探偵の動機③
そう思った瞬間、わたしは理解した。
ナメやがって。わたしだってそんなにバカじゃない。
そんなあからさまなことすれば、気づくぞ。
やっぱりコイツは推理はできても、人の心の機敏が苦手なようだ。
大川は「人の心を頼りに犯人を推理するのは邪道」というようなことばっかり言ってるが、単にコイツが苦手なだけだ。
苦手だから推理を諦めてるんだけど、苦手意識が足りない。苦手ということを自覚してないからわたしに気づかれる。
……コイツ、わたしを疑ってるな?
わたしはお前じゃないんだ。わたしは気づくんだぞ。
仕掛けてみるか。
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↓↓ここから今回の分↓↓
「やめやめ。わたしの私生活の話やめ。それより、宿題しよ?」
「……!! え、ええ。そうしましょう」
名探偵によるあきらかな動揺。
わかるぜ。わたしには。
わたしが犯人だとして、殺人には準備が必要だとふんでいて、それを自分の目の届くところに置いておきたいんだ。コイツは。
そして、動きを封じられたわたしが、どう反応するのか見たいのだ。
結局、ちょっと捜査をやる気になったり、わたしと一緒に事件について話し合ったあの時間も全部まやかしだったのだ。
……まったく、それでこそ名探偵だ。立派だよ。
自分の流儀としてはあきらめるべき事件を、己の正義感で独自に捜査しようとしているのだから。
でも、わたしは大川の推理が大ハズレなことを知っている。
わたしが犯人じゃないことはわたし自身が知っている。
パートナーにはこんなくだらん推理に時間を使ってほしくない。
だからわたしは言う。
「わたし、犯人じゃないよ?」
宿題の準備をしていた大川の手が止まった。
うつむいていた目がこちらを向いて、
「あっはっはっはっは!」
おお、大川歩美の大笑い。これは貴重だ。犯行を看破され観念した犯人と大差ない感じなのは、きっとそういう大笑いばかりみて思春期をすごしたからだろうか。
「ふふふ。ごめんなさい。そうね正解よ。私はアナタを疑ってる」
「じゃあ、残念だな。わたしは犯人じゃない」
「そんな言葉が無意味なことがわからないアナタじゃないでしょ?」
「……根拠はないだろ?」
「ないわよ。だから捜査中なの。アナタ、ちょっと怪しすぎるのよね」
探偵ファイルを顔の近くでパラパラめくり、わたしに見せないようにしながら話し出す。
「事件の最初の方のアナタの行動は特にメモしていないのだけど、突然名探偵なんて名乗りだしたり、名探偵として私に近づいたり、私が推理に乗り気じゃないと知るとなんか少し安心した顔したり、警察がいるはずの市街化調整区域に行ってボコボコになったかと思えば、竹ノ内さんと都合よくケンカして次の日に竹ノ内さんは死んだ。
そして、これまでの事件全てにおいて、アナタに明確なアリバイもなければアナタに不可能ということでもない。アナタが本気だせば、竹ノ内さんも殴り殺せるんじゃなくて?」
「違う。待って。それはわたしが犯人かも、って思ったからそう見えるだけ。偏見だよ。
女子高生名探偵を名乗ったのは事件を解決したいからだし、大川さんが推理が乗り気じゃないと知った時にちょっと顔がユルんだとしたら、それは自分できるかもって思っただけ! すぐに大川さんを引き込もうと一生懸命だったでしょ!?
ボコボコにされた時、本当にわたしは舘神と遭遇していて、警察も巡回していなかった。竹ノ内さんとのケンカは本当にタマタマだよ!
この殺人が可能なのは確かにわたしもそうだけど、村人ほぼ全員が可能だって言って推理を放棄してたのは大川さんじゃん! 偏見だよ!」
「そうね。決定力に欠けるから、まだ監視するだけよ」
「そんな偏見の推理にかまける時間があるなら、もっと有意義な捜査しよ!」
「安心して。アナタを疑うのは、あくまで捜査の線の1つよ。アナタの言葉どおり、探偵は考えながら考えることができるの。それは1つの事件でも同じこと。アナタを監視しながら、この事件の別の可能性をいくつも考えているわ」
クソ、埒があかん。
「わかった。もういいや。とにかく、わたしを疑っていても推理に支障はでないわけね」
「そういうことよ。では改めてよろしくね」
そう言って大川が差し出してきた手をとらずに、わたしは大川のアゴをつかみ口を塞ぐ。
「んん!? むうううう! むうううう!!」
パニくっている。そりゃそうだ。犯人かと思っている人間にアゴをつかまれているのだから。
でも、ここは学校で、そんな場所で殺すはずはないのだけど。
アゴを持ったまま、わたしは大川に言葉をかける。
「よろしくね~。
ところでさ、さっきの話に、わたしが大川さんに接触してきたことも、怪しいことの根拠として含まれてたけど、それってつまり、大川さん的には犯人は名探偵である自分に接触することが当然と思っていて、犯人に邪魔な存在である自分は犯人に狙われるかもしれないって思ってるってこと?
それでとにかく事件を解決するつもりないアピールをしつこくしてたの? やっぱり犯人に狙われるの怖いってこと? この村で起こる殺人事件が怖いってこと?」
大川は手の中で目を回し涙を流して息も細くなっていた。
怖いらしい。
まあ、実際、この村で殺人をするにあたって最大の弊害となりうる存在だからな。
衝動的な無差別殺人、ということならわざわざ名探偵が狙われる可能性は確かにないが、まだ明確に無差別と決まったわけではない。
無差別でないなら、恨みはなくても弊害となりうる存在は消されるだろう。
また、私怨のない無差別殺人だとしても殺す対象には趣味があって、その中に自分が含まれている可能性も否定はできない。
そう考えると大川の警戒心も決して間違ってはいないのかもしれない。大川は最も殺される可能性が高い存在の内の1人なのだ。
だから解放してやる。
すると何も求めていないのに、
「申し訳ありましぇん。私はうぬぼれていました。私は犯人にとってとるに足らない存在であり、命を狙われたりなどしません。万が一狙われていたとしても、保身はせず、ただ愚直にできる限りの捜査をしていきたいと思っております」
弱弱しい謝罪が述べられている。自動音声のように淡々とした様が痛々しい。
座らせる。ノートを開かせ、わたしは無言で宿題とか勉強を始める。
すると大川も少し安心してわたしに続いてきた。
まだ少し怯えている大川が気になったのと、ほとんど問題がわからないということで、無言でわからないとこを指さして、大川に見せた。
大川は無言で教科書の目次を、おそらく該当部分のページを指さした。
直接は教えてくれないらしい。
せっかくかまってあげたのに、と思うけど、ひょっとしたら今はわたしと話すことすら怖いのかもしれない。
どんなけ今まで強がってたんだ。
そんなことを考えながら、大川のさした教科書を頼りに問題を進める。
続く
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