三章 大人と子供
大人と子供①
次の日の夜、竹之内さんのお通夜が開かれた。
さすがにオレも出向く。もちろん女装はしない。
明日から夏休みで、受験を控えたオレたちは夏期講座があって夏休みもクソもないけど、明日は土曜日だからそれも休みで、本来ならお通夜だけじゃなくて葬式に出ることもできる。
けど、火葬場にぞろぞろ押しかけるのもアレだから、結局のところ通夜に参列することになった。
生前の元気すぎる獰猛さを表すように、式はあまりにも粛々と静かに執り行われている。
もう、あの皆を代表して殴るべきを殴り込みにいく竹之内さんはいないのだ。
読経はまだだ。だから今は何の時間? って感じの居心地の悪さがある。
そんな粛々として重く、また意識のやり場に困る空気を感じてオレは無意識にあたりを見回す。
式場の最前列にいるのは家族だろう。
父親、母親と思わしき人の隣りで、もう一人、息をつまらせ泣いている20代後半~30代前半ぐらいの、ちょっと年齢不詳な青年がいる。あのあたりは親族席だから、やっぱり竹ノ内さんにかなり近い家族なのだろうか。
いや、しかしなんだあれは。
青年の青という漢字がもったいない。
そう思ってしまうほどに、太って熱っぽく油っぽく、そして埃っぽい上にスーツもピチピチなのにヨレヨレ。
でも髪は痛みを知らないようで、……なんだ? あれはなんなんだ。
「ウッソー、ショック~!」
「あんなのが兄貴なのかな~?」
後ろから、小声にしていても響いてくる女子達の声。
うっとおしいその声で思いいたる。やはり、あれはお兄さんなのか。
竹之内さんの両親も初見だが、兄がいることに関しては知りもしなかった。
しかしそうか、竹之内さん、妹キャラだったのか。
でも、竹ノ内さんはそれを隠していた。
「キモいぃ~!」
「てか知らなかったよね~! 隠し事って、ちょっとショックだよぉ」
お前らの反応でわかる。
竹之内さんが何故兄を隠したのか。
お前たち本物のJKは、兄を晒せばキモいと言うに決まっている。
そんな恥をかかせないのがいい妹なのだ。
竹ノ内さんはいい妹キャラだったのだ。
ヒトリも全然友達にオレを紹介しなくなったぞ。
まぁ、オレは学校同じだから意味ないけどな。
「よぉ! 来たか!」
福岡だ。やっぱり明るい。空気読めよってなるけど、いつも通り明るいわけじゃない。まあ、コイツなりに落ち込んでいるんだ。ちょっと無理して、変に暗くしないようにしよう、ってのが、こいつなりの送り方なのだろう。
「なんだよ~! 今日はさすがにルルムじゃないのか~? 全然興奮しねえよ。アガらねえよ~」
それが原因か。髪をさわるな。わきまえろ。空気読め。
一通りいじって満足したのか、福岡は後ろの席に着いた。
そうそう。前から順番に詰めてお座りしないとな。
再び、オレの思考は竹之内さんの家族へ向けられる。
その理由は、大川が言ったからだ。
大川によるとこの事件、特にトリックもなく、鑑識の捜査によって犯人が捕まるのも時間の問題だと言う。
まあ、この辺は今まで何度も大川自身が言ってきて、それを理由に止めようとしていたことだ。
でも、大川が言うにはこういった事件ならでわの解決方法がないわけではないらしい。
大川はくやしそうに話してくれた。どうやら、当初はオレがやろうとしていた方法にかなり近いらしい。
その方法とは、つまり動機の推理だったのだ。
被害者の傾向を調べあげ、犯人がどういう人間を殺したいのかを推測し、そこから犯人を推理したり、もしくはそれに合う人間となって自らをエサにするという方法だ。
それは名探偵にとってのタブー。
