探偵の動機⑤


 暗くなった市街化調整区域。

 街灯もなく、家もぽつぽつとしかなくて景色のほとんどが草木だ。

 最近は警察官がうろついている場所もあったりするが、この辺りは微妙に民家もあったりで、ほとんどいない。


「……なるほど、警察って結構いないのね」


 と、呆れるような声をだす大川。


「たぶん村全体を少ない警察でカバーするなんて無理だからだろうな。まだ正確にこの事件がこの村限定で、あと何人の人が死ぬとわかったわけでも決まっているわけでもないし」

「それもそうね。動機から辿って推理するぐらい無謀で果てしないことだわ」


 それを言われると動機から辿ろうとしていたわたしとしてはツライ。

 そういえば、わたしを疑っている根拠の1つが、市街化調整区域で警察に助けられることなくボコボコにされたことへの不信感から来ていたのだっけ。

 でも現状を見て、ちょっとは本当だって信じてくれてるのかな。


「ここね」


 連日、夜間に火や煙が昇っていたと噂されている民家、黒石さんの家についた。

 畑や田んぼに囲まれた中でひっそりと建つ平屋の家。

 市街化調整区域ってことで、たぶん親から受け継いだ家なんだろうけど、名古屋近郊としては普通の現代人じゃとても建てられないほど立派な家だ。

 こんな家を捨ててまで夜逃げしなければいけないほど追いつめられていたのだろうか。

 黒石さんとは何度か話したことはあるが、明るく気さくで、妙に正論ばっかり言うちょっと鬱陶しいおじさんだった。

 昔ながらの家に多い引き戸に手をかける。

 鍵はかかっていない。

 中に人がいる可能性もあるので、ゆっくり開ける。

 普通に開けたらガラガラ鳴るのが引き戸なので、力をこめ、ゆっくりとカタ、カタと開ける。

 家の中は灯り1つない。

 湿気と埃っぽさが充満している。

 この感じは多分誰もいないのだろうが、一応警戒は緩めない。

 わたしが前に立ち、レッツゴーのハンドサインを出して侵入。

 扉は……、閉めなくていいや。音なってもやだし。

 玄関から廊下にあがる。靴は脱いだ。ギイ、と鳴るかと思った木製の廊下は意外と冷たく硬い。しっかりとしていて、音はならなく一安心。

 廊下を進み、おそらくリビングだったであろう部屋に出るが、


「っ! ……!」


 声をあげそうになった。

 月明かりのみが照らす暗い部屋で、そのわずかな光を反射させるのは立ち並んだ銃や刀などの人を殺す道具たちだ。

 武器の類に全く詳しくないが、なんとなく本物だと思ってしまう。

 その重厚感や雰囲気もそうだが、それ以上に、ここで生活することは困難なほどの数が敷き詰められていて、これは恐らく黒石さんがこの家を捨ててから置いたものと考える方が得心がいくからだ。


「な、なんだよコレ」


 わたしは声を出す。

 武器がこれだけ並んでいる中に入り込んでしまい、にも関わらずまだわたしたちが生きているということは、ここにはわたしたち以外、誰もいないのだろう。そう判断したためだ。

 でも大川はかなり焦っている。

 まあ、今のわたしの勝手な判断も、いわゆる動機からの推測にすぎないからだろう。

 犯人側が実は潜んでいるけど、それを悟られないようあえて攻撃をせずに、わたしにこの家が空だと思いこませただけにすぎないのかもしれない。

 確率の問題だ。

 でも、今はそんなこと考えてもあんまり意味がない気がするのだが。

 だから、警戒のしすぎな、ふ抜けた大川の目を覚まさせるために、もうちょっと大きな声を出してみる。


「これが、連続殺人の道具なのかな。ウォーカーさん」


 本名は可哀想だし、定着している方のエイミーもやめてあげる。

 けど、せっかくの配慮とは無関係に、声と名前を出されたことで大川はすでに半泣きだ。


「……」


 2人で黙る。

 その理由は簡単で、質問をしたのはわたしだからわたしは答えを待つし、大川は声を出したがらないから。

 ようやく、この停止の原因が自分にあると気づいた大川は、観念して口に手をあてながら喉をゆらし話始める。


「...は、……、……」

「おいおい! 難聴者相手にそんな小声はないぜ!? ヘイヘイ! 差別か?」


 すっかり家に誰もいないと安心しきっているわたしは、むしろ怯えた大川に対する優越感で、全国にいる難聴者の評判を落としかねないはしゃぎ方をする。

 大川は少しだけキレながら、


「どう考えても、この一連の事件で使われたものじゃない。現状はナイフだけしか確認されていない」


 と答え、考える仕草をしながら話を続ける。


「もちろん、今後の事件で使わないとも限らない」


 1つ1つを確認するように歩き奥へ進みながら、


「でも、そもそも犯人のものかはわからないし、事件に関係あるのかもわからないけど、もし事件と犯人とも無関係というなら、さらに意味がわからない……!」


 そして何かに気づいたように、短く息を吸って、


「ダメよ! ルルム! こんなの見ている場合じゃない! 逃げましょう!」

「安心して。それは僕のだから」


 その声はわたしの真後ろからきた。




続く

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