探偵の動機⑦


 田舎とはいえ市街地だ。

 この時間でも、まだ人は多い。仕事帰りのサラリーマンらしき人たちも各々の思惑にしたがい自由にさまよっている。

 そしてこんな事件が騒がれているのに、少年少女の影もまだまだ多い。

 危機感のなさに憤りつつ、ファーストフード店に入った。

 2階の窓際の席の確保に成功し、お互いが向き合わず、同じ方向へ顔を向け座るという状況を作りことに成功する。

 さすがに、コイツと向き合って食べるのはどうも落ち着かない。


「ふう、やっと落ち着く。正直とても怖かったわ」


 とうとうビビるそぶりを隠しもしなくなった。


「いただきましょう! ……はふぅ! はふはふっ」


 一度命の危険を感じたからだろう。

 大川は目の前の食事を焦るようにむさぼる。

 正直、けっこうお嬢様なはずの大川がファーストフード店でいいのかと不安だったが、よっぽど何かで埋めたかったんだろう、これでよかったみたいだ。

 わたしも、大味な塩と油の固まりをつっこみ、水で流して幸せを感じる。

 ちょっと落ち着いてきた。

 あ、お母さんに連絡しないと。

 携帯を取り出し、「メシ、いらない。外で食う」という簡単なメールを送った。


「あら、ちゃんと連絡するのね」


 大川がメールを覗いていた。指についたケチャップをチロリと舐め、バカにしてるのか挑発しているのかわからないような笑みを浮かべている。

 なんか腹立つな。マザコン感は出したくない。だからこう答える。


「まあ、一応ね。どっちにしろ夕飯は作っちゃってるかもだけど、まあ、せめて連絡しておく方がダメージは少ないでしょ」

「心配はされないの?」

「ふっ……。なんでわたしが?」

「それもそうね。今更変なこと聞いてごめんなさい」


 そして会話は止まる。

 一瞬焦る。けど、よく考えたらお互い疲れ切っているのだ。

 あんまり成果もなかったし。

 爆笑な話題の提供なんて望んでいないだろう。

 2階の窓際の席にいる特権として、遠くを眺める。

 このショップは市街地の歩道沿いにあるお店のため、窓の下ではたくさんの人が歩いているのがよく見える。

 ながめるだけで眠たくなるような心地よさがあった。

 ん?

 見知った人影。

 あれは……、空だ。

 これもカクテルパーティ効果とやらの一種なのだろうか。

 見知った空という存在はこの人ごみでも離れた位置からでも目についた。

 そういえば、アルバイトとか言ってたか。今はその帰りなのだろう。

 制服をそのまま着ている。

 でも、わたしには気になることがあった。


「おい、名探偵」

「何? あら、あれは上乃さん」

「うん。それもそうだけど、それよりあの男……」


 わたしは、空の少し後ろを歩いている黄色いシャツを着たメガネの太った男へ指をさす。


「……」


 男は基本的に空と一定の距離を保っている。


「なるほど。上乃さんが止まると止まったり、あるいは少し先に行っては立ち止まり、また自分を抜かしたことを確認しては歩き始めて見たり、道に迷ったかのようにキョロキョロして歩く速度を落としては上乃さんに近づくのをおさえている……」


