残念です。一刻も早く、犯人を特定したいです。本当に、警察は何をやているんでしょうか……」


 だから、あえてオレは犯人特定というワードを出してみた。


「いや、違う。そうじゃないんだ。私としては殺すって、死なしてしまうって、あまりにも残酷じゃないか!? そこがくやしいんだ。償うことも、労うこともできなくなってしまった! かわいそうなのは、痛みとか苦しみとか、そういう次元じゃない。いなくなってしまったことなんだ。あの子の人生、いったいなんだったんだろうか、そう思ってしまって、かわいそうで仕方ないんだ」

 来た。オレは言う。


「わかります! それでは話を戻しましょうか。竹ノ内さんについてもう少し聞きたいことがあります」

「は、はい……」


 怒りを遮られ、ポカンとした表情でオレの言葉をまつお父さん。


「今おっしゃられた、『償うこと』ってなんでしょうか?」


 少しだけ考えるようにしてから、お父さんは口を開いた。


「ああ、それね。うん。大したことじゃないよ。私が、子育てをすることが下手だった、いや、人間と関わることが下手だったというだけさ。娘や息子に対して犯罪的な行為をしていた、とかそういった大きな話ではないよ? 期待しないでくれ」

「それでも、後悔、なさっているのですか?」

「アレ、見たかい? 我が家の長男さ。気持ち悪かったろう?」

「いえ、そんな……」

「いいんだ。本当のことだ。それも全て私のせいなんだから。アレも本当はもっと優秀でね。私の後を継ぐ人間だったのだよ」


 アレ? お兄さんの話ばっかり……?

 事件からどんどん遠のくぞ。


「アレが子供の頃は私の子供の頃よりも優秀な人間だった。そうとわかるやいなや、私はアレに多大な期待をよせ、鍛えるように育て接してきた」

「スパルタ教育ってやつですか」

「言い訳をするわけではないが想像してくれ。自分より優秀な人間を育てなければならない人間の立場を。放任主義で甘やかすことがどれだけ不安で無責任なことか。もし才能を発揮させることができなかったら? それは親として悪だろう!? だから私は厳しく当たってきた!」

「そうすか」

「侮ってくれるな。何もただ厳しくしていただけじゃない。こんな田舎での暮らしを維持していたのも全てアレのためなのだ!」


 怒りなのか、自己の正当化なのか、よくわかんないけど、お父さんの声はどんどん大きくなっていく。オレは鼻をほじる。


「自然に囲まれ、のびのびとした生活を送ることが可能でありながら、設備は充実している。ここはそんな村だ。そして狭い。人が少ない。この、全てが凝縮された狭き村は社会の縮図を垣間見ることができる。いずれトップに立つ男になる者を育てるのに、最適な金のある村だったのだ」

「そっすね」

「苦労は多かったよ。この田舎の村での生活を維持することはね」


 竹ノ内さんの家は市街化調整区域の中でも奥の方だっけ。

 まあ、確かに苦労も多そうっちゃ多そうか。


「実際、この村での子育ては成功していた。とても優秀で厳格な少年となった」


 あら意外。成功していたのか。


「しかし、妙なカリスマ性を持ってしまったのかな。思春期になる頃から、突然私に反抗するようになってしまった。だから私はね、押さえつけたんだよ。大人の力でね。問答無用でね。絶対に文句ひとつ許してやらなかった。今にして思えばアレの方が筋が通っていて、私の方が理不尽なことを言っていたかもしれない。だけど私は大人と親の権力を最大限に行使して、聞く耳を一切もたず、あらゆる思考をシャットして押さえつけたんだ」

「……」

「狂ったよ。引きこもった。当然だ。声がデカイだけのバカに自分が行おうとしている正しい行為を阻害された、とアレを思ってしまうのだろう。より荒れた」


 お父さんは続ける。


「荒れに荒れて、でもある日から少し落ち着いたんだ。落ち着いて、今までのことに後悔をしたんだろう。自分の人生が無意味なものになってしまったと自覚したんだろうね。そうしてから引きこもるようになってしまった」


 とんだクソ親父だ。

 しかも自覚がある。自覚があるならなんでそう行動するのか。

 大川の言うこともわかる。他人の行動理由なんて、動機なんて、外部の人間が理解することはできないのかもしれない。


「さて、そうなってしまうと今までの苦労が無意味だ。それは悲しくて私だって死にたくなる。そこで私が白羽の矢を射ったのが娘の和香だよ」


 こいつ……。


「いやはや、和香に対しては小さな頃から甘やかしていたせいかね、最初は良かったんだけど、やっぱり反抗してきてね。今度はできるだけムシをするようにしたんだけど、また変なカリスマ性を持っちゃって、毎日夜遊びさ。もっと力尽くで止めていれば死ななかったのかな」


 気分が悪くなってきた。

 大川と顔を合わせて見るが、気持ちは同じらしい。


「だからね、私は心底、今回の犯人を恨んでいる」


 お前にそれを言う資格があるのだろうか。


「私も、妻ももうこんな歳だ。つぎの子は難しい。アレも道を外れた。もう和香しかいなかったんだ。その和香を奪った犯人は私の人生を奪ったのだ。探偵さん、君がどの程度できるかわからないが、今の私は何にでも頼る。さあ、ぜひ犯人を捕まえてくれ」


 くそ。何だこれは。自分のことを棚に上げて犯人を恨んでるだけじゃないか。

 犯人はクソだけど、コイツもクソ親父だ。

 竹ノ内さん……、アンタの人生、なんだったんだ。

 オレが怒りに打ち震える横で、大川が前に出る。


「ずいぶんとスパルタなさってたようですが、竹ノ内さんの進路とかも厳しく言っていたのですか?」

「いいや。私は厳しく勉学に励むようとは言ったが、どの学校で何を学べという指示はしていない。より偏差値の高いところに行くようにと言っていただけだよ。だから、私はあまり知らないんだ。直前に模試なんかで受ける大学は決めるのじゃないかね。ただ、最近はもう荒れて荒れて、私では手がつけられなくなっていてね。和香に対してはもうほとんど厳しくもしていなかったんだ」

「一応……、」


 お母さんが口を挟む。


「私立の女子大に憧れてはいましたね」

「はあ。では、やっぱり家では学習をしっかりしていましたか?」

「はっはっは! そんなわけないだろう。いつも夜遊びばかりの子だったんだよ。そんなマジメな子なら、もっと躾けているよ。もうどんなに言っても、人並みの生活態度はとらなくなっていた。私にはあの子しかないが、あまりにも頼りない最後の砦だよ。でもねぇ、どんなに頼りない最後の砦であっても、やっぱり愛していたんだ。アレより不出来でも、殺されたということは憎しみになるし、どうせ死んでしまうならもっと優しくすればよかったと今でも後悔さ」

「ありがとうございました」


 大川はそう言って、探偵ファイルとかいういつものノートを片づける。

 オレを一瞬強烈に睨んで、


「もう十分です。必ずや、犯人逮捕に役立てるので、今日は本当にありがとうございました。さあ、サナダ君、もう行きましょう」

 早口で言う。

 怖い。怒ってる。そしてオレは急かされてる?


「サナダ君!」


 また怒鳴られた!


「え、あ、ありがとうございました」


 情けない声を最後に式場を離れた。




続く

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