探偵の動機④
まだ少し怯えている大川が気になったのと、ほとんど問題がわからないということで、無言でわからないとこを指さして、大川に見せた。
大川は無言で教科書の目次を、おそらく該当部分のページを指さした。
直接は教えてくれないらしい。
せっかくかまってあげたのに、と思うけど、ひょっとしたら今はわたしと話すことすら怖いのかもしれない。
どんなけ今まで強がってたんだ。
そんなことを考えながら、大川のさした教科書を頼りに問題を進める。
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↓↓ここから今回の分↓↓
……。
ダメだ。1問ごとにわからない。
しかし、1問ごとに聞くのもプライドが傷つくのと、そこそこ集中している大川に話しかけることの申し訳なさで聞くに聞けない。
わたしは単純に人生にあきらめたかのように勉強をしていなかったが、コイツはコイツで探偵で忙しいはずなのに、けっこう頑張ってるんだよな。
なんでコイツ探偵やってんだろう。
そう思ったので聞いてみる。
「ねえ、なんで探偵やってんの?」
「な、なによ。急に……」
大川は怯えつつも平静を少し取り戻しており答える。疲れきったのか肘をついていた。
「いや、自分が殺されるかもしれない恐怖とか、現に感じて怯えているわけじゃん?
でも、これまでもそんな目に色々あってきたんだろ? 死ぬのが怖くないとか、タイマンでガチれば犯人に勝てるとかならまだしも、そうじゃないっぽいし、ビビりまくってるし。大川さんならそんな怖い思いしなくても、もっと別のことで普通にやっていけそうじゃん?」
それを聞いた大川は、イマイチわたしの質問がつかめないようで、半分疑問を抱きながら恐る恐る言葉を選ぶように答える。
「ゆ、夢だからよ。父の小説を小さい頃から読んでいて、今でもそこに出てくる名探偵たちが私の憧れ。もうね、他の探偵小説読めないくらいに夢中になっちゃった」
確かに映画化したほどの作品だ。幼いころに読めば、いやそうじゃなくても、人の考え方や価値観を大きく揺さぶることにはなるだろう。
でも、夢ってなんだ? 自分の行動の理由を夢という言葉で片づけてしまえるその強さはなんだ?
発狂してしまいたい衝動にかられながら、わたしは続ける。
「ゆ、夢ってさぁ……。何よ。夢!? いいよ? 抱くのは。止められない。でも、それに向かって行動するってどういう事? 何考えてるの!? お、親とか反対しないの?」
「あ、さっきも言ったけど反対はしてるわよ。父が特に」
「反対する理由は?」
「……、そうね。今、アナタが言ったように、危ないから、かしら」
「! そ、それだけ!? もっとないの? 探偵なんかにかまけてないで、もっと安定した仕事に就きなさいとか、そのために受験勉強がんばりなさい! とか」
「ないわね」
……どうも、大川一族とは考え方が違うようだ。
やっぱり環境か。そうだ。そもそも父親自身が小説で大成功というある種の夢を叶えてしまっている存在なんだから。
大川は、やっぱりわたしの質問の意味がわからないらしく、シャーペンが止まっている。
わたしは愚痴るように話し始める。
「最近の若者は夢を持たないってよく言うじゃん? わたしも含めてなんだけど、本当にそうなのよ。なんでかわかる?」
「やっぱりこう、汚い争いとは無縁の中で生きることに価値を見出す子たちが増えたんじゃないかしら。社会が安定してるのね」
「そうなのかなあ」
「違うと言いたいの?」
「なんていうかさぁ、男の子は基本的にプロ野球選手かパイロットかマッドサイエンティストになりたいし、女の子は歌手かデザイナーか神戸のパティシエになりたいとは思うんだよ」
「いやに具体的ね。まあ、そうなのかしら。でも、なんで夢破れるでもなく挑戦すらしていないように見えるけど」
「そうだよ。挑戦すらしない」
「理解できないわね」
「……わたしはちょっとわかるのよ。大人たちがさ、夢はほんの一握りしか叶えられないとか、世の中とか現実は厳しいって言ったり、努力しないと野たれ死ぬとか、子供の頃から勉強しなかった人は働く場所がないって言ったり、レールから外れた人間には仕事がないって言ったり、何気ない日常を手にすることはとても困難で幸せなことだと言ったり……」
「言うわね」
「ビビるでしょ! 社会とか全く知らない子供にとって、自分たちより頭がいいはずの大人たちにそんなこと言われたら! そりゃあ夢なんて追いかけなくなるよ」
「う~ん」
と大川は何かを考えるように口元に握った手をあてている。
わたしがわたしの人生に言い訳をしているとでも言いたいのだろうか。
させない。
わたしは続ける。
「例えばさ、高校の勉強とか遊ぶ時間とか削って、まあスポーツに力いれてたりするとするじゃん? で、まあまあ強かったりはするんだけど、結局将来にはつながらなかったりする可能性っていくらでもあるじゃん?