明確な証拠なく、勝手な決めつけによる判断を下さなければならない局面がいくつもあらわれる。
被害者だろうが犯人だろうが、人間の心を相手にするということは、それほど論理から離れることになるらしい。
そして大川は、被害者がどんな人間かを判断するために、その人間関係を洗いだせ、と言ってきた。
友人関係だけじゃなく、家族関係も大切だと言う。
どんな家族で、その家族とどう関わるかが、その人の人間形成に大きく関わるらしい。
気をつけることは、家族がクズ=その人もクズ、という単純な式ではないということ。
人間はいくらでも互いにふしぎな作用を与えるのでイメージと事実を少しずつ照らし合わせていくことが大切だと言っていた。
最後の部分は少しオレには難しい問題だ。
理解の難しいことはどうにも忘れやすい。
意識して、集中して、オレはこの家族を見届ける。
大川の声を耳でなく心に刻みこむのだ。
「頑張りましょう! サナダ君!」
会場には、もちろん大川もいる。クラスメイトの死なのだから当然だ。
だから多少ボケっとしていても大丈夫だとは思うが、そんなのは甘えだ。
大川ばかりに頼っていてはいつまでたっても死ぬ資格は与えられない。
読経が始まる。
読経にのせて響くのは兄のすすり泣く音。
最初は気持ち悪いなぁ、と思っていたけどだんだん慣れてきて、慣れてくるとついつい思考を巡らせてしまい、この兄妹の生きた歴史とか想像してしまう。
ああ、ちゃんと愛されてたんだなあ。
オレも悲しくなってきた。
さっきまで生理的で論理的に拒絶反応を示していた後ろの女子たちも同じらしい。
流れ落ちそうな鼻水を必死に吸い込む音が不規則に聴こえてくる。
片耳の難聴はかき消してくれない。
あ~やだやだ。この空間きらい。
別のことに集中しよう。
オレがやるべきことは推理なのだ。
面白そうな展開としては、実は犯人はこの中にいるという可能性だ。
自分の殺した少女の通夜に参列し、軽く一泣きかます。うん、いい感じで変態クソ野郎だ。
これは決して不可能じゃない。
竹之内さんのお父さんは名古屋の広告代理店で働くビジネスマンらしく、かなり顔が広い。
広すぎるくらいで、自分が知らない人からも頼られてしまっている人だ。仕事関係でお世話になっているから、という名目で参列した人の中にも、知らない人なんてたくさんいるだろう。
その中に犯人が紛れていても、気づくことはない。
まあ、仮にそうだとしても確認のしようがないし、実は本当に仕事で関わっていた人かもしれないからどうしようもない。
香典とかもっと調べたいけど、こういうことズカズカ聞けるのも警察の権力があってこそだ。
じゃあ次。
やっぱり人間関係か。
あのお兄さんが妹想いなのはわかった。
両親はどうだ。
今のところ、悲しみの表情は見せていない。
だからと言って悲しんでいないということにはならない。忙しくて悲しんているヒマなんてなさそうだ。
でも本当は、親子仲はよかったのかと聞きたい。
夜遅くまで毎日遊んでいたのは、竹ノ内さんの性格の問題だけじゃなく、環境によるところもあったのではないだろうか。
帰りたくない家だったのではないのか?
そんなことが聞きたい。観察だけでは限界がある。
でも、本当に悲しみに暮れているかもしれない遺族にそんな話ができるほどオレは無神経を装うことができない。
読経の最中ではあるが、焼香がはじまる。
お経を聞いている感を出しつつ、今どこまで焼香の順番が回っているかの方に集中して、そわそわして待つ。
そしてオレの番が来た。
前にでて、焼香の前に一旦、遺族へ頭を下げる。
……。
竹ノ内さんのお父さんに睨まれた気がした。
なんだ……?
