探偵の動機⑥


 そして何かに気づいたように、短く息を吸って、


「ダメよ! ルルム! こんなの見ている場合じゃない! 逃げましょう!」

「安心して、それは僕のだから」


 その声はわたしの真後ろからきた。


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↓↓ここから今回の分↓↓


 聞き覚えのある老人の声。

 難聴のわたしにもはっきりと刻まれている。

 この声を聞いただけで、わたしの胸や腰には激痛が走る気がするし、体中が痺れるような感覚に襲われる。

 こういうのなんて言うんだっけ。トラウマ? いや、もっとはっきりとした現象として名前があったような……。パ、パブ……? もういいや、忘れた。

 わたしは肩をつかまれ、ムリヤリ振りかえさせられて、腹に衝撃が走る。

 暗いのと早いので見えなかったが、手は肩で捕まれているから、たぶん膝で蹴られたのだろう。

 立つのに必要な力を体のどこにも入れることができなくなり、わたしはうずくまる。

 家主を失った立派な家の床になんの迷いもなくお腹のものをぶちまける。

 申し訳ないです黒石さん。


「ルルム!? い、いや! や、やめてぇ! やめてくださいぃ!」


 大川が耳障りなほどのキンキン声をあげて、横たわるわたしに手を置きながらわたしを攻撃した相手に懇願している。


「おお! 安心したまえ。君に危害は加えないよ。ただ、こっちの子を自由にするのはちょっと怖かったからねえ」


 舘神だ。


「まさかここで会うとはねえ。そして、やっぱり探偵と繋がりがあったか」


 寝そべったわたしをコツンと足で触り、


「動画を撮っていたから、まあいつか会うことになるとは思っていたのだけど、ここを掴まれるとはねえ。どうやってわかった?」


 この質問に、取り乱していた大川が平静を振り絞って毅然と答える。


「私の家は不動産屋をやっている。ここの住人が逃げたのも知っている。にも関わらず、夜間にここから火や煙がのぼっていたという目撃情報が入ってきた。もちろん、目撃者は夜逃げなんて知らないけど、売買契約違反だから注意しろってウチにクレームがきた。でもそのおかげで知ることができた。迂闊だったわね」

「……処理した時か」

「せ、先生! なんですか、今の声っ、ぐへぇっ!!」


 よく見えないが、外で待機していたと思われる、チンピラ風の……、秘書なのか本当にチンピラなのかもうわからない男が、駆けつけると同時に殴られたらしい。


「君のせいで僕の物置ばれちゃった」

「え……、うわ!? め、名探偵! ……と、うわ! なんだコイツ!?」


 けっ。


「おいおい、あんまり村民が傷つくようなことは言わないでくれよ? わたしはこれでも人権派の政治家としても通って、いるん、だ、か、らァ!」

「ぎへぇっ!」


 殴られたらしい男の悲痛な叫びが銃や刀を揺らす。


「は、鼻が~」


 大変だな、こういう世界も。


「……、さて、紹介が遅れたね。まあ、もう知ってるんだろうけど、改めて。僕は舘神 捌幸。この村出身の、しがない政治家だよ。元だけどね」


 なんだコイツは。何が目的だ。


「あ、夜逃げした事実は周知じゃないんだよね? じゃあ電気つけようか?」


 橙の蛍光灯が屋内をぼんやりと熱っぽく照らす。


「ああ、この家はお金を返せなくなった黒石氏から頂いたものでね、穏便に済んでいるから、忘れてくれてかまわないよ」


 く、黒石さん……。


「もし黒石のことについて、どこかに情報を漏らしたら、そうだね……、僕の権力があれば殺人事件として発覚することなく人とその家族そのものを処分することができるのだけど、どうしよう?」


 く、黒石さぁん……!

 老人は腕を組んで、ゆったりと話す。


「今、この村では戦争が起きていてね……」


 戦争?


「君たち、若者のための戦争だよ。だから、できるだけ邪魔をしてほしくはないのだけど、どうかな?」


 戦争ってのは事件のことか?

 だが、ちょっとまて。


「お...い、アンタら……」


 そろそろ回復してきたと思い顔をあげ、立ち上がろうとするけど、やっぱりちょっとツライ。声が出しにくい。

 それでも膝をついて、なんとか顔をあげる。

 初めて、明るい場所で生の舘神と対面した。

 強靭な肉体に似つかわしい精悍な顔つきに、ただ皺と経験だけを刻んだような人相。

 それが威圧的でいやらしい笑顔を浮かべている。


「何だい?」

「アンタら……、犯人じゃ、ないのか……?」


 一瞬、息を詰まらせたかと思うと、部下と思わしき男と顔を見合わせ、


「はっはっはっは! 何を言い出すかと思えば、そうか。確かに客観的に見ると僕が一番怪しいかもしれないね!」


 自覚なかったのか。


「でも、考えてみてくれ。さっきも言ったけど、僕なら殺人事件を起こしても、単なる失踪で片づけてしまえるくらいの作業ができる人材を抱えているのだよ。それなのにわざわざ死体を晒してしまうと思うかい? 僕が犯人だとしたら、おかしいことだらけだろ?」


 そう思わせるため、舘神が犯人だったらおかしい、不自然だ、と思わせるためにあえてやっているだけのかもしれない。

 これはさっき大川が声を出すことをためらったのと多分同じ理由だ。


「……、どうも信用していないようだね」


 当然だ。怪しすぎて逆に犯人じゃないことを期待してしまうぐらい怪しい。

 つーか犯人じゃないにしてもこの武器は犯罪だろ。


「ちなみに、ここのことを知っているのは身内以外だと君たちだけだよ。刀や銃は他にも隠し置ける場所はあるにはあるんだけどね。ここが一番便利だから。面倒なことは、誰だってイヤだよね? あ、家族も大事?」

