探偵のいらない事件⑧
その時、この暗い道の先に人影が見えた。
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暗くてよく見えないのに、それを「人影」と断定したのは、ゆらゆらした動きの中に堂々とした尊大なものを感じたからだ。
わたしは臆することなく、歩く速度を変えることなく、悠然と距離を詰めてみせる。
人影は男もののスーツ姿で、髪は白い。しかしその精悍な姿勢から若々しさを感じた。
その人影はこちらに気づき、言う。
「おや……、女の子が夜に1人で出歩いてちゃ、危ないじゃないか。用心のない子だ」
その声は年季の入った男の声だった。
老人?
体勢は精悍で若々しくも、髪や声に年齢があらわれているその様は、この人間がどれほどの修羅場をくぐりぬき、生き残ってきたのかを想像させる。
勝てない。
すぐにそう思った。
「君はニュースを見ない、はぐれモノなのかな? 今この村では君のような女の子が沢山死んでいるんだよ?」
男は言う。
「殺されているんだ。怖いよねえ。イヤだよねえ」
ねっとりくっちゃり。
わたしはまだ詰め寄る。
「別に~。怖くないよ~。そんなことより、家にいたくないし~」
と自らの出歩く正当性を堂々とイマドキ女子風に語るも、
「……!? なんだ? 君は!? い、いけない子だ……!」
老人には警戒されてしまう。
「わたしは自称女子高生名探偵、ルルム。よろしくねっ」
わたしの言葉を聞くか聞かぬかのタイミングで、すでに男は腰を回しており、その勢いがのった強烈なボディブローをモロに食らってしまう。
「ぐっほお……」
「嘘をつきなさい……。名探偵は、この村に1人のはずだろう?」
硬い! それはこぶしだけじゃなく、思わずしがみついた腕に対してもそう感じた。
あのスーツの下には鍛え抜かれ、それが未だ維持されているような体が隠されている。
わたしは腕っぷしに自信はあるし、けっこうなケンカだってしてきたが、これだけの衝撃は初めてだ。
ちょっとだけ、挑戦したくなった。
スーツ姿の老人はステップを踏み、完全な臨戦態勢。
だったらわたしもだ。
犯人か?
わたしを殺せるほど強いのだろうか?
こういう時、わたしは本能で動いちゃうぞ? わたしが逆に殺しちゃうかもしれないぞ?
くる!
同時にわたしも踏み込む!
1メートル55センチのわたしよりほんのちょっとだけ背の高い老人は1メートル70センチ程度で、わたしより高いといっても、そこまで高いほどではない。
おそらく多分、これほどの身長差が下にある相手と戦ったことは、少ないはずだ。
そういう人間が本気で対面した時の初手は、ほぼ確実に前のめりになってこぶしを振り下ろしてくる!
無意識に振り下ろしてしまったパンチは、強力だが、距離にするとかなり短い。
「はっ!」
「ぬう!?」
読めていたわたしは下がることでかわし、
「ぅうらあぁぁぁ!」
引いた足で、蹴り上げる。
狙いは、前のめりで振り下げたパンチが避けられ、だいぶ低くなった老人の顔面!
パシ!
受け止められた!?
足の向こう側には白髪でしわくちゃの顔が見える。
右腕は振り下げられたまま……。
そして、もう片方の左手でわたしの蹴りが受け止められている。
わたしの全力での蹴り上げが受け止められる時点でコペルニクス的な覆された感があるが、それが左手だから絶望的だ。
絶望すぎてかえって冷静になる。左利きか? ナイフの刺し傷はどっちだっけ……。
なんて探偵的おやくそくを考えている場合じゃない。
しかし、右の足が顔近くで捕えられているなら好都合。
わたしは地についた左足で地面を蹴り上げ飛び上がり、捕まえられた右足を軸にして再び老人の顔面を狙う。地面を蹴り上げた左足で。
今度はわたしが上にいる体勢だから、強烈な踵落としをお見舞いしてやる!
くんっ!
受け止められた。
……!?
なんてこった!
老人はさっきまで掴んでいた右足首を、左手薬指と中指で挟んだまま、わたしの左足首を左手の親指と人差し指で挟んで受け止めている。
左利きとか右利きとか関係ない。むっちゃくちゃだ。勝てない。
わたしの両足は、空中で、老人の片手に収まってしまっている。
「うわっ!」
老人は両足を持っている左手を引く。
わたしは引っ張られ、空中で仰向けになる。
老人の右手、両足は自由で...。
空中で仰向けに流れるわたしを叩き割るかのように、右ひざでわたしの腰を蹴り上げ、右手でわたしの胸を殴り下ろす!
「あああああああああ!」
右ひざと右腕による単純な打撃のダメージと、右ひざを支点として腰から無理に体を反らされた衝撃で大声をあげたまま意識が飛びそうになる。
「げふっ!」
草むらに落とされる。今の衝撃で左手からは放れたようだ。
だからと言って安心はできない。
やばい強い。死ぬかもしれない。
わたしの生存本能がそう叫び、せっかくのチャンスを捨ててまで体を突き動かす。
起き上がれずに、草をつかんで体を引きずる。
せめて距離をあけねば。
必死にあがく背後で老人の声。
「おや……、まだ意識があるのかい。背が低いから、あまり衝撃が届かなかったのかな?」
んなわけねーだろ。死にそうだ。
「ふふふ……怖がらなくてもいいさ。大丈夫。殺さないさ。殺してしまってもいいけど、まだそうじゃない。でも、そうだねえ。足だけでも折っておくかな……」
足!? 折る!? ふざけんな! 何じゃそれ!
捜査できないじゃん!
逃げる、逃げるぞ!
幸い、老人は油断している。なんとかなる!
動けないわたしに近づき、老人は足をいきなり狙いにきた! わたしは、それを寝た体勢のまま、足を振り上げよける。
パンツ見えるかも。
「ほう……、まだ動けたか」
ほらね。油断してた。
「足を折る、なんて具体的な狙い、口に出すもんじゃないぜ!」
立ち上がり、低い体勢のまま、老人に絡みつく。
「な! ぐう……」
背中を何度も殴られる。が、近距離すぎて致命的でない。威力がのびない。
こっちは攻撃できないけど、向こうの攻撃も全然効かない。
この老人、足を折りたくて、いきなり足を狙ったことから、やっぱり微妙に焦っている。
知っているのだ。
もうすぐここにバスが通って、もう少し先のバス停から、お通夜帰りの学生やら村民やらがやってくるということを。
「く、くそ!」
この距離感に慣れたのか、わたしに対する攻撃はどんどん強くなっていく。気絶させようと必死だ。
わたしも体の色んなところが爆発しそうに痛いけど、離さない、離さない! 気絶したって離すもんか!
「くぅ……、ううう~」
その時、老人の影が少し伸びたように見えた。
バスのライトだ。
老人には同時にバスのエンジン音やタイヤの音が聞こえているのかもしれない。
諦めたかのように、攻撃の手を緩めた老人は、わたしを必死で引きはがそうとしているところで、わたしも一気に気が抜ける。
老人は闇に消えていった。
「はぁ……、はぁ……」
胸や肩でする激しい呼吸が止まらない。尋常じゃなく痛い。
でも、なんとかなった。明日もまた捜査ができる。
バスが通り抜ける。
あのバスには妹が乗っている。
見つかるとややこしい、という思いがわたしを突き動かし、家に帰らせた。
続く
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