探偵のいらない事件⑫


「メシ」


 というメールが2階の部屋にいるわたしの携帯に送られてきて、リビングへ向かう。


「ごはんっ! ごはんっ!」


 と元気に箸をたててはしゃいでいる妹のヒトリだが、わたしには一切、目を合わさない。

 完全な悪意のある無視。

 わたしはお皿を母の分を含めた3人分並べるが、ヒトリはわたしを抜いた2人分の箸しか用意しないし、わたしが用意した食器は使わず淵によけて自分で用意する。

 ここ最近では、いつものことである。

 でも、めげずにつづける。そこでわたしが折れて、ヒトリの分を用意しなくなっては、それこそ完全ないがみ合いになってしまう。


「あ、ヒトリはこれ使わないのね~」


 なんて言って、よけられた分はわたしが片づける。


「……」


 母はとってもつらそうで、それを感じたわたしもつらい。

 こういう時、母はどちらを叱ればいいのかすらわからないようだ。


「いっただきまーす!」


 そんな母を哀れにすら思ったのか、ヒトリが元気に声をあげた。

 ありがとう。


「いただいます」

「ます」


 母もわたしも後に続く。

 会話の少ない食卓に騒がしいテレビの音にはとても助けられる。

 わたしは意識をテレビに向ける。


「あんた、期末はどうだったの?」

「ぼちぼち……」


 母とヒトリが話始めたらしい。

 テストか。気まずい家族を助ける話のネタになるとは。


「英語は?」

「クソ以下……」

「はぁ、私はね、あんたにはいい大学に入って、いいところに就職してほしいんだよ。公務員なんかもいいねえ。世の中は厳しくて理不尽で、どこの業界がいつまで活気があるかもわからない。いつでも好きなとこにいけるようになるには、しっかり高校の勉強頑張って、いい大学に入ることが1番なんだよ」


 父は超優秀なビジネスマンで世界中を飛び回っている。

 色んな人間の苦労は脱落を見てきた父と共に、母もたくさんのそういう局面に出会ってきて、そんな経験から発せられた言葉だろう。まあ、一般論ともかなり近いけど。

 ただ、それでも今の言葉は、夢を持つな、と言ってるようにも思える。


「つっ……。わかってるよ……」


 うっとおしそうに答えるヒトリ。

 1年生の1学期なのに、もう大学受験まで色々言われるのは悩みの種なのだろう。ちょっと具合が悪そうだ。


「!! ご、ごめんなさい!!」


 取り乱した母は、突然立ち上がり叫びはじめた。


「ごめんなさい! ご、ごめんね! ごめんねぇ!!」


 あまりの勢いに冷めかけた味噌汁がこぼれる。


「ううう……、ごめんね……、ルルム……」


 どうやら母はわたしに謝っている。


「おい!」


 具合悪そうにしていたヒトリが言う。


「ふざけるな! この家にルルムなんていねえんだよ!! アイツは、ルルムじゃねえんだよ!! よぉく! 見ぃろおおお!」


 アイツとはわたしのこと。妹はわたしのことをアイツと呼ぶ。


「お母さん、もういいよ。お母さんは、普通だよ」


 とりあえず、このまま取り乱されるのはめんどいので母をなだめてみた。


「ううっ……、ううう……」


 チリン、っていう陶器の当たる音が聞こえるのでそちらに目を向けると、ヒトリが立ち上がっていて、スウェットのままの姿で外に出かけるところだった。は?


「はあ!? お、おい! お前、それはマズイだろ! 危ないぞ! 通り魔にあうかもしれないでしょ!?」

「うるせえ。キモイ声かけんな」


 無視はさせない。


「ちょっと市街地に行くだけだ」


 ヒトリも無視はしない。無視しないってことは、それだけ今からリスクある行動をとると思われてることを自覚してるからであって、安心できる言葉の1つでもよこさないと許されないと思ってるってことだ。