焼香を終え、オレは席についてからお父さんの視線に集中してみた。
どうやら、お父さんは男の人を相手に強く睨んでいるようだ。
オレは理解する。ああ、お父さんはムッチャクチャに怒っているんだ。
許せなくて、何が何でも犯人を見つけ出したいんだ。
だから、もう目に映る男を全て疑って、全てを脳に刻み込もうとしているんだ。
ムッチャクチャだ。怒りすぎて、無意味でムッチャクチャなことをしている。
本人もわかっているのだろう。
ここに犯人がいるかなんてわからないし、そんな際限のない疑いをかけたところで、犯人は見つからないことぐらい。
そしてこの行為が、純粋に竹ノ内さん偲んでやってきた参列者に対してとんでもないぐらいに失礼なことだということも。
でも、ムッチャクチャ怒ってるから、ムッチャクチャなことをしていないと保てないのだ。
そうこうしている内に全ての焼香が終わり、タイミングを見計らってお経も終わる。
お父さんによる当たり障りのない、本当はもっと言いたいことがあるのだろうがそれをこらえるかのような挨拶が終わり、通夜はお開きとなった。
まばらになって、各々が思い思いの言葉を口にして、帰ったり挨拶し合ったりしている。
被害者遺族に対してならいざ知らず、参列者同士で深々とお辞儀を交わし長々と話し込んだりしている。
事件や竹ノ内さんとは一切関係なさそうな会話。
仕事関係の間柄なのだろうか。
ここで簡単な挨拶でもしておかないと、後の仕事で困るのだろう。
あるいは、こんな時にしか会うこともない関係どうしの人たちもいるのかもしれない。
でも、主役は竹ノ内さんなんだけどな。
なんて感じでオレはちょっとモヤモヤする。
それを攻めれば、「学生の君は難しい社会の厳しさを知らないからな~」とバカにされるに違いない。
アホらしい。
絶対に正しいのはオレなんだ。
その正しさが通らないって、それは単にバカな社会じゃないか?
竹ノ内さんが主役の通夜で、自分に挨拶がこないと不機嫌になって取引が滞るような偉い人間って、ただのバカじゃないのか?
だんだん、のうのうと生きているバカな大人たちに腹立ってきた。
せめて、オレは死ぬまで正しくありたい。
オレが見つめるべきこと、やるべきこと。それは事件の解決だ。
この通夜で感じたことをオレは頭の中でまとめる。
まあ、式自体は割と普通だったかな。
「普通だったわね」
人ごみから現れた大川だ。
言っちゃうのかよ。こういうところは名探偵的で、ナチュラルに不謹慎だな。
っていう感情が顔に出ていたのだろう。
「あら、ちょっと失礼だったかしらね」
「そうだな。普通のお通夜で何も問題ないからな。その悔しそうな顔はマズイぞ。まあ、舌打ちをしないだけよしとしようか」
「心外ね。いくら私でも、そこまで人間性を失っていないわ。長居するのも失礼だし、今日はみんなと一緒に帰りましょう」
「……。なんとかして、話聞けないかな」
「話って……、ご両親に!?」
「うん」
「耳を疑うほどの失礼さね。そんなこと警察やマスコミすらしないわよ」
「そうか?」
「そうよ」
オレは考える。
「でもさ、お父さん、怒ってたじゃん?」
「そうかしら?」
「いや~、お前も気づいたか!」
とオレたち2人の会話に割り込んできたのは福岡で、
「ちょっと目が合った時に睨まれちゃってさ、マジでブルっちゃったよ~。細かく2回ぐらいお辞儀しちゃったぜ」
あのお父さんが放っていたのは、この変態ですら気づくレベルの怒りだったのだ。
「まあ、とりあえず俺は帰るわ。頑張れよって言いたいけど、あんまりムチャはするなよ」
「おう」
喧騒の中で福岡とわかれる。
「よし、わかったな! いくぞ」
「え、ちょ、ちょっと! 全然わかんないわよ」
「アイツもお父さんの怒りを感じ取ったんだ」
「で!?」
お通夜のかたずけや葬儀の作業に追われている竹ノ内さんのお父さん。
その目の前にきた。
「あの~すみません。ぼく、竹ノ内さんの同級生なんですけど、探偵の真似事してるんですよね。ちょっとお話、うかがってもいいですか?」
オレの経験では、人間ってのは悲しんでいる時はそのことを誰にも何も話したくない。
「な、なんだい?」
「竹ノ内さんのことについてです。どうして殺されたのか知りたいんです」
「ちょっと! 何なのよ! その言いぐさ! やめなさいよ!」
大川は止めようとオレを掴むが、
「いいよ」
竹ノ内さんのお父さんは止まらせない。
オレの経験では、人間ってのは怒っている時はそのことを誰かにぶちまけたいのだ。
例え推理の道具にされようとも、話足りないのだ。
そういう意味で、竹ノ内さんのお父さんはちょうどいい怒り具合だった。
思う存分、思いのたけを話してもらいたい。
あくまでオレの経験上の話だけど、その方が精神衛生的にもよいはず。間違ってない。
オレは遠慮しないぞ。
続く
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