 空は比較的ゆっくり歩いている。

 男なら耐えられないぐらいの速度だ。その男が、なんとかして空の後ろを陣取っている。


「これって……」

「ストーカー……かあるいはそれに近いもの。少なくとも、上乃さんの後をつけていることは確実ね」


 ふらふらと空が歩くたび、男は空が道を曲がると勘違いしたのだろう。

 男は空よりもっと大きくふられている。

 やはりどう考えてもストーカーだ。


「よし!」


 わたしは立ち上がる。


「待って!」


 大川だ。止めてもムダだぞ。なんて言う準備をしていたら、


「コレとコレ」


 ハンチング帽とメガネを差し出してきた。


「どうせなら現行犯で押さえましょう。これを装着して、制服脱いでTシャツとハーフパンツになって変装なさい」

「現行犯はわかった。証拠を見つけ次第、空に恐怖感与える前にとっちめてやる。でもなんで変装? あの男はわたしのことなんて知らんぞ」

「男の認識は関係ないわ。アナタがこの人ごみで上乃さんに気づいたように、男を追うことで上乃さんが私やアナタに気づく可能性が高い。そうなるともう現行犯はムリよ」

「……、なるほど。空が気づかないように、か。なんか自信なくなったな」

「私も行くから安心しなさい。探偵の本領発揮よ!」


 リアルな感じの探偵の方だ。

 わたしたちはすぐに着替え、外にでた。お店は軽く騒然としたが、まあ無視だ。

 店の外に出て、人ごみに混ざる。

 2階から見た景色と違うために一瞬だけ戸惑うが、すぐに男を見つけることができたし、男の視線をたどって空を見つけることもできた。


「追うよ」

「ええ」

「で、どんな感じでいけばいい?」


 横目で名探偵の助言をまつ。


「……、近づきましょう」

「大丈夫か? バレるだろ?」

「確かにあの男はストーキングと同時に周囲を警戒してる。でも、この人ごみでは気づきにくいはずだし、何より、この人ごみで距離を空けてしまうのは見失いそうで怖いわ」


 心の中で大川に感謝する。

 理想はバレずに追い続け現行犯で逮捕することだ。名探偵ならそれを第一に考えるだろう。

 でも、最悪のパターンはバレすに見失ってしまうこと。

 抑止力にならず、空を襲わせてしまうことになる。

 大川はその最悪のパターンだけは避けようとしてくれているのだ。

 後悔はさせない。


「あと、当然だけど、普通に歩きなさいよ」

「わかってる」


 今どき尾行でコソコソ後をつけるようなベタなことする奴なんているんだろうか。


「うっ!」


 空が足を止めた。

 アクセサリーの露店にある商品が気になるようだ。

 男も足を止めた。

 距離を維持したままにしようとしたのか、空が足を止めると同時に止まってしまい、それが運悪くランジェリーショップで若干焦っている。ふらついている。

 思わずわたしも止まりたい衝動にかられる。


「ダメよ! 進んで」


 わたしにだけギリギリで聞こえる大きさで鋭く押さえつけてきた。

 進む……?

 ど、どの程度まで接近していいんだ……?


「気にせず進んで。近づくどころか抜かしてしまってもかまわない」

「……。わかった」


 大川を信じる。

 スピードを落とさず、そのまま歩き続ける。

 まず、空を気にしつつ目の前の店や周囲を気にしつつ焦って汗をポロポロとかいている小太りの男の横を通過する。

 こいつが空を狙っているのか。

 今すぐにでも殺してしまいたいが、まだ早い。

 歩き続ける。

 露店にいる空が近づいてきた。

 大川を信じた手前、言いにくいが、やっぱり不安になる。

 今はアクセサリーを物色しているが、何かのきまぐれでこっちを向いて、わたしたちに気づいて騒ぎ出して、男が警戒して逃げてしまうかもしれない。

 ザッザッザッ。どんどん接近する。


「いいから。自然に歩きなさい」


 近づき、並んで、通過する。

 一瞬だけ、空がこっちを見たような気がした。


「メモを渡したわ」


 お前のせいか。てか、え?


「口頭では『さわがないで。何か買って、レシートと一緒に確認して』って言いながら、"後ろは気にしないで、私たちを気にしないで、いつもの道をまっすぐ普通の速度で帰って  エイミーとサナちゃんより"って内容のメモを渡した」

「名前言っちゃうのかよ」

「アナタ本当に幼なじみ? 私たちが男を抜かして近づく仮定で上乃さんは『変装している』私たちに気づいたわ。彼女は直情的なバカじゃない。私たちの変装から私たちが姿を隠していたいってことをキチンと察して声を押さえたのよ。あの子はそういう空気の読める子なの」

「知らなかった……」


 わたしにとって空なんていつまでも手のかかるかわいい存在でしかなかったのだ。

 もうちょっとやさしくしようかな。


「さあ、で、どうする? 自然さを重視したあまり、2人を抜かしてしまったぞ」

「決して悪い状況じゃないわ。このまま前から尾行する」

「前から尾行……」


 前しっぽ?


「くだらないこと考えないで。いい? 基本的にストーカーって言うのは、自分の振る舞いの自然さと、後ろの人間、そしてすれ違う人間に対してしか警戒していないわ。ターゲットの前を歩く人間、なんて気にしていられないの」

「つまり、男がもっとも油断している場所にいるということか?」

「そう。さらに上乃さんにメモを渡して誘導することにも成功したわ」

「よっしゃ。油断はするなよ」

「……ええ、おっしゃる通りね」


 気を引き締めて歩き続ける。


「しかし後ろで空がキチンとついてきているか気になるな」

「正確には、まっすぐ家に帰ってもらってる。ついてきて、という文脈だと速度と距離まで私たちに合わせかねない。それは危険」


 なるほど。


「そうそう、後ろが気になるのね。鏡があるわ」

「……、いいのか?」

「大丈夫。もうちょっとくっついて」


 ぎゅ。胸があたる。


「この状態で2人の丁度真ん中で高めに持てば首の間から後ろは確認できるし、かと言って後ろからは鏡なんてわからない」


 そう言ってカバンから取り出したのは大きめの鏡で、視界は広そうだが、傍から見れば今の時代、小さ目のタブレット端末に見えなくもない。

 2人で鏡をのぞき込む。空と男が後ろを歩き、それぞれがまあまあの距離を保っていることが市街地の灯りのおかげで辛うじてわかった。


「よし。しばらくこのまま行きましょう」


 行き交う人々をかき分け、速度を保ってあるきつつ、後ろの確認も怠らない。

 空はちゃんといる。

 今までふらふらとしていた空がとたんにまっすぐ家に帰るのは不自然に見えないか、と一瞬思ったが、そうか、アクセサリーを1つ買わせたのか。それを男が目撃していれば、目的を達成してまっすぐ帰るだけにしか見えない。

 不自然ということはないだろう。


「さあ、いいかしら。ルルム」


 大川が口を開く。


「もうすぐ市街地が終わり、いよいよ市街化調整区域に入る」

「そうだな」

「ここからが大変」


 そういうこと言われるとプレッシャーだ。


「まず、私は市街地と市街化調整区域の境目でゴタゴタしたところに辿り着き次第アナタとわかれるわ」

「え!?」


 不安。




続く

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