探偵のいらない事件⑦


 帰宅。

 普段は空と帰るが、今日はアルバイトらしく、わたしは1人で早い時間に帰宅。

 バイトがある日は帰る時間が遅くなるらしいけど、このご時勢で危なくないか? ってわたしは心配になる。

 そして家には、妹が珍しく早目に帰っていた。いつもはバイトしてる日の空と同じくらい帰りが遅いんだけど。

 そんな妹の名はヒトリ。変な名前だけど、わたしより期待が込められていることがわかる。


「ん? ヒトリ? 早いね」


 というわたしの言葉は誰に受け止められることなく突き抜ける。


「……」


 そして、何やらいそいそ、いやイライラしながら出かける準備をしていた。


「あ~、ヒトリはね、ほら、鎌倉さんのお通夜に行かないといけないから」


 疑問符だらけのわたしに答えたのは母だった。

 ヒトリはわたしと同じ高校に通っている1年生。鎌倉さんとは同級生のはずだ。お通夜にいくのも至極まっとうな間柄。

 けっこう仲はよかったのだろうか。

 するとこのイライラはあれか。友達が殺されたことが悔しくて、そしてそれを、どこにぶつけたらいいのかわからないのと、


「アイツ! いい加減どうにかしてよ!」


 こんな時にわたしにはち合わせたからだろう。

 母に向かってキレる妹。「アイツ」とはわたしのことだ。

 わたしは家で妹に無視されている。

 無視、というか直接言葉を交わしてくれず、普段は母を通して要求を伝えてくる。もちろんその際はわたしのことを「アイツ」と呼んでいるに違いない。

 要求の多くはわたしのすることなすことの文句であるし、まあ、本当に邪魔な存在なのだろう。


「仲は良かったの?」


 わたしは、手を洗い部屋着に着替えながら、顔は向けずに切りだした。


「……」


 無視。

 こりゃ、お通夜は行けないな。調査もできない。

 しかたない……。


「……どんな、子だったの?」

「うっさい!」


 おおお! さすがに直接怒られた。まあでも、こりゃヒトリから被害者の子について聞くのも無理だな。

 元気づけようとして、この事件は自称女子高生名探偵ルルムに任せて! 仇はとっちゃる! とか言っったら殺されそうだな。


「ほらお香典」

「あんがと」


 洗面台のわたしに目もくれず、クツをとんとん。


「いってきます」

「気をつけてね」


 ほんとに。

 何もこんな時に通夜なんてしなくていいのに、って思うのは薄情だろうか。


 夕飯はヒトリがいなくてわたしと母だけだからか、すごくテキトーな言語化しにくい味付けの炒め物とごはんで、出された量だけ食べる。


「まあ、ヒトリも思春期だから」


 楽し気なテレビの笑い声に包まれながら、母は言った。


「わかってるわかってる。いやでも思春期っていう問題かなぁ?」


 たまに「思春期」という表現ではすまされないほどの癇癪を起すことがある。

 その時はわたしだけでなく母や父にまでキツイ言葉を浴びせる。

 何年も前からずっとそうだ。

 頻度は少ないけど、豹変したかのようになる。

 しかし……、そうだ。思春期と言うには、父との仲はわたしとの仲ほど悪くない。むしろあれぐらいの小娘にしては仲はいいほうだ。やっぱりわたしが原因で爆発するのだろうか。


「お母さん、そんなに庇わなくていいよ。特にヒトリの前では、一緒に無視してくれてもいいんだよ? そうじゃないと、お母さんまで敵だってなっちゃったら、ヒトリは本当に壊れちゃう」

「無視なんてしないよ。私はねぇ、アンタら2人、どっちも心配なの」

「……」


 うれしいこと言われて何も返せん。

「あんまり悲しいこと言わないでよね」


 それでも、わたしがすることに変わりはない。


 夕食を終え、部屋に戻る。

 妹はいない。その理由は鎌倉さんのお通夜だから。

 今頃は会場の津島市だろうか。

 何時ぐらいに帰ってくる予定なのだろうか。

 同じような行動をしている人は何人ぐらいいるのだろう。

 そんなことを考えて、部屋着からセーラー服に着替える。

 化粧はしないタイプなので、さっそく出かけることにした。

 

 村の市街地とお隣の弥富市との間ぐらいに位置する、市街化調整区域の一角にやってきた。この辺りは田んぼと細い道がメインでたまに平屋建ての民家があるぐらい。

 犯行現場、ではない。さすがに犯行現場とさせられている場所は封鎖されている。

 でも、ちょっと離れただけの似たような道だ。普通の田舎道。

 この辺りを散策する。

 街灯はない。土に囲まれた道は風通しもよく日中の熱を貯めていない。草の匂いが脳を抜ける。虫の鳴き声以外に音はなく、さわさわとした音は耳がくすぐったい、と難聴のわたしでも感じてしまう。健常者のように、うるさい、と感じるほどではないけど。

 冷たい空気の中を分け入っていく。

 気持ちいい。

 しかし、この気持ちがいい夜の空間を恐怖する人たちもまた多いらしい。

 恐怖は人々からこの気持ちよさを奪うのだ。

 暗闇に抱く恐怖の原因は霊的なものから様々だが、今、この田舎の暗闇が支配する恐怖は連続殺人犯によるものだ。

 そして、わたしはその犯人を捜している。

 果たして、そんなことが可能なのだろうか。

 今まで全く無関係なことに全力を注いでいた人間がある日全く別の分野で活躍することなどあるのだろうか。

 それで楽しく生きていけるほど人生は甘いのだろうか……。

 ダメだな。

 歩いているのに眠っているような気分にさせられるこの空間では、妙に物思いにふけてしまう。

 そうだ。推理だけしろ。

 人生観なんてムダなことは考えるな。それはもう、わたしに必要ないことなのだ。

 

 犯人はこんな感じのところで人を殺した。

 その時の犯人はどんな精神状態だったのだろう。

 ……なんて精神状態について考えてるって知ったら、大川は怒るかな。

 でも、本当に気になるのだ。

 ……怖く、なかったのだろうか。

 今、わたしは怖いと思ってないけど、ほとんどの人はそうじゃない。

 犯人だから怖くないに決まってる? 本当にそうか?

 人を殺す時って、やっぱり緊張するし、ターゲット以外の誰かきたらイヤだろうし、色んな障害に対する不安はある。反撃の可能性がないわけではない。ましてこの暗闇だ。誰かを攻撃する時は無防備になりやすいし、それは自分でもわかってしまうから、やっぱり怖いと思うんだ。

 犯人はどういうタイミングで殺したんだろう。

 どこかで待ち構えて、やってきた女の子を殺したのかな。

 それとも、テキトーに散歩してて、偶然にも一対一で出くわした女の子が丁度自分のタイプで興奮して殺しちゃったのかな。

 もし後者なら、完全に無計画な無差別殺人犯だ。

 そしてその場合、今日がお通夜で多くの人が固まって夜の市街化調整区域の自宅に帰ってくるとか、そういう犯行の難しい状況とかはお構いなしに、犯人はここらをうろついているのかもしれない。


 その時、この暗い道の先に人影が見えた。




続く

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