探偵のいらない事件⑪


 あれからは特に学校でできることはないらしく、その日一日わたしは空や福岡たちと普通の高校生活をすごした。

 そして下校。

 大川は調べもので忙しいらしい。

 で、となりには空がいる。バイトへは行かないらしく、久しぶりに一緒に帰る。

 けど、なんだかナーバスだ。

 ぐ~、と絞り出すような音が空の腹からなっている。

 原因はそれだ。遅弁が先生に見つかり取られてしまったのだ。

 そりゃ、バイトも行きたくないだろう。


「元気だせよ……」

「お! 飴だ!」


 わたしの励ましを無視して叫んだと思えば、突如かがみこんだ。

 ん? まさか!

 目線の先には紙に包まれた市販の飴玉が1つ。

 こいつ、落ちてるやつ食べる気だ。


「させん!」


 かがんで腕をのばした空の脇に手をはさみ、持ち上げて元の姿勢になおす。


「ひっ! ご、ごめんなさい」


 力んで低く、しかもちょっと大きい声を出してしまったわたしに、一応ビビって反省してくれているようにも見えるが、わたしが脇をつかんんだ時点で飴を手に納めており、しかもそれを手放すことなく今もスカートのポケットの中にそれがしまわれていることをわたしは見逃さない。


「あるんだろ! ここに!」


 わたしは飴を取り出すために空のスカートに手をつっこんでまさぐる!


「や、やめれぇ~! あっ、あんっ! あんっあんっあっ~んっ!」

「本格的な声を! 出すんじゃねー!」


 叫びながら、空のスカートから飴をつかみ出し、引き抜く!


「あのなあ、危険だろ! 落ちてるものとか! お腹壊すぞ! それ以前に、人間としての尊厳を失うぞ! 女子高生!」

「で、でもね? 遅弁が、あとちょっとのところで取り上げられちゃって」

「あとちょっとならいいだろ。そんなにお腹空いてないだろ。もし空いてるっていうなら、そもそも弁当でも飴でも補えないし!」

「ぷぷ。んー、わかんないかな。そうじゃなくてね。なんていうんだろ。最後の一口って思って食べることによってお腹って閉まるんだよ。でも、まだ最後の一口じゃない、って思って食べたのを最後に、それ以降なにも口にしていないから、なんだかお腹と心に穴が開いちゃう、言うなれば気持ちが満足してないっていうかんじ? それなのよ」

「なんとなくわかるようなわからんような食いしん坊理論だが、うるせえ!」

「ご、ごめんしゃい」


 口調はふざけたことになってるが、本当に反省してるっぽいのはなんとなくわかる。確固たる証拠があるわけでない、推論とも言えない憶測ではあるが。


「……どうする? 市街地で遊ぶか? ちょっとぐらいならオゴるぞ」


 本当は空の方がバイトもしてるし、金はあるはずなんだけどな。


「あ、ありがとう。でもいいよ。今日は、市街地には行きたくない」

「……、そうか。市街地とか暑いしね。今日はエアコン効かせた部屋でゆっくりすることにしようぜ。心(?)と体の空腹はその時のためにガマンだガマン」

「できることならそうしたいから、そうするよ」


 なんか含みがあるな。


「ん!? まって!? サナちゃん家って、寝る時以外もエアコンかけていい家なの?」

「いや、ごめん。見栄ってか流れで言っただけ。そんな贅沢は母ちゃんが許さない。ちなみにわたしは寝室も別で寝る時もエアコンなし……」

「だよね~。よかった~。ウチもだよ。あやうく嫉妬するところだった~」

「家広いし、電気代やばくなるからね~。網戸でどうにかしてるよ」

「……」


 夏休み前の日差しを浴びて、何を話すわけでもなく歩く。

 その心地よさにわたしは浸っていたが、


「……、ケガ、大丈夫?」


 口を開いたのは空だ。


「ん? ああ、コレ? まあ、元々の傷も痛いし、朝の暴行でまた痛いし。うん痛い」

「ねえ? どうしてそんなケガ、したの?」


 あ、しまった。この流れか。


「おととい殺されたっていう、1年生の鎌倉さん、死因知ってる?」

「撲殺だったっけ?」

「殴り殺されたんだよ」

「……!」

「すっごく強く、死ぬまで殴って、色んなものが飛び出して、とても見れる遺体じゃなかったみたい。骨が指やこぶしの形にへこんでる部分もあったらしいし」


 空は何も言わないわたしに続ける。


「わたし、その話を聞いてピーンと来たんだ。サナちゃんのそのケガ、やっぱり転んだとかっていうより、殴られたケガだよね?」


 正解だ。

 まずいな。心配かけまいと思っていたのに。

 死因と被ってしまったか。


「……でも、空ちゃんは生きてる。ってことは犯人にあったわけじゃない? ってことはサナちゃんは昨日、何をしていて、誰に殴られたの? この村には誰がいるの!?」


 ……なんだ? 途中からすっとんきょうなこと言ってるぞ?

 わたしが生きているからって、何で犯人に鉢合わせたわけじゃない、なんて結論を立てたんだ?

 普通は、わたしが実際そうだったように、自力で逃げのびたと思うはずだ。

 何をしていたの? という質問も、当然犯人探しというのが答えだ。自称女子高生探偵なんだぞ。それ以外に考えようがないはず。聞く必要はないはず。

 直接言うと心配かけそうだから黙っているけど、これだけの条件がそろえば、捜査をしていると察するのが当然の推論だ。

 でも確かに、見ているものが違うと、思考や結論は違う方向に行きがちだ。

 だったら、この不自然な推論をした空には、何が見えている?


「とにかく、もう危ないこと、危険なことはやめてよね」

「うん。わかった」


 嘘だけど。


「……」

「……」

「あー! ごめんごめん! 暗い話題ばっかりだったよね。変だよね。あ、今日は全然助けられなくってごめんね。でも、ちょっとみんなから蹴られてもしょうがない部分もあったかな!」


 やっぱり突然おっぱいぎゅう~は空としても問題という意識らしい。


「ああ、大川には謝ったら許してくれたよ」

「ホント!? 仲直りできた!? よかったー!」


 自分の事のように喜ぶのはちょっとおかしいけど、幼なじみってのはそんなもんだ。

 おっと。そろそろ分かれ道だ。


「じゃあな。また明日」

「うん。サナちゃん、今日は早く寝なよ? わたしも早く寝るから」

「わかった、わかった。ははは」

「いや、冗談じゃなくて! マジで言ってるの!」


 わたしは家に向かって逃げ帰った。




続く

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