探偵の動機⑩


 オレの名前は六 六六サナダ ロクロウ

 小学生の頃からボクシングをやってた。

 そこそこ強いけど、それで食っていけるかどうかは不安だから、進路は普通な感じでいこうと思ってたけど、やっぱりせっかくならこの経験生かさないとな、って考えて、将来は自衛隊なんかいいな、ってぼんやり思うようになる。

 それが高校1年生の夏頃のお話。

 自衛隊員になるというのは、オレにとって初めての、夢とはちょっと違うけど、明確な目標って感じのものだった。

 オレの周囲には特に学問の魅力を訴える大人たちはいないし、一流ビジネスマンの父親も、やりたいことがあるなら大学にこだわる必要ないと言ってくれた。

 世の中の大卒が高卒を見下しがちってことは、それはやっぱり大学で得たものがそれなりにあるし大切なことだったという証拠なんだろうけど、まあいいや。

 わがままは言わない。そっちはあきらめる。

 だからこそオレは頑張ろうと思った。

 オレは体を鍛えるだけ。

 筆記試験は簡単らしいので、とりあえずオレは将来どんどん出世するために勉強する時間を減らして体を鍛えた。

 田舎で市街化調整されているから、それはもう色んな方法で鍛えることができた。

 入隊して、すぐに目立った存在になると意気込んでいた。


 ある日、片耳が難聴だという診断を受けた。

 単なる耳鳴りから聴こえづらくなってるだけだと思ったら、深刻な難聴だった。

 原因は小学生の時に負った自動車事故が原因と言われた。

 耳殻は傷ついていたし、中もけっこうやられていたから、事故直後からすでに耳鳴りも激しくて聴こえづらくはなっていた。

 それがだんだん悪化して、とうとう高校3年生にして難聴の認定をされてしまった。

 まあ、片耳だけだから、そこまで日常生活に支障はなかったんだけど、困ったことに自衛隊への入隊はどうもムリらしい。


 というわけでオレは自衛隊をあきらめた。

 元々、自衛隊に対しては夢というほどの欲求があったわけではないけど、諦めたら諦めたでオレは悲しくなってとても辛かった。

 なんだか今までのことがとてもムダな時間だったように感じてしまった。

 もっと遊んでおけばよかった。

 大学受験をするにしたって、あんな体を鍛えるとかいう意味不明で無意味な時間がなかったら、もっと偏差値の高い大学を受けることだった可能だったに決まっている。

 本当、なにやってんだろう。もうオレの人生もったいないことだらけだ。

 すると両親はちょっとだけやさしくなった。

 妹のヒトリも、ちょっとだけオレに同情的だった。

 そんなやさしさや同情という愛情につつまれていても、だんだんだんだんこの気持ちが大きくなってきた。

 死にたい、という気持ち。

 残りの人生、多少幸せになったところで、体なんか鍛えずにもっと早くから勉強していればもっと幸せだったんだろうな、という後悔が常につきまとう。

 生きているだけで虚しくなる。

 そんな人生、無意味だ。

 この世に未練はない。

 死のう。


 飛び降りようとして、学校の屋上にいった。

 風の強い日で、柵にのぼろうと手をかけたタイミングでよろけて、肘を打った。

 とんでもない激痛だった。でも、今から自分はその何百倍も痛いであろうことに身を投じようとしている。

 怖すぎだった。

 オレは帰った。

 ある日の夜、自分の部屋で首をつろうと考えた。

 でもオレは首を触られたり、ネクタイを締めるだけでゲロ吐きそうになるほど弱いタイプの人間だった。

 結局、ロープを腰に巻いて一夜をすごした。


 そんなことの連続で死にたくても怖くて死ねない日が続いた。

 ある日、学校の女生徒が殺された。

 通り魔なのか、恨みを買ったのかわからなかった。

 一週間ほどして、また別の子が死んだ。

 わたしは誰よりも早く連続殺人だと思った。そう願った。

 その時点で、もう女装をしていた。

 ウィッグと、化粧……はちょっと挑戦したけど、めんどいや。

 そして、妹のヒトリが着ていない冬服を拝借して完成。

 思えば、その辺りから思春期のヒトリは父親よりもオレに対して強く当たるようになった。

 元々、背は小さいし顔はかわいい系のオレだから、町や初対面の相手には低い声とか出さない限り大丈夫だけど、オレを知っている人たちからは、けっこう冷たい目で見られた。

 大親友の福岡はそんなことはしなかったけど、発情している。

 けど、それらがどんなにツラく恥ずかしいことでも関係ない。

 オレが死ぬためなら関係ない。

 待っていろ犯人。必ず暴き、殺してもらうからな。

 ……そして、今にいたる。



「そうだよ」


 オレはもう一度言った。


「オレは死ぬために犯人を捜している」

「本気なのね?」

「本気だよ」

「確かにアナタは夢を理不尽に失って、とても悲しいのは理解できるわ」

「夢なんて大それたもんじゃないよ。単にやっていけそうな、生きていけそうなことすらムリだとわかっただけ。自分がムダな時間をすごしてきたとわかっただけ」

「人生にムダなことなんて一切ない。極端なこと言えば、たとえ何も考えずに引き籠ったとしても、何も考えずに引き籠ったというかけがえのない経験を後から生かすことだってできる」

「そんなの、言葉で言ってるだけだ。オレには届かない」

「そうね。届かないわよね」


 大きく息を吐き、オレに歩みよってくる。


「でも、いいわ。なら納得。死んでもいいというなら、その危険な犯人捜し、私が本気で手伝ってあげる」


 止まって、上目づかいでオレに言う。


「アナタがそれほどにこの世への未練を失って、今生きていることすらムダだと考えてしまうなら、私は止めない。犯人捜しを手伝ってあげる。トリックもなにもないから、警察の方が解決は早いに決まってる、なんて腐ったセリフは捨てる。こんなのは甘え。人生の多くをムダにすごしてしまったアナタからしたら、ただの甘えにすぎない。だから許して」


 大川はオレの目から流れる涙をぬぐう。

 オレは泣いていた。ただ自分の話をしていただけなのに。


「自分勝手な判断で、アナタに前向きな言葉ばかり吐いていた愚かな私を」


 そんな大川にオレはなんとかして言葉をひねりだす。

 それはオレの率直な意見だった。


「遅い!」


 大川はビクッとなって、ぬぐっていた指先がオレの目に入る。痛い。


「……。遅いんだよ! けっこうわかりやすいことだろうが! やっぱり、動機の推理が不可能なんじゃなくて、大川さんが動機の推理ニガテなだけなんじゃねえの!?」

「そ、そんなことない! 推理は論理の積み重ねでないといけないの」

「まあいいや。オレのことはどうだっていいんだよ。犯人だ犯人。オレの女装の理由なんて聞いてくれてもうれしくない」


 わたしはウィッグをつけなおす。


「今日はもう帰ろうか」

「そうね」


 今日はもう帰ることにする。

 夜は危ないから送っていった。

 別れ際に、


「絶対に警察より先に犯人を捕まえましょう」


 と大川は言ってくれた。

 1人になって、ああようやく仲間ができたのだと実感する。

 正直なところ予想外だった。

 言えば必ず生きることの尊さをしつこく説教して、協力してくれなくなると思っていた。

 うれしい。

 わたしは、死に向かって前向きに進んでいる。

 順調だ。




「三章 大人と子供」に続く

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