探偵のいらない事件⑨


「アナタ! 何をやったの!?」


 次の日。

 登校してすぐにわたしの痛々しい姿が目に入ったのか、大川はすっとんで怒鳴り込んできた。


「うう~、そうなんだよ~。でもサナちゃん、全然答えてくれなくて~」


 大川の怒鳴り声には空が答える。答えてくれないという答えを。

 正直、大川になら相談したいぐらいだが、今はこんな感じで空がいる。

 どっちも、わたしの傷だらけでガーゼだらけの顔が気になるようだ。しがみついてる時にいくらか殴られたし、投げ出された時にも石やら草やらで切っている。

 本当は服で隠れている体の方がもっとひどいんだけどね。

 しかし、ガーゼださい。マンガとかならカッコいい男の証っぽいのに、現実はやたらデコボコしてて顔がデカく見える。


「ねえ! 何!? 何やったの!?」


 うーむ。しつこい。

 探偵を言葉であしらおうとすれば、ムダな推理されて犯人と格闘したとか言われかねん。

 しかたない。

 むにぅ。

 むにむに、ぎゅいい。


「ぎゃひいぃ!?」


 大川の胸を揉んでやった。

 それも乳首の部分をぎゅううううっと最後にしてやった。

 おっきくて、やわらかくて、あったかい。しかしその胸の持ち主は冷え固まっている。

 共にいた空も固まっている。


「うう……、ぐすん……、ぐすん……、うぐうう……」


 ありゃ、すんすん泣いちゃった。


「オメエッ! 何やってんだぁぁぁぁ!」


 という竹ノ内さんの声が聞こえた。

 その瞬間、世界が反転したような気分になって、その後すぐに頭な奥が熱さと痛さでいっぱいになった。

 後頭部を殴られたのだ。そしてわたしは、すんすん泣いてる大川に倒れ掛かる。


「ぎへぇええ!」


 というのが大川の反応。男性恐怖症みたいな声あげんなよ。


「お前! まだやるか!」

「大義は得た! 殺せ!」


 今度は取り巻きであるクラスの群集女子たちが、ぎゃーぎゃー、わーわー、と喧騒をあげ、寝そべったわたしを踏んだり蹴ったりする。

 その威力はけっこう本気だ。

 しかも、こういう時に限ってケガしたとこばかり攻撃がヒットする。


 どうやら、女子のほとんどを敵にまわしてしまったらしい。

 しかし、分析するに竹ノ内さんのカリスマ性には敬服する。

 わたしが大川の胸を揉んだ時点でほとんどの女子を敵にまわしてはいたんだろう。

 でも、すぐに殴らなかったのは、竹ノ内さんが動くのを待っていたからなのだ。

 竹ノ内さんが殴り始めたから、彼女たちの中で「あ、殴っていいんだ」という思いへつながった。

 竹ノ内さんが殴ったから、思いっきり殴れる。

 おそらく、このクラスの群集女子は竹ノ内さんの意向に沿わない出過ぎたマネをすることができない。竹ノ内さんが権威である。

 きっと裏で何するかわからないぐらい怖い時があるのだ。意向に沿わないことをして、粛清を受けた女子がこれまで何人もいるのだろう。

 数の問題でもないのかもしれない。1回1回のインパクトもそうとうなものなのだろう。

 そこに憧れてしまうバカな女子が後を絶たないように。

 ただ、竹ノ内さんがすごいのは、竹ノ内さんの意向や価値観の多くが、その他大勢の群集女子とほぼ同じであるということ。

 権威と共感。

 基本的にやさしく、みんなと価値を共有し、みんながしたいと思ったことを真っ先に直情的にやって、責任を被ってくれる。

 今だって、竹ノ内さんの意向に逆らうことができない、と言いつつも、竹ノ内さんがいなかったらいなかったで、ウジウジしてわたしを殴りたくても殴れなかっただろう。

 最高の暴君なのだ。

 誰も陥落させようとしない。

 恐ろしい人間だ。


 どんな人生を歩めば、こんな人間性が完成するのだろうか。

