探偵の動機②
放課後。
部活のない3年生は帰り支度を始めたり、残って勉強する準備する奴がいたりとまばらな感じ。
竹ノ内さんの通夜は発見された時間の関係で明日の夜らしい。
準備する時間もあるし、明日できない勉強を今日中にやってしまおうと考えるものもいるのだろう。
「さ、行こっか!」
わたしも同じだ。市街化調整区域に向かうなら今日がベスト。今日を逃せば、また通夜が始まり捜査に向かうことも、犯行現場で犯人に鉢合う可能性も低くなる。
カバンを握りしめ、鼻息荒く大川のもとへと駆け寄った。
「いやいや。何時間待つつもりよ。暗くなるまでけっこうかかるわよ」
呆れられた。
「あの! わたし、そういうの苦にならないタイプなんで」
「私はイヤよ。他の仕事もあるわけだし。探偵ならもっとスマートに行動しましょう」
「名探偵さん。考えることは動きながらだってできるはずだ。よく動き足掻くことこそ事件解決への一歩だぞ」
「まさかアナタごときに名探偵の講釈を受けるとは思わなあったわ。ありがとう。落ち着いて。宿題みてあげるから、ここで夜まで待機しましょうよ」
「うれしい! お願い!」
わたしは両手をあげ手放しで喜んだが、すぐに冷静になる。
「いや、今更……もう成績とかいいわ……」
自分の現状を顧みて、腹のそこが冷えていく。
「……、ルルム。お話、しましょ。事件のこととか、アナタのこととか。宿題もみるわ」
やさしく微笑まれてくすぐったい。
「え……、でも? 受託は? 忙しいんだろ?」
「名探偵はね、考えながら考えることができるの。座って」
わたしと大川は机をはさみ向き合うように座る。
「……なんか占いの先生みたいだな。初めてエイミーと呼んでみたいわ」
「ああ、いいわね。探偵が大変になったらやってみようかしら」
乗り気なの!?
「そういえば昨日は調べものをしててね、実はすごい情報を見つけたの……」
といいながら、大川はあの探偵ファイルとかいうノートを取り出す。
地図の書いてあるページを開いて、市街化調整区域の、ちょうど真ん中あたりのポイントを指さし、
「ここ! ここに夜な夜な火や煙が上がってるのが目撃されてるの!」
でも、指の先には確かに炎のイラスト以外にも民家が描いてあって、
「ここの住人が着けたんじゃないの? 確か、黒石さん」
「ここだけの話」
大川は机を乗り出し、わたしに耳打ちをしてきた。
「ここの住人、黒石さんは、恐らく多分、夜逃げしてるの。つまり不在」
「え!? マジでっ!?」
「多分ね。まだ警察も知らない情報だし、知らせる必要のない情報だけど、多分マジよ」
「めちゃくちゃ怪しい場所と現象じゃねえか」
「そうね。だから、今日はここを回りたいの」
「いよいよだな」
体が熱を帯びて震える。
「っていうか、大川さんは1人でここ行くつもりだったの? も~、大人しくわたしを誘えばいいのに~。それにやる気はやっぱりあるの?」
大川は髪をいじりながら、
「別に、名探偵として調べるだけよ。捜査も受託もしないけど」
何度も聞いた、探偵としてのポリシーとやらを答える。
警察にまかせるべきらしい。ふ抜けてやがる。
大川は続ける。
「あと、日中に誰か住んでいる目撃情報はないから、もし人影の正体が殺人犯だとしても、単なる片づけとか準備に使ってるだけじゃないかしら。だから事件を起こしている最中なら鉢合わないし、事件と関係ない日であっても会うことはない」
マジで1人で行くつもりでしかも安全だという自信があったんだろうか……。
「汚い男の汚い部屋にあがりこむ優秀な女学生とはよいシチュエーションじゃのう」
なんてぼそりと呟いたら、すでに涙目だ。
どうもこっち系はあんまり得意じゃないらしい。けっこう耳打ち平気でしたり無防備なことは多いが、天然ってやつなのだろうか。
内心もうちょっとかわいがってやりたいが、興味の向かうものが別にある。
「よし! 行こう! 一気に犯人へ近づいた気がする! わたしは行くぞ! 大川さんが来なくても行くぞ!」
……ん? まてよ? でもなんで?