 ……。つまり、もしわたしたちが警察にチクっても、情報が渡ったと嗅ぎ付ければすぐに別の場所に隠してやり過ごし、その後すぐにチクったのがわたしたちだと特定して、何かしらのケジメをつけにくるよってことだ。それも、直接わたしにってだけじゃなく、家族にまで手を出すということらしい。

 クソ! 打つ手なしだ。


「あ、そうそう探偵さん」

「へ!? あ、ああ! 私? なんざんしょ?」


 大川さん、ビビりすぎでしょ。


「今、案件は抱えてるのかな?」

「あ~、ええ。そうね。普通に忙しいぐらいよ」


 それを聞いてにやにやと口もとだけを微笑ませながら、


「ん~! まあいいや!」


 舘神はしきり直すように体の正面で手を打つ。


「いいよ! 犯人、捜しても!」


 へ?


「ちょっと! どういう……」


 大川も熱くなる。


「ただし、邪魔をしないでくれ。約束だよ? 僕は約束を破る人間はいらないと思っているからね?」


 あ、やっぱり邪魔はしてほしくないんだ。

 うん、全然つかめない。

 あ、ひょっとしたら聞こえてないだけかも! もう1回聞こ!


「どういうことですか?」

「……」


 無視。


「いや、キチンと説明してもらわないと! どっかで知らずに邪魔しちゃうかもしんなくて、お互い損ですよ!?」


 やっぱりコイツらが実は犯人で、特定した瞬間に「じゃ・ま・し・た・なぁ~」って襲いかかってこようもんならたまったもんじゃない。家族も巻き込むらしいし。


「……」

「あ、でも無視……」


 言わない? 言えない?

 知ることが邪魔に繋がる?


「あ、じゃあ、僕はもう寝るんで、帰ってくれる?」


 あ、ここで寝るんだ。寝る場所あるか? マジで言ってんのかはわからんけど。

 まあ、ここで粘る理由もないし、怖いからとっとと逃げ帰ることにしよう。


「帰るぞ」

「へ!? そ、そうね! そうしましょう」


 また微妙にビビってるのか。

 いざ去るために廊下にでようとしたその時、


「しかし、君は……。いや、なんでもない。誰にだって自由に生きる権利はあるのさ。他人の自由を侵害しない限りはね。つらいことがあったのだろうが、まあ、頑張って強く生きてくれ。僕からは何も言うまい」


 と舘神が武器に囲まれ堅苦しそうに寝そべりながら、わたしに向かって言った。

 わたしを憐れんでいるようだった。

 玄関まで来て、クツを履く足がふるえている大川を見て少し憐れむ。

 何も言わずに扉をしめた。

 お邪魔しました、なんて言いたくないし、余計な声をあげれば怒られるかもしれないから丁度いい。

 ……、お付きだった秘書なのか部下なのかわからんおじさんは帰らないのだろうか。

 やっぱり何かやっているのだろうか。

 それとも単に一緒に寝泊まりするのか。

 どっちにしろあまり想像したくない。

 家を出る。

 いつの間にか夜は深くなって風は強くなっており、閉めきってただ暑いだけのあの家よりいくらか快適だ。

 舘神はあんな家で閉めきったままひっそりと寝るのだろうか、と余計な心配をしてしまう。



「さて……、どうしたもんか」


 結局、予想通り舘神が関わっていて、でも事件に関する発見があったとは思えない。

 それどころか、邪魔をしてはいけないという約束まで結ばれてしまった。

 今日の活動、本当に意味はあったのだろうか。


「意味なかったと思ってる? そんなの今の段階じゃあわからないわ。常識でしょ?」


 という大川。


「まあ、いくつもの事件を解決してきた私からしても、こんなことは日常茶飯事よ」

「探偵の行動には全てに意味があるなんてのは、完璧なプロットのみが求められる本格的な推理小説の中だけのお話なのかなあ」

「そんなことは、死んだ時に初めてわかることね」


 名探偵が宗教じみたこと言ってる。

 しかし、もう帰るのは、今日が少しもったいない。

 夏場でありながら暗くなったとはいえ、まだまだ深夜とは言えない21時。

 子供は寝る時間だけど、わたしたちは違う。


「てか、あ! まだ9時じゃん! 全然寝る時間じゃないじゃん! あのジジイ共! あ~、クソ! 殴られてから意識がもうろうとしてて、わたしも眠たかったから、寝るって言葉に納得してしまった」

「私も精神的に気絶しかけていたから納得してしまったわ」


 使えねえな!


「どうする? 絶対なんかやってるよ? 今戻れば、証拠とか弱み握れるかもよ」


 大川は考えるまでもなく、


「いや、行ったが最後、一族郎党皆殺しの可能性があるからやめましょう」


 わたしを否定する。


「てか、なんで極道の人って、よく一族を巻き込むことを脅し文句にするんだろうね。それを理由に嫌がるなんて、マザコンとかって思われそうで若干恥ずかしいんだけど」

「そんなプライドが働いて葛藤するって本当に余裕なのね。うらやましいわ」


 なんて無意味な会話を続けながら、とりあえず歩きはじめてるけど、大川が止まる。


「で、帰る? 正直、拍子抜けなんだけど」

「さっきは日常茶飯事とかその口が言ってたけど、やっぱちょっと悔しいのね。でも、じゃあブラブラするか」


 と、提案することで、頭が切り替わる。

 黒石さん家の件はいったん終わり。今からは事件が起こりそうな土地をめぐる。

 そう切り替わったからなのだろう。

 大川は突然思い出したように、言った。


「お腹すいた」


 わがままか。

 結局、市街地方面へ向かうことにした。




続く

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