探偵の動機⑧
「ここからが大変」
そういうこと言われるとプレッシャーだ。
「まず、私は市街地と市街化調整区域の境目でゴタゴタしたところに辿り着き次第アナタとわかれるわ」
「え!?」
不安。
↑↑ここまで前回の分↑↑
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↓↓ここから今回の分↓↓
「セオリーとしては、市街化調整区域のような人のいないところでの尾行は距離をできるだけ離す、100メートルほど離すものなのだけど、あいにく街灯のない夜で見失わずにそれは不可能だわ。40メートルほどにしましょう」
「近くないか?」
「何言ってるの。守る側としては近い方が都合がいいでしょ」
「いや、相手は40メートル奥に人がいても殺人事件を起こすのか?」
「男は私たちのことなんて気にするに値しないただの通行人って認識よ。
そしてただの通行人は暗い夜道の40メートル後ろになんて気が回らない。バレないと思っているし、口をふさいで裏道に引きずりこめば、音も立てずに事件が起こせる。40メートルも空いていれば、警戒して諦めるなんてことはないわ」
「わかった。ちょっとだけ歩く速度上げて、一旦距離をあけてから、また速度は保てばいいわけだね? 大川さんはどうするの」
「私は後ろに回る。上乃さんが襲われそうになったら、合図を送るわ」
「まかせろ。瞬発力と短距離には自信がある。空に傷1つつけさせない」
「じゃあ健闘を祈るわ。気合いいれましょう! 本当に警察より犯人を先に捕まえてしまうかもしれない」
犯人。犯人か。
連続殺人犯があんな普通っぽい人は思えないけど、わたしとしてはどっちでもいい。
空を殺してしまう人間なら、どっちにしろ目標は達成できる可能性が高い。
いける。いくんだ!
大川と、わかれる!
同時にわたしは速度を上げる。
鏡は前を行くわたしが預かった。
さっそく後ろを確認。
一瞬だけ、空は速度を上げるわたしに対して動揺したが、キョロキョロするような愚かなことはせず、空自身の速度を維持し、距離はどんどん離れる。
それでもついてきている。
後ろの後ろにいるストーカー男は速度を落とした。
わたしよりはわきまえている。
大川の言ったような、距離をあけることのセオリーは知っているようだし、でも街灯のない暗い道だから、そこまで離れるようなこともしない。
わたし、40メートル、空、40メートル、ストーカー、という構図なのだろうか。
実はもうわからない。
空のことは鏡で見えるが、たった今、男の姿は完全に見失った。
これは暗いのと約80メートル以上という距離ならば当然のことなのか。
それとも鏡越しだから見辛いのであって、後ろにいる男からはわたしの姿は見えているのだろうか。
まずい。自分が見えていない相手から見られているかもしれないと思うと不安になってきた。
男はわたしを警戒するか。それとも実行するのか。
実行したとして、すぐに救い出すことはできるのか。
足の速さには自信がある。
凶器は何を持っているだろう。
ナイフ程度なら命がけで戦えば刃をダメにして空を救うぐらいならできる。
素手も同じ。逃がして時間を稼ぐぐらいならできる。
ハンマー系の壊れないタイプの武器が一番こわい。
大川が出てきたら3人とも死ぬだろう。
もう一度鏡を確認する。
空がほへ~、っと歩いている。
追われていることすら知らないから当然だ。
あれ? そういえば、大川はどこなんだ?
後ろに回りこんで合図を送る、って解釈だけど、具体的なことがわからん。
そもそもまっすぐ後ろなのか、別の道から追いかけているのか。
いや、具体的なことを言わなかったのは、作戦予定を臨機応変に変えたかったからなのだろう。でも、でもだ。臨機応変に変えるにしたって一番の理想形ぐらいは言ってほしかった。
そうじゃなけりゃ、今のこの状況が正常なのか何かトラブルが起きているのかの判断すらつかない。
どうする。
こうする間にも事態は進展しているはずで、わたしの中では不安と焦りが膨らんでいく。
足を止めたくなる衝動にかられるが、止められない。
そうだ。携帯だ。
わたしはスマホを取り出して、チャットアプリを開いてみる。
『どんなかんじ?』
と打ってみた。
反応はない。
でも、すぐに対応できるようにこの画面のままにしておく。
で、一安心したのか、ちょっと集中が抜けて、周囲に気がまわる。
今まで無意識に空の家へ歩いていたけど、もうすぐ空の家だ。
アレ? 無事に家へ着いちゃうぞ。
あと300メートルもない。
殺人目的じゃなかった? それとも家を知らなくて、まだ先だと考えてる?
焦り半分、安心半分でスマホを強く睨む。
もちろん、そこに答えはなくて、
「うわあああ! サナちゃぁぁぁぁぁん!!」
あれぇ!? 空の声!?
なんだ? ヤバいトラブルか? とうとう襲われたのか?
合図はないぞ。
振り向いてもいいのか? 大川は何をやってる!
おっと、そんな時の鏡だ。後ろを確認する。
「あれぇ!?」
今度こそ思わず振り返る。
鏡に映っていた通り、なんか大川が男に必死の形相で立ち向かっている。
しがみついては振り回されている。
「なんだっ! お前!」
男は突然の大川に戸惑っているようだ。
「きゃっ!」
「あ!」
殴りやがった!
「ぉぉぉぉおおおおお! ぉまぁえええええええええ!」
頭が真っ白になり、地面を蹴って太ももを強張らせ、一直線に走り出す。
「離れろ!」
わたしは叫ぶ。
誰に誰から離れろ、とは言わない。全員に言ったつもりだからだ。
大川と空は男から離れた。安全圏に。
一方、男は離れろ、と自分のみが言われたと思い、それが自分への単なる威嚇と認識したのだろう。向かってくるわたしに集中する。
だが、もう遅い。
ゴタゴタしている5メートルほど手前からわたしは飛び上がる。
距離よりも高さを優先した跳躍。
そのまま、落下の速度と重みをのせて、さらに腰、肩、肘、手首と順番に相対的な速度を重ねて一発のパンチをぶちかます!
「オラァッ!」
「ぐぅ」
男はお見舞いされたパンチが効いてたじろぐ。
わたしは男の正面に、空はわたしの後ろに、大川は男の背後で道から逸れた位置に各々が立つ。
さて、まずは大川を睨む。
「おい! 合図はどうなったんだよ!」
「ご、ごめんなさ。この男が上乃さんに駆け寄ったタイミングで叫んだのだけど、そもそもアナタが難聴のことを忘れてて、めちゃくちゃ焦ったわ」
「大声ならちゃんと聞こえるって。それにチャットとかもあっただろ」
「わかんないわよ。それにス、スマホは証拠の動画を撮ってた最中で……」
「で結局、自分で向かったのか。危ないだろ。ムチャすんなよ……」
少し感謝する。
そして再び集中を男に向ける。アゴから胸にかけて入ったパンチにひどく痛がっている。
あんまり強くないな、と拍子ぬけしながら、
「オラァ! 空を殺すなら、まずわたしを殺してからにしろ!」
そして、
「お前はそんなに人を、女子高生を殺したいのか? 殺せるのか? そして、このわたしを殺すことができるのか!?」
親指で自分をさしたポーズで挑発する。
さあ、向かってこい。
けれどわたしが感じた拍子ぬけはまだまだ続くことになる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 何なんですか! ぼくがノアちゃんを殺す!? そんなわけないじゃなですか……」
お前は何を言ってるんですか?
「あ! 城中さん!?」
って叫んだのは背後の空で、わたしはちょっと意味がわからない。
続く
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