「落ち着いて。何度も同じ話をさせないで。座って」
静かな声にある鋭い迫力がつきささる。
さすがは名探偵だ。追い詰められた犯人のようになってしまうわたしがいる。
「あ、あう……」
「さ、宿題でもしましょう」
「な、なんで?」
「アナタ、最近、本っ当に何もやらなくなったわよね。堕落しきってる。あげくに自称女子高生名探偵って、親が泣くわよ」
確かにウチの母親は昨日も泣いた。
「どうしちゃったの?」
なんてまっすぐに聞かれてしまったら、わたしは同情されたくてあることないこと言ってしまいそうになる。
しかし憎まれ口をたたくのがわたしの存在意義だ。
「へっ! 他人の行動理由は読めないのが探偵じゃないのかよ」
「誰かわからない犯人の場合はね。世の中には想像を絶するぐらい頭の悪い人が普通に生活してて、色々なことをしていて、時に犯罪者になることがある。それはもう無限の可能性よ。でもアナタは違う。わたしはアナタのことを少しは知っている」
わたしの何を知っているというのだろうか。
コイツはわたしが口では「大川さん」なのに心では「大川」と呼んでいることすら知らないだろう。
「アナタ、別に最近まではそんな風じゃなかった。一生懸命な人だったはずよ」
なんで自分が不真面目なのかを理路整然と真面目に語ることのできる人間はいるのだろうか。
「……わかったわ」
言いあぐねていると、折れてくれたらしい。
「必ず、解いてみせるわ」
コイツは一々恥ずかしいことを言ってるという自覚あるのだろうか。
「あ、それより疑問が生まれたんだけど」
「なによ」
わたしはさっき聞きそびれたことを聞く。
「なんで大川さんは黒石さんが夜逃げしてるかもって知ってるの?」
「言ってなかった? わたしの家、不動産屋よ」
「え~! なにそれ! 設定多いことない!? てかパパさん小説家じゃないの?」
「兼業作家よ。不動産がメイン。そうじゃなきゃやってけないわよ」
と笑いながら答える。
「へ、へぇ~。1回は映画にもなったりすごいヒットしたじゃん? 一生ウハウハじゃないの?」
「あんなのの儲けすぐに消えるわよ。今でもそこそこ発表してそこそこの売上だけど、自分が裕福と感じたことはないわ。専業でやれるのはほんの一握りね」
まあ、そうは言っても貯めこんでるんだろうな。
娘もすっかり自立してるし、恵まれた一家で羨ましい。
と、我が家を崩壊させたわたしが言うのもなんだが。
「あ、てか、さっき夜逃げのこと警察が知らない、みたいに言ってたけど、不動産屋として教えなくていいの?」
「ああ、まあ夜逃げが確定したわけでもないし、そもそも夜逃げは個人の問題で民事だから警察は介入しないわよ。それに伝えることが黒石さんの為にならないかもしれないしね」
「けっこう詳しいな」
「一応、後継ぎになるかもしれないから、そっちの問題も勉強しているのよ」
「不動産屋やりながら小説家、不動産屋やりながら名探偵か。親子揃って大変そうだけどすごいな~」
「私の祖父の代から継いできた個人事業主だし、田舎の不動産だからね、けっこう時間はあるはずよ。大したことないわ」
「いや、でもさ。そんなすごい親に対して、家で反抗とかはしないんじゃない?」
わたしの何気ない問に大川の表情が反応する。
おっと、しまった。踏み込んだことを聞いてしまったか。
しかし、その大川の反応は、
「え!? なになになに? 私が反抗してるか? それが気になるの? なんで? それは、やっぱりアナタ、家では親に反発してるのね!? だから話題にしてしまったのね! それが原因で堕落したのかしら!?」
嬉しそうだ。
というかこの名探偵。ちょいちょい早とちりで感覚頼りの推論かましてくるな。
しかもちょっと当たってるのかもしれん。行動を推論することに関してはさすがだ。
「いや、ごめん。やっぱりいいわ」
わたしは何とかして大川をあしらおうとする。
「いえ、いいのよ。いいのよ。反抗ね? あるある。普通よ! 私にもあるのよ? この間だって探偵なんてやめなさいって言われて、チョー、ウザかったわ」
ノリノリで早口に答える大川。
しくじった。これはわたしのミスだ。
大川はここまで踏み込んだ答えをさらけ出しておいて、わたし答えないのは同級生としてのルール違反だ。わたしはとことん空気を読む現代人タイプ。
答えるしかない。
「昨日も母ちゃん泣かせたぜ」
……。
「きゃー! やるぅー!」
なんなんだよコイツ。もうわからん。わたしに吐き出させて何がしたいんだ。
それともただ名探偵だからなのか。
謎の向こうに正義があるなら、解かなければいけないのが名探偵なのだろうか。
居づらい。ここにいたくない。
そう思った瞬間、わたしは理解した。
ナメやがって。わたしだってそんなにバカじゃない。
そんなあからさまなことすれば、気づくぞ。
やっぱりコイツは推理はできても、人の心の機敏が苦手なようだ。
大川は「人の心を頼りに犯人を推理するのは邪道」というようなことばっかり言ってるが、単にコイツが苦手なだけだ。
苦手だから推理を諦めてるんだけど、苦手意識が足りない。苦手ということを自覚してないからわたしに気づかれる。
……コイツ、わたしを疑ってるな?
わたしはお前じゃないんだ。わたしは気づくんだぞ。
仕掛けてみるか。
続く
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