 その人間性で、何をしてしまうのだろうか。



「今日はこのへんにしといてやるッ! ケケッ!」


 という竹ノ内さんの満足した合図でみんな満足したように集団のまま去って行った。


「おい! お前のせいだぞ!」


 冷静になった大川に怒りをぶつける。


「わ、悪かったわよ! そんなケガを見たら誰だって動転するわよ……」


 そうだそうだ。わたしが話したくないということを察すればこんなことにはならなかった。

 今は空がいない。空はわたしを殴っていたあの集団にまぎれていた。


「そのケガ……、わたしが捜査に付き合っていれば、できなかったのよね……」


 しおらしくわたしの体を眺める仕草がいやらしい。


「昨日、夜の市街化調整区域を歩いていたら、怪しい男に会ってね。格闘したのよ」

「まさか……、こんな無茶をするなんて思わなかった。自称女子高生名探偵なんて一時のブームで、わたしが協力しないとわかったら、さっさと飽きると思ってた……」


 こいつなりに何やら自分の振る舞いを反省しているようだ。

 でも、さすが名探偵。考えすぎだ。考えすぎてピントがずれている。そこまで自分のせいにする必要ない。

 要因はもっと単純で別にある。


「やっぱり、動機の推理は難しいんだね」


 しみじみつぶやいた。


「? なんの話?」

「別に。それでさ、名探偵の大川さんに聞きたいんだけど、この男、知ってる?」


 わたしはスマホに入れてある動画を見せる。

 昨日、わたしはあの男を遠巻きに見かけてから、スマホの動画撮影ボタンを押して胸ポケットに隠していたのだ。

 思いっきり殴られた時には気づかれたかと思ったが、そんなことはなかったらしく、奪われることも破壊されることもなく、今もこうして手元にある。


「……! これは!?」

「知ってるの!?」


 さすがは探偵の情報網はすごい。やっぱりこの老人は前科持ちか何かか?


「この村出身の国会議員よ。もう隠居してる。でも、この村に帰ってきたっていうの!?」

「政治家!? あー、なんか小さい頃、ポスターで見たことあるような……」

「村の超有力者だったらしいわ。そうとうな政治手腕で、この村を作りなおしたらしいけど……」

「けど……?」


 わたしが殴られている動画が流れ続けているわたしのスマホを、まじまじと見ながら答える。


「いえ、なんでもないわ。残念ながら、私もそんなに覚えてない。そうね、先生あたりになら放課にでも聞けるかもしれない」


 もうすぐHRの時間だが、一限目は都合よく樫村先生の世界史だ。


「そうか。そうだな。あ、でもさ、この村から出身の政治家なら、ふつうに親とかに聞けばいいんじゃないの? わざわざ先生なんかに聞かなくても」


「……、いえ、この人がこの村にいるなら、ある仮定が成立する。それを含めて先生に聞きたいの」


 大川が探偵の顔をする。


「あー、でもこの動画見せるのか? さすがに……」


 とわたしは水をさす。


「待って、ネットで調べるわ。もう何年も前に隠居したにしたって最近の画像も出てくるでしょ」


 大川はスマートフォンの画面をきゅっさぁ、きゅっさぁ、と操る。


「あった。あったわ。名前は舘神 捌幸。じゃあまた後で」


 あ、そうそうこれだ。

 さばゆき、と大きなひらがなとにっこにこの笑顔が並んだポスターを思い出す。

 子供ながらにあんまり印象はよくなかった。だから印象に残ってるのだけど、よけいに腹立たしい。どうして彼に人気があるのか、理解できなかった。わたしがバカなだけなんだろうけど、それは大人たちに対して感じた最初の摩擦なのかもしれない。




続く

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