二章 探偵の動機

探偵の動機①


 朝、学校は騒然としていた。

 あの竹ノ内さんが死んだのだ。黙っていられる人間などいない。


「おはよう」


 大川だ。


「よう……」


 一言のあいさつを交わして席についた。

 普段は騒がしい女子たちも今日に限ってはおとなしくザワザワしているだけだ。


「4件目だぞ」

「そうね」


 あくまで冷静な対応で、逆にわたしが浮足立っているのでは、という錯覚に陥らされる。


「じゃあ、ちょっとした特ダネを。昨日、夜、市街地で竹ノ内さんをみた」


 カバンから用具を取り出している大川の手が一瞬だけピクッっと反応する。


「いつもの仲間たちと一緒にいた」

「……行きましょう」


 そう言って、大川は視線を竹ノ内さんの取り巻きがいる方へ向けた。



「みんな~!」


 竹ノ内さんの取り巻きの固まりに、デカい声だしながら近づいていく。

 平塚さん、安川さん、鎖塔さんだ。

 みんなはそのデカい声に驚いたのか、そもそもわたしに声をかけられることすらイヤだったのか、ぎょっとした様子で振り向いてくれた。

 みんな何かに恐れているような、ふさぎ込んでいるような感じと読み取れた。

「みんな昨日は市街地にいたよね~。竹ノ内さんをどうしたの?」

 わたしは仕掛けてみる。


「ど、どうしたの。ってどういうことなんかな?」


 そう答えたのは安川さん。


「犯人?」


 お礼に指をさす。


「そ、そんなわけないんよ……」

「おい!」


 鎖塔さん。


「なんなんだよお前は? こっちは大事な仲間が死んで悲しんでんだよ! 消えろ」


 こいつが次のボスか。

 まあ、ビビる必要はないな。


「いや、ごめんごめん。じゃあさ、何やってたかだけでも教えてよ」

「なんでだよ。エイミーさんも言ってたよね? 探偵は意味のない事件だって!」


 おお。鎖塔さんは今、わたしと安川さん、そして大川に目線を配りながら、強めに言った。

 大川相手にこんな強く言える奴はそうそういないぞ。


「その通りね。徒労に終わる可能性の高い事件よ。依頼がきても絶対に引き受けない。」


 大川。おいおい。


「でも、完全な興味と正義感だけで動く場合は別よ。この事件、今なら、他の受託した依頼にあてる貴重な時間を削ってタダで捜査してもいいって思えてきているわ」

「あ、何? 他の事件とか追ってる最中だったの!?」


 それは知らなかったから、話の流れを無視してまで聞いてしまう。


「当たり前よ! 名探偵だもの! 案件なんていくつも抱えて同時に解決するのよ」

「そ、そりゃ、大変だ。今まで色々押し付けて迷惑かけて申し訳ない。これからもよろしくお願いします……」

「よく聞いて。捜査してもいいって『思えてきてる』ってだけよ。基本はお金を貰ってる依頼を優先するに決まってるわ」


 ありゃ。やる気になってくれてると思ったんだけどダメか。

 こいつの依頼料ってどんなもんなんだろう。


「ね、ねえ。……い、いいじゃないんかな。鎖っちゃん。何してたかぐらい、話しても、誰も困らんよ?」


 安川さん。そうそう。話を戻さねば。


「ちっ……」


 お? 納得?

 いやに話が早いな。これはつまり、


「さては、何かいつもと違うことでもあったのかな?」

「いや、そういうわけじゃなくて……」


 違った。


「アタシら、後悔してるんだよ。もうちょっと頑張ってたら、竹ノ内は死ななかったんじゃねえかって」

「頑張ってたら?」

「その、あの日ね? みんなで遊んでたんは知っているんやよね?」

「市街地で」

「うん、そう。で、元々は遊ぶって言い出したのは和香ちゃんだったんだけど、気づいたらキゲン悪くて」


 あ、和香ちゃん、って竹ノ内さんのことか。


「ワタシ達は単純に、何かイヤなことあったから、パーッとはしゃぎたいのかな、って思うて、つきあってたんよ」

「まあ、普通だな」

「でも、新しいスーパーのポイントカードを作ることになって、店員さんには10分ぐらいでできるって言われたのに、なんやかんやで30分ぐらいかかって、しかもその間わたしたちが何もしてないのが、誘った立場の和香ちゃんとしては申し訳ないらしくって、どんどんキゲンが悪くなってん……」


 まあ、なんとなくわかるな。


「暴れたのか?」

「いんや。キゲン悪くなりすぎて吐きそうになっちゃったらしくて……」

「そのまま返しちゃったと……」

「ア、アタシたちは家まで送ってやろうとしたんだ! でも、竹ノ内もムダに強がったのかなんなのか、ついてくんな! とか、1人にさせろ! とか言ってよ……」


 これが鎖塔さんなりの後悔というわけか。


「くやしいぜ……。あの時に強く引き止めていれば、ついていってれば、っていうたらればがつきないんだよ。最期に聞いた言葉が『ついてくんな!』だぜ? なんだったんだよ」


 もう十分だな。けっきょく、わかれた後に殺されたというなら、こいつらから得られる情報はない。

 てきとうに話を交わしてここをあとにした。



「さて、名探偵。犯人はわかったか?」

「わかるわけないっていうか、そもそも推理すらしてないわよ」

「なんだよ。名探偵なら無意識で推理しちゃうんじゃないのかよ」

「無理なものは無理よ。私としてはまだこの事件は推理で解決できるタイプっていう認識ではないしね。でも、調べられることは調べていくし、止められる被害があるなら止めたいってだけ」


 一瞬目が合ったと思ったらすぐに俯いて、言う。


「アナタも含めてね」

「ど、ども……。よろしくお願いします」

「う、うん」


 なんだこれ。乳首ぎゅう~していい空気かな?

 わたしは胸元へ手をのばす。


「? はい」


 握手された。それでいいや。

 わたしは提案する。


「よし、まだわからないこと多いから、もう一度、現場になりそうな市街化調整区域を散策しよう」


 つないだ手を離して、大川は身構える。


「ダメよ。危険すぎる」

「被害者減らしたいんでしょ?」

「そうね。だからアナタを止めるわ」

「いやいや、ついてこいよ。激しいバトルとかは見守るだけでいいから」

「……」


 デカい胸を盛り上げるぐらいの一息をついて、


「いいわ。会いたい人もいるし。でもいざとなったら逃げるわよ」

「怖いのかな?」

「安心して。名探偵は名探偵である限り死なない。アナタの身を心配してるだけよ」


 わたしは本物の名探偵じゃない。だから死ぬ。




続く

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