 バタン。


「あ! ドア閉めやがった! せめて網戸で出てけ!」


 エアコンは寝るギリギリまでかけないウチは風通しが命綱だ。それをわかって、今までしていた網戸からあえてドアを閉めるのは完全に怒っているからこそのいやがらせだ。

 ドアを網戸にするついでにわたしは追いかけることにする。

 市街地だからって安心はしない。


「お母さん、わたしも行くね。ここで待ってて。帰ってきたらわたしに連絡して?」


 もう落ち着いた母は一度だけうなずく。

 バレない距離で尾行するつもりのわたしは、扉の中から妹がどの程度歩いているかを確認し、離れつつ目の届く距離になったので飛び出す。

 警戒して後ろを振り返らないことを祈りながら尾行する。

 運がよかったのか、ヒトリは一度も振り返ることないまま市街地についた。


「あ!!」


 わたしはアホか。

 家のある市街化調整区域は人影がほとんど見当たらないから距離を空けてても視認できてたけど、市街地に入ったら人が多くてもう何が何だかわからない。

 見失った……。目につくのは知らない顔の人間ばかり。

 この時間の市街地は村の住人だけじゃなく、仕事終わりの工業地域の人間も多くてやっかいだ。

 しょうがない。探そう。これも探偵の仕事だ。


 ……。かれこれ20分ほど探しているが見つからない。

 建ち並ぶ店の窓から中を覗いては不審がられ、女性もののショップ店に入りアイテムを物色するフリをしつつ客を物色しては不審がられとんでもない恥をかきながらの捜索だったが、見つからなかった。


「ゲッ!」


 人ごみの彼方に制服姿の一団が目に入って、まあヒトリは制服で出かけてないけど、なんて思っても無意識に目をこらしてみれば、その制服の少女たちは竹ノ内さん一派だった。

 う~ん。まだ大川のおっぱいぎゅ~を怒ってるのかな。

 大川本人には許してもらったような気がするけど、彼女にとっての正義ってのはそういう問題じゃないんだろう。

 許せないことをする奴は許さない。

 情緒不安定なのに意固地なんだよな。

 今のなんかイライラしてるっぽいし。

 ただ、メンバーに切れてるわけじゃないから、なんか嫌な接客とかトラブルでもあったのかもしれない。

 あんま見るのやめよ。

 関わりたくなかったのと見つからないから探す場所を変えたいので、わたしは裏道に入りヒトリを探す。

 ……。いない。

 もう帰ったのかなあ。つか、市街地からウチは近いし、市街化調整区域を奥へ奥へとウロウロ寄り道しなけりゃ大丈夫だろ。

 うん。大丈夫だ。もうめんどくさいや。


「ん?」


 また視線の先に見知った人影があった。

 市街地の裏道で制服姿のままつっ立っている少女。

 空だった。ぼんやりキョロキョロしてる。

 何やってんだろう。声かけてみようか。

 あ、でも、今日は夜出歩くなって、けっこう強めに空から言われてるんだ。

 声かけたら怒られそうだ。


「ゲッ!」


 思わず顔を伏せる。

 裏道は市街地と言っても人は多くない。

 にも関わらず長く見過ぎた。

 一瞬だけ、空と目が合ってしまった。

 わたしは恐る恐る顔を上げる。


「……お?」


 空は再び、ぼんやりキョロキョロしてるだけだ。

 でも、さっきに比べてこっちを見ようとしない。

 見逃してくれてる! ラッキー!

 ということで帰ることにした。


 家につくとヒトリはもう家にいて、


「ああ、頭痛くなって、外の空気浴びたけど、どんどん酷くなって帰ってきたらしいよ」


 という母の解説に脱力。


「電話しろよって言っただろ!」


 とブチ切れて、風呂入って寝ることにした。



 夜中。サイレンの音と赤い光で目が覚める。

 けっこう近い?

 次の日、朝のニュースは再び、我が飛島村の話題で持ち切りになる。

 飛島村女子高生無差別連続殺人事件、4件目の被害者。

 映される写真には見知った顔。

 アナウンサーの口から述べられる被害者の名は竹ノ内 和香。


「竹ノ内さんが、死んだ……」




「二章 探偵の動機」に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る