ケガとかもあるし。
下手すれば技術革新で目指してた仕事そのものがなくなるかもしれない。
で、そういう人たちってどうなっちゃうの? 怖すぎでしょ?」
「……どうもならないわよ。今まで努力してきたこととは別の分野で普通に毎日頑張って生きているわよ」
「でも、幼い頃から一生懸命勉強していないと、何気ない生活すら不可能だって言うじゃない。夢に破れて通常の進路のレールから切り替えて、別の分野に進むってことは、今まで何もしてこなかったと同意義でしょ? 仮にもとから頭よくて、進学できたとしても、だったら小さい頃からスポーツなんて力入れずにしっかり勉強していれば、もっと上の進路に進めたのにっていう後悔が一生つきまとう」
夢を叶えることは憧れるけど、野たれ死ぬことだけはなんとしてでも避けたいのだ。
そして、できるだけ苦労はしたくないのだ。
夢を追うための苦労と、夢に破れたから背負う苦労では意味合いが全然違う。
後者に耐えられる自信もないし、経験もない。
そして、大川はやっぱりこういう凡夫の悩みが理解できていないようで、わたしは続ける。
「じゃあさ、大川さんもこのクラスってことは文系の大学に進むんだよね? なんで?」
「そうね。推理には科学や物理の知識も必要だから理学部の大学に進もうか迷ったのだけど、探偵は個人事業主だし、このまま結婚しなかったら不動産屋を継ぐことにもなるだろうから経営学について学びたくてね。だから経営学の本を漁って気に入った著者が教鞭を執っている大学のどこかに進むつもりだわ」
「ごめん。聞く相手間違えた。そんな前向きに大学選んでるとは思わなかったわ。あのね、わたしたち、普通の人はそうじゃないの
「まあ、アナタが普通の代表者ヅラしているのは気に食わないけど、続けて」
「普通の人はね、まず専門的なことを学んで失敗することが怖いの」
「さっきまでの話がスポーツから学問に変わったのね」
「で、けっこう理系って専門的じゃない?
プログラムとか今までしたことない技能が要求されそうで、試験には受かってもその後で経験したことない技能の才能が問われるかもしれない。才能はあっても、AIが発達してプログラマーなんて仕事はなくなるのかもしれない。そうなったら、今までのことが無意味になる。ただ歳をとっただけになる。
だから怖くて、でも大学に行くのはなんか学生の義務っぽくなってる空気があるし、就職する勇気もないからとりあえず普通の人になれそうな文系へ進学するの。たぶんそういう人が文系を選んだ人の内に半分以上はいると思う」
「なんとなくわかったわ。みんな自分の才能を測る機会がないから、才能がない場合、最悪の場合というものを想定して行動しているのね。その結果が、行動しないという結論に至ると……」
「おお、そんな感じかも」
「ちょっと、アナタは世の中にビビりすぎというか、下ばかり見過ぎじゃないかしら」
大川の声色が少し低くなったと感じた。
「下っていうのは人それぞれだから、具体的には言わないけど、とにかく自分にとって下って思う対象に出会って、でもそういう人たちが自分と大差ない能力と実感してしまったんじゃないのかしら」
確かに、世間一般では批判されるフリータやニートという人と話を交わしたことがあるが、自分に比べて特別劣っていると感じたことはない。
こんな人が望まない生活をしなければならないほど世の中は厳しいのかと考えたものだ。
「もっと上を見なさい。せっかくこの村に生まれて、そんな考えはもったいないわ。
そうすれば、アナタにとって上の立場にいる人間も自分と大差ない単なる人間でしかないことがわかると思うわ。特に努力をしているわけでもなく、特に有能というわけでもない。
社会が厳しいと主張しすることで、暗にそこで生き残っている自分がすごいと言いたいだけの哀れな人間だっている。それに、アナタは今、女子高生名探偵を自称しているのなら、目の前には本物の女子高生名探偵という上の人間がいるけど、どう?
普通でしょ? 一般人とかけ離れたカリスマ性や才能があふれている様子はないでしょ? でも、事件は何度も解決してる。その差はなんでしょう」
「……何?」
「自分で考えなさい」
ここで遮る大川。
でも、そんなの知っている。経験の差だ。
それ以外にありえない。想像がつかない。
大川は幼い頃から名探偵を目指してきた。だからできるのだ。
わたしはもう18歳なのだ。もう無理なのだ。
専門性の高い分野で一流を目指すには、もう歳をとりすぎているのだ。
何をやっていたんだろう。わたしは。
何で生きているんだろう。
その一方で大川は携帯を取り出して言う。
「時間ね。行きましょうか」
続く
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